第52話
とりあえず落ち着いた。愛菜之のおかげというか、愛菜之のせいというか。
俺が調子悪くなると、俺より慌て出すもんで逆にこっちが冷静になる。大は小を兼ねるってこういうことを言うんでしょうか。
「ほんとにほんとに大丈夫?」
「大丈夫」
動物園のCM? 俺もまだ若いんだから大丈夫ですよ。
そんなこんなで、夢の内容も断片的になってしまった。最後に見えた、あの瞳だけは鮮明に思い出せるのに。
「おーい、よく聞けよー。もうすぐ目的地着くから……」
もうそんな時間かと思ったが、スマホを見てみればそれなりに時間が経っていた。結構寝てたみたいだから、愛菜之に申し訳ないな……。
当の愛菜之は泣きそうな顔で俺を見つめ続ける。そんなに見られると照れるぜ……なんて茶化すのも気が引けるくらい心配してくれるもんだから困る。
「じゃあ、目的地着いたら前から順に降りろよ。以上」
先生の説明が終わって、さっきの喧騒が戻ってきた。皆、ワクワクした顔で喋ったり、ポケ○ンカード片付けたり……なにを持ってきてんだよ、せめてトランプ持ってこいよ。
俺たちもブランケット片付けたりしなきゃなぁ……なんて思っていると、愛菜之がカバンから何やら引っ張り出してきた。
「これっ。これ着けて?」
そういって手渡されたのはリンゴ印のデジタル時計だった。……どこから出した? 新品なんだけど、これ。
「これね、着けてたら心拍数とか分かるんだよ。何かあったらすぐわかるから安心してね」
「これ、いくらすんの?」
「私のスマホと同期させて、ずっと私が見ててあげるからね」
「ねぇ、いくら?」
「これで晴我くんの心拍数、脈拍……えへへっ」
聞いちゃいないや。そんなに俺の心拍数だの脈拍だのみれて嬉しいのか。数字だぞ、数字。
いつのまにか俺を心配する流れから管理する流れになってる。まぁ、泣きそうな顔されるよりはいいけどな。
「降りる前に着けて、設定もしよ? 私のスマホにくる通知とか見れるから、晴我くんも私のことを監視できるよ」
いつのまにか俺が愛菜之を監視する流れにもなってしまった。一石二鳥とはまさにこのことか。俺にとっちゃ
そういえば愛菜之のスマホ、見たことないな。待ち受けくらいなら見たけど、俺の汚いツラが映ってただけだしな。
手短に初期設定を済ませていく。保護フィルムとかどうすんだって思ってたら愛菜之がササッと貼ってくれた。現代っ子にも程がある。
「歩いた歩数も見れるんだよ。あ、晴我くん用のも欲しい? 着いたら買っちゃおうか?」
湯水みたいな金の使い方をしなさんな。だいたいこんなもん二つもつけらんないだろうに。起業家でも二個使いなんて使い方しないでしょ。
「一個だけでいいよ。愛菜之がしっかり見てくれるだろうし」
「うんっ! ずっと見てるからね!」
場面が場面なら怖いセリフだが、愛菜之みたいなキューティーハニーがいえば借金取りみたいなセリフも心地良いもんに変わる。おかげでハートがチュクチュクしてきた。
ま、監視って言っても俺は愛菜之のプライベートを尊重したい。それに、デジタル時計だけじゃやれることも少ないだろうしな。
心拍数だの見られたって、特に支障もないだろう……。
「うっぷす」
愛菜之が急に太ももに手を這わせてきた。おかげでエラーみたいな声出ちゃった。
ブランケットで隠れているとはいえ、なぜにこんなことを……と、ジト目で愛菜之を見てみると、蕩けるような顔でスマホを見ていた。
「心拍数、ちょっと上がってる……可愛い……」
……時計、外していいですか?
「じゃ、ひとまずは自由時間だ。各班、街中から出ない範囲で、迷惑をかけないように……」
話が終わると、一班から最初に街へと消えてった。俺たちの班は……まぁ、愛菜之がいるのは当たり前として。
あとはさっきの新幹線で席を交代していた、初々しいカップル達だった。なにモジモジしてんだ、堂々と立っとらんか。
「ね、重士さん。あのね……」
「……そういう時は……」
なにやら女子陣でゴニョゴニョ話し出した。
俺と彼氏くんとじゃ、接点もなさすぎて会話すらない。妖精が通るどころか、ハトが間を抜けていった。
女子ってのは仲間意識が高いんですかねぇ。ま、仲間意識なんて男も女もないがねぇ。
その点なら、俺もこの彼氏くんと仲良くできるんじゃない!? よし、この際に交友関係を広げて……。
「晴我くん、行こっか」
腕を引っ張られて、そのまま連れて行かれた。交友関係が広がるのは、晴我先生の次回作にご期待ください……。
まぁ、変なこと口走って変な噂流れたりしたら大変だしな。正直なところ、ここ最近は愛菜之以外の人と喋ってないんだよね。
「なぁ、さっきの子と何話してたんだ」
「んとね、彼氏ともっと仲良くなりたいんだって。だから、どうしたら仲良くなれるのって」
……なるほど。愛菜之先生のアドバイスをご所望してたと。
つっても、俺たちの何かを手本にしたりはできないと思うがね。基本、俺たちは最初からクライマックスだったし。
……そういえば、なんで俺は愛菜之のことを最初から好きだったんだ? なんで初めて見た気がしないんだ。
「晴我くん?」
……うわ、顔が良い。考えてたことが全部吹き飛んじまっただよ。なんなら、口調すら危うくなってきた。
俺って愛菜之のこと、何にも知らないんだな。
愛菜之のことはなんでも知っているつもりでいたのに。愛菜之の匂いも、髪の毛の感触も、吐息の熱も。
知っていたのに、何にも知らなかった。
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