第17話

 結局、あのまま愛菜之の家に泊まってしまった。ご飯は運んできてくれて、いつの間にやら着ていた制服もスウェットに変わっていた。

 愛菜之が俺の体を拭いてくれたらしく、そのまま寝ていていいと言われた。そんなこと言われても、裸を見られていたとか考えたら恥ずかしくて寝てられなかった。

 愛菜之を思い出そうとすると起こる頭痛や、昔のことを思い出せないままなのも今は無視をすることにした。また無理に思い出そうとして、愛菜之に心配をかけたくはない。


 それに今、優先するべきは文化祭のことだった。


 どうやって売り上げを伸ばすか。そんなこと考えたことある高校生はいる? いねぇよな!? なので大いに困っている。

 ま、こういう時こそ他力本願寺に参拝します。




『それなら客引きに寄せたらいい』

 俺の姉である、更季さらき姉ちゃんに相談したところ、メッセージでこう言われた。

 というのも、俺の姉ちゃんは元生徒会長。そういえばやってたよなー、くらいの感覚で聞いたのだが……。


『売り上げに繋がらないじゃん』

『売り上げは他から何割かもらって、その代わり客引きに全力を割くようにすればいい』

 

 なるほど……? まぁ、売り上げに繋がる商売を毎年毎年思いつくわけでもないし、周りから何割かいただくほうが確実か。

 告白大会は客引き効果はありそうだし、その点なら合致している。まぁ、もっと改善していかないといけないだろうけどな。


「……ていうわけで、客引きに全振りしたほうがいいと思う」

「ふむ……」

 有人が難しそうな顔で考え込む。いつものごとく、放課後の生徒会室で俺たちは話し合っていた。

「まぁ、周りから売り上げを徴収していく方が確実……。写真を無料で撮れることと、その他の交換条件を用意して……」

 一人でブツブツなにか言っているが、考えがまとまっているようで何より。俺は何より、この会議を終わらせたい。

 放課後の貴重な時間が削られるのは痛い。なにが辛いって、愛菜之とイチャイチャする時間が減るから嫌なんだよ。

「よし、あとは僕が考えておくよ。みんなは解散して、各自のクラスの仕事を頑張るように」

 クラスの仕事つってもねぇ。前に出るような仕事は陽キャくん達が取って行っちゃったし。あとは適当にやればいい裏方の仕事とかだしなぁ。

 まぁ、何にしてもこれで放課後は自由だ。これで愛菜之とイチャイチャできる時間も増えることだろう。クラスの出し物は……適当にやりますか。

「おつかれサンでーす」

 ……結局、裏愛とまともに話すことなくアイデア出しは終わってしまった。話すことはない……わけでもないというか、俺としては仲良くいたいので悲しい気持ちがある。

 愛菜之が怒るので話すことはもうないだろうが、未練は残るばかりだった。


「……晴我くん、今日も上の空だったね」

「ん?」

 帰り道、いつものように俺の腕を抱く愛菜之が、そう聞いてきた。

 上の空? 確かに俺はいつ何時でも愛菜之のことをずっと考えているから、人の話を聞かない節があるが……愛菜之に心配されるくらいにボーッとしているつもりはなかったんだが……。

「ずっと、ずーっとあの女のことが気になってるんでしょ?」

「そんなことないって」

 俺が慌てて否定すると、愛菜之は分かってると言うように、首を縦に振った。

「別に怒ってるわけじゃないの。私も、もうちょっと考えを改めた方がいいのかなって思って」

「え?」

 マジか。あの愛菜之が、他の女子と話すことを許してくれるのか?

 嬉しい、というよりも肩の荷が降りる感じがする。愛菜之以外の女子と喋っても特段楽しいわけでもないしな。

「晴我くんはあの女と話したいんでしょ?」

「話せるなら、まぁ……」

「うん、喋ってもいいよ。でも条件があります」

 条件……なんだろうな。一言話すたびにキスとかか? それなら喜んで承諾する。なんなら愛菜之と喋るたびにキスしたい。

 しかし、愛菜之の出した条件は予想とは全く違った。

「私と一緒に暮らすの」

「……ん?」

 一緒に暮らす? ……今も一緒にいるが。ていうか、ほぼ一緒に暮らしてる。朝は一緒に登校してるし、日中は一緒だし、夜はご飯とお風呂まで一緒に食べたり入ったりしてる。

「一緒にいるじゃん」

「ううん、違うよ。私と同棲してほしいの」

 同棲? この子、今同棲って言ったの?

 待った、ほんとに待った。そもそも一緒に暮らす家すらないんだ。たとえ愛菜之の家で暮らすとしても、重士家に迷惑がかかるから俺が嫌だし。

「そもそも家がないぞ」

「あるよ、晴我くんのお家の隣」

「そこは鈴木さんのお宅だな……」

 鈴木さん……うん、説明する必要がないくらいの普通のお隣さんです。たまに挨拶すると元気に挨拶を返してくれる小学生の息子さん、好きです。

「そこね、買い取ったの」

「……」

 あのね、整理させてほしいの。まず前まで鈴木家が住んでたよな。そもそも愛菜之は家を買える金があるのか。ていうか買える歳なのか、そこはよく知らんけど。

 いともたやすく露わになる真実の連続に、俺は返す言葉がなかった。

「お金なら、まだまだいっぱいあるから心配しないで。それに鈴木さん? っていう前まで住んでた人たちとは話し合って譲ってもらったの。名義はお母さんの名義を借りて買ったから大丈夫」

 俺の疑問を次々に撃ち落としていく。鈴木さん家の息子さん、最近見ないなーとか思ってたらそもそもいなくなってたのかよ。

 愛菜之がどんなふうにお金を生み出しているのかは知らないし、愛菜之母なら名義くらい貸しちゃいそうだし、俺の頭はもうめちゃくちゃだ。

「だから同棲しよ? 晴我くん家の隣ならお母様に心配かけないし、家事とかは私が全部するよ? あ、家具も家電も完備してるよ! ネットも繋がるし、ベッドは二人で眠れるようにダブルにしたの」

 愛菜之が矢継ぎ早に家の説明をしている。まるで不動産のセールスマンだが、俺はただの高校生。まだ契約はできない歳なんです。

 しかし、他の女子……裏愛と話せるというメリットは大きい。束縛されることは嬉しいのだが、束縛が外れるならそれに越したことはない。


 けれど一番の決め手は、愛菜之と一緒にいられることだった。

「……愛菜之と一緒に暮らすよ」

「ほんと!?」

 愛菜之は食いつくように返事をし、俺の腕を抱く手に力を込める。

 こんなに喜んでくれていて申し訳ないが、俺からも少し条件を付けさせてほしい。苦笑しながら、俺は愛菜之に話した。

「けど、母さんが帰ってくる日は俺の家で寝泊まりするからな。たぶんだけど、母さんは許してくれそうにないしさ」

「……その日以外なら、私と一緒に暮らしてくれる?」

「もちろん」

 そう答えると、愛菜之はパァッと顔を明るくさせて、俺の腕に頬擦りをした。

「やった、やった……! 晴我くんと一緒、晴我くんと一緒……!」

 まるでおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃぐ愛菜之に、俺はほっこりとした気持ちで見つめていた、遠くを。

 愛菜之の行動力が計り知れない。そもそも、最初から行動力の化身な部分はあった。だからって、隣の家を買い取るかね、普通。

 しかし、これで俺は裏愛と話せるようになった。前のように気の置けない関係に戻れるといいが……。


 けれど、今は。

「今日は同棲記念日に、ごちそう作ってあげるね!」


 今だけは、こんなに喜んでくれる可愛らしいこの子との新しい生活を、楽しもうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る