第24話

「この場を借りて告白します」

 

 本当に、しつこい女。

 そんなに私たちの邪魔をしたいんだ。勝負もしたのに、諦めつかないなんて。

 晴我くんは私のもの。私は、晴我くんへの思いなら誰にも負けない。

 あなたの気持ちなんて、真っ向から、正々堂々。


「結婚を誓い合ったあなたに」


 ─────叩き潰してやる。




 なんで、愛菜之がこの会場にいるんだ。

 メッセージアプリを開いてトーク履歴を確認する。たしかに俺は、愛菜之に送った。出店で買い物をしてくるから待っててほしい、と。

 アプリの不具合か、スマホの不具合か。疑ってみてもそんなの分かるわけもなくて、ただ愛菜之が近くにいるってことしか分からない。

 愛菜之は、何をしようとしている?


「あ、先輩……」

 声をかけられて振り向いて見れば、そこには裏愛がいた。そもそも俺のことを先輩って呼ぶのは、コイツだけか……。

「聞いて、くれてました? 私の告白」

「あ、ああ……」

 今ここで、その話をしている場合じゃない。俺は愛菜之が今から何をしでかすかで気が気じゃなかった。それに、上の空で告白の返事なんてしたくない。

「先輩、私の告白はどうでしたか?」

「どうって……」

「あたしの告白、聞いてどう思いました?」

 ……どうなんて、言えなかった。口を開けば俺は、謝るしかできないから。

「あたしの告白、嬉しかったですか?」

「嬉しいは……嬉しかったよ」

 嬉しいのか、嬉しくないのか。そこは、よくわからない。

 俺は、好きって言われて嬉しい人が決まっているから。けれど嬉しくないなんて、そんなこといえなかった。

「そっすか。そンならよかったっす」

 なんてことのないようにそう言い、俺の隣に並んだ。俺はいったい、今からなにを言われるんだ。

「……返事はないンすか?」

「え?」

「返事です。フるンすか、フらないンすか」

 あんまりの言い方に、俺は面食らってしまう。もうちょっと言い方ってもんはないのか……。

 とはいえ、本題に入らせてくれてありがたい。俺ははやく、愛菜之を見つけないと……。

「ごめん、裏愛とは付き合えない」

「……そうっすよ。それでいいンすよ」

 不機嫌そうにそう言って、肘で俺のことをドンと突いてきた。

「いてっ」

「あたしのこと選ばないとか、センス悪いっす! ばーかばーか!」

「はぁ?」

「あたしのこと選べばよかったって思わせてやりますよ! 先輩の……ばーか!」

 震える声が聞こえて、思わず怯んでしまう。それでも裏愛は、くしゃっとした笑顔をむけながら体育館を後にした。

 ただ俺は、そんな後ろ姿を見つめているしかできない。追いかけても、声をかけても、何もかもが邪魔になるだろうから。

 これでよかったのか。アイツの想いをこんな形であっさりと終わらせてよかったのか。

 そんなことを考えてしまったが、それを考えていいのは俺じゃない。アイツ自身だ、アイツだけだ。

 俺は、ただ返事をするしかできない。そして、返事をした。それまでだ。

 それしかやっちゃダメなんだ。




 ……引きずり続けても、今はしょうがない。それにまだ、やらないといけないことがある。

 愛菜之はどこだ。愛菜之は今から、何をしようとしてるんだ。

『次の告白者は、なんと飛び入り参加! 告白のタイトルは、これからもよろしくね、です!』

 ……飛び入り、そんな言葉を聞いて思わずステージを凝視する。

 このタイミングでなんて、そんなご都合主義はないよな。やめてくれよ、頼むから。


 そんな想いを蹴散らすように、ステージに上がる彼女が、とてもとても綺麗だった。

 黒い髪が靡いて、まるで生き物のようだった。歩いているだけの姿が様になっていて、会場のみんなが目を奪われていたと思う。

「この場を借りて告白します」

 いつだろうと聞いてきた声、俺を安心させてくれる声。愛菜之の、声だ。

 裏愛の告白に、怒っていない? 愛菜之は笑顔だった。いつも俺の隣で浮かべている、あの特別な笑顔だ。

「結婚を誓い合ったあなたに」

 その一言で、会場はざわついた。何を言ってるんだろうと困惑するもの、冗談だろとバカにするもの、真に受けて驚くもの。

 三者三様の反応だったが、俺だけは違った。

 嬉しかった。嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。

 こんな大舞台で、人前で、バカにされることも厭わずに、結婚を誓い合っていることを明言してくれることを、嬉しいと思ってしまったんだ。

「私とあなたの、昔の話を」

 ……昔の、話。

 昔っていったら、俺たちが出会ったころか? 高校を入学して間もない、あの頃の。

 愛菜之は一度、息を吸い込む。たぶん決意か、準備。

 愛菜之としては、かなり重要なことを言うのかもしれない。なら俺は、ただ黙って受け入れる。それだけだ。

「……私は、普通じゃなかった」

 観客はすでに興味をなくしているのか、それとも脈絡のない話に困惑しているのか。そんなのどっちでもいいか。

「普通未満の、かわいそうな子だった」

 今となっては容姿端麗の、完璧美少女。愛菜之が言うとなにかの皮肉のようにも聞こえるが、嘘を言っている様子はない。

「私はずっと怖がってた。そんな私に、ただ日の光みたいに、照らして暖かくしてくれてる。そんな存在だった」

 ……この話は、出会ったばかりの話。

 たぶん、中学生のころの話だろう。俺は思い出せないからわからないが、たぶんそうなんだと思う。

「ずっとずっと好きだった。でもこんな自分じゃ釣り合わないって思って、頑張ってここまで来た。今は、二人でいられてすごく嬉しい」

 観客はすでに置いてけぼりを食らっているが、愛菜之は構うことなく続ける。

 この告白を受け止められるのは、俺だけだ。

「私なんかが、あなたの隣にいられるか不安でたまらなかった。でも、あなたは私を迎え入れてくれた」

 沈んでいた顔は、パッと光を浮かべる。まるでなにかを振り切れたような、開放的な顔だった。

「私のことを好きでいてくれるあなたが、大好き。ずっとずっと大好きです」

 それはまるで、出会った時の頃を思い出させるような。

 あの春、公園でお互いが顔を真っ赤にしながら告白しあったあの時を、思い出させてくれた。

 昔の話……あまり詳しくはわからなかったが、俺はどうやら本当に愛菜之の助けになる存在だったらしい。

 俺は、一体なにをしたのだろう。愛菜之に好かれるほどの、なにをしたというのだろう。

「……以上で、私の告白を終わります」

 颯爽とステージを去っていくその様に、誰もが困惑を示していた。

 話の内容はまったくわからない。ある一人に向けての、自己満足の塊の告白。


 でも、そんな告白を受けた俺は。

 好きだとか、結婚を誓い合ってるとか、そんなことを言われて、俺は。


「俺も、好きだよ……」

 なんて呟きながら、手が痛くなるほどに拍手をしていた。






「……見つけた」

 目を腫らして、まるでヒロインみたい。

 どこまでもしつこいこの女が、泣く権利なんてあるのかな。

 ぐいっと顔を拭うと、声のする方……私の方へ振り返る。少し掠れた声で、私にキッと威勢のいい視線を向けてきた。

「……なンすか、もうあたしと話すことなンてないでしょ」

「あるから来たの」

 本当はこんな女と話してる暇なんてない。私は一分一秒でも晴我くんの隣にいたい。

 けれど、ここで全部を終わらせなきゃ。これ以上の邪魔なんてさせたら、そろそろ頭がおかしくなっちゃいそうだから。

「もう二度と、私たちに関わるな」


 ここで、ケジメをつけよう。


 

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