第62話

しっちゃかめっちゃかにされて、愛菜之のボルテージも下がった頃。

体力は保ちますでしょうか……もってくれよ俺の体。

ぜーはーひーはー息をあげる体に鞭を打ちながら、観光へと向かう。

「晴我くん、大丈夫?」

「ん? なにが?」

「顔、疲れてるように見えて……」

疲れまで顔に出やすいって何? 感情のみならず疲れまでとか欲張りさんか? 

彼女を不安にさせている不甲斐ない、作りの悪い顔の両頬をパシパシと叩く。気合い入れくらいにはなるだろう。

「全然。愛菜之と一緒の観光が楽しすぎて元気すぎるくらいだ」

「ほんと? 疲れたら言ってね?」

正直、仮眠を取りたいくらい疲れているが、そこは若さを武器にして乗り切ろう。

なぁに、将来少し体にガタがくるだけさね……。別に俺の体にガタが来ようが、困るのは俺だけだからな。

「疲れてたら膝枕してあげるからね」

「疲れてます」

いのちだいじに。安全第一。膝枕は三度の飯より重要です。

いや、疲れてるって言ってもちょっとだけだし? それに愛菜之がしてくれるっていうのを無下に断るのもひどい話じゃん?

「ふふっ。じゃあ、近くの公園で休もっか」

俺の素直な返事に、愛菜之は気を良くしたのか笑顔になっていた。

手を取られ、公園へと歩く。なんか、こうしてるとお姉ちゃん味が増すな……。

ま、愛菜之は俺の彼女なんですけどね。


「正直に答えてくれたから、いい子の晴我くんにはヨシヨシもしてあげるね」

そう言って、ベンチで膝枕をしながら頭を撫でてくれる。優しい手つきに眠気が刺激されてまぶたが重く……。寝ちゃダメな時ほど眠くなる現象やめてください。

小さい子とかその親御さんが俺たちを見てくるけど、もうどうでもいいや。人間は慣れる生き物である。

「ごめんね。きっと、私が気持ちを抑えられなくなって、色んなことしちゃったから疲れてるんだよね」

「愛菜之のせいじゃない」

そう言っても愛菜之は、「ありがとう」 と、笑うだけだ。本当に愛菜之は悪くなんてない。疲れただけで、俺は幸せだったんだから。

「私、気持ち抑えるの下手だから……いっぱい迷惑かけてるでしょ?」

俺の頭から手を離し、今度は俺の頬を撫でる。優しい手つきが癖になる。愛菜之に飼われたい。

なんてこと考えてないで、愛菜之の話に集中する。愛菜之は真剣に悩んでいるのだから、力になりたい。

「気持ち、抑えられるようにするね。迷惑かけてごめんね」

「待って待って」

俺、迷惑だとか一言も言ってないのに。自己完結はやめていただきたい。

それに俺は、愛を隠さない、愛を思いっきり伝えてくれるから愛菜之が好きになったんだ。しかも好き好きアピールが減ったりしたら、供給不足でぶっ倒れちゃう。

「迷惑じゃないし、気持ち抑えたりしなくていいよ。俺、愛菜之に好きって言ってもらわないと生きていけないんだぞ」

「で、でも。晴我くんが疲れちゃうなら、少し抑え気味にしとかないと……」

「俺が疲れるだけなら問題ないって」

「ダメだよ。晴我くんが疲れちゃったら悲しいもん」

またそういうこと言って……。キュン死にさせたいのか? いっそ愛菜之でキュン死にしたいくらいだわ。

「じゃあさ。疲れたら、またこうやって癒してよ」

「……膝枕とか、なでなでとか?」

それもだけど、少しだけ欲張りたい。

最近、愛菜之に甘えるのが好きになってしまっている。甘えるほど愛菜之は喜ぶし、俺は愛菜之に甘やかされて幸せになる。そんな永久機関が完成しかけている。

そんな永久機関があってもいいかもなぁ……。完成しかけてるっていうか、もう完成してる気がする。甘えることは幸せだと体が覚えてしまっているから、戻ったりなんで出来なくなってしまった。

「……それと、その……」

「うん」

「……キスとかも」

めちゃくちゃに恥ずかしいが、愛菜之から視線を逸らさない。俺は真剣に頼んでるつもりだし、真剣に甘えてるつもりだ。

「キス、したいの?」

「……したい」

「さっき、いっぱいしたけど足りない?」

「……足りない」

答えるたびに、どんどん恥ずかしくなってくる。顔が熱くて仕方ない。今は年末の真冬だっていうのに。

俺の返事に愛菜之は、蕩けるような笑顔を浮かべていた。

「……晴我くん、私のこと好き?」

「大好きだよ」

「さっき、気持ちを抑えなくてもいいって言ってたよね?」

「言ったな」

なんでそんなことを聞くんだろう。そう考えていると、愛菜之はガバッと顔を近づけて、俺にキスをする。

「ごめんね。抑えるの、できない」

愛菜之は俺の頭をぎゅうっと抱え込んで抱きしめる。

大きな胸と愛菜之の香りに包まれる。そして酸素が薄くなる。

「大好き……」

「むぐむぐ」

苦しんでる俺に気づいているのかいないのか、いやこれ気づいてないな。

愛菜之はそんな俺に気づかず、抱きしめる力を強める

「もう絶対に離さない。全部、ぜーんぶ私のもの。愛してる」

「むぅむぅ」

もうこのまま窒息で死んでもいい。ああ、さっきは来なかったお迎えがすぐそこまで……。

「晴我く、ん……? わ、ご、ごめんなさいっ」

「ぶはっ」

酸素が急に入ってきて肺がびっくらこいている。旅館の時と同じ展開だなぁ……。何回、窒息死を覚悟しないといけないんだろう。愛菜之になら別に良いけどさ。

「ごめんね。苦しかったよね、ごめんね……」

「いや、大丈夫。あと、お願いだからこういうことをいっぱいしてほしい」

「え、ええ!?」

してほしいというのは、俺を窒息させてほしいとかじゃなくて、気持ちを抑えないでほしいってことだ。勘違いしないでよね! いやほんとに。

「気持ちを抑えないでほしい。俺、愛菜之に愛されてるって思えるとめちゃくちゃ幸せになれるから」

「ほ、ほんと? それなら、嬉しいけど……」

愛菜之に引け目を感じてほしくない。もっと愛菜之が自分の心に正直になってほしい。

そのために、こんなことを言ってみたりもする。

「もっとめちゃくちゃに愛してほしい」

「…………いいの?」

きょとん、とした顔が俺の目を覗き込む。まるで確認するように。

俺は頷きながら、「もちろん」 とだけ言った。

「ほんとのほんとに?」

「ほんとのほんと」

なにをそんなに確認することがあるんだ。俺は愛菜之に愛されるなら、どんな方法でも受け入れられる。

「……じゃあ、もう抑えられないからね?」

「ドンとこい」

まぁ、そんなに大したこともしてこないだろう。

そんな甘い考えをやめる、良いきっかけができてしまうことになる。


「晴我くん好き」

「わかったから……」

抑えないでほしいとは言ったけど、ここまでしてくるとは思わなかった。

旅館でくつろいでいた時みたいに、愛菜之が俺に対面座位の形で乗っかって、抱きしめてきた。もう伏せる気も起きない。

周りの目に慣れたとはいえ、ここまでのことをされると焦る。周りの人がチラッとこっちを見てから通り過ぎていくのが辛いです……。

「すーき。だいすき、すきすきすーきっ」

愛菜之は周りなんて気にせず、ずっと好き好き言ってくる。公園という公衆の場で、こんなことをするようになるとは思いもしなかった。

「わかったわかった。観光行こう? な?」

「……観光してたら、イチャイチャできないもん」

「え? できるだろ?」

手を繋いだりとか、なんか美味しいもの買って食べさせ合いっこしたりとか。

それを言ってみると、愛菜之は少しご不満の様子だった。

「もっといっぱいイチャイチャしたいの」

もっといっぱい、ですか。うーん、わかりません。

つまり、なにか? もう手を繋いだりは当たり前のイチャイチャ行為で、次元が低いとでも言いたいのか? 欲張りさんだなぁ、可愛い。

「旅館に帰ったら、いつもよりいっぱいイチャイチャできるからさ。それまでの我慢、な?」

「……何してもいいの?」

「いいから、とりあえず落ち着こう」

「約束だよ?」

ようやく愛菜之が俺から離れて、隣に座ってくれた。

ドンとこいと言ったのに、一発ノックアウト。愛菜之が俺に対して強すぎる……。

「帰ったら何しよっかなぁ。えへへへへ……」

今から観光に行くというのに、愛菜之は帰り着いた時のことを考えている。


観光、楽しもうな?

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