第14話
「なんであなたがここにいるの」
「こっちのセリフっすよ。なンなンすか? 人が律儀に約束守ってやってンのに」
ピリピリとした二人の一触即発の空気に、俺は冷や汗をだらだら垂らしていたが、有人はこれといって焦っている様子を見せていなかった。
「結局、あの二人は何があったんだい?」
「色々あったんだよ……」
「その色々を聞きたいんだけどね」
まぁ、カッターナイフ持ち出すくらいの仲の悪さってことだよ。それで察して欲しいもんだね。全部を説明しだすとキリがない。
どっちにも言い分があるから、どっちが悪いかとかは言えないし……まぁ俺は愛菜之の味方だが。
「あたしは、入ってほしいって言われて入っただけっすよ。それをとやかく言われる筋合いはないっす」
「それこそ、晴我くんに近づくための建前じゃないの?」
「はぁ〜? めんどくさすぎるっすよ、あンた。そンなンだから周りからメンヘラだとか……」
「それ以上喋ったら殺す」
バチバチに目がやりあっている。あまりのバチバチ加減に火花が起きそう。火の用心、火の用心。
「そもそも、あなたは晴我くんのことがほんとに好……」
「わーっ! だ、黙って!」
慌てた様子で愛菜之に掴みかかる裏愛と、それをひょいひょいと交わしていく愛菜之。
そんな二人を見ている有人が、しみじみとした様子で話してくる。
「仲が良さそうでよかったよ」
「「仲良くない!」」
……仲良さそうにしか見えないんだけど。
「喧嘩はそれくらいにして、僕の話を聞いて欲しいんだ」
有人の真剣な様子に、愛菜之と裏愛もひとまずお互いに矛を収める。剣呑な雰囲気は相変わらずだが、二人とも真面目というか、優しいんだよな。
「文化祭の出し物を考えて欲しいんだ」
「またかぁ?」
去年も同じことをお願いされた気がするんだけど。まぁ、去年は大した案も出ずに女子高生おにぎりで乗り切ったんだったか。
「今年もおにぎりを出しとけばいいかなって思ったんだけどね。そのおにぎりが使えなくなったんだ」
「そらまたなんで」
「PTA会長がお怒りになった」
ええ……今更過ぎるでしょ。伝統(?)あるおにぎりだったんだろ。知らないけど。
しかし、あのおにぎりが使えないとなると困る。売り上げが生徒会の予算に充てられるので、バリバリ売り上げられるものを出さないと大いに困るのだ。
「それに、去年の晴我はなんにも案を出さすじまいで重士さんとデートしてたじゃないか」
「出したろ。メイドカフェとか……」
「それは例えの話しだったろう? 実用的な案は出してくれていなかったよ」
「うええ……」
そんなに言わなくてもいいじゃん……もうやだ! 愛菜之に甘えちゃうもん!
隣の愛菜之の肩に頭を預けると、愛菜之が俺の頭を撫でてくれた。有人の前なら羞恥心とかないから好き放題できるぜ。
「な、なにしてるすか! 真面目にやってくださいよ!」
一名、耐性のない子がおりました。真面目にやれと言われましても、傷ついた心を癒やしてからじゃないと俺は働けない。
「そんなに言うなら裏愛も案を出してくれよ」
「あ、あたしが? ……えと、考えさせてください」
「ほら、裏愛も考えてないんじゃん」
「う、うるさいっす! あと彼女サンにひっつくのやめろっす!」
無理でーす、俺は愛菜之に甘やかされてないともう生きていけない体でーす。
そもそもね! 人にものを言う割に裏愛だって案を出してないわけですよ! そんな人にとやかく言われる筋合いはないね!
「……か、彼女サンは思いついてるんすか!?」
「なんであなたに答えないといけないの?」
「性格わる! なンすか、彼女サンだって思いついてないンじゃないすか!」
たぶんだが、愛菜之は思いついてるんじゃないか。愛菜之はなんでもできる子だからな。助け舟を出すくらい、ちょちょいのちょいでしょ。
「愛菜之の案が聞きたいな」
「ほんと?」
まぁ、愛菜之の出した案が良かろうが悪かろうがどっちでもいいけどな。俺にとっては愛菜之は何においても最上級。愛菜之、愛菜ナー、愛菜ネスト。
「えと、猿寺さんたちがやってた写真コーナーをやりたいなって……」
「彼女サンのやりたいことじゃないすか……」
そこ、お静かに。愛菜之のやりたいことでもいいじゃない! ……収益が望めるかはわからないけど。
そもそも、猿寺たちが部活で出し物として写真コーナーを出したら頓挫する。俺たち素人が写真を撮るっていっても来る人はいないだろうし。
「重士さんのやりたいことでも全然いいんだ。けれど、生徒会長の立場としてはあまり良い案とは呼べないかなぁ」
「ご、ごめんなさい」
愛菜之がしょんぼりしている。愛菜之を悲しませるなら有人でも許さないぞ! マジで縁切ってやろうか。
しょんぼりしている愛菜之を撫でながらあやしていると、また裏愛がこっちを睨んできた。見せもんじゃないが。
「やりたいことを出してくれるのも大いに歓迎だよ。なにもないよりかは良い。なにより、そこから望めるものがあるかも知れないからね」
「じゃあ犬カフェ」
「非現実的な案は却下」
やりたいことを出せって言ったじゃん。なんなの、そうやって俺にだけキツく当たったら俺のやる気下がりますけど!
「どこから犬を借りてくるんだい。お世話はできるのかい? お客に噛み付いてくるかもしれない。逆に客が犬に悪さするかもしれない。それをただの学生である僕らで把握しきれるのかい?」
「正論ばっか言うとほんとに嫌われるぞ」
「君だから言ってるのさ」
そういう、俺のこと信頼してるから言ってるっていう、長年の親友みたいな雰囲気出すのやめて? 鳥肌立つから。
「……あの。女子高生が作ったおにぎりがダメなら、逆に男子高校生が作ったなにか、とかじゃダメなンすか?」
「んん……。そういう学生を売りにするのはやめろってお達しが来ててね。だから、正攻法のやつじゃないと承認してくれないと思うよ」
裏愛も裏愛で真面目な考えているらしい。俺は愛菜之を撫でるので忙しいんで、二人で勝手にやっといてくんねぇかな。
早く終わって欲しいという俺の願いが届いたのか、学校のチャイムが生徒会室に鳴り響いた。どうやら完全下校時間らしい。
「……まぁ、また今度話し合えばいいか。こうして新入部員である裏愛さんの紹介もできたし、みんなお疲れ様」
戸締りは有人がやってくれるとのことで、俺たちはそそくさと生徒会室から出て行った。
「なんでつくづく先輩たちと会うンすかね。呪われてンのかな……」
「こっちのセリフ」
またこの二人がやり合ってる……俺は愛菜之の味方スタンスを覆さないが、目の前でバトられると普通に怖いのでやめてほしい。
「ま、関わり合いにはなりたくないンで。極力避けてやりますよ」
「ああ、そう。どうもありがとう」
「へー? 素直にお礼言えるンすね」
「皮肉よ。わからないの?」
お腹痛くなってきた。お腹から声がしてきそうなくらい痛い。イタイヨーイタイヨー。
二人とも、その会話を最後に口を聞かなかった。俺も何か喋ったら殺されそうな気がしたので、借りてきた猫みたいに大人しくしておいた。
裏愛とは家の方向も違うので、校門で別れることになった。裏愛には悪いが、方向が違くて助かった……。あのままだと俺の胃が転蓮華していたと思う。
愛菜之はさっきから俺の隣で黒いオーラをメラメラと燃え上がらせている。なんで可視化できているんだろう。思いは目に見えないって普通言うでしょ。もしかして、見えてるの俺だけ?
「愛菜之?」
「なぁに?」
怒ってるは怒ってるが、俺と話す時はその怒りを引っ込めるあたりが気遣いもできるいい子。そんないい子にはご褒美があってもいいと思うの。
「……帰ったら、愛菜之とイチャイチャしたい」
「毎日してるよ?」
それはそうだが、言葉にすることが大切だというか、なんというか。とにかく、俺は愛菜之が好きだと言うことを伝えたい。
愛菜之にとって、俺の『好き』は、大層なご褒美らしいから。
「今日は特にイチャイチャしたい気分なんだよな」
「……じゃあ、一緒にお風呂入る?」
「それもだけど、膝枕と耳かきもしてほしいな。あと、今日撫でられたのめちゃくちゃ嬉しかった」
「ほんと? 晴我くんに喜んでもらえるなら、いっぱいしてあげるよ」
そんな嬉しいことを言われると、どっちにとってのご褒美かわかんなくなっちゃうんだけどな。
こうして隣を歩いてくれるだけでもご褒美なのに、こうしてる間すらご褒美なのに。愛菜之はもっともっと、大きな愛情を俺に注いでくれる。
「今年も愛菜之と文化祭、周りたいな」
「私も晴我くんと周りたいよ。去年よりも、もっとイチャイチャしたいな」
「今年も俺とまわってくれんの?」
「最初からそのつもりだったよ?」
からかうように、にへらと笑う愛菜之の顔が直視できなかった。
そんなこと言われたら嬉しすぎて、どうにかなっちゃいそうだ。去年は文化祭に誘うのも緊張していたのに、今じゃ二人とも、二人で周ることしか考えていない。
「今から来年分も予約しておこっかな。来年も私とまわろうね」
「そういうことは俺に言わせてよ」
「えへへ、ごめんね」
くすぐったくて、あたたかくて、心地いい。この子の隣にいるといつも気分が良くて、安心する。
「お詫びにお家についたら、いっぱいイチャイチャしようね」
「いっぱい引っ付きまわるぞ?」
「うん! いっぱい引っつきあおうね!」
早く家に帰りつきたいと思う反面、ずっとこうしていられればいいのにと、むず痒くて温かい、しあわせな思いが胸を渦巻いていた。
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