第33話

 愛菜之とピッタリくっつきながら、ゴミを拾っていく。よくわからん構図に、周りの人達は訝しげな目を向ける。

 あと、裏愛の日差しよりも痛い視線。

「晴我くんのこと見てないで、ゴミ拾いしてよ」

「アンタらを見てんすよ。自分らが異常だってわかンないンすか?」

「どこが?」

 愛菜之はきょとんとした表情でゴミをテキパキ拾っていく。どういう挙動してんのか分からないけど、仕事ができることはわかる。

 でもトングを人に向けるのはやめようか? 危ないんで没収しておきます。

「少しくらい離れたらどうすか? 見てて暑苦しいンすよ」

「見なければいいでしょ?」

「嫌でも視界に入るンすよ」

「晴我くんのことが好きだからついつい見ちゃうってこと?」

「オイッ!」

 まずい、ここでリアルファイトが始まるのはイカン。まったくナイスな状況じゃないのに、ナイスなボートの映像が流れちゃう。

「掘り返すのやめろ! 気にしてないフリしてやってンのに!」

「気にしてたんだ?」

「するっしょ普通は!」

 ハァハァと息を荒げる裏愛と、飄々としている愛菜之。なんだなんだと周りの視線がさらに集まっている。

 裏愛もそれに気づいたのか、ため息を吐いて回れ右をした。

「……向こうでやっときます」

「熱中症には気をつけろよ」

「うす……」

 スタミナ切れなのか、この夏には似合わないしょぼくれた背中を見せて歩いていく。熱中症がどうとか以前に気疲れしてそうで、なんだか気の毒だった。

「……あんな女の背中、見ないで?」

「見るのもダメなのか?」

「晴我くんが他の女と同じ場所にいるのも嫌だもん」

 あいかわらずの嫉妬深さに惚れ惚れしちゃう。ていうか、そこに惚れてる。嫉妬深さは沼の深さってね。

「私のことだけ見て?」

「見れない……」

 嬉しいことに、水着は自由だった。

 そんなわけで、また水着を買いに行ったりもした。さすがに水着売り場にいるのも慣れたかと思えば、まったく慣れないんだなぁこれが。

 今回も今回とて、愛菜之は俺の癖に合わせた水着を選んでいた。完全に俺のことを把握されているのが嬉しい反面、見透かされていることの恥ずかしさに顔が熱かったのを覚えている。


 裸まで見た仲とはいえ、気恥ずかしさは拭えない。白色のビキニを着た愛菜之の、凶悪な双丘に視線がいってしまう。

「胸を見たいなら見ていいんだよ?」

「恥じらいというものがだね……」

 恥じらいもあるけど、これは勝負なんだ。見たら見たで、なんだか自分に負けた気がして見れない。男ってめんどくさい生き物なのよ……。

「お風呂も一緒に入ってるのに?」

「それとこれとは別」

 水着姿が可愛すぎるし、なんていうか見るのすら申し訳なくなってくるぐらい可愛い。

 あんまりにも可愛くて、見ようもんなら俺の目が自然発火現象を起こしちゃいそう。バーベキューとかで役立てると思います。

「……私のこと、見るのやだ?」

「ずっと見たい。ていうか今すぐに愛菜之に触りたいよ」

「ほんと? 触って?」

「無理でございます……」

 そういうと、愛菜之は悲しそうな声で俺に言ってくる。

「やっぱり私のこと、いやになっちゃった?」

「なわけないだろ」

「じゃあ、どうして?」

 その悲しそうな声は俺に効くからやめてほしい。そもそも愛菜之の声が好きな俺からしたら、愛菜之に話しかけられるだけで弱点を抉られてるようなもんだ。

 こんなこと、言いたくもない。けど、言わなきゃ愛菜之を不安にさせたままだ。

「……我慢できなくなる」

「……そ、それって、その……」

 なにも言わずに頷くと、愛菜之はうれしそうに頬を緩めた。

 そして、何事もなかったかのように腕にだきついてくる。当然、愛菜之の凶器が腕に当たってくるわけで。

「……お話、聞いてました?」

「うんっ、我慢しなくていいよ」

「無茶言うじゃん……」

 勘弁してくれと愛菜之の目だけを見つめると、愛菜之はニンマリとした顔で俺の顔を見つめ返していた。

「えへへ、見てくれたね」

 ……これで何度目の恋だろうか。

 俺のハートは、もうとっくの昔に蜂の巣にされているが、愛菜之は塵すら残そうとしない。俺の心を撃ち抜いて、掴んで、捉えて。

 海よりも深い、彼女の愛情。夏の陽射しよりも、俺を熱く照らす。あんまりアツいもんだから、火傷までしてしまいそうだ。

「ほら、一緒にお仕事しよ?」

 パッと腕を離して、サクサクと砂を踏みながら歩いていく。黒い髪に日が反射して眩しい、思わず目を細めてしまう。

「……愛菜之」

「なぁに?」

 名前を呼ぶと、嬉しそうに振り返る。……そんな顔されたら、なんだか緊張してしまう。

 そんなに緊張するようなことでもないのに、少し空気を吸ってしまう。潮の匂いが、鼻にツンときた。

「……水着、似合ってる。可愛いよ」

「……えへへ」

 頬が緩んで緩んで、溶けているんじゃないかと思うくらいの、柔らかい笑顔。夏の陽射しすら、彼女を照らすスポットライトのように見える。

 夏のせいで、もっともっと愛菜之が魅力的に見えてしまう。


 でも、俺の胸がやたらに騒がしいのは。


 彼女の顔が、耳まで赤いのは。


 きっと、夏のせいじゃない。

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