第43話
始業式を二人揃ってサボったわけで、注目を浴びるのは当然の結果だった。
とはいえ、愛菜之がそばにいてくれると不思議と気にならないというか。どっちかって言えば、愛菜之の方が注目を浴びていた。
夏の間に一段と魅力的になった愛菜之を、野郎どもはジロジロと見ていたわけで。主に胸をだが、そんな下心まみれの視線だろうと、俺としては気が気じゃなかった。
当の愛菜之は、気にしてないというか眼中にすらないというか。俺以外には本当に興味がないらしい。俺も俺で、周りの男どもが愛菜之に近づく隙を与えないようにしてはいたが……。
学校の中じゃ俺の評価なんて低い。いわゆるスクールカーストの中じゃ、俺はたぶん下層にいるわけで。
だというのに、彼女持ち……しかも、美人の彼女となりゃ、それだけでなぜかスクールカーストは上がっていく。不思議なもんだと思うが、スクールカーストなんてそんなもんでしかない。
そんなカースト社会である学校の中で、俺たちは腫れ物扱いされるでもなく平和に暮らしていけた。というか、二人だけの世界に入り込んでいるわけで、そこに誰かが踏み込もうとしたり、してきたとしても愛菜之のあんまりな塩対応で返り討ちにされたり。ある意味じゃあ、腫れ物だった。
「あーんして?」
そんな腫れ物の俺らは、いつも通り人のいない教室でお昼ご飯を食べていた。
そしていつも通り口移しで甘い卵焼きを食べ、いつも通り美味しいと言えば、いつも通り愛菜之は嬉しそうに笑う。
「なぁ、愛菜之って告白されたりしてないか?」
「えっ?」
愛菜之にそう聞くと、持っていた箸を落としかけていた。そんなに驚くことを聞いたかと思ったが、愛菜之は驚くというよりは狼狽えていた。
「は、晴我くんに隠し事なんてしないよ? それとも何か不安にさせちゃった? なにがダメだったかな?」
「や、やっ。違うんだ」
久しぶりの学校で、愛菜之がモテることを確認して不安になっただけだ。疑ったりなんて、あり得るわけない。
それでも、こんなことを聞いて愛菜之を不安にさせてしまったのは俺だ。
「本当にごめん。愛菜之を疑ったりなんてしてないし、俺が勝手に、一人で不安になっただけなんだ」
「ど、どうしたの? なにが不安なの?」
「愛菜之、モテるなって」
そういうと、愛菜之はポカンとした顔をした。そしてすぐに、その大きな瞳を濁らせた。
「あの有象無象のせいで、晴我くんは不安になったの?」
声に含まれる憎しみ。その憎しみだけで人の心を壊してしまいそうなくらいで、反射的に俺は口を開く。
「俺が悪い。勝手にそうなっただけだよ」
「あんなの庇う必要ないよ。……それに不安になる必要もないよ」
隣合って座っていた愛菜之は、向かい合って俺の膝の上に座る。膝の上に感じる愛菜之の存在、目の前にある整った顔。変わらず、黒い思いを秘める瞳。
「私、晴我くんのこと大好きだから」
そういって、愛菜之は俺の顎にキスをする。くすぐったさにも似た心地よさと、口にはしてくれないのかと残念な気持ちが混ざり合う。
と思えば、愛菜之は頬に、口に。鼻先、こめかみ、眉間、おでこへと。
顔中にマーキングするように、順にキスをしていった。
「んへへ……」
恥ずかしそうに笑い、誤魔化すようにまた口へキスをする。軽いキスを顔中にされ、俺はどことなく悶々としているが、一方でこんなことをされて困惑もしていた。
「大好き大好きって思いながらキスしてるんだよ」
そういって、今度は耳たぶへとキスをする。右へ、左へ。そして顔を正面に戻して数秒見つめ合うと、また口へとキスをする。
「今度は、好きなところをいっぱい教えてあげるね」
そういって愛菜之は俺を見つめる。その顔には微笑みを讃えていて目が離せない。
焦らすように俺を見つめ、満足気な顔をした後でようやく口を開いた。
「キスしたら、嬉しそうな顔をするところ」
そういって、軽いキス。
「好きっていったら、嬉しそうな顔をするところ」
そういって、耳元で囁く。
「好き」
顔を離し、また俺を見つめる。
「ご飯もお弁当も、美味しそうに食べてくれるね」
そういって、今度はもう片方の耳で囁く。
「だーいすき」
顔を離し、また俺を見つめる。
「えっちする時、私のことをいっぱい求めてくれるところ」
俺の両の頬へ手を添える。
「出した後、私が口でシてあげたら頭を撫でてくれるところ」
舌をちろりと出す。
「んれー……」
俺の唇を、舌先で優しく舐める。
「甘いや……」
蕩けた顔で、俺を見つめる。
「大好きなの、晴我くんがだいだい大好き」
熱を帯びた視線、暖かい手の感触。
「……お弁当、次の休み時間にしよっか」
頬に添えていた手を、俺の手と絡み合わせて。
「す、き」
俺は、吸い込まれた。
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