第50話

 高校生っていうのは一大イベントが何個もある。

 その中でも一際輝くであろうイベント、修学旅行。見知らぬ土地に家族とではなく、友達と行くっていうワクワクイベントだが……。


「お小遣いは?」


「五千円まで!」


「お土産は?」


「最低限!」


「勝手に予約を?」


「取りません!」


 なんで俺は、小学生に教えるようなことを愛しの彼女に教えこまなきゃならんのだ。




 11月。鼻先が赤らんでくるような肌寒い季節。若干遅めだとは思うが、俺たちの修学旅行が始まった。

 ちなみに、始まる前からどっと疲れている。なぜかっていうと修学旅行の前日、愛菜之に何度も何度もさっきのことを教え込んで復唱させて、ようやく準備をしてベッドに入った。まぁ、ここまで教え込めば変なことをしでかさないだろう。


「えー、旅先で迷惑をかけると後輩達や学校にも影響が出るため、おとなしくするよう……」

 いつもより早い時間に集合させられて、先生の無駄話……もとい、注意事項を聞く。いつもと違う時間にクラスの奴らと顔を合わせるっていうのも新鮮ではあるが、それ以上に眠い。早く新幹線に乗って寝たいもんだ。

「以上だ、これから修学旅行を始める。では普通科の列から……」

 ぞろぞろと先生を先頭に生徒が動き出す。気だるいような、ちょっとウキウキしているような顔で、三者三様に修学旅行に胸をときめかせていた。

 俺はというと、ヒヤヒヤしていた。

「本当に何もしてないな?」

「してないよ?」

 隣に座っている愛菜之に、小声でそう尋ねる。愛菜之は首を傾げるが、こっちとしてはいまいち信用しきれない。

 俺が絡むとなにをしでかすか分からない。そんなところも好きなんだが、修学旅行という俺にも他の人にも重大なイベントで何かやらかすと後が怖い。

 信じてるだとか散々言ってきたが、こういう時にどっしり構えられないのが俺たる所以だな……。

「次の組、起立して改札いけよー」

「楽しみだね、晴我くん」

「……そうだな」

 まぁ、愛菜之は俺が嫌がることはしないからな。よし、切り替えて楽しんでいくか。




「なんで席が隣なんだよ」

 おかしいよ、初っ端からおかしい。本当は男子女子で別れるはずだもん。絶対何かすると思ったんだ、そりゃそうだよな。

「席、変わってもいいって子と変わったの。あの子たちも楽しそうにしてるよ?」

 そういって愛菜之が見ている席を見てみれば、そこには初々しそうなカップルがおりましたとさ。なるほど、利害の一致ってやつか。

 周りから冷やかされて二人とも顔を真っ赤にしている。末永くお幸せにな……。

 ちなみに俺たちは、もう冷やかされることもない。定着しちゃったよ、俺たちの関係。

「それに、席変えてる子は他にもいたよ。先生も怒ってないから大丈夫だよ」

 そう言われて周りを見渡せば、ちらほらと席を移動してる奴らがいた。いつものグループに分かれて楽しそうにトランプしたり、スマホをいじったりしている。

 まぁ、先生が怒ってないならいいか。

「そんなら、まぁ……」

 迷惑になってたりしないならオッケー。線引きはちゃんとしなきゃな。

 ま、それなら楽しみましょう。せっかくの修学旅行だし、その修学旅行を彼女と過ごせるなんて幸せだね。

 手始めに手を握ると、愛菜之は嬉しそうな顔で握り返してきた。

「楽しいね、修学旅行」

「始まったばっかだぞ」

「でも楽しいの」

 それは、俺がいるからだろうか。そうだとしたら嬉しい。

 ま、そんな自惚れはしない。違った時が辛いからね。

「晴我くんといるからだね」

 自惚れもなにも無いや。こういうことを平気で言ってくるから心臓に悪い。彼氏よりイケメンなのやめてくれ、立つ瀬がない。

 そんなイケメンな彼女さんと一緒に迎える修学旅行。移動中から、すでに楽しさ爆発しそうなのは君のせい、君のせいってね。

「ねっ。晴我くんが前、気になってたカフェとか行ってみよ? 目的地にあるらしいよ」

「よく覚えてるな」

「晴我くんのことはなんでも覚えてるもん」

 覚えてなくていいことも覚えてるからなぁ……。でもまぁ、こうして俺の楽しみを覚えて誘ってくれるのは嬉しい。時間あったら行こうかなって考えてたから尚更ね。

「えへへ、久しぶりに邪魔されないで楽しめるなぁ」

「……裏愛のことぐふぉ」

 話してる途中で小さいチョコを口に突っ込まれた。やっぱり他の女子の名前は禁句らしい。

 愛菜之は頬を膨らませながら、俺に話しかけてくる。

「ダメだよ、今は消毒できないんだから」

「……着いたら好きなだけしてくれ」

 チョコを飲み込んでからそう言ってやる。確かに裏愛は一年生だし、俺たち二年生だけが修学旅行なわけだが……。

 別に、前々から裏愛は邪魔しなくなっていたんだから警戒することもないだろうに。

「いっぱいしちゃうよ? 時間経つと菌は繁殖するんだから」

「いっぱいしてくれよ。いっぱいしてくれないと足りない体にされちゃったからさ」

「……えへー」

 ぺかーっと可愛らしいお日様みたいな笑顔。景色より愛菜之を見てた方がいいかもしれない。ありがたや、ありがたや……。

「ねっ、耳貸して?」

 そう言われて、愛菜之の顔に耳を近づける。

 何か話しておくことでもあるのかと怪訝に思ったが、言われた言葉は俺たちにとって、ありきたりなものだった。

「だいすき」

 そういって、バレないように頬にキスをされた。

 こういうところでそんなことをしなさんな……なんて怒る気力もなかった。こんなことされたら、俺のチョロい心はイチコロだった。

「いっぱい、いーっぱい楽しもうね」

 その笑顔が、そのキスが、さっき飲み込んだチョコよりも甘くて、優しくて。


 胸がいつもより弾んでしまっているのは、イベントのせいか彼女のせいか、分からなかった。

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