第41話
カーテンの隙間から差し込む光。朝からうるさい蝉の声。隣には、俺のことを愛おしそうに見つめる彼女。
何度目かの朝チュンに、俺は学習しないなぁと顔を手で覆った。
流されるまま、煽られるまま。
愛菜之と身体を重ね、すっかり寝落ちしてしまっていた。
キスはお預けだとか言っていたが、結局いっぱいしてしまった。そんな愛菜之の口の傷は、本当に良くなってきているらしい。エセ科学が証明されてしまった……。
新しい朝が来た、希望の朝となるかは神のみぞ知る……。
今日も朝からゴミ拾いをするっていうのに深夜まで夜の運動会をしてたわけで。体力的にも正直、微妙な感じだ。
「まだ食堂に集合まで時間あるから、お茶いれるね」
俺のTシャツ一枚を着た愛菜之がとてとてとお湯を沸かして湯呑みを用意する。
俺より先に起きていたらしい愛菜之を、寝ぼけ眼でそんなところを見つめる。そして、その視線に気づいた愛菜之が俺を見て小首を傾げて微笑む。
こんな幸せな光景を拝んでいることが、高校生の身分の俺にはもったいないくらいありがたいことだ。
「お茶、入ったよ」
「ありがとな」
愛菜之が嬉しそうに、口にお茶を含んで顔を近づけてくる。
そんな愛菜之を見つめながら、俺は苦笑いを浮かべた。
「口のケガ」
「……」
寝ぼけてても大事なことは忘れませんよ、愛菜之さん。
朝は食堂で集まり、朝食を取る予定らしい。
まだまだ眠いと訴えてくるまぶたを擦る。俺の腕に抱きつく愛菜之をあやしながら、他のやつらが来るのを待つ。
「お待たせ。申し訳ないね」
頭をかきながら、寝癖を跳ねさせる有人が大して焦った様子もなくトボトボと歩いてきた。コイツはお母さんのお腹の中に常識を忘れてきたのかしら?
「揃ったことだし、入ろうよ」
「揃った? 裏愛は?」
俺が裏愛の名前を出せば、愛菜之がギュッと腕を抱きしめてくる。
控えめに主張するワガママに、思わず顔が綻ぶ。そんな俺を不思議そうに眺めながら、有人は何でもないように答えた。
「裏愛さん、帰ったよ」
食堂で朝食を取り、朝日に照らされながらゴミを拾っていく。時期が時期だけに、朝から客は多かった。
「……」
裏愛は帰った。……何か訳ありで帰ったのかと思ったが、ただ単に俺の確認不足だっただけだ。
『裏愛さん、昨日の午前までだったからね。前入りして仕事してくれてたし、ありがたいよ』
そんなこと知らずに、俺は仲直りできるかなーなんて軽い気持ちでいた。まぁなんというか、自分のまぬけ様に嫌気がさす。
「ふんふ〜ん」
そんな俺とは反対に、愛菜之は嬉しそうに鼻歌を歌ったりしていた。そりゃまぁ、邪魔者が消えたわけだしな。
俺が近づくと、それに気づいた愛菜之は嬉しそうに顔を上げた。
だが、俺の顔を見て愛菜之は心配そうな顔を浮かべる。
「……晴我くん」
優しい声に思わずフッと笑う。裏愛がいなくなって喜んでいるのに、俺が落ち込んでいるとなると愛菜之は落ち込んでしまうのだから。
「愛菜之」
「うん」
そんな健気さに、心があたたかくなる。好きだって、愛してるって伝えたくなる。
「愛してるよ」
そう言ってみると、愛菜之はポンッと顔を赤くした。たぶん、暑さは関係ない。そう思うと嬉しくて、こっちは頬が千切れそうなほどニヤけてしまう。
「な、なんで急に?」
「愛菜之の全部が好き。はやくイチャつきたい」
「ふぇ、ええ!?」
訳がわからないという顔をしている愛菜之を、俺は温かい気持ちで見つめる。なんというか、この子はいい子だってことをしみじみと感じていた。
「愛してる、大好きだぞ」
「は、はひ……」
周りに人が少なくて助かった。こんな歯の浮くようなセリフ、きっと昼間の人の多い時間じゃ言えやしない。
言うこと言った俺は満足したんで作業に戻ろうとしたが……。
「わ、私も愛してるよ! 好き!」
愛菜之は顔を真っ赤にしながら、俺の服の袖を掴んでいた。
お互い真っ赤な顔を見つめあいながら、海鳥の鳴き声が空に響く。
「ママー、こいびとさんだよー」
朝から元気なちびっ子が、俺たちを指差してママに知らせていた。その声に俺たち二人は肩を跳ねさせ、慌てて作業に戻る。
ママさんは謝りながらちびっ子の手を引いていった。気まずいような、助かったような。
顔を赤らめながら、困ったように目を泳がせる愛菜之に俺は囁く。
「……宿戻ったら、するから」
「ふぇ?」
「そのつもりでいてくれ」
「ふぁ、ふあぁ……」
愛菜之は涙を目に溜めて、自分の胸に手を当てていた。
空いているもう片方の手は、自分の服の裾をきゅっと握ってフルフルと震えていた。
「ど、ドキドキしちゃって、どうしよ……」
「え?」
愛菜之はそのままへたりと座り込んでしまう。熱中症にでもなったかと慌てたが、どうやら違うらしい。
「もっ、抜け出そ……? 今すぐシよ……?」
「それ、は……」
荒い息、触れる手と手。
愛菜之の顔が近付いてくる。海の匂いと混ざる彼女の甘い匂い。
今はボランティアで仕事をしに来ているわけで、抜け出すなんてもっての外だ。
それでも、愛菜之の艶のある唇に目を奪われる。うるうるとしている瞳は、俺を映して離さない。
「ママー!」
ビクッとまた肩を跳ねさせた。さっきのちびっ子は、元気に俺たちの横を駆けて通りすぎていった。
……なんていうか、間の悪いような良いような。
「我慢な?」
「……き、キスだけでも」
「絶対止まんなくなるからダメ」
そういって愛菜之から離れて作業を続ける。
ふと愛菜之の方へ振り返ると、愛菜之が獲物を狙うライオンのような瞳で俺を捉えていた。心なしか、息もフーッ、フーッと荒いような……。
……宿に戻ったら、俺はどうなるんだよ。
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