第58話

 愛菜之との間にあったこと、俺たちが付き合う理由。


 大雑把とはいえ、ようやく教えてもらえた。まぁようやくって言っても、教えてもらう機会はいつだってあったのに、聞くこともなかった。

 愛菜之といると幸せで、出会いとか理由とかどうでもいいとすら思っていた。なんていうと、少し過去の自分に申し訳ないけど。


「あーん」


 あっ、本当にどうでもよくなってきた。ケーキをあーんされるなんて、記憶消去の魔法としては最上級すぎる。

 もぐもぐ咀嚼していると、そんな俺を幸せそうな顔で見つめてくる。この瞬間がたまらないとでも言わんばかりの微笑み具合だ。


「可愛い……」


 可愛くないし! っていうたびにニヤニヤされるから沈黙が金。触らぬ神に祟りなし。

 口喧嘩とかでも勝てる気しない。愛菜之と口喧嘩したことないけどな。喧嘩するほど仲がいいとかいうけど、喧嘩はしないに越したことはないんだよ。


「愛菜之のほうが可愛い」

「えー? 晴我くんのほうが可愛いんだよ?」

「なにを根拠に」


 エビデンスはあるんですか!? 俺のほうが可愛いっていうエビデンスは!?

 まぁ、愛菜之フィルターのせいでおかしく見えてるんだろうな。本当はカッコいいとか言われたいのは内緒。

 そもそも、俺ってカッコよくなくない? 見た目に自信あるわけでもないし、特技があるわけでもない。おや?

 ますます不思議になってきた。愛菜之って俺のどこが好きになんだ? ていうか、付き合うきっかけについて詳しく聞きたい。

 でも、そういうのは自分で思い出さなきゃって決めたしなぁ……。


「愛菜之って俺のどこが好き?」


 核心とは遠回しに、そう聞いてみる。俺が何をしたかは分からないが、たぶん俺の行動が関係してるだろうし、そこに触れられるならヒントにはなる。


「ぜんぶ」


 ダメだこりゃ。

 愛菜之は優しい子だね、その優しさが時には毒にもなり得るんだ……。

 ヒントがもらえると思った甘い考え方がよくなかったな。ていうか俺のこと、全部好きとか幸せすぎる。


「具体的には?」

「顔、身体、性格。寝てる時の顔は格別に可愛いよ。起きた後は、寝癖を気にしてるところも可愛い。朝ごはんを食べさせてあげたらニヤけちゃうところも……」

「ありがとうありがとう。もう許して」


 変に食い下がるんじゃなかった。顔が熱くなってオーバーヒートしそう。まぁ、ちょっと悪くないな……。

 生きるのが苦しくなったら、また教えてもらおう。


「まだ言い足りないよー」

「俺は言われ足りたよ」


 まだあるんだ? 冗談抜きで全部言ってもらおうかな……。幸せホルモンがすごいことになりそう。脳汁ドバドバってこういうこと?

 愛菜之は頬を膨らませて、俺を見つめていた。なんだねその目は。これが欲しいのか?

 チョコケーキを食べさせてあげると、愛菜之はニコニコしながら幸せそうにしていた。一生食べさせてあげたいな。


「中学校の時も可愛かったなぁ。今よりも小さくて……」


 その後、愛菜之は昔の俺を語ってくれた。まぁ、ヒントになりそうな話じゃなかったけど。なんなら、恥ずかしい上に照れて死ぬかと思った。


 愛菜之が語り終わるころには、もう集合の時間になっていた。


「ご、ごめんね。時間考えてなかった……」

「いや、楽しかったよ」


 まぁ、おかげで自己肯定感が爆上がりしたよ。今ならスキージャンプでK点越えれるし、エベレスト登れるし、リフティング15回できそう。

 このまま空も飛べる気がしてきた。このまま愛菜之を背中に乗せて、お家までひとっ飛び……。


「よし、集まったな。ここは縁起あるとこだから、来年の受験にでも向けてお詣りしとけよ」


 先生のせいで現実に戻ってきた。やめてよ、そういうこと言うの。今、この時くらいは夢にいさせてよ。

 とはいえ、せっかく来たんだからお詣りしとくか。受験するところもまだ決めきれてないけどね!


「お守り買う?」

「そうだな」

 

 せっかく来たんだから買って行こう。これで少しでも頭が良くなればいいけどね。

 うちには愛菜之先生という家庭教師兼お嫁さんがおりましてね……。ま、なんでもかんでも頼るのは良くないから、できる限り一人で……。


「二人で一緒の大学行こうね。分からないところは教えてあげる!」


 俺の頭、覗いてるんじゃないだろうね。まぁ、教えてくれるってんのに断るのも良くないしなぁ。

 それに、正解するたびにめちゃくちゃ褒めてくれるから幸せすぎて勉強が好きになりそう。なりませんけどね。


「あ、おみくじもあるよ!」


 愛菜之は俺の手を引いて、おみくじの方へと早足で歩いていく。はしゃいでる愛菜之が可愛くて、これだけでもう大吉って感じがする。


 受験……遠いようで、近い未来。そもそも、大学生の自分すら想像できない。

 こういうところに来て、ようやく近い未来の自分を考える。今まで目を背けてた訳じゃない、むしろ見る暇もないくらい、魅力的な子が隣にいた。


 この子と、近い未来も遠い未来も歩んでいけるだろうか。いや、歩んでいきたい。

 そのためにも、多少なり自分の形を作り出していきたい。


「私、大吉だ! 晴我くんは?」


 この子の笑顔の源になれるように。


「……凶」

「あ、あはは……」


 ……なれるかな?

 

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