第22話
「……でさ、文化祭の時に先生のマネして怒られてたじゃん」
「ありましたね! めっちゃおもろかったやつ!」
「そいつ、芸人目指すらしい」
「え、そこで人を笑わすことに目覚めた的な?」
「らしいぞ」
「マジすか! 応援してやろ」
ニヒヒと笑う裏愛を見ていると、あの頃を、中学のころを思いだす。こうして隣に裏愛がいるのと、昔を思い出して懐かしく感じてしまう。
「あの頃はあの頃で楽しかったな。今のほうが好きだけど」
「……そうすか。ま、あたしは中学ン時のほうが楽しかったすけどね」
「まだ高校、始まったばっかだろ」
「終わったようなもンすよ」
「はい?」
何を言ってるんだねキミ。まだまだ俺たちの学校生活は始まったばかりだ! 晴我先生の次回作にご期待ください……。
なんか終わってしまったけど、実際は終わってない。高校入学してまだ二ヶ月だろ。新しい生活にナーバスにでもなってるのかな? おじさん、話聞いちゃうヨ!
「まだ始まったばっかだって。元気出せよ」
「終わってンすよ、先輩のせいで」
「そこまで言うかね……」
今のはけっこう傷ついたが……。俺のいる高校って知らなかったんだろうけど、俺と同じ高校だから終わってるってことか? そんなこと言われたら、俺のメンタルが終わるから。
「ま、テキトーにやりますよ。それよりほら、まだ仕事残ってンすから」
切り替えの早いことで。俺はまだまだ立ち直れそうにないから先に行けー!
ツカツカと先に歩いて行く裏愛の背中を眺めながら、ため息を吐いてみる。周りの人の声にかき消され、吐いたため息は人混みに消えていった。
今頃、愛菜之はどうしてるだろうか。変な輩にからまれてないといいが……。といっても、そこから俺が救い出せるわけでも、その輩をのしてやれる力もない。というより、愛菜之が一人で撃退しそうだ。
そんなパワフルパーフェクト美少女が、俺のことを好きでいてくれる。こんな幸運なことはない。
とはいえ、その愛菜之とは離ればなれ。これほど不幸なこともない。
午後からは自由にしていいと有人が言ってくれた。なので午後までは仕事をしないといけないが……。
……裏愛の言うとおり、ウジウジしててもしょうがないか。まぁ、裏愛と昔話に花を咲かせるのと悪くないしな。
「なに見てンすか」
「昔に想いを馳せてた」
「昔を懐かしめるほど余裕あるンすね。腹から声出せ!」
「いらっしゃせー!!」
急に鬼教官みたいになるじゃん。慌てちゃったから八百屋みたいな呼び込みしちゃったよ。
「やりゃできるじゃないすか! 告白大会やりまーす!」
「まーす!」
横着は怒られないらしい。ちっちゃいタヌキ二匹の商店みたいな感じだが、俺たちは兄弟じゃないんだなも。……だなもは不動産のほうだったっけ?
とりあえず午後までは頑張るしかないなぁ……。愛菜之ならちゃんと仕事してるだろうし、なんなら俺がいないほうが快適かもな。
もしもそうなら、ワンワン泣くけどな。
学校にチャイムが鳴り響く。午後をお知らせしてくれているらしいその音色は、私にとって天使のファンファーレのようにも聞こえた。
だって、午後からは自由行動。晴我くんとあんなことやこんなことをしても良いってことだから。
気持ち悪い男たちの視線のせいで頭痛がしそうだし、早いところ晴我くんに消毒してもらわなきゃ。晴我くんはどうしてるかな。はやくイチャイチャしたいな。
晴我くんとは待ち合わせしてある。生徒会室が空いてるから、そこで落ち合おうねって約束してた。いつも一緒にいるから、待ち合わせなんて少し新鮮。
……でも、待ち合わせって待っている間はこんなに辛いんだ。これなら、 待ち合わせなんてしないで、ずっと一緒のほうがいいな。
「愛菜之ー」
この声、私を呼ぶ声! 晴我くんの声だ!
名前を呼ばれただけなのに、なんでこんなに嬉しくなっちゃうんだろう。晴我くん、晴我くん晴我くん!
「晴我、くん……?」
「……ども」
なんで、なんでなんでなんで。
なんでその女と、一緒にいるの。なんでその悪魔と、並んで歩いてるの。
「私の晴我くんと仕事できて、楽しかった?」
「は? 出会い頭になに言ってンすか?」
「楽しそうな顔してるから聞いただけだけど?」
「た、楽しそうな顔なンてしてないっすよ!」
その割には慌ててるけど、なんでだろうね?
本当に、この女は私たちの仲を邪魔するのが好きらしい。晴我くんも、もうちょっと気をつけてほしいのにな。
確かに他の女と喋っていいって言ったけど、私のことを見てくれなくなるのは辛い。苦しくて苦しくて、胸が張り裂けそうになっちゃう。
「何を慌ててんだ?」
「ああ慌ててないっすよ! はやく奥サンとどっか行け!」
「奥さんじゃなくて愛菜之さんなんだが……」
……晴我くんに敬語を使わない。先輩は敬うべきじゃないかな? それも、私の大切な晴我くんにそんな口聞くなんて。
「知らねっすよ! キブン悪いからここでさよならっす!」
「お、おお……」
誤魔化すみたいにどこかに消えていった。ようやく消えてくれた……これで晴我くんと二人きり。えへ、えへへ。
「なんだったんだアイツ……」
怪訝そうな顔をしてる晴我くん、可愛い。二人っきりになれて嬉しいな。生徒会室を開けててくれた上水流さんにも感謝しなきゃ。
「二人っきりになれたね。えへへ、えへへ」
そういって抱きついても、晴我くんは微笑んだだけ。あの女の走っていった方を見つめて、まだ怪訝そうな顔をしてた。
私以外の女に気を取られてる。なんで、なんで?
やっぱり私のことが邪魔なの? 私じゃダメ? 私以外の女が……。
「愛菜之ぉ……」
いろんな暗い考えが浮かんでたのに、晴我くんが甘えるみたいに抱きついてきてくれた。それだけで、もうどうでもよくなっちゃう。
「会いたかった……。愛菜之がいないとツラくてツラくてさ……」
「ほんと? 私がいないとやだった?」
「愛菜之がいないと死ぬ……」
えへへ、えへへへへ。やっぱり晴我くんは私のことが必要なんだ。嬉しいな、嬉しいなぁ。
「……なんで、あの女と一緒にいたの?」
それはそれ、これはこれ。ちゃんと理由は聞いておかないとね。確かに仕事で一緒だったのかもしれないけど、待ち合わせ場所にまで連れてこなくてもいいのに。
晴我くんは、私と二人っきりになりたくないのかな。
「仲が悪そうだから仲直りしてもらむごふっ」
「……えっ? わっ、ご、ごめんなさい!」
あの女について喋ってほしくなくて、思わず抱きしめちゃった。慌てて離したら、ちょっと残念そうな顔をしてた。そんな顔しなくても、好きな時にいくらでもするのに。
軽い力で抱きしめて、晴我くんに謝るみたいによしよしする。
「ごめんね、苦しかった?」
「どっちかっていうと寂しかったな」
「私がいなくて?」
「そうだよ」
そういって、マーキングするみたいに私に擦りついてくる。そんなに私と会えたことが嬉しいのかな。晴我くんが嬉しいなら、私も嬉しい。
「もっともっと私を感じて? あの女のことなんて、忘れさせてあげるね」
「別に裏愛はなんとも思ってわぷっ」
あの女の名前なんて口にしてほしくない。そう思ったらまた、体が勝手に動いちゃった。
また勝手なことしちゃったから、怒られるかなって思ったけど。晴我くんは幸せそうな顔してたから、いいのかな?
愛菜之パワー充電完了! ファイト一発充電ちゃんならぬ晴我くんです。
それは置いといて、愛菜之はやっぱり裏愛のことは好きにはなれないらしい。俺と裏愛は特に仲が悪いわけでもないし、愛菜之と裏愛になにかあるんじゃないかと思ったんだが……。
「はい、あーん」
スプーンの上のシャーベットを一口食べる。口の中がひんやりとして美味しい。
「食べたいなぁ……」
「……帰ったらしてあげるからさ」
慌てて口のシャーベットを飲み込んで、そう返事をしておく。そのままのんきにシャーベットを味わってたら、たぶん口の中を掻き回されてた。
「……私より、あの女のほうがいいの?」
「なんでそーなるノッ!」
変な声で言ってしまった。毎度毎度思うが、ちょっと拒否されただけでそんな悲観的にならんでほしい。
そもそも裏愛と愛菜之を比べる? おやめになって、そういう不毛な争い。
俺にとって愛菜之が全て。オールイズマナノ。マナノイズオール。
「さっきも言ったけど、俺は愛菜之がいないと死ぬ! 絶対死ぬ!」
「え!? やだ、死んじゃやだ!」
いや、死なない死なない。たとえたとえ。
泣きそうな顔でアウアウしてるのを微笑ましく見てると、愛菜之が持っているシャーベットがジワジワと溶けている。
愛菜之の手からスプーンとシャーベットを取って、一口救って愛菜之に向けた。
「ほら、あーん」
「ふぇ? あ、あーん」
一口食べると、嬉しそうな顔でふや〜っと顔が溶けていく。
「おいし……晴我くんとの間接キス……」
俺の唾液って味ついてんのかな。ちゃんと歯磨きしてるんだけどね。
あんまり美味しそうにしてるから次々にあーんしていると、シャーベットはとっくに空になっていた。
「ご、ごめんなさい。全部たべちゃった……」
「ん、可愛かった」
「か、かわ? なんで?」
「いや、可愛いから……」
なんでって言われても、可愛いもんは可愛いしな。かわいいー! 説明不要! くらいのノリだしな……。
「……晴我くんにとって、私は可愛い?」
「可愛い」
「あの女より?」
「……裏愛?」
おそるおそる言ってみると、愛菜之はなんだか苦しそうな顔で頷く。やっぱり俺が他の子の名前を出すのは慣れないらしい。
「愛菜之のほうが可愛いっていうか、俺は愛菜之のことしかそういう目で見れないからなぁ」
「……そっか」
愛菜之は安心したように笑って、ホッと息を吐いた。どうやらかなり悩んでいたらしい。そんなに悩むようなことでもないとは思うんだが、最近は裏愛のことばかりが気になっていたのは事実だった。
『まもなく、午後の部が始まります。午後より開始されますイベントについては───』
校内放送が流れる。スマホで時間を確認すると、時刻は正午を指していた。
「……ちょっとお手洗い行ってくるな」
「うん。一緒に行こっか」
「手伝う前提やめて? すぐ戻ってくるから」
そう言って、俺はそそくさと席を立つ。
すぐ戻ってくることに嘘はない。けれど行くところはトイレじゃなかった。
嘘はつきたくなかったけど、ケジメはつけないといけなかったから。
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