第10話

「で、なにをするつもりなんだよ」

 リビングのテーブルに、俺と愛菜之は隣同士に、裏愛は向かい側に座る。

 緑茶のティーバッグで入れた茶を、美味そうにすする裏愛に、俺は若干イラつきを表に出しながら聞いてみる。仲良しこよしに茶を飲み交わそうって話じゃないんだよ。

「せっかちっすねぇ、余裕のない男は嫌われますよ?」

「愛菜之ひとりに好かれてりゃ十分だよ」

 俺がそう返すと、裏愛は面白くなさそうな顔で俺をジトッと見てくる。お茶をすすっているから顔の半分は見えていないが、その目だけで十分感情が伝わってくる。

「なににつけても彼女サン彼女サン……バカみたいっすよ」

「俺にとっては愛菜之が全てなんだよ。早く勝負内容を言ってくれ」

「晴我くん……」

 嬉しそうに俺の腕に抱きつく愛菜之と、そんな俺たちを睨む裏愛。今日何度目かのため息を吐くと、裏愛は持ってきていたらしい丸型のバッグを俺たちの前に掲げた。

「コレで、勝負っす」



「寒すぎる……」

 勝負のためとはいえ、こんなところに来ないといけないとは。寒すぎて頭のてっぺんまで鳥肌が立っている気がする。

 ダムダムと、ボールが地面にバウンドするたびに音を立てる。ドリブルをする裏愛の姿は様になっていた。

「じゃ、やりましょっか」

「……晴我くんは渡さない」

 勝負の内容は、バスケットボールだった。


 バスケをするにはコートとゴールが必要で、そんなものあるのは公園くらいで。こんな寒い中で外に出て、挙句にバスケ。俺ならたぶん2秒で突き指して泣いてる。

 しかし、そんな寒い寒い冬とは真反対に、裏愛と愛菜之の二人がいるコートはメラメラと燃えている。……ように見える。

 バスケコートは半面しかなく、ゴールも一つ。まぁ、公園にこれだけ有ればありがたいもんか。

「ワンオンワン、あたしが攻めで彼女サンが守り。それを3セット。あたしからボールを奪う、ボールがコート外に出るかで彼女サンの勝ち」

 ルールを説明する裏愛は、ニヤリと笑うと愛菜之に向かって言い放った。

「あたしから1セットでも取れたら、その時点で彼女サンの勝ちにしてあげますよ」

 裏愛はそんな宣言をかまし、そのままスタートポジションにつく。

 あまりにも愛菜之を下に見ているハンデだったが、正直なところ、ありがたいハンデだ。そもそも向こうは推薦で高校に入れるほどの実力。

 そしてこちらは、勝負内容を聞かされていないので練習すらできていない。そもそも愛菜之にスポーツの経験があるかも分からない。俺より体力はあるだろうが……。

「……随分、舐められてるみたいね」

 愛菜之は黒いオーラをゆらゆらと燃え上がらせ、ものすごい迫力を持っていた。

 愛菜之もスタートポジションにつくと、ギロッと裏愛を睨んで、恨みのこもった声色で言った。

「晴我くんと私の邪魔は、させない!」

 


 裏愛は体勢を低くしながら、ダムダムとドリブルを続ける。愛菜之はそんな裏愛の一挙手一投足を見逃さないように、少し腰を落としてしっかりと裏愛を捉え続ける。

 どう動くか、どう仕掛けてくるか。お互いがお互いを睨み合う冷戦が続くこと数秒。

「─────フッ!」

 息を短く吐いた裏愛が、俊敏な身の動きで愛菜之めがけて突っ込んでいく。このまま進めば愛菜之にぶつかる、そのくらいの速度と勢い。

 愛菜之はそれに対し怯むこともなく、真っ直ぐに裏愛の動きを見ていた。

 二人の体がぶつかる。そう思った瞬間、裏愛はギリギリのところで体を捻り、愛菜之を避けた。

「なっ……!」

 愛菜之もさすがに予想できていなかったのか、声を漏らしながら必死に追いつこうと体を動かす。それでも裏愛の動きにはついて行けていない。そのまま裏愛はふわりと飛び、綺麗なフォームでゴールにめがけてボールを放った。

 完璧な軌道を描きながら、ボールはゴールへと吸い込まれていく。ゴールからパスンと気の抜けた音が立ち、そしてボールが地面を叩いた。

 裏愛は勝ち誇るでもなく、安堵するでもなく、平然としたままに、愛菜之に向かって向き直るだけだった。


「先輩、もらっちゃいますね?」

「……っ!」

 憎い憎いこの女は、馬鹿にしたように私を鼻で笑う。別に私がバカにされるのはどうだっていい。けれど晴我くんを奪おうとするのは、絶対に許さない。

 たった1セット、けれど1セット。流れは、あの女が完全に掴んでる。それでも私は負けない、負けたらいけない。

 負けたら晴我くんを失う。負けたら私の存在意義を失う。

 負けた時点で、私の人生は終わったも同然なんだ。

「……ンじゃ、続き行きますよ?」

「止める……!」

 口ではそう言っても、止められるかどうかは分からない。この女は、この女が言っていた通りに推薦で高校まで来てるほどの実力を持ってる。私は晴我くんの彼女として相応しいように、人並みにスポーツができるようにしている。

 それでも差は、否応なしに出る。

「……」

 さっきとは打って変わり、ゆっくりとしたドリブルをしている。隙を見て攻めれば、ボールを奪えるかもしれない。けれど失敗すればそのままゴールを奪われる。

 でも、勝つならここしかない。体を低くして、思いきり足を踏み込んだ。

「攻めれば勝てるとか思ってンすか?」

 そう言ってその女は、向かってくる私に向けてボールを勢いよく放った。

 突然のことに私はうまく反応できない。そのままボールは、私の足の間を通っていく。

 女は私の横を走って通りこして、そのままボールをキャッチするとレイアップシュートを決めた。

 狂いや迷いのない完璧なプレー。息が全く乱れていないその女は、私を睨みながら宣言するように言った。


「先輩は、あたしのものっす」

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