第71話

楽しい旅行にも終わりがきた。けれど、貴重な経験ができたと思う。

彼女と一緒に、いつもとは違う場所、違う雰囲気で過ごす特別な日々。愛菜之とも、もっと仲良くなれた気がする。


家に帰ってから、たまたま仕事が休みだった母さんに二人でお土産を渡した。旅行に行ったことを驚かれ、若干怒られた。

今まで俺に無頓着だったから、伝えなくてもいいかと思っていたが、確かに男女二人きりなので親としては思うところがあるのだろう。……正直、今更な話だと思うんだが。


後日、愛菜之の家にお伺いさせていただいた。

お土産を愛菜兎と愛菜之母に渡した。愛菜兎からは睨まれ、愛菜之母からはニヤニヤとした視線を送り付けられながら、根掘り葉掘り話を聞かれた。


毎日毎日、愛菜之と二人で過ごした。愛菜之お手製のお雑煮を食べて、コタツでぬくぬくして。みかんを食べさせ合いっこしたり、手錠生活をもう一度やったりもした。

そんな風に冬休みの日々を過ごして、学校が始まった。猿寺や表にも一応お土産を買っておいたので渡した。

猿寺は先輩に自慢してくるとか言って走っていった。表は受け取った瞬間、礼を言いながら目の前でお土産を食い始めた。男子高校生らしいというか、勢いがあるのはいいことだと思う、

有人にはお土産はない。あるにはあるんだが、ただの写真だ。お土産がいるか聞いたが、写真がいいとか言い出しので写真をメッセージアプリで大量に送り付けておいた。

そんなこんなで、旅行から月日は過ぎた。

卒業式とかもあったが、別に三年生の先輩達とは関わりがない。特にこれといったこともなかった。

ただ、俺たちもいずれ卒業するんだという、焦りにも不安にも思える感情が胸に残った。



そしてまた、月日は過ぎる。運命の日まで。

そう、明日という日は大事な日だった。俺にとっての、大切な大切な日。


男たちが血眼になる冬の戦争、バレンタインデーだ。




「もちろんあげるよ」

やったぜ。なんという即落ち。これで将来は安心安全安泰だぁ!

昼休み、いつもの人気のない教室で俺たちはお弁当を食べていた。

本当に嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい。嬉しくて踊りたいくらいには嬉しい。

喜ぶ俺とは裏腹に、愛菜之は頬を膨らませていた。

「私があげないと思ってたの? ……ちょっと心外だなぁ」

「いやそのっ、もしかしたら貰えない可能性がなきにしもあらずというか……」

「もう怒った。言い訳は聞きません、ふーんだ」

ヤバい、機嫌を損ねてしまった。どうしよう、とりあえずお弁当をあーんってしてあげよう。

愛菜之がハートの形に盛り付けてくれている卵焼きの片方を、あーんしてあげる。怒りつつもあーん、は受け入れてくれるようだ。

もぐもぐごくんと卵焼きを飲みこむと、また頬を膨らませた。

「ほんとに怒ってるからね? 罰として、毎年チョコをあげるからね?」

「ご褒美の間違い?」

「毎年受け取らないと、晴我くんが二度と外に出れないようにするよ?」

「そんな条件つけなくても受け取るよ。愛菜之のこと大好きだから」

そう言うと、愛菜之は顔を赤くする。この程度の言葉にはずいぶん慣れたと思ってたが、不意打ちはダメらしい。

「弁当も美味しいし、あーんはしてくれるし。俺は愛菜之に恩返しができてるか心配になるよ」

「お、恩とかじゃないもん。晴我くんのことが大好きだからやってるだけだよ」

あぶない、危うく吹き出すとこだった。たしかに、不意打ちは良く効くわ。

恩は俺が勝手に感じてるだけなので、愛菜之は気を揉むことなんてない。それに、恋人だからこうしてもらうのは当たり前だ! とかの思考にはなりたくない。

「そっか、いつもありがとうな。大好きだよ」

「えへへ……。私も大好き、大好きだよ」

愛の言葉を交わし合って、幸せで和やかな時間が過ぎていく。今日も今日とてイチャイチャしながら、一日が終わっていく。

そうなると思っていた。


「晴我くん、一緒に帰ろ」

「ん、ちょいまって」

帰りのホームルームも終わって、配られたプリントやらを鞄にしまっていた時。

泣きそうな顔をした子が、愛菜之の胸に飛び込んできた。

「愛菜之さぁん!」

「わっ、猿寺さん?」

「助けてください!」

教室に残っていた面々は、なんだなんだとこっちを見てくる。男共は主に愛菜之の胸を見ている、不潔! 変態! 最低! 愛菜之の胸は俺のだぞ!

それはそれとして、猿寺は半泣きになりながら愛菜之にしがみついている。それくらい一大事なんだろうと思って、俺も愛菜之も真剣な面持ちでいた。


「チョコレートってどうやって作るんですかぁ〜!」


……一大事じゃなくて良かったってことで。

周りも俺もポカンってしてるし、愛菜之はきょとんってしてる。可愛いなオイ。

「溶かして固めるだけだよ?」

「どうやって溶かすんですか!? 火にかけるんですか!?」

「ゆ、湯煎だよ?」

「ゆせんってなんですかぁ〜!」

湯煎を存じてないのですか……。猿寺はお菓子作りとかやらなそうだし、仕方ないとは思うが。

「とりあえず、ここで騒ぐのはやめよう。猿寺、部室はあいてるか?」

今になってようやく、自分が注目を浴びていることに気づいたらしい。少し恥ずかしそうにしながら、ぽしょぽしょ返事をしてきた。

「あ、あいてます……。部室、行きましょ」


「助けてほしいってどういうこと?」

部室で席について、改めて話を聞く。といっても、俺が出る幕はなさそうな話だろうけど。

「あ、明日はバレンタインデーってやつじゃないですか。それで、お世話になってる人に作ってもいいかなーって……」

「先輩に?」

「ち、ちちち違いますよ!」

勢いのある否定が何よりの証拠だった。予想してた通りでなにより。

あの先輩にチョコをあげるくらいまで進展してるとは、中々面白くなってきてるなぁ。ていうか、猿寺と先輩は付き合ってるのか? まぁ、後で聞いとくか。

「私ができる範囲なら、教えてあげられるよ。今から作るの?」

「は、はい……」

「材料は買ったの?」

「板チョコを数枚……」

なんとかならないこともなさそうだな。いうてチョコって溶かして固めるだけだし。温度に気をつけないと美味しくなくなるんだっけか。……やっぱり、猿寺には難しそうな気がする。

「じゃあ、私のお家で作ろ?」

「え!? ま、ままま愛菜之さんの家で!?」

「猿寺さんのお家がいいなら、そっちでもいいよ」

「滅相もない! 愛菜之さん家に行きます!」

どこか興奮している様子の猿寺と、俺と愛菜之の三人で学校を出た。

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