第67話
大晦日、年の最後の日。
俺たちは昼間から営みをして過ごした。
求め合い、繋がり、触れ合い、満たし満たされ続けた。
そんな感じで過ごせばお互いクタクタになるのも当然で、風呂に入ってからは二人で昼寝をした。
手錠のせいで若干寝づらかったが、愛菜之が抱きしめてくれたおかげで、すぐに眠りに落ちた。
眠りから覚めて、重い瞼を開けてみる。
電気の点いていない、真っ暗な部屋。目の前では、月光に顔を照らされながら、すぅすぅと寝息を立てる愛菜之がいた。
それだけでなんだか安心してしまい、俺はもう一度寝そうになってしまう。
けれど今はもう、夜。冬だから日が落ちるのも早いとはいえ、そんなに寝ていたとは思わなかった。
壁にかかっている時計を見てみる。手が塞がってスマホが見れないこの状況だと、壁の時計はありがたかった。
時刻はもう夜の七時。結構な時間を寝て過ごしてしまった。
どうしたもんか……。せっかくの大晦日を、このまま過ごしてしまうのはもったいないような気がする。
そもそも、俺は愛菜之がいてくれないと何もできない状況なんだ。本当にどうしたもんかね。
とりあえず、俺は愛菜之の寝顔を見つめる。愛菜之の寝顔をこんなにまじまじと見るのはたぶん、これで二度目だっただろうか。
体育祭の時なんて寝顔を見る余裕はなかった。なのでノーカン。
夏休みの時の、大人の階段を登った後の朝だったか。とても綺麗な、そして可愛い寝顔だった。
今だって愛菜之は、可愛い寝顔に安らかな寝息のセットで俺をときめかせてくる。……そうだ、写真を撮ろう。俺だけ寝顔の写真を持ってないのは不公平だと、前々から思ってたんだ。
芋虫のように這いつくばって移動し、どうにかこうにかスマホを取れた。あとは写真を撮るだけだが……。
スマホを手で持って、愛菜之に背中を向ける。これなら写真を撮れるはずだ。写りを確認しながら撮れないのは手間だが、しょうがない。今は便利な世の中で、暗くても勝手に写真の明るさを上げてくれるらしい。お陰でフラッシュを焚いてバレたりせずにすむ。
何枚か撮った後、スマホを見てみる。画角とかが若干不満だが、愛菜之の寝顔が撮れたということが大事だ。これで俺も、愛菜之の寝顔を壁紙にできる。
設定は今はできないが、後でやっとこう。早めのお年玉をもらった気分、つまり最高。
スマホを元の場所に戻して、俺は愛菜之の隣に戻った。
そして私は見たんです。しっかりとこっちを凝視している愛菜之を。
マジで心臓が飛び出るかと思った。部屋の電気をつけていないから薄暗いし、何より俺の一連の行動を何も言わずにただ見ていた愛菜之が怖い。
「……お、おはようございます」
「おはよう、晴我くん」
気づいてない? 気づいてないならいいんだけど……。
「おはよのちゅー、して?」
「ん、おはよう」
そう言ってから、唇に軽く触れるキスをする。
嬉しそうに、ふにゃふにゃした笑顔を愛菜之が向けてくる。寝起きだと甘えん坊になるんだな……。
「寒くないか?」
「大丈夫。お腹がね、すごくポカポカして気持ちいいの」
それは、つけないでシたからだろうか。
愛菜之の中まで俺で染められたことが嬉しい。そしてそれを、まだ感じてくれている愛菜之が愛おしい。少し恥ずかしくもあるが、それもまた幸せだった。
「明日もつけないで、いっぱい私の中に出してね?」
「あ、ああ。考えとく……」
そんなド直球に言われると照れるっていうか、恥ずかしいんだが……。
まぁ、愛菜之が俺を求めてくれるのはどんな形でも嬉しい。
愛菜之はお腹を宝物を触るように、大事に大事に撫でる。なんだか、もう子供が愛菜之のお腹の中にいるような気分になる。
「えへへ。晴我くんとこんなに幸せな関係になれたなんて、夢みたい」
「夢じゃないよ。なんなら頬、つねってみるか?」
「わーい」
そう喜んで、愛菜之は俺の頬をぷにぷにと摘んできた。いや、俺のじゃなくて自分のをつねる流れかと……。
「晴我くんのほっぺた、ぷにぷにで可愛い……」
「恥ずかしいっす……」
「えへへ〜、可愛い〜」
にへ〜っ、と笑って愛菜之は俺の頬をぷにりまくる。寝起きなのか、それともつけないでシたことがまだ嬉しくて舞い上がってるのか、愛菜之の口調はいつもよりふやけていた。
「前よりもお肉ついてて良かった。ちょっと痩せ気味だったから心配してたんだよ?」
「いつの話ですか……」
痩せ気味って、まだ俺が中学の頃でしょ……。今は確か、平均体重ど真ん中だったはず。
ていうか、なんで中学の頃の、俺の体重知ってんの? 心配してたってどういうこと? 中学の頃からずっと俺のこと見てたの?
疑問が大量すぎて溢れ返ってるが、愛菜之が幸せそうならいいか……。
「愛菜之の作ってくれるご飯が美味しいからだよ。いつもありがとうな」
「ほんと? 味付けとかも、晴我くんの好みを調べて練習したの」
「道理で、あんなに食べちゃうわけだ」
きっと、俺が思っている以上にたくさん練習してくれたのだろう。愛菜之が作ってくれるご飯はいつも美味しくて、いつもお腹いっぱいになるまで食べてしまう。
そう思うと、俺は愛菜之に愛情が湧いて止まらなかった。抱きしめようとするが、手錠が邪魔でできない。
代わりにはならないが、愛菜之に身を寄せた。そして愛菜之の胸に顔を埋めた。
「ありがとう。俺、幸せだよ」
「晴我くんを幸せにすることが、私の幸せだよ」
「うん……言葉にできないくらい幸せだよ。本当に、ありがとう」
「えへへ。なんだか、くすぐったいな」
それは、俺が胸元で話すからだろうか。それとも、心の方だろうか。
前者も、後者も、どっちもくすぐったくあってほしい。幸せな感触を、身体と心で感じて欲しい。
「大好きだよ、愛菜之」
「うん。私も晴我くんのこと、大好き」
俺の胸元で、愛菜之が話しているわけでもないのに、なんだか胸がとてもくすぐったくて。
それがとても幸せな感触で、心地よかった。
「それはそうと、スマホで何をしてたの?」
このままの流れでいい雰囲気を残しつつ、終わるもんだと思っていたのに……!
愛菜之は俺が逃げれないのをいいことに、グイグイっと顔を近づけてくる。
「ねぇ、何をしてたの? またえっちなイラスト見てたの? それとも動画?」
「見てないです。見てない見てない」
大事なことだから三回否定するも、愛菜之は顔を離しちゃくれない。愛菜之から女の子の甘い匂いがする。やばい、ドキドキする。
「じゃあ何してたの? 私にバレないように、なにかコソコソしてたよね?」
「いや、その……」
小学生が先生に怒られてるみたいな心境。小学生のころ、怒られたことないけどな。
愛菜之にジリジリと詰められても、俺は何も言えない。正直なことを話せば、絶対寝顔写真を消してって言われるからな。絶対消しません!
「足も縛った方が良かったかな? それとも、手足を切り落と……」
「正直に言います!」
なんかヤバめのことを言い出しそうになってたから、急いで命乞いをする。そんなことしないって言ってたじゃん!
「冗談だよ。晴我くんが嫌がることとか、辛くなることなんてしないよ?」
「冗談、冗談ね……」
目がマジでしたけどね……。別に愛菜之になら何されてもいいけど、言った通り愛菜之に触れられないのは辛い……。
「愛菜之の寝顔撮ってたんだよ……」
「……な、なんで?」
「愛菜之の寝顔をずっと見たいから」
可愛いし、見ているだけで癒される。愛菜之は客観的に見ても、贔屓目なしでも可愛い。俺の高校には、愛菜之の写真が欲しいやつは多いんじゃなかろうか。
「愛菜之だって俺の寝顔撮ってたろ? しかも壁紙にまでしてたし、それと同じだよ」
愛菜之は納得した様子でこくこくと頷いた後、頬を徐々に赤らめていた。
「ていうか俺の寝顔の写真、恥ずかしいから消して欲しいんだけど」
「だ、だめだよ! あれは宝物だもん!」
宝じゃないですね……どっちかって言うといらないものですね……。
「は、晴我くんこそ、私の写真消してよ!」
「やだ」
これは宝物だから消せません。プリントして額縁に入れて飾りたいくらいには大事です。
「愛菜之だけ俺の寝顔の写真、持ってんのズルい」
「わ、私はいいの! 晴我くんの寝顔は可愛くて癒されるけど、私の寝顔じゃ癒され……」
「癒される! 愛菜之好き!」
そう言い返せば、愛菜之はポンッ! と顔を真っ赤にして、目を泳がせた。
「い、いいい癒されるかは分からないけど! 寝顔なんてだらしない顔、写真で保存されたくないよ……!」
「それ、俺もだけど」
「う、うう……」
愛菜之はイタズラがバレた子供のように、シュンとしていた。可愛いなぁ……愛菜之のイタズラならどんなことでも許しちゃう。
「お互いがお互いの写真を持っておけば対等。今まで俺だけ、寝顔写真を持ってなかったのがおかしい」
「むー……」
ぷくぷく頬を膨らましている愛菜之は、拗ねたように俺に抱きついて頬をすりすりと擦り付けた。
「ほら、そろそろ起きよう。せっかくの大晦日だし、ご飯も運ばれてくるころだろうしさ」
そう言っても愛菜之はすりすりをやめない。それどころか俺の顎にキスをしてきた。まるで雀がつつくように。
「ご飯、口移しで食べさせてもらいたいなぁ」
「……」
愛菜之は上目遣いで、窺うように見てきた。まだ足りないとでも言うように、首を傾げる。
「お風呂も一緒に入って、体を洗って欲しい」
愛菜之は首を振る。
「夜は……また、シてほしい」
「つけないで?」
「もちろん」
愛菜之は嬉しそうに、また顎にキスをする。どんどんキスする場所が上にのぼって行って、愛菜之は唇の近くに、キスをする。
お預けを食らった唇が疼く。キスをせがむように愛菜之に顔を近づけると、愛菜之はクスリと笑って、俺を抱きしめて耳元で囁いた。
「あとで、ね?」
愛菜之の手のひらの上で転がされている。心も、身体も、愛菜之のものだ。
愛菜之に縛られることは、やっぱり幸せだ。
この手錠でさえ愛おしい。大晦日に登る月の光が、窓から差し込んでくる。
愛を形にした灰色の手錠は、月光を跳ね返して怪しく光っていた。
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