第53話

 見たことのない景色、かと思えばテレビで見たあんなところを見つけたり。

 適当に名物を買い食いして、愛菜之が調べてくれていたカフェも堪能して。

 修学旅行ってサイコー! なんて、青春っぽい感じの時間を過ごしていた。


 ─────はずだった。


「……晴我くん」

 カフェでコーヒーなんて飲んで、ちょっと大人ぶっていた時だった。

 愛菜之がいつになく真剣な顔をしていた。この顔は……愛菜之が俺に告白をした時と、初めて繋がろうとした時と同じ。

 そんな面持ちだったから、自然とカップをソーサーに置いた。

「どした?」

 つとめて、いつもと同じ口調で聞いた。そうした方がいいと思った。気持ちは真剣に、けれど雰囲気だけはいつもと同じで。

 愛菜之を安心させたい、なんてカッコつけた気持ちで。

「あのね」

 愛菜之はずっとカップと睨めっこしていた。コップの半分ほどしか入っていないキャラメルマキアート。

 温くなったそれを一口、唇だけを湿らせた愛菜之は、意を決したように続きを話した。


「30分だけホテルいこ?」


 ダメに決まっとろうが。




 真剣な話だと思った俺がバカだったんだい。顔がいいもんだから、真剣な顔されると問答無用で雰囲気がピリつくのずるだろ。

 とりあえず俺が首を横にふると、愛菜之はこの世の終わりみたいな顔して慌てはじめた。

「な、なんでダメなの?」

「修学旅行中だぞ」

「べ、別にホテル行っちゃダメなんて決まりなかったよ?」

 そりゃ学校側も、修学旅行中にホテル行くやついるとは思わないもんな。わざわざ書かないし、決めもしないよそりゃ。

 あと、声量おとして? おおっぴらに話すことじゃないよ?

「見つかったらどうすんだよ」

「だ、大丈夫だよ! ルートは確保してるから!」

 SPかなにか? ボディガードされてるのか俺は。

 見つからなければいいって問題でもないんだよ。常識というか良識というかね?

「絶対に晴我くん成分が足りなくなるよ! 補給できる時にしとかないと……!」

 俺って水分か何かなの? 足りる足りないってどういうこっちゃって思ったけど、俺も愛菜之成分足りないとか言って甘えてたから何も言えなかった。

「だ、ダメなら路地裏でチューとかハグとかでも! それだけでもいいから……」

 縋るような目つきに思わず気押される。しかし、せっかくの修学旅行だっていうのにホテルに行くのもな……。

 愛菜之はうるうるとした瞳をこちらに向けてくる。そんな目で見られると、こっちが悪いみたいになるから困る。

「我慢、な?」

 いつも愛菜之が俺に言い聞かせるみたいに、優しい口調で言ってやる。それでも愛菜之はこの世の全てが終わった顔をして、呆然と俺を見つめていた。

「わたしのなにがダメ?」

「ダメとかじゃない」

 ダメなわけがない。愛菜之にシたいって言われたら体が準備を始めるくらいには、俺も愛菜之のことが大好きだ。

 それなのに、拒否するのにもちゃんと理由はある。

「我慢した分だけ、もっと深く繋がれると思わないか?」

「……いつでも繋がってたいよ」

 そんなこと言われると、返す言葉がなくなる。嬉しくて今すぐにでも触れ合いたくなる。

 でも我慢しようって言った手前、俺からシたいなんて言い出せない。

「我慢すんのも今日をいれて二日だろ?」

「二日も我慢しないとダメなの?」

 確かに愛菜之の言うとおり、二日は俺たちにとっちゃ長い時間だ。触れ合うのを我慢するなら、尚更のことだった。

「じゃあ、我慢できたら好きなことなんでもしていい」

「なんでも?」

 愛菜之はギラリと瞳を光らせる。安易だったかと後悔がよぎったが、我慢してもらうなら俺も身を切ろう。

 それに、愛菜之なら無理難題とか俺の嫌がることなんて言ってこないしな。

「じゃあ、二日後はつけないでシて」

「それは……」

 なにがとは言わないが、今までずっと着けてシてきた。それは愛菜之を大切にしたいって意思表示のつもりだったし、まだ責任も取れる歳じゃない。

 着けないでシたこともあったけれど、特別な思い出を作りたいって思っていたから、その時は許した。

「愛菜之の身体に負担かかるだろ」

「だ、大丈夫! 面倒はかけないから、だから……」

「いや、めんどうなんて思わない。前も言ったろ? 子供できたら二人で育てたいって」

 そういってやると、愛菜之は口をつぐむ。

 ネットで得た安上がりな知識だが、女性は身体に負担がかかるらしい。あと、お金もそれなりにかかるとか。

 彼氏としては、彼女一人に負担をかけるのも心苦しい。ていうか、頼ってほしい。付き合ってるんだからそれぐらいは言ってくれよな。

「晴我くんはシたくないの?」

「…………」

 そりゃシたいに決まってるでしょ。あんなに幸せなことないもん。

 愛菜之がめちゃくちゃ幸せそうな顔するんだから、アレが見れるなら何度だってしたいよこっちは。

「シたいんだ?」

 答えない俺に、愛菜之は肯定と受け取ったのかニヤつきはじめる。

 こうなると、俺がなにを言っても良い方には転ばない。けっきょく、コーヒーを飲んで場を濁すくらいしか出来なかった。

「……とにかく、修学旅行中はそういうのなし。我慢して、いっぱいしよう」

「がんばります……」

 なんとも心配になる返事だったが、これでようやく普通の修学旅行を過ごせるわけだ。

 人生で一度きりなんだから、せっかくだし普通の修学旅行を過ごしたい。もちろん愛菜之といっしょに。

 だから、この二日の我慢なんて大したことない。


「……我慢、やだなぁ?」

 

 この上目遣いも、少しいじけた顔も。


「はぁーくーん」


 甘えた声も、大したことは……。


「すきー」


 ……厳しいな、こりゃ。

 

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