第69話

新年、文字通りに新しい年。

新年特有の空気感。何かが始まるような、どことなくワクワクするあの気持ち。

すれ違う人は皆、色んな表情をしていた。楽しそうな表情を浮かべたり、真剣な表情をしていたり。

「どうしたの?」

チラリと隣の彼女の表情を見てみると、バッチリ目があってしまった。そんなにチラチラ見てるわけでもないのに、こうして目が合うあたりが愛菜之っぽい。

「なんか、顔見たくて」

「ふふっ。……私の顔、見たかったんだ?」

からかうような口調。けれど、幸せそうに笑う愛菜之を見ていると、からかわれてるなんてとても思えなかった。


結局あの後、抱き合ったまま寝た。いつも激しいのに、昨夜はまた一段と激しかった。俺が愛菜之以外に欲を感じていたことに、まだ怒っているぽかった。それとは別に、単純に直に触れ合うことが嬉しいというのもあるだろう。現に俺も嬉しくていつもより元気だった。

昨日のことを思い出していると、屋台から香る匂いが鼻腔をくすぐった。じゃがバターや焼き鳥の香ばしい匂い、綿飴の甘い匂い。くじ引きなんかもあって、夏祭りの時を思い出す。

実は、初詣に来るのは初めてだったりする。今まで親は仕事仕事で、一人で行く気も起きなかった。友達も親と行くのが普通みたいだったし。

「初詣ってお祭りみたいなものなの?」

「うーん……お祭りじゃないけど、おめでたいことだからいいんじゃない?」

そんなものなのか……。神聖なものだから、厳粛に行いましょうみたいなノリかと思ってたのに。

まぁでも、楽しいならなんでもいいか。愛菜之も幸せそうだし。

「お参りしよ? そのあとおみくじ引いて、屋台で食べ物買って……」

楽しそうに予定を決める愛菜之を見ていると気持ちが和む。物理的にも精神的にも、ぽっかぽかだ。

屋台で食べ物を買っている人を見てみると、ちょうど着物を着た若い女性方が金平糖を買っていた。金平糖の屋台まであるとは思わなかった。

金平糖は好きだから嬉しいのだが、あの時の……夏の時を思い出してしまう。

「晴我くん、私以外の女、見て楽しい?」

「え?」

そんなにじろじろと見ていたつもりはないのだが、愛菜之が大変ご立腹になっていらっしゃる。どっちかって言うと金平糖を見ていたまである。

それでも、愛菜之からは俺が他の女性を見ていたことに変わりはない。

「愛菜之の着物姿、見たかったなって」

「え? あ、その、私の着物姿……見たい、の?」

「見たい」

だってこんなに可愛い子が綺麗な服着れば完璧でしょ。可愛い愛菜之×着物。こんなに簡単な数式はないね!

「あと、夏の時を思い出してた」

「夏の?」

「金平糖」

「……あっ」

言われて思い出したのか、愛菜之はみるみるうちに顔を赤くしていく。あの夏、仕掛けてきたのは愛菜之なのに、恥ずかしがっているのが可笑しくて笑いそうになってしまう。

「ああああの時はその、初めて繋がれたからって舞い上がってて……」

テンション上がってたからノリでやっちゃった! ということらしい。テンション上がったらあんな思い切った行動しちゃうの? 陽キャか?

「予定に追加しといて。金平糖買うの」

「う、うん」

「宿に帰ったら、夏の時と同じことをするのも追加で」

「……うん!」

俺の言葉を聞いた愛菜之は嬉しそうに笑って、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。




「何をお願いしたの?」

お詣りを終えて、愛菜之がそう聞いてきた。

たぶん、答えはわかってるのだろう。なんとなくだけど、そんな気がする。

だって、俺たちの願いは同じだから。

「二人でずっと一緒にいられますようにってお願いしたよ」

「えへへ、私もだよ」

微笑む愛菜之を抱きしめたくなる。なんでこんなに可愛いんだろうな。

ここで抱きしめるわけにもいかないので、俺の腕に抱きつく愛菜之に身を寄せた。

「でも神様に頼むだけじゃなくて、自分の力で晴我くんといられるようにしなきゃ」

「俺が愛菜之から離れることなんてないぞ」

そう言うと愛菜之は、嬉しそうに俺の腕に頬擦りをしてくれる。

「でもね、もしかしたら晴我くんのことを狙ってる女がいるかもしれないでしょ?」

いないねぇ、悲しいねぇ、モテないねぇ。悲しいことをリズム良く言っているが、結構ほんとに悲しい。今なら愛菜之に愛されてるからモテるとかどうでもいいけど、出会う前は一回でいいからモテてみたいとか思ってたな。

「本当は外でも繋がりたいのに……マフラーだけじゃなくて、手錠をつけてたいくらいなんだよ? あっ! それとも私に首輪つけて、リード持っててもらうとか……」

「うん、わかった。わかったから一回止まろう」

あんまりおおっぴらに言えることじゃないからね? 手錠つけるのは正直構わないけど。ていうかされたい。なんというか、もうされること全部良しとしてしまう。

あと首輪つけた愛菜之、結構好き……。

「宿に帰ったら好きなことしよう。手錠かけるでもなんでも」

「ほんと? じゃあ、晴我くんも私に好きなことしていいよ」

色んな欲望が頭の中を渦巻いたが、愛菜之の純粋無垢な笑顔を思い出して振り払う。あの天使みたいな笑顔……俺の前でだけ見せる……。まずい、逆効果かもしれん。

「ぎゅうしてほしい? キス? 膝枕?」

それ以上、俺への特攻魔法を放つのはやめていただきたい。しかも何回もされたことがあるから、感触を鮮明に覚えているのが余計に辛い。

「……全部」

「ぜんぶ、じゃ分かんないよ?」

なんだと……。小悪愛菜之の再来か!?

やってほしいことを一つ一つ言うのは恥ずかしすぎる。ていうか、ここじゃ言えないこともしてほしい……なんでもない、我慢我慢。

それでも言わないと、愛菜之はきっと本当に何にもしてはくれないのだろう。いじわるする時はしっかりといじわるしてくるからなぁ……。

「ハグと、キスと、膝枕と……」

「うん」

にっこりと優しく笑いながら、俺の言葉の続きを待ってくれている。

そんな優しい目をされると、何を言っても許されると思ってしまう。実際、愛菜之は何を言ったとしても拒みはしない。

だからか、ぽろりと口から言葉が漏れ出た。

「ずっと一緒にいてほしい」

「……うんっ」

彼女の声が、ほんの少し弾んだように聞こえた。

恥ずかしいお願いでも、笑わずに聞いてくれる。そしてきっと、必ず叶えてくれる。

そんな気がした。


いい雰囲気になりつつも、やることはやる。次はおみくじだ。

あんまりこういうものは信じない質だが、良い結果だとそれはそれで嬉しいから大吉が出てほしい。

「晴我くん、どうだった?」

「……末吉」

微妙……微妙すぎるだろ……。凶とかだったら笑い話になるのに、末吉て。

「い、いつか良いことが起きるってことだよ!」

「ありがとな……」

気を遣って、暖かい言葉で励ましてくれる。こんないい彼女さんがいること自体、大吉なんだよなぁ……。

おみくじの本文も、大体が微妙な内容。

「愛菜之はどうだったんだ?」

「私は大吉だったよ」

「マジか」

スタイル良し、頭良し、性格良し、運も良し。

愛菜之って何かの主人公なのか? 勇者的な立ち位置なの?

「だからね、一緒のとこに結ぼ? そしたらきっと、二人で一緒に幸運になれるよ」

「愛菜之……」

いい子すぎて涙出てきそう。こんなにいい子が俺の彼女でいいのか……。

正直、抱きしめたくてしょうがない。けれど公衆の面前で抱きしめると、バカップルになってしまう。俺はいいけど、愛菜之はバカじゃないからな。

妥協として、愛菜之のほっぺを手の甲で撫でてみる。すべすべだなぁ……いつまでも触っていたいくらいだ。

くすぐったそうにしつつ、嬉しそうに俺を見つめる愛菜之が愛おしい。早く帰ってイチャつきたい。

「早く帰ってイチャイチャしたい」

「えへへ、いっぱい甘えん坊になっちゃおうね」

今度は愛菜之が俺のほっぺをすりすりしてくる。お互いほっぺたを撫であって、周りから見ればバカップルに見えるんだろうか。

バカップルでもいいか、なんて思ってしまった。




屋台で適当に食べ物を買った。お祭りにしかないめちゃくちゃデカい焼き鳥や、フライドポテト、それと金平糖。

他にも色々買いたかったが、これ以上は持ちきれない。それに、屋台の食べ物は結構腹にたまるから少しでいい。その辺の見極めができるくらいには成長しているのだよ。

お守りも、無難に健康祈願のお守りを買った。愛菜之が安産祈願を買おうとしてたから必死こいて止めた。気が早すぎる、スタートダッシュどころかフライングです。

「あ、甘酒配ってるよ」

愛菜之が指をさした方を見ると、紙コップに甘酒が入れられて配られていた。結構人気らしく、甘酒を注ぐ担当の人も忙しそうだ。

「せっかくだし、貰おうかな?」

「んー……俺はいいかな」

甘酒はあんまり好きじゃないんだよなぁ……。味は好きなんだが、口当たりがちょっと苦手。

でもまぁ、せっかくだし俺も一口くらいは飲みたい。

「愛菜之がもらったやつを一口もらっていいか?」

「うん。じゃあ、もらってくるね」


「はい、晴我くん」

「ん、ありがとう」

愛菜之がもらってきた甘酒を一口だけちびりと飲む。……味はいいんだがなぁ。

それはともかく、寒さも相まって普段よりも味が良く感じた。初詣で飲む甘酒は、なんか風流がある。

「ありがとう、あったまった気がする」

「よかった。じゃあ後はもらうね」

そう言って愛菜之はこくこくと甘酒を飲み干していく。紙コップもそんなに大きいサイズじゃないので、量も多くはない。ちょうどいい量だ。

しかしまぁ、初詣って楽しいんだな。本当にあんまり夏祭りと変わらなかったし。何より、こうして好きな子と大切な日を迎えられた。それが一番大きいと思う。

改めて考えると、俺は本当に恵まれている。こんなにいい子と付き合えて、幸せ者だ。きっと神頼みしても現れないくらいには。……なんて言ったら、バチが当たるだろうか。

その当の女の子を見つめてみる。甘酒をちょうど飲み干したようで、ほぅ、とホッと息を吐いていた。

「……晴我くん」

「ん?」

「コップ、捨ててくるね」

そう言って、どこか頼りない足取りで紙コップを捨てに行った。


「ただいま〜」

「おかえ、り?」

コップを捨てて帰ってきた愛菜之は、腕ではなく俺に正面から抱きついてきた。

少し離れたから晴我成分を補給したかったのだろうか?

「えへへ〜、すき〜」

「そ、そうか。俺も好きだからとりあえず離れないか?」

「すき〜」

……なんか、おかしくない? いつもと様子が違うんですけど……。俺が知ってる愛菜之は、壊れたレコードみたいに同じフレーズを繰り返しはしない。レコード聞いたことないけど。

「あー……愛菜之、さん?」

「んへへ〜、す、き〜」

……んん〜? どうも顔が赤いし、いつもよりなんかだらしないぞ〜?

……もしかして愛菜之さん、酔っ払ってらっしゃる? 嘘でしょ? 甘酒だぞ?

「愛菜之、一足す二は?」

「すき〜」

「今日は何月何日?」

「すき〜」

「俺のこと好き?」

「らいすき〜」


…………確定で酔っ払ってるんですけど。

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