第60話

旅館に入り、受付に行く。

受付の人は、俺の腕にしっかりと絡み付いている愛菜之と俺の二人を見て怪訝そうにしていたが、チケットを渡すと慌てていた。

電話で何やら話しているかと思えば、仲居用と書かれた扉から、スススと着物を着た綺麗な女性の方が出てきた。

「ようこそおいでくださいました。この旅館の女将を務めています。お部屋のご案内、お荷物の移動をさせていただきます」

そしてまた後ろから別の女性の方が出てきた。荷物を俺たちから預かると、女将さんが「こちらです」 と、先導してくれた。




「お部屋はこちらになります。お食事やお布団の方は後ほどお尋ねに参りますので、ごゆっくりお寛ぎください」

洗練された動きでしゅぱしゅぱ動き、スススと戻っていった。

「……部屋、間違えてない?」

俺の第一声はこれだ。いやだって、いやさぁ。高校生の身分で借りていい部屋じゃないでしょ、これ。

映画やドラマで見るような、ザ・高級部屋みたいな感じの部屋。部屋間違えた以外にありえないだろ。

「お部屋、合ってるよ?」

愛菜之が至極当然みたいな顔で言うけど絶対ありえない。絶対絶対絶対!

「お母さんに前もって聞いてたの。一番良いお部屋だって言ってたよ」

マジで? マジのマジ?

愛菜之母何者だよマジで。一番良い部屋のチケット貰って、しかもそれを軽々と俺たちに渡せるって。

そういえば本人がお嬢様とか言ってたな。いや、だとしてもなぁ……。

ていうか、それで受付の人も怪訝そうな顔してたわけだ。しかもチケットの内容を見てみりゃ最高の部屋用のチケットと来た。

こんな子供二人が持ってくるものとは到底思えなかったのだろう。まぁ仕方ない、気持ちはわかる。

「晴我くん」

うんうん悩む俺を呼んで、ぎゅっと抱きしめる。

「私のことだけ考えて」

「あ、ああ。ごめん」

「仲居さん来る前に、いっぱいイチャイチャしよ?」

仲居さんって何……って聞こうとしたけどイチャイチャすることに気を取られた。後で調べたが、従業員の女性の方のことを仲居さんって言うらしい。知識は大事だね。

「いっぱいドキドキさせてあげるって、約束したもんね」

「覚えがないかなー……」

「ドキドキさせてあげるからね」

「はいよ……」

約束した覚えはないが、ドキドキさせてくれる、つまり俺に何かしてくれるということだ。嬉しい以外に感想はない。

さて、何をしてくれるのやら。

そう呑気に考えていると、愛菜之は俺の首元に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。癖になってるのかしら、やめてくれ恥ずかしい照れる。

「晴我くん、座ろ」

座椅子に俺を勧めてくれた。勧められた通りに座ると、愛菜之は俺に覆い被さるように抱きついてきた。これ、対面座……なんでもないです。

「やっとぎゅってできた……。好き好き好き」

「ぎゅうならさっきもしたでしょ」

「深いぎゅうはこうしないとできないもん」

ハグに浅い深いがあるんか……あるか。現に今、深いハグしてるし。

あとさっきから心臓バックバクなんだけど。もうドキドキさせるっていうミッションは達成してるよ。報酬受け取るのをお忘れなく!

「キスしよ」

「いや、人に見られるかもしんないし……」

「キースー」

最近わがままが多い気がするね。子供みたいに甘えてくるのが多い。めちゃくちゃ可愛いから拒否しきれないのが辛い。普通にお願いされても拒否できないけど。

「軽いのだけね」

「……」

「お返事んむぐ」

無理やり口を塞いできた。俺様系かな?

いきなりされるとビックリするからあんまりやらないでほしいんだがな。

舌を出してきたが、唇を閉じて拒否する。だから仲居さんが来るって言ってるでしょうが。

それが気に食わなかったのか、愛菜之は腰を俺の大事な部分に擦り付けてきた。ライン越えてくるんじゃないよ。

ただでさえ対面ざ……ほにゃららでアウトな格好してんのに、ていうか興奮してんのに、更にそれに油を注ぐ行為をしてくる。

俺だって我慢してんだぞ。人の気持ちも知らないで全く。

今度は唇から力を抜いて、舌を受け入れる。受け入れるっていうか、自分の舌で迎え撃つ。

少し驚いたのか、愛菜之は目を丸くした後、嬉しそうに目を細めて舌を絡めてきた。

別にこんなキスは珍しくもない。だが、環境の変化のせいか、変に興奮してしまう。

けれど、もうすぐ仲居さんが来るのでここでストップをかけなければいけない。

口を離そうとすると、愛菜之がそれを読み取ったのか首の後ろに腕を回してホールドしてきた。

力尽くでなら離せるが、そんな無理やりな方法は嫌だ。愛菜之は俺から全力で拒否されることを何よりも嫌がる、不安がる、怖がる。

だから、出来るだけ優しく離せるように段階をふむ。頭を撫でて、ペースダウンをさせる。そして肩をトントンと叩いて、優しく体を離した。

「……もっと」

たったそれだけの言葉にどれだけの愛情を感じたか。

求められることの快感がたまらない。求められることが幸せでたまらない。

のぼせそうな幸福感をどうにか飲み込んで、この後のことを考えて話した。

「仲居さんに布団とご飯のこと話したら、また続きしよう」

頭を撫でながら言い聞かせると、愛菜之は少し不満そうにしながらも頷いてくれた。




ご飯の時間帯は普段ご飯を食べている時間と同じにしておいた。布団は風呂に入っている間に敷いてくれるとのことだった。

旅館のちょっとした歴史話、温泉やお土産屋の場所、注意事項等など色々と聞いた。

お土産なぁ……。有人と表と猿寺、母さん父さん姉さん、愛菜之母にも買っとくか……愛菜兎、愛菜兎はどうなんだ。アイツ俺が何してもキレるし。

一応メッセージアプリで連絡先交換したけど「よろしく」 って送っただけで中指立ててる絵文字送ってくるようなやつだしなアイツ。

しょうがない。優しいお兄ちゃんがお土産を買っていってあげよう。

「他の女にお土産買うのダメだからね?」

「女ったってあなたの妹さんですよ」

「でも……」

頬を少し膨らまして不服そうにしている愛菜之が可愛い。ああもーああもーああもー。

「一緒に選べばまだいいだろ?」

「……うん」

「愛菜之にもお土産買うよ」

「おそろいのストラップ……」

ああもーああもーあああああ。

なんでそうやって可愛いことばっか言うんだよ。いくらでも買いますよ五千兆個でも買う。

「お菓子は?」

「ストラップだけで嬉しい」

つまりお菓子とかあるともっと嬉しいってわけね。いっぱい買ったらぁよ。

「お風呂は一緒に入るだろ?」

「うん」

「背中流してくれるとその、嬉しいんだけど……」

愛菜之は俺から頼られるのが、甘えられるのがとても嬉しいらしい。

俺がそう言うと、愛菜之はさっきまでの不満顔を引っ込めて、笑顔でぎゅっと抱きついてきた。

「体で洗ってあげるね」

「……嬉しいけど、抑えらんなくなるからダメ」

一緒にお風呂に入るのはほぼ当たり前になっている。背中を流してもらったり、逆に髪の毛を洗ってあげたり。

そして、その流れで大体そういうことをする。

「大丈夫。旅行の間は、いーっぱいえっちしよ?」

「観光は?」

「しなくてもいいよ?」

旅行の意味がだな……まぁ、こういう特別な場所で特別なことをしたい気持ちは分かるけど。

あと体は反応するな。

「私ね、この旅行中は晴我くんといっぱい愛を深め合いたいなって思っててね」

これ以上深めてどうすんだろう。地球の中心まで深め合うか?

そんなことを考えていると、愛菜之は愛おしそうに俺を見つめ、俺のシャツの中に手を突っ込んで、胸をさわさわとさすってきた。綺麗で細い白い指が俺の胸板をなぞる。背中がゾワゾワする感覚。何度も何度も感じてきたのに慣れない。

「晴我くんともっと触れ合いたくて、もっと繋がりたくて、もっともっと仲良くなりたくてね」

手を止めて、彼女はぎゅむっと体を押し付けてくる。

タートルネックの服はその豊満な胸の形をしっかりと見せつけてきて、目のやり場に困る。

「だからね。年末年始は誰も邪魔の入らない、何も気にしなくて良い二人っきりの場所に行きたくてね。二人でここに来れてすっごく嬉しいの」

幸せそうに笑う愛菜之は、俺の鼻の先っちょにキスをする。照れ隠しなのか、にへらと笑う彼女がひどく愛おしい。

「今からでもしちゃお? 手でも口でも胸でも、なんでもするよ」

愛菜之にそう言われて、俺は手に、口に、胸にと順に視線が移動してしまう。

彼女に色んな形でされたことは一度じゃない。それに、お願いすればどんなことでもしてくれる。いつだって、どこだって。

「それにもちろん、私と繋がって気持ちよくなるのも、ね?」

一日だって俺と愛菜之はそういうことをしてない日がない。毎日毎日欠かさずに繋がり、求めて求められてきた。冬休みになって時間が増えて、必然的に頻度が増えた。

そうして思い返すほどに彼女の体の魅力を思い出す。感情が昂って、意識して、心臓が早く動く。

「……晴我くん、興奮してきたんだ」

俺の体の一部が大きくなって、愛菜之の大事な部位に触れている。それを感じ取っての発言だろう。

現に、俺はめちゃくちゃに興奮している。そもそもバスにいる時からこの子は悪戯をしてきて、意識させてきた。今だって体を引っ付けてきて誘惑してくる。

「晴我くん、ゴム買ってたよね」

「なんでそれを」

恥ずかしいんだよ買うとこ見られるの。バレないようにコソコソ買ったのに!

恥ずかしがっている間、嬉しいのか照れているのか、愛菜之はくねくねと体を捻らせていた。

「準備してくれてるんだなって、私とするの、望んでくれてるんだって嬉しくなっちゃって」

えへへ、と笑って、腰をぐりぐりと擦り付けてくる。そういうことをされると本当にまずい。

「大好き」

耳元でそう囁かれた。そんなの、反則だ。

けれど主導権を握られるのはまずい。愛菜之主導だとガッツリ搾られて本当にやばい。夏休みのあの時から学習している。

ここからは俺から行動を起こして、どうにか主導権を勝ち取る。そうしないとマジでやばい。いやほんとに冗談抜きで。

とりあえず目の前の可愛い耳に甘噛みをした。

「ひあっ!?」

電流が体に走ったようにビクッと体が跳ねる。ぎゅううう、と体をさらに押しつけてきて少し苦しい。

そんな愛菜之に構わず、俺は耳の縁を舌先でなぞるように舐めた。

「〜っ!」

声にならない悲鳴をあげて、体をビクビクと震わせる。どこにそんな力があるのか、痛いくらいに抱きしめてくる。

ふっ、と息を吹きかけると愛菜之は肩をビクビクと震わせる。そんな可愛い反応をする愛菜之の頭を撫でながら、耳元で囁く。

「俺も好きだよ」

「ふぁ、あぁう……」

涙目で顔を真っ赤にしてあうあう言っている。可愛い。

やばい、気持ちが抑えらんなくなってきた。ほんとに甘いな自分。

愛菜之の顔の前に人差し指を向ける。きょとんとする愛菜之が可愛い。

「舐めて」

そう言うと驚いたのか、目を丸くした後にすぐ舌を出して俺の指を舐め始めた。

ぬめりとしていて、温かい彼女の舌が触れるたびに背筋がゾクゾクする。支配感と罪悪感がのぼってきて全身の毛が粟立つ。

「咥えて」

言われた通り彼女はパクリ、と指を咥えた。歯が当たらないように、優しく。

すぼめて強調された唇がひどく蠱惑的だった。そのまま舌で指を舐めてくれる。上目遣いでずっと俺のことを見つめてきて、興奮がおさまらない。

……思いつきでやったけど引き際がわからない。どうしよこれ。

正直、ずっとこのまま見ていたい。俺のためにこんなことをしてくれる可愛い彼女の姿を永遠に眺めていたい。

けれどそろそろ引き際だ。もう愛菜之に触れたくてしょうがない。

「もういいよ」

「んー……」

ふるふると小さく首を横に振る愛菜之。どうやら楽しんでいたのは俺だけじゃなかったらしい。

「俺も愛菜之に触れたい」

そう言うと、ぱっと口を離してティッシュでササッと指を拭いてくれた。行動早すぎでしょ。仲居さんになれそう。

一連の行動を終えると目をキラキラ輝かせて待機している。まるで待てをされている犬みたいだった。

「キスしていい?」

いつもはそんなことも聞かずにキスをしていたが、少し聞いてみたくなった。

「うん!」

元気のいい返事を聞いて体の内側から湧き昇る幸福感を噛みしめる。愛菜之がグイグイ顔を近づけきて、若干引き気味になるが、流されまいと自分からキスをした。

目を瞑ってひたすらに俺のことを感じようとしている彼女がひどく愛らしい。愛菜之の手を取って恋人繋ぎを両手でする。それに連動するように口をもっと強く押しつけてきた。

息の続く限り舌を絡めあってお互いの口をお互いで塞いだ。体はこれ以上ないほどに密着して、繋がれた手と手の間に汗が滲むほどだった。

口を離して、お互い顔を見つめ合う。愛菜之は手を離して、確かめるような、慈しむような手つきで俺の頬を撫でた。

「晴我くん……私の、大好きな……」

優しい手つきが気持ちよくて、されるがままになってしまう。

愛菜之は俺の首に口づけをして、舌で舐める。バスの中でした時よりかは優しく、でも執拗に。

耐えきれなくなって、愛菜之を強く抱きしめる。それでも愛菜之は変わらず舌で舐めてくる。

途中からはキスマークをつけるためにちゅっ、と吸ってくる。

傷をつけられるたびに興奮する。愛菜之の恋人としての証拠になるものが得られて、幸せすぎる。

「大好き、大好き大好き大好きぃ……」

愛菜之は口を離して、俺の頬に手を添える。顔を近づけて、黒髪のカーテンのおかげで視界には愛菜之しか見えない。もうその前から俺は愛菜之しか見ていないが。

細い指に顔が捕らわれて、逃げることができない。逃げるつもりもないし、俺はもっと愛菜之を感じたい。

蕩けた瞳と蒸気した頬、彼女の熱い手のひら。

どれを取っても俺には甘く、幸せで、麻薬のように引き寄せて離さない。

柔らかい唇に俺の唇が触れる。順に舌も絡め合う。

今度は俺から舌を絡めた。愛菜之は嬉しそうにそれを受け止めて、こたえてくれる。

もう二人ともその気になって、そういうことをするつもりでいた。けれどその時、テーブルに置いておいたスマホが震えてしまった。

通知を切っておけばよかった……なんて思いながら、一度口を離す。愛菜之は俺のスマホが震えていたことに気づいていないようだったので、「ちょっとごめん」 と断ってからスマホを取った。

『おみやげ買ってこい』

画面にはそう表示されている。それと、顔を真っ赤にして怒っている兎のスタンプも送られてきていた。

愛菜兎も、多少気を許してきてくれているらしい。そう感じ取っても怒られないと思う。

思わず顔がにやけてしまう。そんな俺を愛菜之は見逃さなかった。

「私と旅行来てるのに、私以外の女と、よりにもよって愛菜兎と話してにやついてる……」

「え? あっ、いやその、気を許してくれてんだなぁって嬉しくなっちゃって……」

愛菜之はジトッとした視線で俺を見つめ、スマホを俺の手から取ると通知を切った。

「晴我くんにはもっと自覚を持ってほしいな」

「なんの自覚?」

そう聞くと、ムッとしながら俺に抱きつく。

「私の恋人だって自覚」

「ある。自覚ある」

自覚がなけりゃ、こんなにキスしたりハグしたりなんてしない。

それでも愛菜之はまだ不満気にしていた。不満そうな顔も可愛いとか言ったら怒られるか? 正直、言いたいし怒られたい。

「私といる時に他の女のこと考えてるからダメ。私のことだけ考えてほしい」

「怒ってる愛菜之も可愛い」

そう言うと、ぽかんとした顔をしていた。可愛い。だがその後、ムゥッとしながら俺の頬に手を添えてぐりぐりしてきた。

「もっと自覚持って欲しいの。晴我くんは私の恋人で、夫で、私のことを所有してるんだよ」

そう言って、ネックレスを見せつけてくる。そのネックレスは俺が渡した、mineと書かれた所有証明のネックレス。

「それに晴我くんは私のものなんだよ」

そう言って俺の手首を掴む。俺の手首には、クリスマスにもらったチョーカーにもなるブレスレットがつけられている。

「晴我くんは私のものなんだよ。私は晴我くんのものなんだよ」

ブレスレットは俺が愛菜之の所有物だという証明、のつもりなのだろうか。てっきり、普通のプレゼントかと思っていたが……。

「プレゼントって、渡すものによって意味があるんだよ」

ネックレスを大切そうな握りしめて微笑み、嬉しそうに言う。

「ネックレスは、あなたと永遠に繋がっていたいって意味」

ネックレスから手を離し、今度は俺の手首を掴む。

吸い込まれそうな黒い瞳で、しっかりと俺を見つめて言う。

「ブレスレットとチョーカーの意味はね」

手首を掴む手に、少し力が入った。痛くはない、けれど離さないように強く。

「束縛」

ドクン、と胸が熱くなった。

その言葉は、俺も愛菜之も大好きな言葉だった。

そして、俺を束縛したいというその思いに、想いに、胸が焦げるほど熱くなってしまった。

「誰にも渡さない、私だけの大切な人」

彼女の息が荒くなるのを感じる。それに呼応するように、俺も息が荒くなる。

「私に束縛されるの、嬉しい?」

「嬉しい」

即答すると、彼女は嬉しそうに笑う。

俺は愛菜之に束縛されるのが嬉しい。ひしひしと愛を感じられるからだ。

それに俺は、愛菜之に束縛されることが嬉しいと一度言ったことがある。俺の誕生日の時だっただろうか。

「じゃあ、私のこと、束縛したい?」

「それは……」

正直に言って、めちゃくちゃに縛りつけたい。もちろん物理的な意味じゃなく、心理的な意味で。

ここまで独占欲が強いわけじゃなかったと思うが、愛菜之と一緒にいて変わったのだろうか。まぁ、別に構わない。それだけ彼女と一緒にいられたという証拠になるのだから、嬉しいくらいだ。

即答できなかった理由は、自信がないからだ。俺が愛菜之を束縛する資格があるのかどうか、わからなかった。

確かに俺は彼氏だ、恋人だ。けれど愛菜之のような完璧美少女が俺を好いてくれている理由が未だにわからない。だから、自信がつかない。

愛菜之を言い訳にしているようで心苦しいが、それは事実だった。

「したくないの?」

「……したいよ。俺以外を見ないでほしいし、俺のそばにずっといてほしい」

素直に言うと、愛菜之はまた一段と嬉しそうに笑う。けれどその笑顔をすぐに引っ込めて、少し困ったような顔で俺を抱きしめた。

「晴我くん。晴我くんはね、私の大切で大好きな人なんだよ」

慰めるように俺の頭を撫でて、ポツポツと語る。

「だから、私にしたいことをしていいんだよ。言いたいことを言っていいんだよ」

「……でも」

「でももだっても禁止」

俺の鼻の先に人差し指をチョン、と押し当てて悪戯をしている子供みたいに笑う。

「私は晴我くんが大大大好きなの。晴我くんに束縛したいなんて言われたら、嬉しくてしょうがなくなるくらい大好きなんだよ」

だからね、と彼女は続ける。

「晴我くんは自信を持って。私が、晴我くんの自信の理由になるから」

そんなことを言われたら、自信を持ってしまう。

おこがましいと、自分には自信を持つ資格も能力もないと思っていたのに。

愛菜之が自信を持つ理由になってくれたら、俺はどこまででも自分に自信が持てる。


「愛菜之」

「うん」

自分の言葉にだって、自信が持ててしまう。

「俺以外を見ないでほしい」

「うん」

どんなことだって言えてしまう。

「俺だけを見つめてほしい。俺以外の男なんてどうでもいいと思ってほしい」

「うんっ」

弾むような返事で、さっきよりも嬉しそうで。

だから、どんどん熱がこもってしまう。

「俺のそばから離れないでほしい。これからも永遠に」

「うん!」

言葉にこもっていた熱が、体に伝わって、脳までのぼせるほどに熱い。

「愛菜之っ」

感情の全てをぶつけるように愛菜之を押し倒す。ほぼ毎晩、この体勢になっていたのに、まるで今日が初めてのように緊張した。

愛おしくて、愛おしいからこそ傷つけはてしまわないか緊張して、ドキドキして。

ああ、俺はどこまでも愛菜之のことが好きなんだ。

「ごめん。今日も抑えられそうにない」

「うんっ、いっぱい好きなことしていいよ。私のこと、縛って、愛して。二度と離れられないくらい、深く」

言われなくてもそのつもりだ。愛菜之のことをどこまでも、どこまでもどこまでも愛して、愛し尽くしたい。この子は俺だけのもので、俺はこの子だけのもの。

「でも、その前にお風呂入ろっか」

申し訳なさそうな顔で、ね? と子供に言い聞かせるようにそう言ってきた。確かに今ここでそういうことをすれば体は痛くなるし、汚れた体のままで愛菜之に何かあったら大変だ。

眠気覚ましにもちょうどいい。高い部屋だからか、部屋の中に露天風呂まである。

二人とも一度立ち上がって、体の感触を確かめるために抱きしめ合う。そして、二人でお風呂に向かった。




布団は、早めに敷いてもらおう。

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