第13話
「愛菜之ぉ……」
「いつまでそンな顔してンすか。切り替えてくださいよ」
とは言われても、俺は愛菜之がいないと何にもできないんだよ。愛菜之がいないとおかしくなる。スマホないと死んじゃう現代の若者みたいな感じなんだよ。
「呼び込み行きますよ。まったく、日頃仕事しないンだからこういう時くらいは働いてくださいよ」
「愛菜之……」
裏愛に首根っこを掴まれながら、俺はずるずると引きずられていく。運動してるだけあって筋力はあるんだなぁ……じゃなくて。
愛菜之に会いたい、愛菜之、愛菜之さんや……。
どうして、どうしてこんなことに……。
愛菜之と裏愛の勝負から、裏愛はすっかり関わろうとしてこなくなった。すれちがえば挨拶する程度の浅い関係になってしまった。
寂しくないと言えば嘘になるが、俺にとって最重要なのは愛菜之だけだ。愛菜之さえいればどうってこと……まぁ、やっぱ寂しい。
とはいえ、また愛菜之が不安になるようなことはしたくない。俺も俺で極力かかわらないようにして、月日は過ぎていった。
そして6月。若干暑くなってきているこの頃、俺たちは変わらずに幸せに過ごしていた。別になにかのフラグとかじゃなく、普通に過ごしてた。
「はい、あーん」
「あー」
今日も今日もて、お昼ご飯をあーんをしてもらっている。こんな幸せな時間を過ごせるのもあと二年ほどだと思うと、時の流れの早さを感じる。
「美味しい?」
「美味しい」
幸せだぁ……幸せ以外になにもいらないんだぁ。
愛菜之に食べさせてもらうことが当たり前になって、そろそろ箸の持ち方も忘れそうなこの頃。
裏愛とのいざこざも……まぁ、解決? したことだし、平和な日常が戻ってきてよかった。
「私にも食べさせて?」
「んー」
もぐもぐしながら返事をし、愛菜之が持っている箸に手を伸ばそうとすると。
「んむぐっ」
愛菜之が俺の口を塞いできた。と思えば、俺の口に入っていたお弁当を全部かっさらっていく。
愛菜之が俺の口に入っていた食べ物を舌ですくい取り、そして飲み込んでいく。口が繋がっているからか、ごくりと飲み込む音がしっかりと聞こえて、なんだか顔が熱くなってしまった。
「……ぷあっ。美味しいね」
「びっくりするから一言いってくんない?」
「ごめんね、はやく食べたくて」
たしかに愛菜之のご飯は美味しいもんな。早く食べたくなる気持ちもわかる。分かるけど、絶対関係ないことで愛菜之は早く食べたがってただろうな。
「美味しいか?」
「うん! 晴我くんの唾液だいすき!」
お弁当の感想を聞いてたんだが、なぜか俺の体液の話になってる。俺の唾液が美味しい……ちょっとわかんない。自分の唾液の味とか気にしたことないし。
まぁ、俺も愛菜之の唾液おいしいって思うから、理解できないでもない。ん? 矛盾が発生してますね……。
「お茶も飲みたいな」
愛菜之が甘えた様子で俺にそう言ってくる。注げってことでしょうか。愛菜之のためならいくらでも注いじゃうぞー! 血とか金とかも注いじゃうぞー!
「ん、じゃあ注いであげ……」
「口移しして?」
返答がお早いことで。お客さま、当店ならぬ当晴我では口移しのサービスは行っておりませんゆえ……。
「コップじゃダメなのか?」
愛菜之は用意周到なことで、紙コップにお手拭きまで用意してくれている。それ以外にも、ご飯関係以外ならハンドクリームやリップクリーム、爪切りに耳かき……なんで耳かき? 俺にいつでも耳かきできるように、らしい。
あと何に使うかは知らないが、ファスナー付きのプラスチックの袋。保存に使うとか言ってたけど、一体なにを保存するんでしょうか……。
「口移し、やだ?」
「いやじゃないけどさ……」
愛菜之は普通の口移しをしないからな……。口移ししてると思ったら、いつのまにか深めのキスに様変わりしてたり。午後の授業を悶々としながら過ごさないといけないのは、かなり辛い。
「口移しだけな?」
「うんっ。口移しだけだよ」
ほんとかね……。まぁ、愛菜之がそう言うなら。
「じゃ、するぞ」
「うん! えへへ、えへへっ」
そんな嬉しそうな顔されると、なんというかくすぐったいというか。お茶を口に含む俺をワクワクした目で見てくる愛菜之の視線がむずむずする。
「んんー」
どうぞ的な感じで顔を近づけると、愛菜之は嬉しそうに口を塞いできた。口の中の液体がどんどん取られていく。
口の中からお茶がなくなると、愛菜之は口を離す。そしてもう一度、口を近づけてきた。
約束を破ってまた深いキスをしてくるかと身構えていると、愛菜之は俺の口の端を舌で舐めただけだった。
「ごちそうさま」
「……お粗末さまでした」
深いキスをされるとばかり思っていたのだが、愛菜之はちゃんと約束を守っていた。なのに、なんだかこれはこれで悶々としてしまう。
そんな思いが顔に出ていたのか、愛菜之はからかうように俺を見つめてくる。
「どうしたの?」
「別に?」
なんでもないように振る舞うが、愛菜之は全てわかっているかのようにニヤニヤと笑ってくる。
手玉に取られてるこの感じ……嫌いじゃないような、ちょっとだけ嫌なような。
「はーくん」
「ん? ……むぐふっ」
甘える時だけのあだ名を呼ばれ、思わず振り向くと口を塞がれた。口の中で愛菜之の舌が暴れていく。
最初こそ驚いたり、口の中で異物が暴れる感覚には慣れなかった。
何度も何度もキスをして、されて。今じゃこの瞬間がたまらなく幸せだった。
「ぷあっ、えへへ。気持ちい?」
「しちゃダメだって言ったろ?」
「ごめんね」
きっと俺がキスしてほしいことくらい、愛菜之は分かってるのだろう。素直になれない俺のために、愛菜之が勝手にキスをしたように仕向けてくれている。
そんなところが愛おしくて、好きだって気持ちが溢れてくる。
「……もっとしてほしい」
「……うんっ!」
笑顔を浮かべて、嬉しそうにまた口と口を触れ合わせる。ほんとに、いい子すぎて困ってしまう。
幸せに満ち足りたこの時間がいつまでも続けばいいのにと願いながら、愛菜之の体を抱きしめた。
「放課後、生徒会室に集合だってよ! じゃあな!」
白羽の矢ならぬ、白歯の表が俺と愛菜之にそう言ってきた。表は別の用事があるとかで帰るらしい。アイツも参加するのかと思ってたが、アイツも忙しいんだな……。
生徒会室に入ると、いつものように有人がパイプ椅子に座って書類をまとめていた。コイツはいつも仕事をしてるが大丈夫なのだろうか……。学生としての時間をすべて仕事に費やしそう。さすがにそんな目も当てられない学生生活はダメです。べ、別に心配してるわけじゃないんだからね!
「あ、来てくれたね」
「サボるとでも思ってたのか?」
「晴我ならサボるかもね?」
「マジでサボってやろうか」
なんて軽口を交わしながら、空いているパイプ椅子に座った。俺と愛菜之のために置いていたのか、しっかりと二つ並んで置いてあるのがありがたい。
「すまないね、急に呼び出して」
「別にいんだけど……そもそも、普段呼ばれないほうがおかしいだろ」
コイツは仕事を自分一人でやってるっぽいんだよな。俺たちに手伝わせればいいものを、なにを意固地になって一人でやってんだか。
「んー……僕一人で事足りる仕事ばかりだからね。それに君たち二人の時間を無駄にしたら、重士さんに恨まれそうだしね」
そんなことで愛菜之が有人を恨んだりなんて……しないはず。いや、しない。さすがにしないよな。
「結構前だけど、靴箱で重士さんと新入生の子が喧嘩? したらしいね」
「あー……」
愛菜之がカッターナイフ持ち出した時だなぁ。なんで二ヶ月も前の話を覚えてるんだコイツ。教科書の内容覚えた方が有意義だと思うんだが。
「まぁ、大事になったりしてなくてよかったよ。さすがに怪我人が出たりしたら2人の立場も危なかっただろうし」
たとえ立場がどうなろうと、愛菜之とずっと二人でいるつもりだけどな。愛菜之のことだから、申し訳なさを感じたりしそうで心配だけど。
「世間話は置いといて……あと一人来るんだけど、先に話しとこうか」
もう一人……表だろうか。用事が終わったらまた帰ってくるのかね。
「それで、その話っていうのは……」
有人が話し始めようとした時、生徒会の扉がガラガラと開かれた。
「遅くなってすいま……」
その子には見覚えがあった。あったというか、ありすぎる。そもそも、俺たちはこの子と二ヶ月前に一悶着あったのだから。
ただ、少し変わっていた。髪型くらいだが、ベリーショートのその髪はとても似合っていた。
裏愛が、呆然とした顔で俺たちを見つめている。
そんな中で隣の愛菜之は、光のない瞳を裏愛に向けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます