第59話
「最後まで気を抜かず、迷惑のないように……」
二泊三日の修学旅行の最終日。
特にこれといって問題も起きず、着々と進んでいく。さすがに高校生にもなれば、分別もついてくる。
とはいえ、テンションが上がって調子に乗ってしまうのは仕方ない。
「それでは、めいっぱい楽しむこと。そして問題を起こさないこと。解散!」
その合図を聞いた俺たちは、蜘蛛の子を散らすようにドタバタと散らばっていった。
「きょ、今日も仲良いね……」
ドン引きしてる同班の女子がそういってきた。そんな顔でそんなこと言われても、こっちとしてはこれがいつもの風景なもんでね。
愛菜之にこれでもかと引っ付かれている俺と、それをなんとも思わない俺。
これがいつものポジションだから、こうじゃないと落ち着かないとすら思っている。
「えへへ……」
愛菜之は連日の我慢のせいか、すでに自分の世界に入っていた。少しくらい話を聞いてあげて?
まぁ、当の俺も愛菜之にひっつかれて幸せを感じていた。オキシトシンだとかエンドルフィンだとかが出てる気がする。よく知らないけど。
「……」
相変わらず彼氏くんは無口だな。彼女さんと二人きりの時だけ喋るタイプなんだろうな。
ていうか、クラスメイトにこんな人いたか? 愛菜之とずっと一緒にいるから、友達が少ないんだよな。
「ま、愛菜之ちゃん。ちょっといいかな?」
彼女さんに呼ばれた愛菜之がトテトテと駆け寄っていく。内緒話をしたいらしい、男二人は離れとこうか。
離れたはいいけど、俺たちは接点があるわけでもない。ていうか、彼氏くんが無口キャラだから話しかけても無視されそうな気がする。
「……宇和神」
一瞬、誰に呼ばれたか分からなかった。返事に間が空いたのも仕方ない。だって向こうから話しかけてくるとは思わないでしょ。
「な、なに?」
「……お前さ、重士さんと仲良いじゃん」
「そりゃ付き合ってるしな」
「そうじゃなくて、付き合ってるにしても仲良いほうだろ」
……そうなのか? 比べたことがないから分からないな。まぁ、仲良いって言われるのは悪い気しないな。
それはそうと、なんでそんなこと言ってくるんだ? 褒められても何も出ないぞ?
「俺、口下手だからアイツに色々我慢させてる気がしてさ」
そういって指差したほうには、さっきの彼女さんと愛菜之がいた。それに気づいた二人が、同時にこっちを向いて手を振る。
……愛菜之が可愛くてやばいな。いつでも可愛いのはなんでなんだろうな。
そんなことを考えてると、彼氏くんがほんのりとしたドヤ顔で俺に言ってきた。
「……可愛いだろ、アイツ」
「愛菜之が?」
「俺の彼女だよ。ホントに仲良いんだな……」
どこか呆れた顔でそう言ってきた。褒めても何も出ないって言ってるだろ。俺は愛菜之以外にプレゼント送ったら怒られるからな。
そんな俺にため息を吐きながら、彼氏くんはポツポツとした口調で話を始めた。
「俺、身長高いし目つきも悪いし。あんまり話すほうでもないから、昔っから怖がられてて……」
確かに、身長は180くらいはありそうだし目つきは悪い。睨まれてるのかと思ってたけど、単に目つきが悪いだけだったのか。
「それでもアイツはずっと一緒にいてくれてよ。気づいたら好きになってた」
「……急に恥ずかしいこと言ってくんじゃん」
「お前くらいにしか話せないんだよ。分かれ」
確かにそうか。たいして仲良くないけど、同じように付き合ってる相手がいる。だから小っ恥ずかしいことでも言えるってわけか。
仲良くないからこそ言えることもある、ねぇ。ま、惚気たいだけかもしれないけど。
「んで、アイツにちゃんと好きとか伝えられてないなって。お前ら、仲良いだろ。どうすればいいか教えてもらおうかと思って」
思ったよりお喋りだな。クール系かと思ったらそんなことはなかった。ちゃんと胸に熱い思いを秘める男子だった。
俺たちと班を組んだのもそういうことだったのか。接点がないのに班を組むことになった時は困惑したけど、そういう理由なら納得だ。
「で、どうすればいい」
「どうもこうも、素直に言えばいいじゃん」
「それが難しいから聞いてんだよ」
なにが難しいんだ。好きって言ったらそのまま伝わるだろ。
……まぁ、言うのが恥ずかしいとかか? そういうキャラじゃなさそうだし、今さら言うのもって感じなんだろうな。
「じゃあ贈り物は? ネックレスとか……」
「部活のせいでバイトしてない」
「……何部?」
「バスケ」
知らないんですけど。ていうか、隠れてやれよ。そういうコソコソするの得意でしょ、アンタら。ちなみに偏見です。
「じゃあスキンシップ。手繋ぐとか、ハグ……」
「恥ずい」
なんなんだテメェ! 甘ったれたこと言ってんじゃねぇー!
なんて強面の彼氏くんに言えるわけもなく、俺はますます頭を抱えてしまう。
好きを伝える方法……うーん、俺たちが普段してることでいいんだろうけど、こういう時は咄嗟に思いつかない。
ていうか、なんだその目は。期待してなさそうな目でこっちを見るんじゃないよ、彼氏くん。
……あ、思いついた。そういえば、愛菜之がよくしてくれてるじゃん。
「相手の好きなことをするのは?」
「例えば?」
例えば……? 愛菜之で言うと、キスだったりハグだったり、好きって言ってあげたり?
愛菜之って俺がなにしても喜んでくれてる気がする。本当にいい子だよな、愛菜之。
そうじゃないや、今は彼氏くんのために考えてやらないと。
「カフェに行くのが好きならカフェに行こうって誘ったり、可愛いものが好きなら水族館に誘ったり……」
「なるほど」
彼氏くんの表情筋がピクってしてる。本当に納得してるっぽいな。分かりづらいことこの上ないね!
ま、良いアドバイスができたからこれで良し。愛菜之は話終わったかな?
「で、どうやって誘えばいいんだ」
「自分で考えてくれ」
そこまで世話見れんわ。だいたい、俺のことをプレイボーイかなにかと勘違いしてないか? 俺は愛菜之一筋、愛菜之以外を知らないんだよ。
愛菜之に目を向けると、分かっていたかのように愛菜之がこっちを向いた。手を小さく振ってくれるあたりが可愛くてたまらない。
「丸投げかよ。そこまで教えてくれよ」
「俺だって教えたいけどさ。愛菜之としか付き合ったことないし、経験ないようなもんだぞ」
「それでもいいから教えろよ」
俺が嫌そうな顔をしても、彼氏くんは表情一つも変わらない。普通はちょっと遠慮したりするもんじゃない?
愛菜之のプライバシーに関わらない程度に教えるか……。本気で困ってるなら力になりたいし、こういい話ができる友達ってちょっと憧れてたしな。
できるかぎりのことを教えてあげると、彼氏くんは少し顔を歪めた。俺が言ったことを実践するのは難しいらしい。甘えるんじゃねぇやい!
「お前、普段からそんなことしてたのか」
「なんだよその顔。好きだからしょうがないだろ」
呆れた顔かよ、それ。だって本当に好きなんだからしょうがないだろ。
ていうか、好きって伝えることがそんなに難しいのが分からない。相手に嫌いっていうわけでもないのに、好きって伝えることくらいできるだろ。
「……宇和神、不安になったりしないのか」
「なにが?」
「好きって言っていいのか」
……なんで? どうしたら不安になるんだよ。
付き合ってるんだから言っていいだろ。ていうか言わないのか? 言わないと思いなんて伝わらないだろ。
「アイツは明るくて、周りとも仲良くしてる。でも俺は、人と話すのも苦手で、目つきも悪い」
「……彼女さんに釣り合ってないって言いたいのか?」
「そういうことだ」
そういって、自嘲気味に顔を歪める。あるあるっていうか、みんな同じことで悩んでるんだな。
俺も悩んでたっていうか、今なお悩んでるな。愛菜之ってハイスペックだし、俺がお眼鏡にかなうとは思えない。
「……釣り合うもなにも、付き合えてんだからそんなこと考えるなよ」
「それもそうだけど、考えちゃうんだよ。そうだ、どうしたらそういうことを考えなくて済むんだ?」
「俺はなんでも知ってるわけじゃないんだぞ」
……ていうか、そういうこと考えてるしな。なんなら愛菜之に言ったことある。めちゃくちゃ怒ってたな。
そうだなぁ、まぁ考えないようにしても意味ないしな……。
「……今だってそういうこと考えるし、自信ない。多少は努力してるけど、それでも追いつけないって思う」
「じゃあ、どうしてんだよ」
「どうもこうも、なにもしてねぇよ」
結局、自分の気の持ちよう。そもそも、根っこから変わらないと意味がないと思う。
愛菜之は俺のことを好きだって言ってくれる。俺は自分のことを信用できないけど、愛菜之なら信用できる。
「釣り合わないし、不安だけど。それでも好きだからしょうがない」
「……ちょっとカッコいいじゃん、宇和神」
「やめろよ、愛菜之にしか言われたくない」
目を合わせて、二人して笑い合う。彼氏くんが笑うとこ、初めて見たな。
少しは仲良くなれたと思う。俺がそう感じただけだけれど、こうやって友達を増やしていければいいな。
「おまたせ、晴我くん。……何か話してたの?」
「おかえり。それは内緒な」
「えー?」
ちょうど帰ってきた愛菜之にそういうと、拗ねたように頬を膨らます。
同じく帰ってきていた、もう片方の彼女さんも楽しそうに彼氏くんと話していた。……仲良いじゃん。
「愛菜之」
「なぁに?」
「カッコいいって言ってくれ」
「え? うん、晴我くんはかっこいいよ」
……やっぱり、こっちのほうがしっくりくるな。
男に言われるより、大好きな彼女に言われるほうがよっぽどいい。
「それはそうと、なに話してたんだ?」
「んとね。次に行くところは、班のみんなで一緒に行こうって話してたの」
「へぇ……どこ行くんだ?」
愛菜之はにぱっと、いつものように可愛い笑顔で教えてくれた。
「結婚式場!」
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