第34話

 ゴミ拾いっていうのは、拾うゴミがないと成立しない。そういえば、回収してないゴミがありましたね。

 有人くん! キミのことだヨ! お兄さんが袋の中に詰め込んであげるネ! ナンチャッテ! マジでぶち込んでやろうかね。

 そもそもアイツが、学校が旅費を出してくれるから海に行こうって誘ってきたんだぞ。まんまと乗せられた俺たちは、泣く泣くお仕事ってワケ。

 普通に考えたら、仕事以外のなにものでもないけどな!


 ま、そんな仕事もひと段落ついた。今はこうして、海の家の外にあるテーブルについて休んでるわけだ。

「晴我くーん、買ってきたよ」

「ん、ありがとな」

 愛菜之が自分で買いに行きたい、なんていうから行かせたが、やっぱり俺がいったほうがよかったかもしれない。周りの目を集める見目麗しき姿、俺も思わず見惚れちゃうね。

 そんな愛菜之にお願いしたのはタコ焼きのはずなんだが、もう片方の手にはカップに盛られたバニラのアイスクリームがあった。

「おまけだって。一緒に食べよ?」

 そういって、イスを引いてちょこんと座る。

 愛菜之が可愛いからってオマケとかすんじゃないよ。ほんとに油断も隙もないな。店員にも客にも敵は潜んでる……まぁ、愛菜之に話しかけなければいいんだけどな。

「あと、よくわからない男がお金払うよって言ってきたの」

 愛菜之はやっぱりモテるようで、妖怪奢ってあげるよ男が出てきたらしい。奢ってあげるからこのあと時間ある? てか彼氏いる? 連絡先教えて? とかぷよ○よみたいな連鎖を起こしてくるやつ。

「気持ち悪かったから無視したら固まってた」

 今まで成功体験しか積み重ねてこなかったんだろう……いずれは失敗するのさ。誰だって、負けてから強くなるんだ……。

「あんまり海も良い場所じゃないね」

「去年は……」

「去年は、クラスの女が晴我くんを汚したでしょ? やっぱり海はあんまり良い場所じゃないよ」

「愛菜之の水着見れるじゃん?」

「いつでも着てあげるよ? これ、着たままシてもいいよ?」

 あんまりそういうことを……はい、俺の負けです。

 想像しちゃったし、なんならお願いしてみようとか思った俺の負けです。

「あんまりそういうことを外でだな……」

「したくないの?」

「したくなるから言っちゃダメだって言ってんの」

 そういうと、愛菜之は満足そうな顔でふや〜っと笑った。なんとも愛くるしい笑顔、お日様にも負けない笑顔。

「宿に帰ったらシよっか?」

「部屋割りは個人部屋のはずだぞ」

「ちゃんとお部屋取っといたから大丈夫だよ」

 まーたそういうことする。一体どこから情報を仕入れていることやら。

 しかし、それだと個人部屋のほうが無駄になってしまう。うーん、愛菜之と宿には申し訳ないけどキャンセルを……。

「あっ、個人部屋の方はキャンセルの連絡しといたよ。安心してね」

 気遣い上手の愛菜之さんだぁ。気遣いがうますぎて怖いけど、まぁ二人で泊まれるならそれに越したことはない。なんだかんだで、愛菜之と二人きりになれるのが嬉しい。

「これ着てシてあげるね。……胸? 口?」

「だかっ、外でそういうことを……」

 小首を傾げて、海に負けない煌きを放つ愛菜之の瞳に俺は勝つことなんてできなかった。

 思考の末に、俺は愛菜之にお願いをした。

「……どっちも」

「っ! どっちも? どっちも?」

「どっちもしてほしぃ……」

 顔が熱いのは、きっと日に当てられたからで。声が小さいのは、客の喧騒にかき消されたからで。

 でも、それが全部違うことは愛菜之にはお見通しで。

「……えへへ、えへへへへ」

「なにがおかしいのよ」

「おかしいんじゃなくてね、嬉しいの。私にされるの好きなんだなって」

 そういって、アイスクリームをスプーンで救って俺に向ける。当たり前のように俺は口を開けて、スプーンが口に入ってくるのを待つ。

 しかし、口にスプーンが入ってこない。口を開けたままのアホ面をぶら下げて困惑していると、愛菜之は幸せそうに笑っていた。

「……あーんされるのも、好き?」

「……好きだよ」

 ぶっきらぼうに言うと、愛菜之は嬉しそうに微笑んでスプーンを口に運んでくれた。

 冷たいアイスが口を冷やしていく。バニラの香りが優しい。

「私もね。晴我くんに色んなことするの、好き」

 そういって、テーブルに置いていた俺の手に自分の手を重ねた。

 俺の指をなぞったり、つまんで持ち上げたり、撫でたり。手遊びをしながら、愛菜之は俺を見つめる。

「晴我くんに何かしてあげるたびにね。私に満たされる晴我くんが可愛いんだよ。晴我くん、私に何かされるたびに幸せそうな顔するの、知ってる?」

「知らなかった……」

 俺ってそんな顔してたのか? たぶん緩みきっただらしないお顔を晒してると思うが。

 愛菜之になにかされるたびに、俺は幸せを感じてる。それに間違いはない。愛菜之が俺のことを思ってくれていると確認ができて、心が満たされる。

「私が外でキスしようとしたり、ハグしようとしたりする度にダメって言ってるでしょ?」

「そりゃ、人前は恥ずかしいからな」

「でも、嬉しそうな顔してるよ?」

 そりゃそうでしょ。好きな子にキスやらハグやらされて嬉しくないわけないでしょ。

 なんて言えずに、俺は口籠る。顔に出やすいのは知っていたが、そこまで出てるとは思ってなかった。

「照れてる晴我くん、可愛い」

 照れてねーしっ! 可愛くねーしっ! なんて子供みたいなことを言ったらなおさら可愛がられるだけだ。大人しく、口を閉じて愛菜之に抗議の視線を向けていた。

「そんなことしてても可愛いよ?」

「どうすりゃあいいんだ」

「私にとって晴我くんは全部可愛いからどうにもならないよ?」

 そういって、またアイスの乗ったスプーンを向けてきた。

 可愛い可愛い言われるのはプライドが……なんて、愛菜之の前では意地を張るだけ無駄か。

 パクリとアイスにかぶりつくと、愛菜之は満足そうな笑顔を浮かべていた。

「ね、晴我くん」

「ん?」

「だーい好き」

 まるで子供に言うような、優しい愛の言葉に思わずムッとする。でも嬉しくて、でも恥ずかしくて、ちょっと悔しかったり。

 アイスクリームが体を冷やしてくれる。顔の火照りだって、冷ましてくれる。

 でも、こんなにあったかい笑顔を振りまいてくるこの子のせいで、熱は冷めなくて。


「俺も大好きだよ」

 

 なんて、ちょっと熱に当てられたみたいだ。

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