第59話

「着いたー」

「疲れたな」

ようやく目的の旅館に着いた。

まさか年末年始をこんなところで過ごせることになるとは思いもしなかった。

「お部屋に着いたら、いっーぱいイチャイチャしようね」

「観光とかは?」

「イチャイチャしてから観光して、またイチャイチャしよ」

最高のプランに心を弾ませて、愛菜之の手をしっかりと握りなおす。

二人っきりの旅行に、思いを馳せながら。


クリスマスは過ぎ、今度は年末シーズン。

母さんは忘年会やら仕事納めやらで色々と忙しいらしい。あと、単身赴任の父さんの方にサプライズで行ってみるんだとか。

いつものように俺の家で愛菜之と過ごすことになるかと思ったのだが……。

「晴我くん。これ」

俺の家でソファに座ってくつろいでいると、当たり前のように俺の家にいる愛菜之が封筒を渡してきた。中にはチケットらしいものが二枚入っていた。

「あと、はい」

そう言って愛菜之は自分のスマホを俺に渡した。画面には、愛菜之の母さんとのやり取りが表示されていた。

「宿泊券もらったから晴我くんと行ってきな……」

「お母さんがね、知り合いの人からもらったからあげるって」

嬉しそうにそう言い、腕に抱きついてくる。家の中じゃスキンシップは取り放題だからやっぱりおうちデートに限るってね。

「今度、なにかお返ししなきゃな」

渡されてしまったからにはもう貰っとくしかない。返しに家まで行ってもあの人はいいからいいからって聞かなそうだし。

それに、二人きりの旅行には行きたいと前々から思っていた。そのためにもバイト代をせっせと貯めていたのだが、宿泊券のおかげで宿代は浮く。おかげでもっと愛菜之のためにお金を使える。

それにしてもお返しはどうしようか……。

「お返しは気持ちだけでいいよってお母さん、言ってたよ」

「先読みやめて……」

気持ちだけでいいって言われてもなぁ……それでも返すのが礼儀ってもんだよな。

「お返し持ってきたら別れさせるって」

「絶対持っていきません、はい」

どんだけお返しいらないんだよ。てか絶対に別れないからな。

「別れさせるなんて……私たちがぜったいに別れないの、お母さん知ってるのにね」

「お願いしますって言って言われた関係だしな」

任されたって言っても、俺がいつも支えられてるけどな。ほんと、俺なんかが愛菜之の助けになるかね。

「旅館の場所ってどこなんだ?」

「えっと……思ったより遠いとこだね」

宿泊券に書かれていた場所は俺たちがいるところからは、愛菜之の言った通り結構遠い場所だった。

「バスで三時間くらいかければ行けるってよ」

スマホで調べると勝手に時間予測みたいなのが出てきた。時代の進歩を感じる。便利過ぎて困っちゃうくらいに。

「バスで行くと疲れちゃうよ?」

「んー……でも節約したいしなぁ」

旅行先でお土産とか色々買うとなると新幹線とかはなぁ……。

「私がお金」

「出させないぞ」

先読みしてそう言うと、愛菜之はぷくーっと頬を膨らませた。

そんな可愛い顔をしている彼女さんに苦笑しつつ、頭を撫でる。

「俺に出させてよ。愛菜之がそう言ってくれるのは嬉しいけどさ、日頃のお礼とかこれくらいしかできないの俺は」

「お礼なんていらないもん……」

そう言って少ししょげ気味の愛菜之のすんごい胸を締め付けられる。ついつい抱きしめたくなってしまう。ていうかもう抱きしめてる。

「あれこれしてもらいっぱなしっていうのもさ、対等じゃないじゃん?」

「晴我くんが隣にいてくれるだけで嬉しいし、幸せにしてくれてるよ」

「そんなこと言ったら、俺だって愛菜之が隣にいるだけで幸せにしてもらってる」

そう言うと愛菜之は胸に顔を埋めてきた。耳が少し赤くなっている。

ぐりぐりと頭を擦り付けて、すんすんと匂いを嗅ぐ。匂い嗅ぐのは恥ずかしいんでやめて欲しいんだけど。

「それよりも旅行先で何するか決めようぜ。二泊もできるみたいだしさ」

「イチャイチャする……」

「それは元々決定してるな」

「えっちする」

「……それも、一応」

なんでそれを二つ目に出してくるんだよ。嬉しいけど照れるっての。……ゴム、買い足しとくか。

「いっしょに初詣行きたい」

「あ、いいな。俺も愛菜之と行きたい」

着物とかどっかで借りられたらいいけどな。愛菜之の着物姿、見てみたい。

「ふふっ」

「ん? どした」

もしや、愛菜之の着物姿を想像してた俺の顔がだらしなかったか? いや、愛菜之はそんな理由で笑ったりしない良い子だわ。

「晴我くん、前よりも私と何々したいって言ってくれるようになったなぁって」

「……そうかぁ?」

別に前と変わんない気もするけど……愛菜之が言うならそうなのかもしれない。俺のことを一番近くで見てきたのは愛菜之だし。

「そうだよ。出会った時……付き合い始めの時と比べたら、いっぱいいっーぱい私といろんなことしたいって言ってくれるようになったよ」

まぁ、付き合い始めのころに比べりゃそうだろうけど。

愛菜之が嬉しそうならいいか。しかしまぁ、愛菜之と付き合い始めて、愛菜之と年を一緒に越す予定を立てることになるとは。

最初の頃には考えもしなかった。ただただ付き合えたことに浮かれて、キスとか手を繋ぐとかハグとか、そんなことに一喜一憂していた。今ではもう当たり前のことなのに。

「付き合ってもう……八ヶ月なのか。はやいな」

「秒数まで覚えてるよ」

「ありがとな……」

苦笑しながらも思う。こういうところに惚れたんだよなぁ……。つか、愛菜之なら全人類が石化しても意識保って秒数数えてそうだな……。

付き合って八ヶ月で結婚を誓い合ってお互いの母親に挨拶をして……ん? あまりにもスピーディが過ぎない? 初めての彼女でもこれはさすがに早すぎない?

まぁ幸せならオーケーです。


話が逸れた。予定を立てなきゃだ。

と言ってもまぁ、ネットで調べりゃルートなり観光地なり出てくるけど。

スマホを二人で覗き込んで、観光地の写真や場所を確認していく。

「ほら、こことかどうだ?」

「あ、綺麗。一緒に写真撮りたいね」

そうやって他愛ない話をして、旅行の計画を立てる幸せな時間は過ぎていった。


十二月三十日、早朝。

長距離バスには俺と愛菜之以外に一人か二人程しか客はいない。年末にしては珍しい、ほぼ貸切状態だった。席は一番後ろにしておいた。何かあった、ていうかされた時がちと怖いからね。席に行く前に乗ってる人を見るとみんなイヤホンやらヘッドホンをしていたから、少しは大丈夫だろう。

「朝だから空いてるね」

隣の席で俺の肩に頭を預ける愛菜之。上目遣いで俺を見つめ、嬉しそうに話しかけてくる。朝早くのバスにしていて良かった。こうして引っ付けるのだから。

「だからってあんまり過激なことしないように、な?」

「はーい」

とっても元気なお返事で先生嬉しいです。全く感情こもってませんでしたけどね。

なにかされると困っちゃうんで、こっちから行動に移させてもらうぜ! 俺のターン!

「愛菜之、お菓子食べる?」

そう言ってポッキーの箱を開けて中の小袋の一つを開けた。一本取り出して、愛菜之に向ける。

「あーん」

「あーんっ」

パクッ、という擬音が似合いそうなほどに可愛く元気よくパクついた。なに? ちょっと可愛いすぎますよ。自重してください。

「じゃあ私からも、あーん」

「あーん」

あーんのお返しを貰い、ポリンポリンと良い音を立てるポッキーが僕は好きです。お気に入りお菓子の一つ。

「じゃあ、んー」

ポッキーを咥えてこっちに向けてきた。ダメって言ったよね過激なことは。

たぶんポッキーゲームがしたいんだろうけど、ダメだからな? 人が少ないからって許してたら、そのままあれやこれやとずるずる許してしまいそうなんでブレーキをかけとこうね。

「過激なことは?」

「んー」

んーじゃなくてですね。ダメって言ってるだろ……ああもう可愛いな。

「一回だけだぞ」

「んー」

嬉しそうにグイグイ顔を近づけてくる。結局許しちゃったけど、この一回だけだしキスをしなければいいか。我ながら甘っちょろいな……。

ポッキーの端を咥えて、ポキポキと食べ進める。愛菜之は動かず、俺が食べ進めるのを愛おしそうに見つめていた。

口がつきそうになるギリギリでポッキーから口を離そうとした時。

『バスが揺れます。ご注意ください』

アナウンスの直後にバスが揺れた。そのせいで、触れるつもりのなかった愛菜之の柔らかな唇に俺の唇が触れてしまった。

歯と歯がぶつからなかっただけマシか。そう思いながら離れようとすると、愛菜之が俺の頭の後ろに手を回してきた。

そして、俺の口の中にあるポッキーの欠片を舌で救い出していく。

またこういうことを……。なんて、咎めるような気持ちはすぐに消えていく。だってキスされたら、求められたらそりゃ嬉しい。

口の中で暴れる愛菜之の舌にされるがまま数秒。ようやく口を離した愛菜之は名残惜しそうに、唇と唇が触れるだけの軽いキスをした。

「……過激なこと、したらダメって言ったよな」

「ごめんなさい。でも、晴我くんのこと大好きだから」

そう言えば許されるとでも思ってるんだろうか。舐められたもんだな、許しちゃう。

「ごちそうさま。晴我くんの唾液、おいしかったよ」

そう囁いて、艶かしい視線を俺に送る。もうちょっと年相応の表情をしてくれ。

吸い込まれそうになる感覚を覚えつつ、我に返る。理性理性と言っていた昔が懐かしい。

今はもう、多少のことは許してしまう。……ん? 思い返したら昔もまぁまぁいろんなこと許してた気がする……ま、いっか。

やられっぱなしもなんか悔しいし、なんか言ってやろ。

「愛菜之の舌、柔らかいな」

「ほんと?」

「唾液も甘く感じるし、愛菜之の匂いもすごく安心する」

「えへへ……」

ここまで言っても喜んでるだけだった。うーん、昔は最初の一言だけで顔を真っ赤にさせていた気がするんだがなぁ。

「愛してる」

「私も愛してるよ」

マジで何を言っても喜ぶだけじゃん。なんだそのにやけ顔。可愛いなオイ。

だがしかし、負けず嫌いの血が騒ぎに騒ぎまくっている。俺だけドキドキしてんのはなんか悔しいです。

「……昔はめちゃくちゃ照れてたよな」

「え?」

「愛菜之は、もうドキドキしてくんないのかなって」

愛してるとか、好きだとか言われても当たり前のような、いや実際俺が愛菜之のことが大好きなのは当たり前なんだけど。

それでも、もうドキドキしてくれないのは少し寂しかった。

「私、ドキドキしてるよ」

「や、別に気ぃ遣わなくてもいいって」

笑いながらそう返すと、愛菜之は頬をぷくっと膨らませた。いや、本当に気を遣わんでいいんですけど……。

「これでも信じてもらえない?」

そう言って、俺の手を取り自分の胸の中心に手を当てさせた。

急なことに焦りはしたが、少し早いテンポの鼓動を感じてそっちに気を取られた。

「ドキドキしてるんだよ? 晴我くんに好きって言われたり、愛してるって言われたり……き、キスの感想言われたりするの」

更に早まる鼓動と、頬を朱に染める彼女になんとも言えない感覚を覚えた。

「信じてもらえない?」

「い、いや、信じる。えと、その……ごめん」

「許さないもん。私のこと信じてくれるまで、私の心臓の音を感じてもらいます」

いや困ります。心臓の音以外に、愛菜之の双丘が手の端に触れるからそっちの方を感じてしまうんです。

「ごめんなさい。信じてます大好きです愛してます」

「適当に言ってない?」

「マジでごめんなさい。本当に愛してるし大好きだよ。一生俺の隣にいてくれ」

「一生じゃやだ」

えぇ……。いや、どうしろと。俺と一生一緒にいるのいやなの? 泣いちゃうむりぴ……。

いや、嫌だったらこんな状況にならんか。

つまり、一生が嫌っていうのは期間が短いってことか?

「……未来」

「やだ」

「来世?」

「やだ」

貪欲にもほどがある。でも期間、というところは合っていたらしい。さっきよりも頬が緩んでいた。

「……永遠に、生まれ変わっても、天国に行こうと地獄に行こうと、たとえ神様に引き離されそうになっても絶対に必ず隣にいます。いてください」

「……ふふっ」

愛菜之は満足そうに笑って、スマホを俺に見せた。そこには、見たことのあるボイスレコーダーアプリの画面が表示されていた。

「もう取り消せないよ?」

「取り消すつもりはない。愛菜之のほうこそいいのか?」

「永遠に、ずっとずっとお願いします」

にこやかに笑う彼女は、自分の胸にある俺の手を大事そうに両手で持ち、ぎゅうっと自分の胸に押さえつけた。


「ドキドキしないのって言ってたけど、晴我くんは私の言葉にドキドキするの?」

「え? そりゃするよ」

なんでそんなことを聞くのかと思ったが、愛菜之はどこか不満そうに顔を俯けた。

「……クリスマスの時、私の隣にいてもドキドキしないって言ってた」

「あ、あー……」

思い返してみれば、愛菜之は俺の隣にいるだけでドキドキしてるって言ってたな。

うーん、なんて説明すればいいんだろう。ドキドキは変わらずしてる。ただ、そのドキドキは前のとはちょっと違うと感じていた。

「前……付き合いたての頃は、緊張してドキドキしてたんだ。けど今は、緊張ってよりは楽しいドキドキ、嬉しいドキドキなんだよ」

うまく伝えられないけど、これが俺の精一杯なんだよ。許してください。

「まぁだから、俺は愛菜之に振り回されっぱなしだし、ドキドキしっぱなしだよ。けど、なんか安心してる部分もある」

ドキドキするのは愛菜之が好きだからで、その大好きな愛菜之が俺のことが大好きで。

その事実に心が安らいで、幸せになる。とろけるような心地よさを感じる。

「説明下手でごめん。けど、愛菜之のことは大好きだしずっとドキドキしてるよ」

謝りながらそう言うと、愛菜之はもう一度俺の手を取り、自分の頬に押し付けてスリスリと擦り付けた。

「……ドキドキ?」

「する」

「安心?」

「する」

「好き?」

「愛してる」

スラスラとされる質問にスラスラと答える。答えは決まってるからスラスラ言えるのも当たり前だが。

「ドキドキ、してくれるんだ……」

「そりゃするよ。なんなら心臓の音聞くか?」

冗談のつもりで言ったのだが、この手の冗談が愛菜之には大体通用しないのを忘れていた。愛菜之検定だったら失格もんだぞ。

「いいの?」

「ごめん、冗談だからほんとごめん」

早め早めの謝罪は何事においても有効! だと思っていたのですが、どうやら今回の場合無効になるみたいです!

「やだ。絶対聞く」

「……せめて、手で」

「やーだ」

そう言うや否や、俺の胸の中心に耳を当てた。愛菜之の髪の毛の良い匂いがする。どんどん鼓動が速くなっていくのを感じる。

「……ドクドクって、脈打ってる」

「そりゃ、こんな近いし、さっきのキスもあるし……」

照れや緊張のせいで途切れ途切れになってしまう。そんな俺に、愛菜之は嬉しそうな反応を示す。

「ドキドキ、してくれてるんだ……」

「言ったじゃん」

「ドキドキしてるっていうのは、ほんとなんだろうなって思ってたの。でもこんなにいっぱいドキドキしてくれてるなんて思ってなかったから、嬉しい」

耳を離すと、今度は俺の胸に顔を埋めた。そして流れるようにスンスンと匂いを嗅ぐ。匂い嗅ぐの好きね……。

「大好き……匂いも、心臓の音も、全部全部大好き」

「いっぱい好きって言ってくれるのは嬉しいんだが、その……」

「恥ずかしい?」

俺のセリフを先取って言い、嬉しそうに、意地悪に笑う。

人に聞かれるかもしれないし、愛しい人にグイグイ来られりゃそりゃ照れる。

「もっともっと恥ずかしくなって欲しいな。晴我くんの恥ずかしがってる顔も大好きだよ」

そんな愛しい人はさらに俺を恥ずかしがらせたいのか、首筋に顔を近づけて舌を這わせた。過激なこと云々はもうこの際どうでもよかった。

だって、どう頑張ってもこの幸福にも嬉しさにも抗えないから。

同じところを執拗に舐めて、舐めて舐めて舐めて。くすぐったさにも似た快楽に震えている俺をみて満足したのか、最後に首にキスをして口を離した。

もう一度俺の胸に耳を当てて、彼女は俺の心臓の音を聞きながら微笑む。

「旅館に着いたら、もっともっとドキドキさせてあげるね」

しばらく俺の胸に耳を当てて、そして離れた。

何事もなかったかのように彼女はポッキーを手に取って、何も言わずにただ微笑みながらポッキーを向けてきた。俺の何も言わずに向けられたポッキーを食べる。

旅館に着いた後、どんなことをされるのか楽しみでもあった。だが、ブレーキをかけきれない自分に情けなさや、不安を抱いていた。







────────────────────

どうも、作者です。

あまりこういったことを聞かずにいたかったのですが、一万文字を超えるのは皆様どう思っているのでしょうか。

というのも、59話もまた一万文字を超えそうになったので慌てて切りました。

一万文字超えても大丈夫なのか、一万を超えると面倒くさいのか、それとも〜文字の時点で読むのが辛い、となるのかお聞きしたいです。

作品の雰囲気を壊してしまい申し訳ないです。

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