第25話

 武道館裏。ジメジメしてて、枝とかツルが生い茂ってて、あんまり人気のないところ。

 フラれた女の子が失恋して、さめざめ泣くような場所としてはお似合いかもね。

「……関わるな? だから、もう関わらないって言ってるじゃないすか」

「へぇ」

 関わらない、ね。私の晴我くんに、どれだけ汚い菌をつけたかも分からないのに。

 それなのに。


 私の晴我くんを汚すだけじゃ足りないのか知らないけど、告白なんて……!


「私の晴我くんに、告白できて嬉しかった?」

「は?」

「聞いてたの。あなたの一世一代の告白」

 あんなに想いがこもってる告白、聞いてるこっちが恥ずかしくなりそうだった。

 ああ、イライラする。思い出すだけで胸が苦しくなる。

「迷惑かけたくないから? そのくせ、我慢できないからって告白して……」

 話してるうちに嫌になってくる。この女が、晴我くんに告白したって事実が許せない、認められない。

 キッとその女を睨みながら、私は声を低くして言った。


「私の晴我くんを、あなたの思い出作りなんかに利用しないで」




 ……は?

 思い出作り? あたしの告白が、ただの思い出作りでしかないと思ってンの?

 あたしが、どれだけの思いで告白したかも。あたしが、どれだけ苦しかったかも。

 なンにも、知らないくせに……!


「突っかかってばっかっすね。先輩の思い、信じれてないンじゃないすか?」




 殺す。

 殺す殺す殺す。

 私が晴我くんを信じてない? そんなこと、なんにも知らない赤の他人のあなたが言っていいことじゃない……!

「あなたに何がわかるの?」

「わかるっすよ。あたしが先輩に近づくたびに不安そうな顔して……相当、先輩のこと信じてないンすね?」

「うるさい……!」

「知ってます? 人間、図星つかれたらキレるンすよ」

 コイツ……!

 この女、どこまで神経を逆撫ですれば気がすむの?

 私と晴我くんの時間を邪魔するだけじゃなくて、しかも煽ってくるなんて……!

 絶対に殺す、殺してやる……!


 私がポケットから、カッターナイフを取り出す。ただのカッターナイフじゃない。

 私が改造した、綺麗に切れるカッターナイフ。これで、全部全部断ち切る。


 不安も、心配も、まとわりつく虫も、全部……!




「……愛菜之」

 間に合ったというか、元々いたというか。

 告白を終えた愛菜之がどこかへ消えたから、必死になって探していた。おかげで汗びっしょりだ。

 なにやら裏愛と話しているらしいから、聞き耳を立てていたのだが……。

「こういう危ないのは、もってちゃダメだろ」

「で、でも……!」

「でもじゃない。俺は愛菜之がケガするのは嫌だぞ」

 そういって、愛菜之の手からギラギラと輝くカッターナイフを取り上げる。まるで鏡のように光を反射するカッターナイフが、どこか怖かった。

「裏愛」

 声をかけると、ピクリと肩を揺らす。これといって悪いことはしてないとは思うが、後ろめたい何かがあるのだろうか。

 後ろめたいのは、俺なんだけどなぁ。

「改めてこたえるよ。俺は、裏愛の思いは受け取れない」

「……!」

 俯く顔は、なにを示しているだろう。

 そんなの想像できないし、想像したくもない。俺だって、平気な顔して断れるほど無神経じゃない。

「俺は愛菜之が好きだ。世界の誰よりも好きだ。だから、裏愛の告白は受け止められない」

「……そンな、何回も言わなくても理解してますよ」

 自分の体を片腕で抱きしめ、舌打ちをしながらパッと顔を上げた。

 ……裏愛のそんな顔、初めて見たよ。

「あたしは、先輩が好きです! だからこの高校選ンで! 中学ン時だって、先輩が好きだからずっと隣にいたの!」

 しゃくりあげて、涙で顔を濡らす。

 震える声が、俺の胸をざわつかせる。

 きっとわからないその痛みが、まるで管を通ってくるかのように胸を締め付ける。

「あたし、あたしは! ずっと好き! 中学の時から! なのに!」

 苦しそうな顔を見せないで欲しかった。いつもみたいに、からかうような笑みでバカ話をしていたかった。

 あの頃みたいに、ただの先輩と後輩でいたかった。

「全部無視して! 気づかないふりしてた! そんなの、脈なしって言ってるようなもンじゃないすか!」

 そうだ、そうだったんだ。

 俺は、全部知ってたんだ。

 それでも俺は、気づかないふりをしていた。

「だからちゃんと言ってほしかった! なのに何も言わずに卒業して! その上、彼女!? あたし、あたしは!」

 まるで糾弾を受けているようだった。背中を駆けめぐる罪悪感が、俺を押しつぶそうとしているようだった。

「あたしは、先輩のなんだったの……」

 糾弾は、悲痛な女の子の叫びに変わっていた。

 俺にとって、裏愛は。きっとこの一言だけじゃ、また誤解を生みそうだけど。

 それでも、これが一番合ってると思ったんだ。


「裏愛は、俺にとって大切な後輩だよ」



「……なンすか、それ」

 涙でボロボロになった顔を歪めて、裏愛は笑う。

 まるで諦めのようにも、呆れているようにも思えた。

「あたしは、ただの後輩すか。先輩に、なんとも思われてなかったンですか」

「違う、俺にとって大切な後輩だ」

「だから、なにが違うンすか!」

「楽しかったんだ」

 そうだ、楽しかった。

 俺は、裏愛と話していて楽しかった。一緒にいて笑い合って、それでよかった。

 裏愛の好意に気づいていても、それでも俺は背を向け続けた。

 関係が壊れるのが怖かったのもあった。でも、違う何かがあった。それは、それは─────。

「……なンすか、楽しかったって」

 思い出せそうだったが、裏愛の言葉で現実に戻された。……大丈夫だ、また後で思い出せる。

 そう自分を安心させて、俺は話し出した。

「俺は、裏愛と一緒に入れて楽しかったよ。でも俺は……好きな人がいたんだ」

「……彼女サン、とか言わないすよね」

「わからない、わからないんだ。けど俺は、好きな人がいたんだよ」

「……本当、みたいすね」

 信じてくれたみたいだ。俺も思い出せたのは、そこまでだった。信じないと言われれば、それまでだったが。

 ホッしていると、次の瞬間。


「……ンなの信じられるわけ、ないでしょうが!」

 

 俺のみぞおちに、強烈な一撃がお見舞いされた。


「ぐぉぱっ!」

「晴我くん!?」

 火を吹く生物みたいな声を出す俺を、慌てて愛菜之が駆け寄ってくる。

 殺す勢いで裏愛を睨む愛菜之を抑えながら、俺は裏愛に聞いた。

「し、信じてくれてない……」

「信じられるわけないじゃないすか! バカすか!? バカなンすか!?」

「ぐるじひ……」

 痛い痛い……耳と腹が痛い……。

 信じてくれてないし、挙句に文句を言われた。いい後輩だと思ってたのに……。

「あたしの恋はなンだったンすか!? あーもう、あーもう!!」

 地団駄を踏みながら、納得いかないと声を上げて怒っている。まるでさっきの悲しみなんてないように。

「こンな先輩、好きになるンじゃなかった! 先輩なンか嫌いっす! 大っ嫌いっす!」

 髪の毛をかきむしり、足音を派手に鳴らしながら俺たちの横を通り過ぎていく。

 これで終わりか……。きっと、もう話せないのかもしれない。話せるかもしれない。

 良い方向に、転んでほしいと願うしかできない。


「……大好きでした!」

 

 振り返った裏愛は、ニカッと笑ってそう言った。

 涙がまた出ていて、それが化粧のように、門出を祝うように、裏愛を着飾っていた。

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