第42話
ボランティア活動が終わって、宿に帰って。
その瞬間から、俺は愛菜之に襲われた。猫が獲物に飛びかかるみたいな素早さに、俺は何をされたかすら分からなかった。
毎度の如く、喰い喰われの関係にねじ伏せられ……言わずとも分かると思うが、俺は喰われる側だった。
翌朝、げっそりした俺とツヤツヤした愛菜之の二人を見ながら首を傾げる有人と一緒に、俺たちはそれぞれの家に戻った。先生がこの活動を内申点に入れとくって言ってたから、ちょっと嬉しかったり。
夏の時間はそれはそれは緩やかに、速やかに消えていった。水の入ったコップの氷が溶けて音を鳴らすような、そんな一瞬を過ぎては消えていなくなった。
バイトも入れてないから、愛菜之と二人っきりの甘くてトロトロで濃厚な時間を過ごしていた。おはようからおやすみまで……好きから愛してるまで、一緒の時間を過ごしていた。
甘く平和な夏休みに浸っている一方、頭の片隅で裏愛の怯えた顔がチラついていた。愛菜之はそれを敏感に感じ取っては瞳を濁らせ、俺を抱きしめたり、指先に甘噛みをしたりしていた。
結局、なにも進まず変わらずのまま。
もう俺たちは、制服の袖に腕を通していた。
「行きたぐない……」
「行きたくないねー、そうだねー」
「やだぁー……」
「そうだよねー、可愛いねー」
制服にシワが寄ることも構わずに、俺はリビングのカーペットの上で寝っ転がっていた。
せっかく愛菜之がアイロンをかけてくれたのに……とは思いつつも、駄々をこねれば甘やかしてくれる愛菜之がいるからやめられない。
膝枕をしながら、いい子いい子と頭を撫でてくれる。叱るでも軽蔑するでもなく、愛菜之は俺をひたすら甘やかすだけだった。
夏休み明けってなんでこんなに辛いの? 人の一生は短いんだから、なんなら一年くらい休んだっていいじゃないの……。
「学校やだぁ……」
「うんうん、行かなくていいんだよ」
「中退はまずい」
「私が養うよ」
……うわっ、本気で揺れた自分が恥ずかしい。一日くらいならいいかってなった自分が本当に恥ずかしい。
愛菜之に相応しくなりたいとか言っといて、このザマですか。なにが対等だボケぇ。
まぁ、さすがに俺が無職とかなら嫌でしょ。俺に鞭を打つような言葉、かけてください。
「なぁ、俺がもし無職に……」
「無職になってくれるの!?」
あっ、たぶんこれ逆だ。
目をキラッキラに輝かせて、俺の顔を覗き込んで見つめる愛菜之。ふつう、彼氏が無職とか一番嫌では?
「やった、やったやった! ずっと一緒にいられるね!」
「待って待って待って」
まだ無職確定したわけじゃないから。俺、まだ学生ですから。前はバイトくらいならしてたから。
俺が抗議の目と声を向けると、愛菜之は可愛く首を傾げる。
「無職は嫌なの?」
「……嫌というか」
そりゃね、働かなくて済むならそれに越したことはないけど。でも愛菜之の隣にいるためにも、それなりの男になりたいっていう意地があってね。男ってめんどくさいネ!
ていうか、周りは容認してくれると思う? 愛菜之母ならイイヨ! って言ってくれそうだけど。たぶん俺は母さんにシバかれると思う。
「愛菜之は無職の男とか嫌じゃ……」
「晴我くん以外の男が嫌」
食い気味だね、そんなに嫌なの? なんというかこの先、俺がいなくなったりしたら愛菜之はどうするつもりなんだ。
「晴我くん以外いらない、晴我くんだけがいいの」
そんな嬉しいことを真剣な顔で言ってくれるが、まぁ無職は良くない……よね? そんなアホなことをお話してたら、時間は刻一刻と過ぎていく。
そうこうしてれば、とっくに家を出る予定の時間は過ぎていた。
「このまんまじゃあ、遅刻するかもな……」
家を出る時間は余裕を持っているとはいえ、あんまり遅れれば愛菜之とゆったり登校することもできなくなってしまう。走るのは別に構わんが、着いた時に息を上げる自分とケロリとしている愛菜之を比べて自己嫌悪しがち。
「うーん……学校やめちゃお?」
とんでもないこと言い出すね。俺だって学校めんどくさ! とか言ってるけど、本気でやめるってなったら躊躇うぞ。
「愛菜之の制服が好きだから辞めらんない」
「制服、いつでも着るよ?」
冗談混じりの否定は、魅力的な提案にかき消された。いつでも制服姿の愛菜之が見れる……頼めばセーラー服とか着てくれんのかな。
「晴我くんのお願いならなんでも聞くよ。おっぱい触る?」
「……触る」
俺が恥も捨ててそう言えば、愛菜之は嬉しそうに制服の中に手を突っ込んだ。
なにをしでかすのかと思えば、愛菜之は手をゴソゴソ動かすと、プチッと小気味いい音が胸から聞こえた。
途端、テントを張っていた制服が緩やかな湾曲を描くようになった。
「下着のホック、外したよ。フロントホックだからすぐ外せるんだよ」
得意気にそういって、どうぞと言わんばかりに胸をずいっと近づけてくる。まるで期待しているような目は気のせいでしょうか……。
素直に制服の中へと手を滑らせ、愛菜之の柔い胸を触る。いくら触っても飽きることもなければ、興奮も衰えない魅惑の身体を、朝っぱらから堪能していく。
「んっ……くすぐったい」
少し上気した頬、くすぐったさに甘い声を漏らす姿。俺にだけ触らせてくれるという特別感や征服感。
朝から感じちゃいけない、ましてや高校生の俺には身に余る感覚を味わっていく。
「やん……えへへ、可愛い……」
耐えられずに俺は、愛菜之の胸の谷間に顔をうずめて思いっきり抱きしめる。深呼吸までして、側から見りゃ変質者に襲われる美少女の図だ。
当の美少女は、聖母のような表情で俺を見つめていた。瞳に混じる若干の揺らぎが、ひとつまみのスパイスみたいに俺を煽り立てる。
「もっと触ってぇ……?」
甘ったるい声が耳にかかる。聖母と思えば一人の女性としての魅力で俺を打ちのめして、情緒をぐちゃぐちゃにさせてくる。
全てを受け止めてくれそうな、事実受け止めてくれる彼女は、俺の少し乱暴な手つきも息づかいも愛おしそうに包み込んでくれる。
「ねっ、はーくん」
その呼び方は、引き鉄のようなもので。
自然、俺の胸は早鐘を打ち。
「今日だけ、ふたりで悪い子になっちゃっおっか」
シワの寄った制服は、今日はいらなくなった。
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