第49話

 目が覚めた。こんなにパッと明確に、目を覚ましたのはいつぶりだろう。

 質の高い良い睡眠が取れて満足。ま、昨日あんだけすりゃあ泥みたいに眠れるわな……。

 とりあえず顔を横に向けて、隣に寝ている愛菜之を見つける。いつもなら目が合って、「おはよう」 と優しい声で挨拶してくれるのだが……。

「ふやぁ……はれがくん……」

 そんな可愛らしい寝言をタイミング良く漏らしながら、俺の隣ですやすやと寝ていた。


 いつも俺より先に起きている愛菜之だが、今日に限っては違ったらしい。

 愛菜之の要望通りに何連戦もした結果だろう。愛菜之のお願いでは5連戦とのことだったが、正直何回シたかも覚えていない。

 ひたすら求めて求められてだった。獣みたいだなんて自虐してしまうくらいには、それだけをしていた。

「はれがくぅ……」

 寂しそうな声で俺を呼ぶ。本当は起きてるんじゃないかと疑ってみたりもしたが、スピスピと可愛らしい寝息は変わらなかった。

 あまりに無防備なもんで、いたずら心がくすぐられる。試しに、頬をぷにぷにと指先で続いてみた。

 ポヨンポヨンと指を跳ね返してくる。愛菜之の表情が寂しそうな顔から、心なしか和らいでいく。対照的に、俺の顔はニチャリと気持ち悪くなっていく。

 そんな顔を見ていると、胸にたまる愛おしさが溢れてきてしまう。たまらず愛菜之を抱きしめる。

 言い忘れていたが、お互い裸だった。こういうことをシた後は、お互い抱きしめ合ってそのまま寝てしまうことが多い。

 寝ている途中で離してしまったのか、今日は抱きしめあっていなかった。愛菜之が寂しそうなのはそのせいかもしれない。

「んへ……」

 不思議なもんで、俺が抱きしめると愛菜之の表情がみるみるうちに緩んでいく。なんなら、寝言すら漏らしている。

 あまりにも可愛いもんで、ついつい抱きしめる力を強めてしまった。いつも耐えきれずに全力で抱きしめる時と同じような、そのくらいの力で。

「んっ……」

 苦しそうな声を漏らす愛菜之。その声に我に返って、すぐに力を緩めた。けれど、嫌がっているわけではないようで。

 俺が力を緩めた途端に、愛菜之が寂しそうに体を引っ付けてくる。ほんとに起きてんじゃないのか?

 まぁ、愛菜之も疲れてるみたいだしこのまま二人で寝るとするか。




「んえ……」

 ようやく二度寝から目覚める。二度寝した時の後悔はなんなんだろうな。二度寝するって時は、たまんねぇ! って感じなんだけどな。

「おはよ、はーくん」

 ぼやけた寝ぼけ眼に映るのは、柴犬の耳をつけた愛菜之だった。ぴょこんという擬音が似合いそうな佇まいの耳が、美少女の上に乗っかっていた。

 試しに頭を撫でると、嬉しそうに頬を緩ませている。

「おはよ……それ、似合ってんな」

 ぴょこぴょこと揺れ動く犬耳が、フレッシュな笑顔の愛菜之によく似合っている。柴犬って元気なイメージない? 雪の中でもはしゃいでるのを動画で見た。めちゃくちゃ可愛かった。

「朝の挨拶してもいい?」

「お好きなように」

 寝起きの頭で生返事をすると、愛菜之は嬉しそうに頬を舐めてきた。しっとりとした温かい舌は、俺の頬をなぞって朝を知らせてくる。これが犬の挨拶なのか? 犬っていうか、愛菜之犬だけの挨拶?

「くぅん、くぅーん」

「マジで可愛いな……」

 寝起きなら何を言っても許される、寝起きだからね! てなわけで、俺の頭も口も緩くなるのも仕方ないよね。

 そんなゆるゆるの俺から漏れ出た言葉を、愛菜之はクスリと笑う。ほんのりと頬が赤くなっているのは内緒。

「私、可愛い?」

「めちゃくちゃ可愛い」

「嬉しいワン」

 そういって、手をグーにしてくいくいっと動かす。どっちかっていうと猫な気もするけど、可愛いからオッケー。

「そんな可愛い子はこうしちゃる」

 愛菜之をかけ布団で丸飲みする。二人で寝るためにと愛菜之が買ってくれた大きなベッドの上で、ゴロゴロと戯れあっていく。

「くすぐったいよ」

「可愛いから我慢」

「ワケわかんないよー」

 しばらくわーきゃーしながら転がり合うと、愛菜之が布団からポンッと頭を出す。戯れあいっこのせいか、愛菜之の頭につけていたはずの犬耳がどこかへ消えていた。

「おはよ、晴我犬くん」

 クスクスとイタズラが成功した子供のように笑う愛菜之が、俺のほっぺをつまんでグニグニといじってくる。

 もしやと頭に手を当てると、そこにはフワフワの犬耳があった。道理でそんなに楽しそうに笑うわけだ。犬耳とほっぺを摘まれているこの顔じゃあ、まぬけ感満載だろうな。

「いつの間に」

「晴我くん、私の前だと隙だらけだね」

 そりゃ好きだからね! うまいこと言ったわ……。(恍惚)

 それは置いといて、愛菜之は俺の頬どころか頭を撫でてくる。嬉しいけど、これは子供扱いされてる感があってドギマギする。

「朝ごはん、作ってるよ。一緒に食べよっか」

「今日はどっちが先?」

 どっちが先か、というのは俺と愛菜之のどっちが先に食べさせるかの話だ。口移しで食べさせあうとなると、どっちか片方が食べるのを待つことになる。

「……私が先でもいい?」

「もちろん」

 愛菜之は俺を最優先しがちだが、最近は自分を優先することもある。自分を大切にするようになってきている、いい兆しだ。

 俺のことを考えてくれるのは嬉しいけれど、自分のことをもっと大切にして欲しい。自分のお願いを通そうとするなんて、良い一歩だ。

「甘え上手な愛菜之、めっちゃ可愛い」

 ご褒美なんていうと大袈裟だけど、こうして褒めてもっと自分を出せるように。いっぱい褒めて、いっぱい甘やかして。

 とりあえず、愛菜之に犬耳を付け返す。愛菜之は嬉しそうに俺を抱きしめて、俺の顎に軽いキスをする。

「いっぱい褒めてくれるの、嬉しい」

 そんなこと言われたら、もっと褒めたくなる。頭を撫でて、ほっぺもうりうり撫でて、抱きしめて。

 うざったいくらいの褒めっぷりに、愛菜之は嫌がるどころか喜んで受け入れる。

「褒めてぇ……?」

 すっかり蕩けた顔をして、なでなでをご所望している。これ以上やると、また性懲りも無くすることになりそうだ。

「朝ごはん食べなきゃ」

「……食べたら、また褒めてくれる?」

「毎秒褒める」

 息してて偉い! 呼吸してて偉い! 生きてて偉い!

 ちなみにこれ、全部愛菜之に言われた。俺はなんだか死に際のじっちゃんの気分だったよ。

「いっぱい褒めてね?」

「もちろん」

「いっぱい好きって言ってね?」

「うざいくらいに言う」

 嫌われるくらいに言うかな。……さすがに嫌われたりしないでしょ。愛菜之はそんな子じゃないし! ていうか向こうからお願いしてきてるし!


 ……まぁ、そんなわけで。


 結局んとこ、いつも通りの俺らで。


 狭いような広いようなベッドで転がりながら、なんてことのない特別な日を今日も迎えた。

 

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