第27話

 生娘のように掛け布団にくるまり、身体を隠す。そんな俺を、愛菜之はニマ〜っと嬉しそうに笑って見ていた。

「えへへ、可愛いね〜」

「勘弁しちくり……」

 可愛い顔して俺に可愛いとか言わないでくれ。そんなに言われると本当に可愛いんじゃないかって勘違いしちゃうから。


 なんでこんなに好きが溢れて止まらないのか。

 おそらく、告白大会が引き鉄だろう。というか、それしか思い当たらない。

 とはいえ、何日も何日も経っている。なのにも関わらず、あの時を思い出しては俺はキュンキュンしているわけで……。


「ぎゅ〜」

「んぬわっ」


 急にぎゅってしてくるの、やめてください。心臓に悪うございます。

 ふにふにと愛菜之の胸が当たっている。たぶんわざとなんだろうけど、一応聞いておく。


「当たってるんだけど」

「晴我くんのも当たってるよ?」


 キャー、当ててんのは俺もだったってワケ。

 いや、当ててるつもりないっていうか、愛菜之が当ててくるから反応しちゃっただけでな?


「まだシたりない?」

「足りてる足りてる」

「そっか」


 ……ちょっとだけだが、愛菜之がしょんぼりしている。愛菜之はまだまだ足りないようだった。

 いいかい、若者さん。夏ってのはね、ちょっとハシャぎすぎるくらいがいいんだよ。


「……見栄張った。ほんとはもっとシたい」

「ほんと?」


 そう言ってみると、愛菜之は嬉しそうに笑った。どうやら予想は合っていたらしい。

 こうしていると、去年の夏を思い出す。愛菜之に流されるがままに、身体を繋いで、心まで繋いで。

 

 だから、今年は。


「んっ……、キスしてくれるの?」


 恥ずかしさをどうにか振り切って、愛菜之に愛を伝えよう。




「……してくれないの?」


 まずい、やっぱり恥ずかしすぎる。

 目の前にべっぴんさんの顔があるだけでも頭がおかしくなりそうだ。

 一丁前にキスをしていた時の俺って、もしかしなくても恥じらいのないアホだったのでは?

 羞恥心! 羞恥心! と、心の中でライブが始まっているが、愛菜之は悲しそうな顔を俺に向けてきた。


「……やっぱり、やだ?」


 そんな顔で、そんなこと言われたら、もうおかしくなりそうだった。

 なんというか、萌えとかいう死語が頭に思い浮かんだ。


「……好きすぎる」

「え?」

「愛菜之が可愛いのが悪い。愛菜之が綺麗すぎるのが悪い。愛菜之が大好きすぎて辛い」

「え、ええ、ふぇえ?」


 顔を真っ赤にする愛菜之が可愛すぎる。頭がおかしくなりそうじゃなくて、もうとっくにおかしくなっていた。

 ぎゅっと抱きしめて、もっともっと力を込める。愛菜之が痛がるのすら忘れて、力を込めていた。


「んん、ふあぁ……」


 苦しくて息を漏らすというより、愛菜之は恍惚とした、甘い吐息を漏らしていた。

 すべすべの肌、耳にかかる吐息。胸や鼻先をくすぐる長い黒髪。


「晴我、くん……好きぃ、だよぉ……」


 麻薬みたいに、脳を蝕んでいく声。

 きっと苦しいだろうに、酸素がなくなって辛いだろうに、愛菜之はずっと愛の言葉を紡ぐ。

 そして、ねだるように身体を絡みつかせてくる。


 一度、身体を離す。愛菜之はまるでお預けを食らった子犬のように、すりすりと俺の胸に顔を擦り付けてきた。


「もっと、もっとぉ……」


 まだまだ足りない、俺だって、愛菜之だって。

 もっと、もっともっと俺は愛菜之を締めつけたい。

 俺は愛菜之のもので、俺は愛菜之のものだから。


「んっ、んあぁ……」


 愛菜之の白くて綺麗な肩に、歯を立てる。

 傷つけるかもしれない、でも傷をつけたい。

 俺のものだって証を、植え付けたくて仕方ない。


「きもひい、らいすきぃ……」


 呂律の回らない愛菜之にかまわず、俺は歯を立てる。そろそろ頃合いだろうかと、口を離した。

 唾液に濡れて、くっきりと跡のついた白い肩。


 俺が、愛菜之を傷をつけた。


 罪悪感、支配感、背徳感。


 具体的なコトに及んでいないのに、俺と愛菜之は息も絶え絶えだった。


「もっろ、ひて……?」

「……愛菜之もしてくれよ」

「うん、うん……! するよ、するから……んッ」


 今度は、腕に。

 柔らかくて、暖かくて……なんだか、甘い。

 味なんてするはずがないのに。なのに、歯を立てるたびに幸福感が脳を痺れさせる。


 しっかりと跡をつけて、また口を離した。


「……わたし、晴我くんのものだね」

 

 自分の肩を、腕を、彼女は愛おしそうに指先でなぞる。

 歯形をなぞるたびに、俺の背中に何かがゾクリと昇ってくる。


「……私は、晴我くんのもの」


 吐息が胸に触れる。くすぐったくて、生温かい。

 吐息が、肩に触れる。なにかのカウントダウンのように、吐息がどんどん近づいてくる。


 表情は見えなかった。けれどなぜか、鮮明に愛菜之の表情を浮かべられた。

 その表情に、俺も思わず笑みがこぼれた。


「晴我くんは、私のもの」




 肩に走ったのは、痛みか、快楽かも、わからなかった。

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