第61話

「お風呂、気持ちよかったね」

「ああ」

お風呂から上がった後、さっきのように座椅子に座って、また対面ほにゃららの格好で抱きしめ合っていた。もちろん愛菜之が上。上に乗るの好きだね。

それとお風呂は、まぁ……色んな意味で気持ちよかったです……。

体を体で洗われて、そもそも昂ってたからそういうこともしちゃったし。

つっても、繋がりまではしてない。のぼせるし、時間が時間だからな。

洗いっこと触りっこをしただけだ。健全中の健全、健全オブ健全。途中で変なとこに当たってもただのハプニング。何もいやらしいことなんてなかった、いいね?

「これからどうしよっか。一緒にごろごろする? えっちする? えっちする?」

「こわいこわい……」

えっちなことならさっきしたでしょうに。あと愛菜之の口から、えっちとかいう単語出さないでほしい。

こちとら欲が旺盛な高校生男子、その単語だけで体が反応してしまいます。

なんで毎回えろいことする流れになるんだ……。その気にさせてくる愛菜之と、その気に簡単になってしまう俺が悪いんだが、どうにもなぁ。

「愛菜之って、そういうことするの好きなのか?」

遠回しにそう聞くと、少し顔を赤くしながら健気に答えてくれる。

「……んのこと、思いながらするのが好き」

「ん? なんて?」

「は、晴我くんのこと、思い出しながらするのが好き、なの……」

……いやそのあの、うーん。

なんかすごい感情が複雑になってる。嬉しいやら恥ずかしいやら、興奮するやら。

それはそれとして、俺はどんな風にするのが好きか聞いたわけじゃないんだよね……。

しかも口ぶり的に、一人でする時のことを言ってるよね? 俺が聞きたいのは二人でそういうことをするのが好きかってことなんだが……。

「えっと、一人でどんな風にするのが好きなのかじゃなくて、二人でそういうことをすること自体が好きなのかどうか聞いた、つもりぃ……」

気っまず。最後なんか声が萎んじゃったよ。

俺が気まずそうな顔をしながらそう言うと、愛菜之はさっきよりも顔を赤くさせて涙目になっていた。

「ちがっ……! くはないけど! ……晴我くんのこと想像しながら一人でするのが好きなのはホントだけど!」

本当なのか……。やばい、感覚が麻痺してるから嬉しいとしか思えないや。

「いやまぁ、俺のこと考えながら一人でしてるっていうのは知ってたから、うん。いいと思います」

愛菜之の誕生日の時だったか。

愛菜之はいつも一人でそういうことをする時、俺のことを思い浮かべていると言っていた。

正直、それを最初に聞いた時も嬉しいと思ってしまった。思われる幸福というものの大きさは測り知れない。一度味わうとやめられなくなってしまう。

「……いや、だった?」

「なわけない」

慌てて否定すると、愛菜之はぐりぐりと俺の胸に顔を埋めてくる。可愛いことこの上無し。

「……えっちなことは、好き。一人でするのも、晴我くんとするのも」

消え入りそうな声で、遠慮がちにそう言う。あまりにもか弱いその声に、思わず頭を撫でてしまう。

ピクッ、と反応したが、その後はそのまま撫でられてくれた。

「晴我くんのことしか考えられなくなって、ボーッてして、幸せになってね」

俺のことを熱く見つめて、首の後ろに腕を回す。顔が近くて、綺麗な黒の瞳に吸い込まれそうだ。

「好き、大好き。晴我くんは私のもの、私のものなの。大好き、大好き大好き大好き大好き大好き」

唇と唇が触れる直前、躊躇うように愛菜之は首を少し引っ込める。一瞬迷った素振りを見せて、俺の頭を自分の胸に埋めるように抱いた。

「晴我くんは私のもの。私以外を感じなくていいの。絶対離さない」

どんどん口調と言葉がヒートアップしていく。変なことを聞くんじゃなかった、と後悔する反面、押しつぶされそうなほどの大きな愛情を感じられて、体が痺れるような感覚を覚えていた。

「もっと愛し合いたい。もっともっと深くまで、もっともっともっと」

柔らかい胸に顔がギュウギュウ押し付けられて、脳の中は愛菜之の甘い匂いで満たされている。

ただその代わり、酸素がどんどんなくなっていっている。そろそろ川の向こうにお迎えが来かねない。

「まなの……ぐるじ……」

肩をトントン叩いてギブアップの姿勢。正直、このまま窒息しても悔いはないくらい幸せだったが、俺はまだ愛菜之と一緒にいたい。

「晴我くん……えっ? あ、ご、ごめんなさい!!」

「ぶへっ」

汚い声を吐きながら酸素を胸いっぱいに吸い込む。ああ、愛菜之成分が抜けていく……悲しきかな……。

「だ、大丈夫? 頭痛くない? ごめんね、本当にごめんね」

「大丈夫。むしろ心地よかったし」

「え? それなら、よかった……のかな?」

首を傾げて、えへへと笑う愛菜之。気負いしてくれなくて良かった。良かったんだけど、すぐにまた抱きしめてくるのは反則だから離して。

「そういえば、私は晴我くんでえっちなことするけど、晴我くんはしてくれないんだね」

「え?」

急に何の話……と思ったが、愛菜之は黒い瞳をさらに黒く濁らせ、俺を縛りつけるように抱きしめてきた。

「晴我くんのスマホの検索履歴、ぜんぶぜんぶ知ってるからね」

「う、そ……だよな?」

「嘘じゃないよ」

うーん、と少し思い出すような仕草をしたあと、「あ、そうそう!」 とニコニコしながら話す。

「私とのデート先、いっぱい調べてくれてたね」

「……待って、恥ずかしすぎる」

やばいやばいほんとさ、そういうのカッコつけたいお年頃なのよこっちは。

スマートに彼女をいい感じのカフェとかに誘ったりできてたつもりなのに、裏で必死こいて検索かけてたのバレバレとかマジで恥ずかしい。

「私との時間を、大切にしてくれてるんだなって嬉しくて幸せでね」

でも、と彼女は言葉を続ける。

「シークレット? ってモードで調べてたこと、説明して欲しいな」

その言葉を聞いて、嫌な汗が止まらなかった。

例えるなら、そう。おかんにエッチなサイト見てるのがバレて、なにを言われるでもなくただスマホの使用時間を急に制限されるような……。そんな経験ないんですけども。

「女の子のえっちなイラストとか、女の人の裸とか見て、一人でシてたんだ?」

「いや、その……」

「私と毎日してたのに、まだ足りなかったんだ?」

詰将棋のように、俺をしっかりと追い詰めていく。

確かに俺は一人でそういうことをする時は、ネットであれこれ検索して見てるが……まぁ、趣味趣向まではバレないだろう。

「こういうのが好きなんでしょ?」

そう言って、グイッとタートルネックの襟の部分を下げる。そこには、赤色の首輪が付いていた。

「わん」

そう鳴いて、俺の胸に頬擦りをする。

「わんわん。わんっ」

くんくん、と俺の首の匂いを嗅いで、今度は舌で舐めてきた。

されるがままになっていると、首にピリッと痛みを感じた。愛菜之が噛んだのだろう。

キスマークをつけるにしてもいつもは優しくつけてくれる。なるべく痛みを感じないように、優しく。

なのに、いつもと違ってわざと力を入れてキスマークをつけてきた。

少し咎めるように愛菜之を見ると、俺のことを見上げてぺろっと可愛く舌を出した。

「ご主人さま」

そう言って、軽いキスをしてくる。唾液に濡れた彼女の唇が魅力的に感じる。

「いたずらした悪い犬を、お仕置きしてほしい……わん」

瞬間、体の内からマグマのように感情が湧き上がる。

支配したい、縛り付けたい、束縛したい、愛菜之は俺ものだと知らしめたい。

「くぅーん」

あざとく鳴いて、体を擦り付ける。その挑発に乗って、愛菜之の体を力強く抱きしめた。

ふっ、と息を吐いて、幸せそうな表情で受け止めてくれる。

「愛菜之は、悪い子だな」

「くぅん」

まるで謝るかのように鳴いて、顔を俺の胸に擦り付けてくる。甘く、安心する匂いが鼻をくすぐる。

慰めるように頭を撫でる。綺麗に手入れされている黒髪は、いつ触っても触り心地がいい。

「反省してるのか?」

「わんわんっ」

「いい子だ」

元気な返事のご褒美に頭を撫でると、また元気に「わんわん」 と鳴く。

体に駆け巡る支配感、背徳感が恐ろしいほど甘く感じる。

頭を撫でながら時折キスをすると、そのたびに幸せそうに「わんっ」 と鳴く彼女が愛おしい。まるで本当の犬みたいだ。

「ご主人さま、もっと触って欲しいです……わん」

タートルネックをめくり上げて、白い綺麗なお腹を見せてくる。チラッと下着の色も見えていて、血が一箇所に集まってしまうのをどうにか堪える。

優しく、赤ん坊の肌を撫でるように愛菜之のお腹を撫でる。脇腹をさわさわと触ったり、へその縁に沿って指でなぞったり。

「ん、ふぁっ……」

漏れでる声が艶かしい。顔を赤くして、恥ずかしさに耐えながらも俺の手を受け入れている彼女が可愛くて仕方ない。

「もっと見せて」

そう言うと、愛菜之はタートルネックを胸の上までめくり上げ、服の端を口で咥えた。

ピンク色の下着が大きな胸を包んでいる。レースの大人っぽい下着は、俺好みのものだ。

きっとこれも、俺のために選んで着てくれたのだろう。そう考えただけで、愛おしさに心がはち切れそうになる。

「似合ってるよ」

そう言うと、彼女は頬を綻ばせた。

「よかった」 と、口が塞がっているにも関わらず、そう言ったように聞こえた。

口から服の端を離して、今度は手で押さえながら彼女は口を開いた。

「これ、ね。フロントホックになっててね」

人差し指を伸ばした先は、下着の真ん中。

確かにいつも見ている下着とは少し形が違った。

「これなら外しやすいし、晴我くん……ご主人さまの顔も見られるから」

彼女は両手で俺の右手を持つ。その拍子に、めくり上げていたタートルネックは彼女の胸と、俺の手も隠してしまう。

「外して、欲しいな」

両手に掴まれた俺の右手は、そのまま彼女の下着の真ん中に吸い込まれていく。

タートルネックの下で、ホックが外れる音がした。

それでね、と彼女は続ける。

「いっぱい触って欲しいわん。ご主人さま」

ああ、またそんなことを。

気が狂いそうなほどに幸せだ。頭の回路が焼き切れそうだ。

身体中を巡り巡る支配感。思わず顔がニヤけてしまうが、必死にそれを抑える。

「んっ……」

タートルネックの上から彼女の胸を触る。柔らかくて、手が吸い付かれてしまう。

「くすぐったいわん」

「我慢したらよしよししてあげるから」

そう言い聞かせると、「わんっ!」 と返事をしてくれる。犬を飼ったらこんな感じなんだろうか。ペットを飼うことなんてできなかったから、わからない。

言った通りにくすぐったいのを我慢しているので、ご褒美によしよししてあげた。

満足そうに撫でられて、そのまま数分が過ぎる。

右手は柔らかくて、左手はサラサラの感触。俺は幸せだったが、愛菜之は少し不満そうにしていた。

「……直接触ってほしいわん」

そう言って、俺の手を取りタートルネックの下に入れさせる。

彼女の柔肌に直に触れ、彼女の体温を感じている。

愛菜之尽くしの極楽にいる。こんな時間が永遠に続くのだと思うと嬉しくてしょうがない。

「……もう私以外の女でシないでね」

「……」

いや待って、待ってほしい。それはキツい。

違うんだって聞いてよ。なんというかこう、スイーツは別腹的な感覚と言いますか。いや違うな、言語化できねぇ。

黙ったままでいると、愛菜之の目が黒く濁る。まずい、これはぷんぷん丸だ。

「私の身体の感触を思い出すだけじゃ興奮できない?」

できるけど。できるけどっ!

答えられずに言いあぐねていると、愛菜之は俺のスマホを勝手に取って起動する。

「これでも?」

そう言ってパシャパシャ、とスマホからシャッター音が数回した。

はだけた下着と大きな胸と、愛しい彼女の姿。それが、俺のスマホに保存されていく。

「これでもまだ、興奮しない?」

スマホを見せてきた。扇情的な姿の愛菜之の写真が映され、スライドするたびにまた、彼女の姿が映し出される。

「興奮、してくれてるよね?」

愛菜之はニヤリと笑って、体を、下半身を擦り付けてくる。

俺の体の一部が大きくなって、彼女の体に触れている。きっとそれを感じ取ったのだろう。

「それとも、溜まっちゃった時は……」

抱きついて、俺の耳元で甘く囁く。

「私のこと、使う?」

背中にゾワッとした感覚、口の中が乾く感覚。

全部全部、愛菜之の掌の上だ。俺の欲も、何もかも。

たまらないくらい、幸せだ。


けれど、今はこの気持ちを抑えておく。俺たちは旅行に来ているのだから。

確かにそういうことをたくさんしたい。したいけれど、せっかくなら観光を愛菜之としたい。

手を離して、愛菜之に軽いキスをした。続きがあるのだろうと待ち構えているが、頭を撫でながら伝える。

「続きは帰ってきてから。今は観光に行こう」

「……ご主人さまは、シたくないの?」

「したいよ。今すぐにでも愛菜之とめちゃくちゃにしたい」

でもな、と俺は続ける。

「それと同じくらい、愛菜之と一緒に観光に行きたいんだ。名所を見て、写真を撮って、美味しいものを食べて、そんで夜には」

さっきのお返しに、俺も耳元でそれっぽく囁いてみる。

「愛菜之とそういうことを、たくさんしたい」

…………やっべ恥ずかし。やめだやめだ柄にもない。二度としないわこんなこと。

愛菜之からなんの反応も返ってこない。どうしよ、気持ち悪がれたかこれ。

「愛菜之?」

恐る恐る顔を見てみると、真っ赤になってフリーズしていた。

「愛菜之ー?」

「……ひゃん」

ひゃん? わんって言いたかったのかしら。呂律が怪しくなってしまってる。

「ダメだよ、そんなの……。プロポーズだよ、ダメだよぉ……」

いや、プロポーズのつもりはなかったんだけど……。ていうか、もう結婚の約束してるんだからプロポーズもなにも。結婚できる歳になったら改めて言うつもりだけどさ。

「好きになっちゃうよぉ……好きなのに、もう好きなのにぃ……」

涙を目に浮かべ、大きな瞳がうるうるしている。

泣かれちゃ困るんだけどなぁ。男は女の子の涙に弱い生き物なのだ。

「好き、好き好き好き。やだ、どうすればもっと伝えられるの? 好き、大好きだよ晴我くん。大好き」

「ちょ、待って。愛菜之、まな……」

気持ちが爆発した愛菜之にしっちゃかめっちゃかにされて、旅館を出たのは一時間ほど後になった。

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