第70話
「チューしよ? チュー、ちゅーうー」
「わかったから落ち着こう、な?」
朗報。甘酒を飲んで酔っ払ってしまった俺の彼女さん、甘えん坊になってしまう。
いやいやいやいや、おかしいって。甘酒だぞ? ノンアルコールだぞ? 何がどうなったら酔っ払うの?
いや、でも……もしかして、あの神社の甘酒ってアルコールちょっと入ってる?
ちょっとしか飲まなかったから味の違いとかよくわからなかった。そもそも甘酒自体をそんなに飲まないから、味の違いとかわからん。
「チューして?」
「わかったわかった」
おねだりの上手なことで……。キスしたら落ち着いてくれるだろうか。落ち着いてくれなかったらお兄さん、困っちゃうんだけどね。
周りの目も気にせずにキスをする。まぁ、さすがに唇が触れるだけの軽いキスだけど。
一回だけかと思っていたが、愛菜之は二回、三回と唇を重ね合わせてくる。
ドンとこいと言った手前、拒否できないし、今は愛菜之の気が収まるまで待つしかできない。
愛菜之は俺の下唇をハムっと甘噛みする。散々俺の唇を弄ぶと、満足したのか口を離した。
「ちゅき」
「……タイム。ちょい待って」
なにそれ? ちゅきとか、何?
めちゃくちゃ胸が締めつけられてる。お願いだから、理性削ってくるようなことしないで欲しい。
「ちゅき、だいちゅき。ちゅきちゅきちゅきっ」
「ほんと、抑えらんなくなるからダメだって」
そう言うと、愛菜之は嬉しそうにニンマリと顔を緩める。
あ、逆効果だこれ。言わんけりゃよかったわい。
「ちゅーき。晴我くんちゅき」
「なんなの? 甘えんぼの気分なの? 可愛いから一回止まろうか?」
「晴我くんは?」
いや、俺に振ってくんの? 待ってほしい、ただでさえ可愛さに悶えてるってのに。
「好きだよ」
「ちゅきじゃなきゃやだ」
……それはきついってぇ……。困ったように目を逸らすと、愛菜之は逃がさないとでも言うように俺の顔を手でサンドイッチにしてくる。そのままの勢いで、頬をぷにぷにするのはやめてほしい。
「……き」
「聞こえないよ?」
聞こえててくれよ。ていうか聞こえてるだろこんなに近いのに。周りの目が集まってきてる気がするから、もうここからさっさと立ち去りたい。
「…………ちゅき」
「えへへ〜」
頼む、殺してくれ……!! 恥ずかしくて俺はもう消えてしまいたい。今までありがとうございました。俺の来世に期待します。
「愛菜之、帰ろう……。帰って旅館でイチャイチャしよう……」
「イチャイチャしたいの? かわい〜すき〜」
ダメだ、顔がニヤけてしまう。頬が少し赤い、ふわふわした愛菜之と一緒に宿に帰った。腕にずっと擦り付いてきて、可愛さが限界を超えてた。俺のキャパも超えてた。
旅館に帰り着いた。受け付けさんの頬が若干ひくついてたのが気になったけど、もうそういう反応には耐性ついてます。
とりあえず荷物を置いて、愛菜之をゆっくりと引き剥がそうとする。
したのだが、離れてくれる様子もなければ、離そうとすると泣きそうな顔をするので離したくても離せない。どこまで可愛いんだ! 可愛いのはこの顔か!? ん!?
「やだ、離れないで……ずっといっしょがいい……」
「わかったから。ずっと一緒だよ、ずっとずっと」
そう言って頭を撫でると、愛菜之は落ち着いたようだった。それでも愛菜之は俺にしがみついて離れようとはしない。どうしようもないくらいの愛情が、体の底から湧いてくるのを感じる。今すぐこの子を力いっぱい抱きしめて、二度と離したくない。
「ずっと一緒、永遠に……」
赤い頬とは裏腹に、目は暗く、黒く濁っている。
瞳の奥底にある愛菜之の思い。俺のことを束縛したいとか、二度と離さないとか、そういう少し黒い思い。
たまらない。俺のことを思ってくれているのが、俺のことを支配しようとしてくるのが、俺のことを求めてくれているのが、たまらない。
「愛菜之、水飲もう。そんで今日はゆっくりしよう」
「ふぇ〜? 私、いっぱいえっちしたいよ〜?」
なんでじゃい。昨日もいっぱいしたって。
求められることが嬉しいとは言ったが、体力には限界がある。
愛菜之ってもしかして俺より欲が多いんじゃ……。やばい、嬉しいとしか思えないし、可愛いとしか思えない。
「愛菜之は酔っ払ってるんだよ。だから水飲んで、安静にすんの」
「よっぱらってないよ〜、未成年だからお酒は飲めないよ〜」
そらそうだろうけど、現に君はふわふわタイムしてるんだよ。酔っ払ってるから激しい運動は控えてほしい。
「ねぇねぇ、しよ〜?」
「だから、あんまり激しいことは……」
「え〜? ちゅーしよってことだよ〜? 何をすると思ったの〜?」
そう言って愛菜之は、からかうようにニヤニヤ笑う。酒が入っているとはいえ、こんなにいじわるになるとは思わなかった。
「何するとおもったの〜? えへへ、かわいね〜すき〜」
怒ってやろうと思ったのに、そんなこと言われて抱きしめられたら怒るもんも怒れない。
酔っ払うとこんなになってしまうのかと困惑する一方、ぽわぽわした口調や蕩けた瞳がとてつもなく可愛く思った。
「えへへ〜。ねぇねぇ、ねぇねぇ」
「なになに、どうした」
「すき〜」
……早いとこ寝かしつけるか、酔いから醒ますかしちゃおう。こんなに好き好き言われると熱くなるし、なによりも俺がもたない。
「私は怒ってるの。怒ってるんですぅ」
笑顔で好き好き言ってきてたが、今度は急にプンスカ怒りはじめた。怒っているとは思えないほど迫力がないけど。
「私以外の女を見るの、ダメだよ。一人でする時は私でして?」
「わかったって……」
ちなみにこの説教、かれこれ三十分は続いてる。ずっと同じことを言って怒ってきてる。
そんでもって、俺のスマホのフォルダには愛菜之のあられもない姿の写真が大量に保存された。一応言っておくが、全部愛菜之が自分で撮ったやつだ。
脱いで写真を撮った後は俺が服を着せてあげて、それの繰り返し。屋台で買った食べ物を時折、あーんしてあげると素直に食べてくれた。
けれど、金平糖だけは食べてくれなかった。
「口うつしがいい」
お望み通りにそうした、というか俺がしたかったことでもある。甘い金平糖を二人の舌で溶かして、じっくりと食べた。
そんなこんなでご飯も食べて時間は経っていったが、愛菜之の酔いは冷めなかった。
それどころか、もっと俺の心を締めつけてきた。
「えへへ、すき。だーいすき、すき」
「俺も好きだよ」
「ほんと? はーくんも私のことすき?」
「愛してるよ。結婚してほしい」
「やったぁ〜」
この通り、俺のことをはーくんと呼び、ずっと好き好き攻撃をしてきた。俺も俺で恥ずかしげもなく求婚をする始末である。
ただ、幾分か酔いは覚めたのか口調が元に戻ってきている気がする。……ちょっと寂しい。
「愛菜之、横になった方が……」
「まなちゃん」
「え?」
「まなちゃんって呼んでほしい……」
……いやあの、あだ名で呼び合うとか完全にバカップルのそれじゃないすか。しかも、まなちゃんて。
ああもう、可愛すぎかよ。
「まなちゃん、一緒に寝よっか」
「……はーくんがいっしょなら」
そんなこんなで愛菜之を寝かしつけることができた。一緒に横になって手を繋いでいたのだが、まなちゃ……愛菜之はすぐにすぅすぅと寝息を立てていた。
「……てことがあったわけよ」
『きっっっも』
俺にこんな辛辣な言葉をかけてくるのは一人しかいませんね。電話の相手は愛菜兎です。
愛菜之を寝かしつけた後、やることもない俺はお土産についてやら近況やらを愛菜兎に電話で話した。あと単純に惚気たかった。
「可愛くないか? まなちゃんって呼んでほしいとか。しかも俺のことをはーくんって呼ぶんだぞ?」
『まなちゃんって呼び方、私も反応しちゃうから私の前で使ったら殺すぞ』
声色はすっごい柔らかいのに殺すとか言ってきた。ひえーこわいこわい。電話越しだから別になんともないんですけどねっ!
「愛菜之って酒、弱いのか? 甘酒で酔っ払ったぽいんだけど……」
『や、おねぇちゃんは酒強いよ』
「なんで?」
『アルコール体質検査したら、耐性があるって出たから』
「お前、なにを調べてんだよ……」
この姉妹ほんと怖い。俺も寝てる時に愛菜之に色々調べられてそうだな……愛菜之になら別にいいけど。
『まぁ逐一検査してるわけでもないし、結構前に検査したから体質変わったとか? なんにしても、おねぇちゃんに何かあったらタダじゃおかないから』
「わかってますって」
『信用ならない。やっぱ別れろ』
「絶対に別れねぇわ。姪っ子か甥っ子の顔見せてやるわ」
『普通にキモいよ』
「すいません……」
キモいだ別れろだ、辛辣なことばっかり言う割には電話に付き合ってくれるあたり、やっぱり愛菜兎は優しいんだろう。後で愛菜之の写真でも送っとくか。
「じゃ、電話付き合ってくれてありがとな。帰ったらお土産渡すよ」
『もう二度とかけてくんな。あとお土産はありがと』
そうさっさと言い切ると、電話も切ってしまった。やっぱいいやつだろ、コイツ。
さて、どうしたもんか。愛菜之はまだ寝てるだろうし、やることがない。
そういえば、俺は愛菜之と出会う前はどんなふうに過ごしていたっけ。ゲームとか色々してた気がしたけど、もうそれも思い出せないくらい、愛菜之中心の生活になってしまっている。
ほんとに、愛菜之がいないと何にもできない。でもそれくらい愛菜之の存在が大きくなっていることが嬉しい。
まだ横になっている愛菜之の隣に座って、頭を撫でる。寝顔を撮りたかったが、目に焼き付けるのに必死だった。
思えば、愛菜之と二人で出かけて、どこに泊まることになるなんて予想もしていなかった。そもそも高校も、なぁなぁに過ごしていければいいと思っていた。
けれど愛菜之がいるから、毎日が楽しくて、幸せで、かけがえのないものになった。俺は愛菜之がいないとダメになった。
俺は愛菜之に何かできているだろうか。俺を幸せにしてくれるこの子を、幸せにできているだろうか。
「ん……」
愛菜之がゆっくりと瞼を開く。どうやら起こしてしまったらしい。
「ごめん、起こしちゃったか?」
「ううん、大丈夫。おはよう、はーくん」
「……一足す一は?」
「え? 二だよ?」
どうやら酔いは覚めたらしい。にもかかわらず、はーくん呼びは健在していた。
「愛菜之、寝る前のこと覚えてるか?」
「寝る前? えと、神社で初詣して、途中からふわふわしてて……ごめんね、覚えてないや」
「いや、いいんだ」
覚えてないならそれが一番いい。たぶん愛菜之にとっては、あまり思い出したくない記憶だろうし。
「あと、呼び方が……」
「え? はーくんって呼ばれるの嫌だった?」
「嫌とかじゃないんだけど、やっぱ名前で呼ばれたいなって……」
名前で呼ばれたいのもあるが、他の男が反応しそうで嫌だったというか。日本には「は」がつく名前って多いし。
それに、胸の内がくすぐったくて敵わない。そのあだ名で呼ばれると、愛菜之の顔が直視できなかった。
「だから、イチャイチャする時だけの呼び方ってことで」
「うん。じゃあ、晴我くん」
「どうした、愛菜之」
「私以外の女と電話して楽しかった?」
…………待って待って待って待って。寝てたよな? スヤスヤ言ってましたよな?
まさか、途中で起きちゃったとか? だったらその時に言ってきそうな気がするが……。
「あ、相手は愛菜兎だから……」
「よりにもよって、愛菜兎にしたんだもんね。私の妹にしたんだもんね?」
「そ、その、他に惚気話ができる人がいなかったというか……」
「でも、私以外の女と話をしたのは本当だもんね?」
これ、結構怒ってんな。ちょっとやそっとじゃ機嫌を直してくれそうにない。助けてくれ愛菜兎。
「ねぇ今、愛菜兎のこと考えた?」
「考えてない! 考えてない!」
助けを求めただけです! 電話に出たアイツにも責任あると思う! やっぱないです、ごめん愛菜兎!
「晴我くんが私以外のこと考えちゃうのは、私が足りなかったからだよね? もっともっと私で満たしてあげるね」
「や、ほんとに俺は愛菜之のことしか頭にな……」
その後、俺は宣言通りに愛菜之漬けにされてしまった。正直、めちゃんこ幸せだったからもっとやってほしい。
結局、愛菜之が酔っ払っていたのかどうかはわからなかった。一応、神社の人に電話で聞いてみたのだが、アルコールは入っていないらしい。それに、酔っ払っていないとは思えない様子だった。
酔っ払っていようがいまいが、何にせよ愛菜之が可愛かったことに変わりはない。今度買い物に行った時は、愛菜之が飲む用に甘酒を買ってこようと思った。
もちろんノンアルコールの、とびきり甘いものを。
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