第54話
「すっごくおっきい……」
愛菜之がゆっくりと口を開けて、ぱくりとかぶりつく。ぷるりと跳ねる唇に、思わず目線を吸い込まれる。
「……ん、おいひぃ」
幸せそうな顔で、俺に上目遣いをする。潤んでいる瞳に、思わずドキリとしてしまった。
愛菜之は口を離して、それを顔の横に並べた。
「私の顔くらい、おっきい」
そんな可愛い顔をされたから、思わずスマホで写真を撮ってしまっていた。
愛菜之は分かっていたかのように、微笑みを浮かべて俺を見つめていた。
「晴我くんも一口食べる?」
「これ、どうやって食うんだ」
直径20センチのえびせんお好み焼きサンドを、二人ともソースでベタベタになりながら食べ進めていった。
「これだけでお腹いっぱいになっちゃったね」
「あのデカさはなぁ……」
えびせんも、中に挟まれてるお好み焼きも愛菜之の顔よりデカかった。ていうか愛菜之が小顔すぎる。ちゃんとご飯食べてる? もう一個いっとく?
それは置いといて、俺たちはとりあえず名物を食べに来ていた。
観光客向けの屋台特有の良さ、あると思います。屋台の食べ物って、2割マシでうまい気がする。
「このあとはどうしよっか?」
「集合まで15分くらいじゃ何にもできないしな……」
集合して、なんかでかい城をみんなで見ることになった。その合間の休憩時間で屋台の食べものを食べていたわけだが……。
「せっかくだし写真撮るか?」
「うんっ」
そういって弾んだ声でスマホを開くと、いきなり
俺の顔にスマホを向けて写真を撮ってきた。あの、俺単体で撮っても意味ないんですが。
「景色とか城を撮ったほうが……」
「晴我くんのほうが文化的価値があるよ!」
それって褒め言葉なの? ていうか俺に文化的価値があるわけないだろ。映画監督とかにあるってんならまだしも。
「俺はそんなに
「晴我くんのほうが綺麗だよ」
やだ、ときめいちゃう……。このまま壁ドンされて唇も奪われて、心まで奪われてしまうんだわ……。
そんなオレ様ムーブを愛菜之がするはずもなく、俺のことをスマホで連写していた。連写の時ってシャッター音がやたらデカく聞こえる気がしない? めちゃくちゃ恥ずかしいからおやめになって。
「ふたりで撮ろうや」
「やった」
愛菜之の隣に並ぶと、内カメラでパシャッと一枚。向きとか角度が綺麗で、やっぱり女子はこういうの慣れてんのかなぁとしみじみ感じたり。
愛菜之が確認のために写真アプリを開く。一瞬だけ見えたアルバムに、俺の寝顔が見えた。
「さっき寝てた時の顔、撮ってた?」
「うん、可愛いかったから」
当たり前だろぉ? とでも言いたげだな。かわいい顔しやがって。
愛菜之ひとりの写真が欲しい。けど、愛菜之は写真を撮られたがらない……というか、ふたりで撮りたいってタイプだからな。
ま、隠し撮りをすればいいんだけどね。通報されたら潔く捕まります。
「じゃあ俺も」
「ダメです」
「ひどい」
あっという間にスマホ取られた……ぴえん丸すぎて萎えたにえん。
愛菜之の写真はいっぱいあるけど、たくさんあるに越したことはない。大は小を兼ねるって昔から言うんだよね!
「抜き打ちでこのままスマホのチェックもします」
「えッ」
まっずーい。検索履歴のアレやコレがバレちゃう。
散々、そういうの見るなら私のことを使いなさいって怒られてるのに。だって二次元も捨てがたいんだよ。そっちも良さがあるんですよ。
「…………ふーん」
案の定怒ってる。しかも、めちゃくちゃ怒ってるよ。頬を膨らましてプンプン! みたいな軽い怒り方じゃなくなってる。
こりゃあ、なにをされてもおかしくない。ていうか、なにも言えない。悪いの俺だし。
「……ね、晴我くん」
「はいっ!」
敬礼する勢いで返事をする。背筋を伸ばして直立するのがせいいっぱいの誠意の表れ。
愛菜之はスマホを操作すると、画面を見せてきた。
「……これが好きなんだ?」
そこには、黒い狐の耳としっぽが生えた女の子が映っていた。
あー、これ最近流行ってるゲームのキャラだ。深くは知らんけど、主人公にやたら入れ込んでたり、長い髪の毛とおっきいしっぽが魅力的。
「好きなんだ?」
「はいっ!」
めちゃくちゃ好きってわけじゃない。なんならそのゲームタイトルとその女の子しか知らない。
とはいえ、愛菜之からしちゃ浮気にカウントされる。シビアだけどそんなところも好きなんだよ。
「……今すぐ私とシてくれるなら」
「なら?」
「この格好して……シてもいいよ」
愛菜之がこんなことを言い出すのは、正直意外だった。愛菜之はキャラもののコスプレを嫌がってたし、私のことだけを見てほしいって理由でしてこなかった。
そんな愛菜之が、キャラものコスプレをする。そこまでするのに何か理由が……。
「我慢……無理だよぉ」
弱々しく俺の手首を掴む。上目遣いで、潤んだ瞳を向けて。
この目に捉えられると、なにも考えられない。浮かぶのは、愛菜之が欲しくなるという欲望だけ。
とはいえ、このまま流されるわけにはいかない。我慢しようって言いだしたのは俺だし、修学旅行中くらいは普通にって再三気をつけてきたんだ。
「我慢やだ……」
やばい、正直なところめちゃくちゃ胸にくる。
愛菜之がこんなに弱っているところはあんまり見ない。たぶん、体育祭の時以来だ。
しかも、こんなに求めてくれる。もう我慢とかせずに、いつもみたいに愛菜之を好きなだけ……。
「おーい、集合しろー」
タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど先生の声が聞こえてきた。
愛菜之の手をやさしく解いて、離す。愛菜之は今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめていた。
とはいえ、もう集合しないといけない。俺も煽られたからか愛菜之に触れたい気持ちが強いけど、今は修学旅行中だ。
「愛菜之、行かなきゃ」
「……」
愛菜之はずっと俺を見つめてくる。俺にはなんにもできない、ここで愛菜之を連れ出して走り出すような勇気もない。
せめて、気休めくらいの安っぽい言葉をかけるくらいしかできない。
「愛菜之」
「……」
「振り替え休日のときは、一日中ずっと愛菜之のこと離したくない」
「ぇ……」
困惑した愛菜之の声がきこえる。それに構わず、俺は耳元で言葉をかけ続けた。
「修学旅行中、頑張って我慢するから。だから、ご褒美になってほしい」
「私が……?」
「そう、我慢したご褒美」
そういうと、愛菜之の顔がみるみるうちに赤くなっていく。さっきまであんなに積極的だったのに、今は目をグルグルさせて慌てていた。
「わ、わわ私なんかが、ご褒美になるの?」
「なる。ていうか愛菜之以外、ご褒美にならない」
「わ、私以外……」
愛菜之はもじもじと指を絡めて、こくこく頷いてくれた。
これで約束完了。それに、愛菜之のお誘いも流すことができた。ま、お誘いに乗るつもりだったのは内緒ってことで。
少し遅れて、ようやく集合の列に入る。
修学旅行はまだ始まったばかりなのに、終わった後のことばかり考えてしまうのは、きっと俺だけじゃなくて。
となりで、頬を紅く染めている彼女も同じだと思うと、無性に頬がニヤついてしまった。
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