第23話

「はぁ……」

 晴我くん、遅いなぁ。

 お手洗いに行ってから結構時間が経つ。晴我くんがトイレを済ます平均的な時間を計算してるから、余計に心配しちゃう。

 お腹が痛くなっちゃったのかな? 食べたものは私が作った朝ごはんと、このシャーベットだけ。それ以外には口にしてないし……。

 晴我くん、晴我くん晴我くん。大丈夫だよね? なんともないよね? 私、晴我くんが近くにいてくれないと怖いよ。

『ただいまから、午後の部一番目のイベント。告白大会を始めます───』

 校内放送が響いてくる。告白大会……出たかったなぁ。全校生徒に、晴我くんは私のものだって知らしめてやりたかった。そしたら、余計な心配もすこしは減らせるから。

『───トップバッターとして登場してくれる方はこの方! 告白内容はなんと───』

 告白、告白かぁ。晴我くんと再開したときは、嬉しかったなぁ。

 君とは初めて会った気がしない、なんて言ってくれた。思い出してくれたのかなって思ったけど、違うみたいで少し残念だったけど。

 それでも、私のことを好きだって、一緒にいたいって言ってくれて嬉しかったなぁ。

『───この場を借りて告白します』

 中学生の頃は、晴我くんと二人きりの時間が多くて楽しかったな。……今のほうが二人っきりの時間が多いのかな。どっちにしても、晴我くんと一緒にいれた時間はすごくすごく幸せだったな。

『───好きです。報われないって分かってたけど、それでも言わせてほしくて、我慢できなくて』

 晴我くん、ホントにどうしたのかな。私の食事管理が悪かったのかな。電話をかけたほうが……。

『名前は出さないです。本人に迷惑、かけたくないから』

 晴我くんに電話、電話……。あれ、メッセージが来てた。出店で食べ物買ってくるね……一緒に行きたかったな。でも、晴我くんが買ってきてくれるんだ。嬉しいな。

『今まで、ありがとうございました。大好きでした!』

『アツい告白、ありがとうございました! トップバッターとしてのいい告白でした! 新しい恋を見つけられるといいですね!』

 新しい恋、私は毎日晴我くんに恋してる。なんて、誰に向かって惚気ちゃってるんだろ。

 晴我くん、帰ってこないなぁ。写真の晴我くんを見て、晴我くんパワーを充電しとこうかな。


『お送りしました。トップバッターの告白者、バスケ部所属の裏愛さんでしたー!』


 ……マジかよ。

 愛菜之の言ってたことは本当だった。というか、前から気づいてた。気づいてないフリをしてた。

 まさか、裏愛がこの場でこんなことを言うとは思ってなかった。アイツは目立つのが好きってわけでもないのに、こんな大舞台に立ってまで。


『先輩、今日の告白大会は最初が一番面白いすよ』

『ん? 誰が出るとか知ってるのか?』

『あたしだけ知ってるンすよ』

『そりゃまたなんでだ』

『あたしが出ますからね』

『ほーん……ほぉえ?』


 覚えてる、ついさっきの会話だ。あの時の真剣な表情だって、言葉だって、一言一句思い出せる。

『ケジメをつけるんです。手伝ってくださいよ』

『なんのだよ、なにをしろってんだよ』

『見に来てください。それだけっす』

 ケジメってなんだよとか、見に行くだけかよとか。そうやって濁すのも出来なかった。

 できるだけ先送りにするしかなかった。何を告白するんだって聞けば、たぶん裏愛は答える。だから、聞けるわけもなくて。

 愛菜之に嘘をついてまで来た体育館。人はかなりいて、置かれていたパイプ椅子は埋まっていた。

『───好きです』

 たったの一言なのに、名前も出していなかったのに。誰に向けて言っているのかが、よくわかる。

 だって、俺に向けられていたのだから。

 叶わぬ恋だと最初に言ったからか、会場は静まり返り、真摯に耳を傾けていた。

 そのせいか、余計に俺の耳に残る裏愛の言葉。

『大好きでした!』

 あの言葉に乗った想いは、本物だった。

 いつもみたいに、俺をからかうような冗談でも。俺をバカにするための嘘っぱちでもない。

 正真正銘の、想いをのせた言葉だった。


「……どうしたもんかね」

 次の参加者が告白をしていくなか、俺はそう独りごちていた。裏愛の告白の衝撃が強かったせいか、会場の客はみんな興味が薄いらしい。

 母への感謝の言葉を述べた男子が下がったところで、俺は愛菜之にメッセージを送った。

『今、どこだ?』

 送信ボタンをタップして、スマホをポケットに滑り込ませる。いつもならすぐにでも震えるスマホは、今日は元気がないらしい。

 なんとなく心配で、スマホを見てはポケットに入れるを繰り返す。愛菜之から返信が来ない、たったそれだけで不安になっている。そんな自分がおかしくてフッと笑ってしまった。

 返信がこないまま、五分ほど経っていた。たったの五分なのに、俺はそれだけで変な想像ばかりしていた。

 何かあったんじゃないか、また体育祭の時みたいに倒れたんじゃないのか。

 目を離したすきに、他の男が寄ってきたんじゃないのか。

 変な憶測ばかりが頭の中で飛び交っていく。不安は一度芽生えると、ポンポンと湧き出てくる。

 耐えきれずに、あるアプリを開いてしまった。

『これなら、お互いの場所がすぐにわかるよ』

 そういって、俺と愛菜之のスマホに入れたアプリ。愛菜之ならきっと大丈夫だと、そう信じてひらいた。

「……は?」

 思わず声が出てしまった。スマホの画面に映るものが信じられなかった。

 近くにいた人が、怪訝な顔で俺を見てくる。それでも俺は、空いた口を塞ぐことはできなかった。




 愛菜之が、この会場内にいるなんて。





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