第51話
「ねっ、外の景色綺麗だよ」
「そうだな」
景色なんかより、ずっと愛菜之を見てる。もう見てるってより見つめてる。こんなにはしゃいでる愛菜之を見るのは久しぶりだな、こっちとしても満足満足。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、愛菜之は外の景色を見ながら、俺の手をギュッと握りしめていた。
「写真撮っちゃう?」
「愛菜之の?」
「ツーショットがいいな」
そんな可愛いお願いされちゃ撮るしかない。下手くそな自撮りで一枚パシャリ。
愛菜之にスマホを返すと一層ニッコニコしだした。楽しそうでなによりだね。
ま、俺が楽しんでるのは愛菜之の顔なんですけどね。
ひとしきり写真を眺めた愛菜之は、今度は俺にちょっかいをかけて遊び始めた。俺の手をにぎにぎと感触を確かめるように触ったり、たまに手の甲を撫でて、指の骨をなぞったり。
こんなことしてたらさすがに冷やかされるだろうが、しかしそんな心配もない。愛菜之が持ってきていたブランケットを敷いておくことで隠しているのだ。
天才ってこういうことを言うんだね! っていうことで、俺たちは手でイチャイチャしていた。何かにつけてイチャイチャしてないと気が済まなくなっている。
「このブランケット、あったかいな」
「ほんと? 頑張ってよかった」
「……まさか手編み?」
ブランケットって手編みできるのか? 嘘だろ? まぁまぁ大きいんだけど。
お店に売ってるようなやつにしか見えないぐらい、綺麗に模様付もされている。こんなに綺麗に作れるもんなのか?
「そうだよ。晴我くんが喜んでくれるかなって」
当たりでした。そういえば、マフラーも手編みだったな……。金に関しても労力に関しても、俺に対しての費用かかり過ぎじゃない?
喜びはするけど、少しは休むことを覚えてほしい。俺はそんなに良くしてもらうような大した人間じゃあないんだがなぁ。
「嬉しいけど、あんまし負担になるようなことは……」
「負担になってないよ? 晴我くんが喜んでくれるならなんでもするよ」
そういって俺に微笑みかけてくる。その優しい微笑みとは裏腹に、瞳にはどこか底知れない暗がりを秘めているような……。
俺に対しての執着心の表れというか、そんなところが愛らしい。もっと求めて欲しい、もっと縛られたい、なんて感情が芽生えてしまう。
「まぁ、ほどほどに……」
「うん。晴我くんの迷惑になるようなことは絶対しないから安心してね」
……迷惑ねぇ。俺は迷惑とは思わない、単純に愛菜之が心配なだけで。
とはいえ、愛菜之も線引きをしてくれているならいいだろう。今回の修学旅行だって、前の夏休みボランティアみたいに勝手に部屋を取ったりはしないだろうし。
そんな安心感からか、もしくは昨日の教え込みの疲れからかあくびが出た。新幹線とか電車ってやけに眠くなる現象、あると思う。
そんな俺を見て愛菜之は、撫でていた手を止めて優しく代わりに手を包み込んでくれる。
「眠い? 私の肩に頭預けて?」
気配りのできる彼女さんなことで。こういうところが好感度をやたらめったら上げてくる。やってることがイケメンなんだよ、他のやつにこういうことしてないよな?
言われた通りに頭を預けると、愛菜之はなぜか深呼吸しだした。
「くすぐったいっす」
「寝てる間は匂い嗅がせて?」
「こっちも年頃なんですがね」
恥ずかしいんだけど、肩を借りてる身なもんで言われるがままだった。でも毎日、愛菜之が髪を乾かしてくれてるし大丈夫だろ。よく分かんないオイルとかも塗ってくれてたし。
「重くないか?」
「重い方が実感あっていいの」
「キツくなったら押しのけていいからな」
愛菜之のことだから押しのけるどころか抱きしめてきそうだけどな。俺のことなんか二の次でいいから、その華奢な肩を大切にして欲しい。
本当はちゃんと起きて、駄弁ったり写真撮ったりお菓子食べさせあったりしたかったんだが……三大欲求ってのは最強なもんで。
「おやすみ、はーくん」
その三大欲求なんかよりも甘くて優しい言葉に、ストンと落とされてしまった。
ジジッと黒い靄のかかった視界が広がっていた。ここは……なんだ、中学の時の教室じゃないか。
ていうか、俺は中学生だろ。なんだよ、中学の時って。なにを考えてんだ。
とりあえず、もう外は夕焼けで赤くなってることだし帰りますかねぇ。
『─────すき』
聞き覚えがあるような気がした。違う、絶対にどこかで聞いた声だ。
知っている声だ、毎日聞いていたはずだ。おかしい、忘れちゃダメな気がするのは。
声のする方を向く。そこには机に突っ伏す男子と、耳元でゴソゴソと何かをしている髪の長い女子がいた。
男子の方は……特にこれといった特徴もない普通の男子。ていうか、突っ伏してるから顔も雰囲気も分からない。
女子の方も、これ以上ないくらいに男子に顔を近づけているから顔がよく見えない。でも、声だけは聞こえてくる。
『すき』
たった二文字の言葉、どちらかといえば好ましい言葉だった。
けれど、この場にはあまり似つかわしいとは思えない。その言葉は、伝えないと意味をなさないものだから。
女の子のやり方じゃ、伝わらない。男子の方はたぶん、寝ているだろうから。
『すき』
それでもお構いなしに、女の子は言葉を紡ぐ。何かを吐き出すように、壊れた蛇口から水が吹き出続けるように。
『すきすきすき』
壊れた蛇口から出る水は、どんどん勢いを増す。
『すきすきすきすきすき』
水は止まらない。
『すきすきすきすきすきすきすきすきすき』
止まらない。
「───ッ」
「晴我くん?」
心配そうに俺の顔を覗き込む愛菜之がいた。
そうだ、寝てたんだった。てことは、今のは夢か……?
どこかで見たような気がした。あれは確かに俺の通っていた学校で、教室だった。
「大丈夫? 暑かった? 汗、かいてるよ?」
「え?」
そう言われて、思わず声を上げる。
自分が汗をかいていることすら、今更気づく。真冬だっていうのに、なんでこんなに汗をかいているんだ。
「大丈夫? 具合悪い?」
「やっ、大丈夫。水かなんか持ってないか?」
「あ、あるよ。水筒持ってきてるから……」
愛菜之がカバンの中をいじくり、シンプルなデザインの水筒を取り出す。
中身をコップ代わりの蓋にいれると手渡してくれた。
「はいっ」
「ありがとう」
中身はいつも淹れてくれる紅茶だった。ちょうどいい温かさで、身体に沁みるのを感じた。
制服が張り付いて気持ち悪い。修学旅行の初っ端から運の悪いもんだ。
「どしたぁ、宇和神。気分悪いのか」
「いや、大丈夫っす」
愛菜之の剣幕に気付いたのか、先生まで来てしまった。とはいえ、気分が悪くなったわけじゃない。
返事をすると、先生も頷いて自分の席へと帰った。クラスの奴らは自分達が楽しむことに夢中なのか、こっちを見ていなかった。注目されるとイチャイチャしづらいから困る。
「大丈夫? 本当に気分悪くない? お薬あるよ?」
「大丈夫だよ、それより手ぇ握ってほしい」
「うん、うんっ。大丈夫、私がいるからね」
俺は今夜が山なのか? まだ死にたくないんで勘弁してくれ。
愛菜之は今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる。ギュッと握られている手は離さないとでもいうように力強い。
「晴我くん大好きだから、そばにいるから」
「助かる助かる」
魔法の言葉だ、薬より効くねえ。好きな人から好きな言葉を聞けると安心する。
ようやく落ち着いてきた。それでもあの夢は怖かった。最後の最後で、見ちゃいけないものを見た。
女の子の片目だけがチラリと見えた。ほんの一瞬、チラッとだけ。
きっとその男子のことが、心の底から好きなんだって伝わってくる目をしていた。慈愛に満ちた目っていうのはああいうものを言うんだってくらい、優しい目をしていた。
なのに。
「晴我くん、大丈夫だよ」
あんなに恐ろしいって感じるのは、怖いって感じるのは。
なのに。
「すきだよ」
どうして、初めて見た気がしないんだ。
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