第9話
後輩が勝負を申し込んで、愛菜之がそれを承諾した。週末に、俺の家で何かするらしいが……まぁ、近所迷惑にならなければ大丈夫なんじゃないかね。
なんて他人事みたいに考えていたが、俺は当事者中の当事者、そもそもの発端は俺らしい。とは言っても、後輩が勝負を仕掛けるほど俺に執着があるとは……よっぽど友達がいないのだろうか。なんて言ったらぶっ飛ばされるだろうけどな。
勝負内容は分からないし、不安要素はたくさんあるが、少なくとも週末までは邪魔をしないつもりらしい。
朝から俺と愛菜之の前に現れた裏愛が、そう宣言したのだ。
『私もちょっと修行期間に入るんで、せいぜい最後の二人きりの時間を楽しんでください』
まるで勝つこと以外を考えていないその発言に、愛菜之は怒るでも笑うでもなく、淡々としていた。
『積んできたものが違うから大丈夫』
後輩アイドルに人気を取られそうな先輩アイドルみたいなことを言う愛菜之だったが、その言葉には説得力があった。まぁ、愛菜之なら大丈夫だろう。
そんなわけで、週末までの間は久しぶりに邪魔をされずにイチャイチャできた。今まで邪魔されてきた分を取り返すように、これでもかってくらいイチャイチャしたと思う。
さすがに学校の中では自重していたが、家に帰れば俺たちはお互いにタガが外れてしまい、求めあった。
まぁ、求め合うって言ってもそういうことをしたわけじゃない。いや、したけどね。一日一回はするって愛菜之が言って聞かないもんでね。
愛菜之がお茶を淹れてくれたが、用意された湯呑みが一つだけだったり、早めに風呂に入れば愛菜之タオルで体を洗ってきたり。綺麗な体になったと思えば、身体中に舌を這わせてきたり。
主に暴走していたのは愛菜之だった。まぁ、俺も俺で離れるのが嫌で、ずっと身を寄せていた。愛菜之が晩ごはんを作ってくれる時でさえ、後ろから抱きしめてずっと匂いを嗅いでいた。愛菜之は嫌がるそぶりを見せなかった、というか喜んでまでいたが、俺は後悔してます。さすがに羞恥心が勝るよね!
眠る時でさえ、愛菜之を抱きしめて寝ていた。いつもなら平日の泊まりはダメってことにしていたのだが、若気の至りによって例外となった。常日頃、泥沼みたいに触れ合っていたのを抑圧されるとこうなっても仕方ない……仕方ないよね?
なんなら、愛菜之に好きって言ってもらいながら添い寝してもらった。これがよく効いた。セールスマンが売ってくる快眠高級羽毛布団より効いた。買ったこともないし売られたこともないけど。
そうして過ごしている内、週末まであっという間に過ぎていった。楽しい時間はあっという間だ。……愛菜之と二人でいると、すぐに寿命を迎えそう。悪い意味じゃなくてね?
まぁ、愛菜之の隣で天寿を全うできるなら良いことだ。
この勝負、受けるにしても条件がかなり辛いものだった。というのも、勝負の内容を全て裏愛が決めること、そして勝負の内容を事前に聞かされていないこと。
前もって準備をしておくこともできないし、裏愛の得意なことで勝負されたら勝てるかも分からない。愛菜之を信用していないわけじゃないが、あまりにも裏愛に有利すぎる。
しかし愛菜之は、俺がそう話すとけろりとした顔で言ってのけた。
『あの女に有利な条件で叩き潰せば、二度と近寄ってこないでしょ?』
……なんというか、畏怖ってこんな感情なんだろうなって思った。
迎えた勝負の日。
前の通り、俺と愛菜之が家でイチャイチャしているとチャイムが鳴った。
どうやら時間らしい。俺の膝の上に乗って抱きついている愛菜之の背中をポンポンと叩く。
「ほら、出なきゃだから」
「もうちょっとだけ……」
そう言って愛菜之は、俺の体に自分の体を擦り付けるように密着してくる。拒もうにも、愛菜之中毒の俺が拒めるわけもなく、俺は早く満足してもらうように、愛菜之の頭を撫でるくらいしかできなかった。
ドンドンドン! と、扉が叩かれる。マジで建て付け悪くなりそうだからやめてほしい。怒られるの俺だし。
愛菜之がキスをしてくるのを受け入れながら、俺は愛菜之の背中をまた叩いた。
「ほら、行くぞ」
「……後でもっとしようね?」
微笑みながら頷くと、愛菜之は最後に俺の胸で深く息を吸い込んで離れた。
その後が来るかどうかは、愛菜之にかかっている。
「遅いっすよ。なンなンすか? 舐めてます?」
「舐めてない舐めてない……」
玄関で早速噛み付いてきた後輩をいなしながら招き入れる。本当はここで帰って欲しいくらいだが、そうならないのが現実なんだよな……。
「さっさと入れてもらえます? 寒いンすよ、外」
「はいはい、どうぞ」
四月といえど、外はまだまだ寒い。鼻が真っ赤になっていたので、相当寒かったのだろう。さすがに可哀想なので、お茶の一杯くらいは……。
「……なンすか、またイチャついてたンすか?」
裏愛が愛菜之を見つけた瞬間、嫌そうに口をひん曲げて俺に言ってくる。俺が否定しないでいると、裏愛は心底嫌そうなため息を吐いた。
「……ま、今日までしかイチャつけないし? せいぜい、最後のハグでもしとけばいンじゃないすかね?」
「そう。なら、お言葉に甘えて」
愛菜之がそう言って、俺のことをしっかりと抱きしめる。俺の顔が愛菜之の胸の谷間に埋まり、そんな俺の頭を愛菜之は撫でる。
「な、なな何して……!」
「あなたがすればって言ったんでしょ? ねー、はーくん」
「むぐぐ!!」
そう言って愛菜之が俺の頭を撫で続ける。裏愛は泣きそうな、悔しそうな複雑な顔で俺たちを見ていた。
俺は離れようともがくが、愛菜之はそれを許そうとしない。力をいっぱいに込めて、俺を押さえつけ……抱きしめていた。
「せ、先輩から離れるっす! なにしてンすか!? 頭おかしンじゃないすか!?」
「ぶはっ」
裏愛に引き剥がされて、ようやく離れられた。もったいない気がするが、さすがに見知った後輩の前でイチャつけるほど図太くもない。
「なンなんですか!? おちょくってンすか!?」
「あなたがすればって言ったんでしょ」
「皮肉っすよ! 現代文の点数ゼロすか!?」
怒りすぎて息切れしてる裏愛に、飄々として睨み続ける愛菜之。このままじゃ殴り合いにでもなりそうな勢いだったので、流れを切らせてもらおう。
「いいから中入れって。勝負について話してくれよ」
「……ハイハイ」
ため息を吐いた裏愛を先導するようにリビングに入る。後ろで黒いオーラを放つ愛菜之が、怖くて仕方ない。勝負の内容も話してもらってないが、頼むから無事に済んで欲しいと願うばかりだった。
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