第63話

気を取り直して、観光へ。

とりあえずは、お昼ご飯を食べたい。愛菜之のお手製朝ご飯と、ポッキー以外は口にしていない。

「愛菜之って海鮮系は大丈夫だよな?」

「うん」

なんでそんなことを聞くかは、もうお察しだろう。ここは海鮮が美味しいところらしく、有名な海鮮丼があるらしい。それを食べたいと朝からずっと思っていた。

しかも冷え冷えの酢飯の上に海鮮を乗せるのではなく、あったかいほかほかのご飯に、キンキンに冷えた海鮮を乗っけるという俺好みの海鮮丼。絶対食べなきゃ損でしょこれ。

「ふふっ」

「どした?」

愛菜之がなんだか嬉しそうに笑っている。何かいいことでもあったかね?

「晴我くんの楽しそうな顔を見てるとね、すごく嬉しくなっちゃうの」

楽しそうにしてたか……? いやまぁ、俺は愉快な顔してますけど。

や、そんなこと言ったら愛菜之が怒っちゃうな。やめとこう。

「晴我くんの幸せが、私の幸せだよ」

「俺も愛菜之の幸せが、俺の幸せだよ」

「じゃあ、ずっと幸せだね」

そう言ってえへへ、と照れと喜びが混じった笑いを浮かべる彼女が愛おしくてたまらない。愛おしいとかの言葉じゃ足りないくらいだ。

いつものように腕に抱きついてくれている彼女に身を寄せる。愛菜之は嬉しそうに微笑んで、抱きしめる力を強めてくれた。


「特製海鮮丼……マグロ尽くしのトロトロ丼……」

やばい、どれもこれもめちゃくちゃ美味しそう。

値段は張るが、それ相応の刺身の量だ。サンプルを見た限り、ご飯が全く見えないくらいにはこんもりと盛られている。

「愛菜之はもう決まったか?」

「えーっと……ここってお持ち帰りってできるのかな?」

「え? できるけど……」

メニューよりお持ち帰りを気にしている。店内じゃ嫌なのか?

まぁ、テイクアウトでも店内でも美味しさは変わらないらしいからどっちでもいいけど……。

「その……公園で食べない?」

「いいけど……店内じゃ嫌か?」

なにか理由があるなら聞いておきたい。もしかしたら今までも店内で食事するのは嫌だったのを、我慢してくれていたかもしれない。

「静かなところで食べさせ合いっこしたいなって……ダメかな?」

「テイクアウトで」

即決即決! 愛菜之のこともお持ち帰りさせていただきます!




袋を片手にさっきの公園に戻ってきた。

ここの公園は飲食可らしい。ありがたい話だ。

「お茶、買ってきたぞ」

「ありがとう」

あったかいお茶を受け取って、まるでお礼のようにキスをしてくる。

キスをしてほしいとは言ったけど、こんなにすぐにしてくれるとは思わなかった。もしや、なにかしらの行動をするたびにキスをしてくるのだろうか?

嬉しいけど恥ずかしい、甘酸っぱい感情が胸を渦巻く。

「隣、座って?」

「あ、ああ」

愛菜之はなんとも思ってないのか、いつも通りの様子で俺に席を勧めてくる。

けれどバスの中で話したように、平気な顔をしている愛菜之もドキドキしてくれているのだろう。そう思うと、嬉しさがまた胸に込み上げてきた。

「はい、晴我くんの分」

「ありがと」

「んー」

んー? なんでそんなキス待ち顔してるのかなー?

俺もご褒美キスをしないとダメってことか? これ。

いや、キスをすること自体はいいんだが……やっぱり何かあるたびにキスしなきゃなのか?

「んー」

「はいはい」

可愛い唇にキスをする。愛菜之から離れると、愛菜之はにへぇ〜、と頬を綻ばせていた。

「ほら、ご飯冷めないうちに食べますよ」

「えへへ〜」

俺が照れていることが分かっているのか、愛菜之はまた嬉しそうに頬を緩ませていた。


「あーん」

「あーむ」

毎度のごとく、あーんをされている。自分で食べることの方が少ないくらいには、あーんをされている気がする。

食べさせ合いっこは少し時間はかかるが、今まで、愛菜之に出会う前の食事に比べればそんなこと、些細な問題だった。ただ空腹を満たすためだけの食事よりも何倍も楽しくて、幸せな食事だ。

俺は特製海鮮丼。愛菜之はサーモン尽くし丼を注文した。サーモン、いいですよね……。

そういえば、愛菜之は小柄なのに思ったよりいっぱい食べる。女子は体重とか気にしてあんまり食べないもんかと思ってたけど、愛菜之の場合は栄養が全部胸に行くから大丈夫……なのかね?

豊満なそのお胸を思わずジッと見ていると、愛菜之が首を傾げていた。

「何かついてる?」

「おっきいのがついてるな……」

「え?」

「何もついてないよ」

危うくセクハラするところだった。いや、もうしたようなもんだけど。

誤魔化すように、俺はスプーンを手に取り自分の海鮮丼からご飯と刺身をすくった。

「はい、あーん」

「え? で、でも晴我くんの……」

「いいからいいから」

俺がそう言ってスプーンをジリジリ近づけると、愛菜之は遠慮がちにパクッと食べた。もぐもぐと咀嚼して、パァッと顔を輝かせた。

「うまいよな、これ」

俺が作ったわけでもないが、なんだか嬉しくなってしまう。愛菜之の嬉しそうな顔見れば、誰だって嬉しくなると思うんだよ俺。

ゴクンと口の中のものを飲み込み、愛菜之は話す。

「お刺身が蕩けて、すごく美味しいね」

「だよな」

有名所なだけあり、料理上手な愛菜之がこう言うほどに美味しい海鮮丼。やっぱり、ネタは鮮度が命なんだろうな。

ちなみにワサビはつけません。俺は子供舌なんだ。

「今度、負けないくらい美味しい海鮮丼作ってあげるね」

「マジで?」

これに負けないくらいの海鮮丼……。愛菜之が作ってくれるっていう時点でもう勝ってるけどな。

「嬉しいけど、あんまり高くつくのはダメだからな?」

「……」

「ダメだからな?」

「…………」

愛菜之が……愛菜之が俺を無視するなんて……!!

ショック死しそうだけど、どうにか気合いのタスキで持ちこたえる。

俺が誕生日の時、高級食材を大量に買おうとしてたから不安なんだよな……。俺のことを思っての行動とはわかっているし、お金はあると言っていたけどそれでも限度がある。

そもそも最初から高級食材買うつもりでいるのがおかしいんだっての。

「愛菜之ー?」

「……」

すっかりふててしまっている。頬をぷっくり膨らませちゃって可愛い。

「愛菜之、結婚しよう」

「はい!」

そこは反応するんだな……。まぁ、無視されてたらメンタルブレイクで今頃、緊急搬送されてるだろうけれど。

「結婚はいずれするけど……高いもの買っちゃダメ、な?」

「……むぅ」

「愛菜之が俺のことを思って高いもの買おうとしてくれてるんだろうけどさ。そりゃもちろん嬉しいよ。けど、愛菜之が作ってくれたってことだけでも、俺は十二分に幸せなんだよ」

力説しても愛菜之は不満顔を引っ込めようとしない。どうしたもんか……。


そういえば、ここに来てから写真の一枚も撮ってない。ちょうどいいから撮っとこうかね、その可愛いふくれっ面を。

「むぅ……え? わっ」

いきなりスマホを向けられて、愛菜之は慌てて顔を手で隠す。残念、バッチリ撮れてますよ。

「も、もう! 勝手に撮っちゃやだよ!」

「可愛いから……」

「か、可愛いかは置いといて……」

「愛菜之は可愛いぞ?」

「うぅ……」

顔を真っ赤にして泣きそうになってるその表情も可愛い。そんなこと言ったら、本気で怒りそうだけど。

「……晴我くんはカッコいい」

仕返しとばかりに、愛菜之が変なことを言い出した。残念、俺は俺のことをカッコいいとは微塵も思ってないんですよ。

「俺はカッコよくないんだよ……愛菜之」

「い、言い聞かせるみたいな言い方しないで! 晴我くんはカッコいいの!」

「近くの病院で検索……」

「しないで!」

すっかりプンスカしている愛菜之。良かった、高級な食材云々の話は忘れているらしい。

にしても、少しからかいすぎたか……? めっちゃ拗ねてる。可愛いね! どこ住み?

高いものを買わせないため、話を逸らそうとはしたがこんなに怒っちゃうとは。ちゃんとメンゴしとこう。

「ごめんごめん。可愛いからからかっちゃうんだよ」

「かわ……適当に言ってない?」

ジトーッとした目で見てくるが、可愛さが増すだけだぞそれ。

「え? いや、可愛いだろ愛菜之は」

マジトーンで言うと、愛菜之は今度は顔を真っ赤にして目を泳がせる。

「可愛い。愛菜之は可愛いよ。めちゃくちゃ可愛い」

「……晴我くんはカッコいい。カッコいいカッコいいカッコいい!」

「俺はカッコよくな……」

否定しようと口を開くが、愛菜之はそこにスプーンを突っ込んできた。新鮮なサーモンが口の中で蕩けていく。

「晴我くんはカッコいいんだよ。私の言うこと、信じられないの?」

愛菜之が怒ったようにそう言うので、急いで口の中のものを飲み込んで言い返す。

「俺は事実を言ったまでで……」

「それ以上なにか言うならほんとに怒る」

「ええ……」

愛菜之の様子を見るに、これ以上俺が否定すれば本気で怒りそうだ。愛菜之が本気で怒ったところはあんまり見たことないが……怖いんで、喋るのはやめておこう。

そもそも俺が、俺のことをカッコよくないと言うのは自惚れない為でもある。そもそもカッコよくないての。

調子に乗らないように自虐して、自制して、自戒する。俺はただでさえ愛菜之という最高の彼女がいて、すぐにでも調子に乗ってしまいそうなんだ。というか、もう調子乗ってるかもしれない。

「愛菜之は、俺の何がカッコいいと思うんだ?」

きっと答えられないだろう。なんたって、俺にカッコいいところなんてないからな。

愛菜之はきょとんとしていたが、すぐに嬉しそうな表情で語りだした。

「お母様に迷惑をかけないように、いっぱい頑張ってるところ。私のことを大事にしてくれるところ。私のことをいっぱい考えてくれるところ」

指折り数えて、愛菜之は喋り続ける。話していくごとに顔は綻び、声は弾んでいく。

「デートする場所をいっぱい考えてくれてるところ。ご飯を美味しそうにたべてくれて、美味しいって言ってくれるところ。一緒にお風呂に入ってくれるところ」

カッコいいところ、の話なのか? これは。

カッコいいと思える行動とは思えないようなことまで、愛菜之は嬉しそうに話す。

「えっちなことをするときに、私のことを気持ちよくさせようとしてくれるところ。私のことを一番に気遣ってくれてるところ。寝るときは、私のことを抱きしめてくれるところ」

照れているのか、喋りすぎて興奮しているのか、愛菜之の頬は少し赤くなっていた。

愛菜之は俺をまっすぐに見つめて話す。まるで、告白するように。

「私のことを、いっぱい幸せにしてくれるところ」

ドクン、と心臓が跳ねた。

とびきりの笑顔を向けてくる彼女に、また俺は恋をする。一体これで、何度目の恋だろうか。

興味本位で聞くんじゃなかった。好奇心は自分を恥ずかしさで殺してきた。

「分かってくれた?」

「分かったから……」

照れ隠しに海鮮丼を掻っ込む。味なんて分からない。ご飯は冷めて、刺身は温くなっていた。

照れ隠しだと分かっているのか、愛菜之は海鮮丼を食べる俺を愛おしそうに見つめていた。

それも恥ずかしくて、愛菜之の方も見ずに海鮮丼を食べ続けた。

不意に、パシャパシャと電子音がした。

音のする方向を見ると、愛菜之がスマホを俺に向けて、にっこりと笑っていた。

「晴我くんはカッコいいし、それにね」

再度パシャパシャと電子音がした。愛菜之はスマホを見て満足そうに微笑むと、その微笑みを俺に向ける。

「とっても可愛いんだよ」

否定すれば、愛菜之はまた俺の可愛いところを長々と語ってくれるのだろう。けれどもう、お腹いっぱいだ。心の胃袋も、普通の胃袋も。

「大好き。カッコよくて、可愛い晴我くん」

「……もう、そういうことでいいよ」

拗ねる俺を見て、愛菜之は可笑しそうにクスリと笑った。

謝るように、あやすように、俺の頭を撫でてくれた。

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