第56話
母さんにバレないように二人とも風呂から出た。と言っても、まだ母さんは電話をしているらしく、すんなりと出れた。愛菜之母の話術は恐ろしいもんだ。
今ならまだ、愛菜之とイチャつけるかもしれない。
「愛菜之」
名前を呼ぶと、母さんに気を遣ってか首を傾げて返事をする。そんな仕草が愛おしい。
「舌出して」
そう言うと俺のしたいことに気づいたのか、目を細めながら舌を出した。
愛菜之の肩を少し強めに掴んで、可愛らしい舌を貪る。いつも愛菜之がしてくれるように、狂ったように求める。
息が続くかどうかなんてどうでもいい。今は愛菜之を感じたくて仕方ない。
「ぷはぁ……待って、晴我く、んッ」
口を離すと愛菜之が何かを言おうとしたが、構わず続ける。上気した彼女の頬がさらに欲を煽る。
「愛菜之……」
必死に名前を呼んで彼女を求める。肩から手を離して、今度は抱きしめた。
柔らかくて華奢な身体。強く抱きしめれば壊れてしまいそうなほどだ。
そんなこと、知ったことか。
「ンッ、苦しいよ……」
笑いながらそう言い、甘い声を漏らす。顔を歪める彼女のことも考えず、俺は抱きしめる力を強める。
「そろ、そろ帰ってきちゃうから、ね? また後で、しようぅ、よ」
苦しいだろうに、まるであやすような声で俺にそう言い聞かせてくる。
「私のこと好きって気持ち、いっぱい伝わってくるよ。でも、後でもっと伝えてほしいな」
「後じゃなくても今からずっと……」
わがままだと分かっているが、言わずにはいられない。愛菜之はふふっ、と笑うと愛おしそうにキスをしてきた。
「また、後でしよ。それに、えっちなこともしちゃおっか」
その提案は俺にとって最大級に魅力的で、すんなりと頷ける、はずだった。
愛菜之を離して、けれど名残惜しくて手を握ってしまう。愛菜之は宥めるように手をぎゅっぎゅっと握り返して、促すように俺を見つめて笑った。
ようやく離すと、愛菜之はよくできましたと背伸びをして頭を撫でてくれた。
「お待たせ〜。二人とも入った?」
「はい。お風呂、ありがとうございます」
「いいのいいの」
二人とも仲が良さそうに話している。そんなところを見ても嫉妬してしまう自分が中々に気持ち悪い。
愛菜之は俺のものだという思いが暴れ回っている。そんな気持ちをお茶と一緒に流し込んだ。
「じゃあお母さんも入ってこよっかな。愛菜之ちゃん、ゆっくりしてって」
「ありがとうございます」
母さんはそう言って風呂場へと向かった。
これでまた二人っきり。けれど、また愛菜之を求めたりはしない。
愛菜之成分を補給できたし、愛菜之のおかげでいくらか決心はついた。とりあえず、今はやるべきことをやろう。
「お茶、淹れるよ。皿洗っとくからゆっくりしててくれ」
「私もお皿洗うよ」
「いいって。愛菜之がご飯とか色々作ってくれたんだからこれぐらい……」
そう言っても愛菜之は不満そうに頬を膨らます。ああまたそんな可愛い顔をして……。
「晴我くんと一緒にお皿洗いたい」
「いや、料理も作ってもらってるんだし……」
「晴我くんといっしょがいーいー」
駄々っ子のようにそう言って、俺に抱きついて顔をぐりぐりと擦り付けてくる。
「わかったわかった。一緒に洗うか」
「ほんと? 晴我くん大好き!」
「俺も好きだよ」
ほんと、この子はどこまでも俺のことを思ってくれている。
わざと俺に甘えて、甘えることは普通のことだって教えてくれている。
そんな愛菜之に俺は純粋に、好きだと思った。
「愛菜之さーん」
「なぁに?」
「洗いづらいでーす」
皿を洗う俺の腕にずっと頬擦りをしてくる。危うく落としそうになるしなんかくすぐったいし可愛いしやめてほしい。
これ、単純に愛菜之が甘えたいだけじゃないのか……?
「腕にぐりぐりするのやめてください」
「晴我くんのこと好きだからいやですー」
器用に皿を拭きながら、俺に頬擦りをするのをやめない。好きって言えば許してもらえると思ったのか? はは、残念だったな。許す。
「晴我くんの匂いも感触も好き。大好き」
「あんまり好き好き言うと襲うぞ」
「ほんと? じゃあもっと言うね」
冗談のつもりだったんだけどね。逆効果だわこれ。
まぁ可愛いし嬉しいしいいか。さっさと皿洗ってイチャつこう。
「好き好き」
「俺も好き」
「大好き」
「俺も大好き」
なにこの会話のキャッチボール。幸せ以外のなにものでもない。
まぁでも、この後のことを考えなきゃな……。母さんと話をしなきゃ。
俺の不安も全部捨てるために。
「……他の女の人のこと考えてない?」
「え? ああ、母さんとのことをちょっと……」
「私がいるのに?」
いや、女の人ったって身内だぞ……。それに愛菜之がいる時は愛菜之以外のこと考えちゃダメって? 思考まで縛ろうとしてくるよこの子。
「私には晴我くん以外を見るなって言ったのに……」
引き合いにそれを出されると何も言えなくなる。さっきまではあれですよ、あの、少しメンタルがブレイクしていただけでして……。
「ごめん。これからは愛菜之といる時は愛菜之のことだけ考えるようにするよ」
「ほんと? じゃあずっと一緒にいるね」
なんだこの欲張りさんは。プロポーズしてくるとは思わなかったよ。
「じゃあ結婚するか」
「結婚する!」
「指輪とか買っちゃうか」
「買っちゃう!」
「今度のバイト多めに入れとくよ」
「やだ」
「指輪のためにお金貯めなきゃいかんのですけど」
「じゃあ指輪いらない」
「それはダメだから就職して金貯めて買うよ」
ネックレスを渡したとは言え、あれだけで完璧な虫除けになるとは思えないからなぁ。その点、指輪はわかりやすい。
バイト多めに入れとくって言ったけど、冬休みはバイトはしていない。夏休みでまぁまぁ貯まったし、冬休みは愛菜之とぬくぬくしたい。
「別に働かなくてもいいよ? 私のそばにいてくれれば私が養うよ?」
「愛菜之がいない間が寂し過ぎて死ぬなそれ」
「じゃあ一緒に働く?」
「それもいいな」
愛菜之と一緒にいられれば仕事してようがなんだろうがなんでもいいからな。
仕事の休憩の時、愛菜之にコーヒーを淹れてあげたり、淹れてもらったり……そう考えたら働くのも悪くない。
「二人でどんなことしよっか」
「愛菜之とならなんでもいいな」
「二人でお店開く?」
「それもいいな」
パン屋とか八百屋とか、お菓子屋とかそういうのもいい。
何をしたって愛菜之となら絶対に、最高に楽しいに決まってる。
話してばかりいて皿洗いがあんまり進んでいない。少しペースを早めて、愛菜之との会話にはちゃんと花を咲かせていた。
「上がったー……あれ、お皿全部直したの?」
「はい。晴我くんと一緒に」
誇らしそうに俺を見つめる愛菜之の視線が少しくすぐったい。でもま、嬉しいことに変わりはない。
「すごいじゃん二人とも。よしよししちゃう」
二人とも、ぐっしぐっしと強めに頭を撫でられた。痛くもあるが、嬉しくもある。それに、うざったくも。
「よし。あとは歯磨いて寝るだけだね。じゃあほら、歯磨きに……」
「母さん」
言葉を遮って母さんを呼ぶ。
話がしたい。話をしないと、きっと振り切れない。
「話がしたいんだ」
少しは成長した俺を、母さんは認めてくれるだろうか。
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