第20話

 来たる文化祭当日。

 お忘れだろうが、俺は裏愛に首根っこを掴まれ引きずられている。愛菜之がいないので、ずっとぐずっていたのだが、裏愛が見るに耐えないと俺を引きずってつれて行ったわけです。

「なンなンすか? 子供じゃないンすから」

「まだ16のガキンチョだよ」

「屁理屈はいいンで」

 軽蔑しっぱなしの裏愛に引きずられ続ける。裏愛になら軽蔑の視線を向けられてもいいが、愛菜之には向けられたくないもんだね。

 いつも隣にいてくれる愛菜之はどこへ行ったのか。答えは単純明快、看板娘をやっているのだ! さすが自慢の彼女さん。

 まぁ、普通の店番ですけどね。




『重士さんを店番に割り当てて、晴我と裏愛さんには客寄せをやってもらうよ』

『なんで先輩とあたしなンすか』

 うげぇ、と顔を歪める裏愛。そんなに嫌がられると流石の俺も傷ついちゃうヨ! マジで。

『ハァ……まぁ、いいすよ』

『よし、決まりだね』

 俺の意見は最初から聞いていないらしい。俺の発言ターンすら回ってこなかったので、話が終わった後で有人に話しかけた。

『俺と愛菜之は一心同体なんだが』

『二人を引き離すのは僕も心が痛むんだけどね。なにがあったかは知らないけど、晴我と裏愛さんは見てるとドギマギしてるじゃないか』

 やだ……私、顔に出過ぎ?

 ていうのは冗談で、そんなに表立ってギクシャクした様子は見せていない。そもそも俺と裏愛はギクシャクしてないんだが。

『これから先、生徒会のメンバーとして仕事をしていくんだ。晴我が何をしたのか知らないけど、早く謝ったほうがいいんじゃない?』

『俺がなにかやった前提なんだな』

『違うのかい?』

 コイツ、いっぺんシバいたろかいな。俺はセクハラ大魔神でも嫌味タラタラ男でもない。まっとうな人間なんですぅ。

『愛菜之はいいのか?』

『晴我くんのお友達のお願いなら、我慢するよ』

 こういう時は物分かりがいいというか、素直というか。俺といる時も、もっと素直に……素直か。愛菜之は素直ないい子! そうだよね! そうだよな!?

『それに、私以外の女の子と話しても大丈夫だよ。許可出したもんね?』

『そ、そうですね』

『ふふっ、どうして敬語なの?』

 怖さも可愛さもかね備えてる俺の彼女さん、完璧すぎる。愛おしさと切なさも兼ね備えてそう。それは男子! の方かもしれん。

 許可出たって言ってもないようなものだし……愛菜之が怒るんだもの。

『そういうわけだから。重士さんは店番をよろしくね』


 ……というわけで、今に至る。ほんとなら店番とか客引きとか、そんなもの全部無視して愛菜之とデートしたかったんだがなぁ。去年のデートが眩しく脳裏に焼きついちまってるよ……。

「そんなにあたしといるのが嫌なンすか?」

「そういうわけじゃない……」

 なんでそんな卑屈なんだ……。卑屈になるのは俺だけでいい。でも、卑屈になると愛菜之が怒っちゃうんだよな。

 やばい、愛菜之のことしか考えられん。俺は愛菜之が好きだが、まさか思考の深い部分にまで食い込んでくるとは思わなかった。恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

「そンなら、もっと楽しそうな顔してくださいよ。イライラするンすよ、そのシケた顔見てると」

「物言いが怖すぎる……」

 やだ……うちの後輩、ヤのつく自営業の方みたい。昔はもっとお淑やかだったのに……お淑やかだったかな? たいして変わらない気がする。

「な、なンすか。なに見てンすか」

「昔を思い出しててな」

 昔々、そこにはそこそこのお友達とそこそこの学校生活をしてるチンケな男子がおったそうな。まぁ俺のことなんだが。

 そこで俺は、体育館裏だったか……武道館裏? どっちでもいいが、裏愛に出会った。

 転校してきたんだったかな……全校長会で紹介されてて、バスケ部に入るとかなんとか言ってた。その時は、頭の片隅で覚えていたくらいだった。

 たまたま、昼休みに先生に荷物持ちをさせられた時があった。体育館に置いてきたファイルの山を運んでいたような……なんでファイルの山が体育館にあるんだろうな。

 その時に、見たんだ。裏愛が一人で練習しているところを。

 昼休みは体育館を昼練につかうとかで、なかなか行くこともなかった。バスケ部員のほとんどはサボってお喋りに勤しんでいたが、裏愛だけは汗を垂らしながらシュート練習をしていた。

 たまたま出会った時に、応援してるなんて言った。偽善か、慰めか、気まぐれか。そんなものは今となっちゃ分からないが、たぶん気まぐれだと思う。

 そこから、裏愛とは顔を合わせれば話すようになった。周りのやつらは、からかったりもしてきた。まぁ中学生なんてそんなもんだろう。

 俺は気にも留めていなかったが、裏愛は苦虫でも噛む潰したような顔でいた。そんなに嫌がられると流石に泣きそうだったのを覚えている。

「昔ってなンすか。中学ン時すか?」

「そんくらいの時は可愛げあったのに……」

「あたしに可愛げ求めないでもらえます? きしょいっす」

「心が痛い……」

 そんなに言わなくてもいいじゃない……。後輩っていうのは可愛げがあると先輩からモテるっていうのに。まぁ、そんなもん求めてる先輩の方がモテなさそうだが。

「さっさと周っていきますよ。あたしだって休むたいンすよ」

「俺だってそうだべや……」

 変な方言が出るくらい、愛菜之ロスがひどくなってる。こりゃ深刻だ、強いお薬が必要です。愛菜之っていう特効薬がね。

「ほら、声出してくださいよ。告白大会、午後の部にありまーす!」

 こういう時に嫌でも率先してやるあたり、真面目だよな……。こういう部分も、可愛げがあるっていうのかね。

「ほら、声出せ先輩!」

「午後の部でやりまーす」

「腹から声出せ!」

 こんな強盗みたいなこと言ってくる後輩、可愛げなんてあるわけないのだった。

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