第3話

『先輩へ

 放課後、靴箱で待っててください。あたしを見つけたら声をかけること。彼女サンとか無視で。』

 

「んだよ、この手紙……」

 放課後、靴箱に入れられていた手紙に書かれていた文章。俺のことを先輩と呼ぶのはアイツしかいない。今日び手紙とか流行らないでしょうに。

 彼女サンとか無視で……無視ねぇ。

 チラリ、と横を見てみる。周りの生徒すら恐れ慄くほどの黒いオーラを放つ愛菜之が、横から手紙を覗き込んでいた。

「あの女……殺す」




「殺しちゃダメだからな?」

 愛菜之の頬を手の甲で撫でながら、そう言い聞かせる。それでも愛菜之は、目に光を宿してくれない。最近はブレーキの効きが悪いようです。後で念入りにメンテして、そのまま延長メンテまで持ってちゃうぞ。

「昨日で忠告したつもりだったんだけどなぁ……」

「愛菜之?」

「どうしてやろうかな……」

「愛菜之さん?」

「とりあえず、二度と晴我くんに近づかないように足を……」

「返事してくれたらキスしてあげ……」

「はいっ!」

 いいお返事ですこと。ま、キスはしないけどな。前科があるとはいえ、こんな人前でキスしたら、絶対めんどくさいことになるし。

「えへ、キス、キスだ〜」

「帰ったらな」

 そう言うと、愛菜之はまた目から光を失った。何その便利な機能は。

 お家まで待てないのかしら、この子ったら! でも今は勘弁! メンタルが保たない、俺がメンテ行きになってしまう。

「帰ったらいくらでもしていいって。だから戻ってきて? な?」

「……ずっとしてもいいの?」

 ずっとってどのくらいだよ。マジで一日中されるとかは辛い。理性なくなりそうで怖いんだよ。

 俺だってしたくないわけじゃないし、理性が完全になくなった時があるから尚更怖い。

 それでも、愛菜之の怒りを収めるためには仕方がなかった。

「いいよ、好きなだけしていい」

「やった……!」

 嬉しそうに笑う愛菜之を見ていると、なんだかどうでもよくなってきた。まぁ、怒りもおさまったことだし……。

「あ、先輩みっけー」

 愛菜之の目が、また光を失う。首を動かさず、目だけをギョロリと動かして、声のする方を睨んだ。

「……なんで彼女サン、いるンですかね?」

 一触即発って言葉、すごい便利だなぁって感じた瞬間だった。




「先輩って私のお願いも聞くことのできない無能なんですか? なんなンすか先輩、IQ2ですか?」

「またこの女……!」

「ほーら、また来た。だから無視でって言ったじゃないすか」

「また来たのはあなたでしょ? 消えろって言ったよね?」

 なんなんだこの空気。周りの人なんかみんな引いてますよ。一部、修羅場だなんだの言って見てくるやつもいるけど。

「先輩、話あるンで場所変えましょ。私が奢るんでどこでも好きなとこ言ってくださいよ。その奥さん(笑)は置いてって」

「晴我くん、こんなのと二人っきりになるなんて汚れちゃうからダメだよ?」

 神様……俺、モテたいとは言ったけども。モテるっていうか、これは板挟みなんですけども。

 周りの男は何も知らずに恨めしい視線を送ってくるし、女子は「浮気……?」 とか言ってくるし。浮気とか絶対せんが。なんでする必要があるんだよ、こんなに可愛い彼女がいるのに。

「先輩!?」

「晴我くん?」

 躍動感のある押しも、静かな押しも、どっちも怖い。なにこの静と動は? 侘び寂びってやつですか。

 果たして俺が取った行動とは!? 次回、俺死す! 原因はCMの後!!

「……愛菜之、先に帰ってて」




「やっぱり先輩は私が大事なンですね! ま、大事な大事な、たった一人の後輩ですもんねぇ?」

 ニヤニヤしながら、俺の隣を歩く。まるでスキップでもしてるのかってくらい、ウッキウキの歩調だ。愛菜之より自分が選ばれたことがよっぽど嬉しいのだろうか。

「後輩にしちゃ、態度がでかいと思うが」

「それはそのくらい気を許してるってことですよ。わかります? 可愛い可愛い裏愛りめちゃんが信頼してくれてるンすよ」

 後輩……あらため、裏愛りめは、ニヒヒと笑う。裏愛の身長が高いからか、なんだかバカにされているように感じる。

「ンじゃ、積もる話もあるわけなンで。さっさとそこら変の店入りましょ」

「お前の奢りだよな?」

「ええー? 先輩、こんなに可愛い後輩に奢らせるとかマジすか?」

「だと思ったよ……」

 中学時代から、なにかとたかられていた。消しゴムだったり、シャー芯だったり、飴だったり。

 昔を思い出しつつ、人があまり入っていない、チェーン店のカフェに入った。

 財布が軽くなることを予感しながら、俺は重いため息を吐いた。

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