第43話
途中で愛菜之が帰ってきたら面倒だし、手短に話すよ。
まぁ帰ってくる時間帯とか、今どこにいるかとかは大体わかるから大丈夫だとは思うけど、念には念をね。
え? なんで分かるかって? 長年の勘ってやつだよ。あはは。
えーとそれで、愛菜之のお父さん……私の夫だけど、もういないんだ。
そう、もうこの世にいないの。……なんで死んだか分かる?
まぁ聞いてもわかんないよね。
そんなに考えないでよ。冗談冗談。
で、死んだっていうか、殺されたんだよね。私の夫は。
あはは、驚いてるね。うん、いい反応。それを期待してたんだ。
それで、私の夫は私の両親に殺されたんだ。
……どうしたの? あんまり淡々としてるから怖い? 犯罪じゃないかって?
まぁ、昔のことだし、証拠は全部握り潰されてる。淡々としてるのは……諦めてるだけだよ。
晴我くんは私みたいになっちゃダメだよ。
夫が殺された理由は、親が私を夫から取り返すため。
私の家系はさ、なんでかわかんないけど依存体質なんだよね。
それで、両親は私に依存してた。別に監禁されたりとかはしてないよ。大丈夫大丈夫。
すんっごく甘やかされたねぇー。通う学校はお嬢様学校だったり、私のやりたいことなんでもやらせてくれて、欲しいものはなんでもくれた。
私、お嬢様なんだ。すごいでしょ?
そうそう、私の旧姓教えてあげちゃう。
知ってるかな? 知ってないとちょっと困っちゃうな。
うん、そう。それそれ。超大手企業の名前と同じだね。珍しい名前だし、すぐわかっちゃうか。
え? さっき出かけた先で名前を見たの? へぇー、これって運命かな? なんちゃってねー。
で、私は夫と結婚したいと親に言ったの。そしたら大反対。
依存しきってた大事な大事な跡取り娘が、どこの馬の骨とも知らない男のものになるのをすごーく嫌がってたね。
だから駆け落ちした。
だって絶対結婚したかったんだもん。その頃には私、夫がいないと生きていけないぐらいになっちゃってたしさ。もっと強い縛りが欲しかったんだ。お互いを縛りつけ合う契約みたいなものが。
結婚ってそんなもんだよ。呪いみたいなもの。私みたいな依存体質の異常者にはとっても素敵なもの。
それで、駆け落ちしてさ、中々大変な生活送ってたけど、幸せだった。
それで、子供にも恵まれた。
双子なのに全然似てない、可愛い女の子が生まれたんだ。
愛菜之は私に似てて、愛菜兎は夫に似てるの。どっちも可愛いし、いい子でねぇ。愛菜兎はお姉ちゃんっ子で、愛菜之はお父さんっ子だった。
……お母さんっ子がいなくて寂しかったけど、その分夫が愛してくれたからいいんだもん。
そりゃあもう可愛いんだぁ。本当に天使だね、この子達は。羽が生えてるんじゃないかって思ったぐらい可愛いのさ。
それで、いつだったかな……愛菜之が夫と二人でお出かけしてね。
横断歩道を渡ってたんだ。愛菜之がいくつだったかな……三つの時で、夫に抱っこしてもらってさ。可愛いよね。
青信号を渡った。ちゃんと右左見て、安全確認して。夫の胸に嬉しそうに頬を擦り付けたりしちゃって、なんてことないありきたりな親子の風景。
そこに異物が入ってきた。
トラックが突っ込んできた。それも猛スピードで。
夫は必死で愛菜之を庇って……死んだ。
愛菜之は目の前で大好きな……大好きっていうより、依存してたかもね。子供ながらにね。私にとっちゃいつまでも子供だけどさ。
それで、その依存していたお父さんが目の前で死んだ。
タイミングも狙ったようにさ、愛菜之に物心がついただろうタイミングで夫を殺したんだ。私の両親は。
そのせいで、愛菜之の心に大きい傷が出来た。
夫に関係するものを見ただけで息が荒くなったり、夫との記憶を思い出そうとしただけで頭が痛くなったり。
私の両親、狂ってるよね。私が言えたことじゃないけど。
私の居場所を突き止めて、私を奪うとかじゃなくて、私の大切な人を奪って、その上大切な子供にトラウマ植えつけて。
両親に、お前が悪いんだって言われてるみたいだった。
お前が、自分たちの手から離れたからこうなったんだって。
夫が死んでしまって、私たちは私の実家に帰った。それしかなかったんだ。
夫は、身寄りがなくてさ。それも両親が結婚を反対する理由だった。
そんなの、本人に関係無いのに。身寄りがないってだけで、ダメな人間だって決めつけて……。
それで、実家に帰ったら両親は、私にはなにも言わなかった。
私には、ね。
愛菜之に言ったんだ。
別に酷い言葉をかけたわけじゃないよ。気持ち悪いだとか、残念な子だとか、そんな暴言を吐いたりはしなかった。
かわいそうだって言ったんだ。
何回も、何回も何回も。
そしたら、どう思うかな? まだ三歳の頃に、大人でも嫌になるくらいかわいそうだって言われたんだ。
愛菜之は、自分はかわいそうな子だって思うようになっちゃったんだ。
なんで愛菜之にだけこんなに言うのかはわかんないけど、たぶんお父さんっ子だから……とかかな。
私を奪った男のことがすごく好きな子。たとえそれが孫だとしても、両親にとっては忌み子だったのかもね。
それと、私への当てつけとか。私に直接嫌がらせをすればいいのに、私にはなにもしないの。それもなんかすごく悔しくて、イライラした。
愛菜之は、自分はかわいそうな子だって思いのままで生きていくことになっちゃったんだ。
私が毎日、違うよ、愛菜之はかわいそうなんかじゃないよ、って否定しても、それの倍、アイツら……両親はかわいそうだって言って聞かせた。
不幸中の幸いっていうか……幸いって言って良いかもわかんないけど、愛菜兎はなにもされなかった。
それで愛菜兎はお姉ちゃんっ子だったから、愛菜之の心の支えにもなってくれたと思う。
でも、あまりにもお姉ちゃんにご執心が過ぎるね……ほんと、血筋感じちゃうな。はは。
愛菜之は自分のことを可哀想な子だと思い続けて生きてきた。毎日毎日、自分は生まれるべきじゃなかったんだって思いながら日々を歩んできた。
───君に出会うまでは。
……会ったことはない? 高校で初めて会った?
……忘れられちゃってんじゃん、愛菜之。
怒ってるわけじゃないよ。愛菜之はもうちょい自己アピールをすべきだなぁって思っただけ。
それに関しては私はなにも言わないよ。
君自身が思い出さなきゃね。こればかりは。
話、聞いてもらえたね。
救って欲しいなんて大袈裟に言ったけど、別に特別あれこれをして欲しいってわけでもないんだ。
ただ、愛菜之を受け入れて欲しい。
今まで通りに、二人で幸せな道を歩んで。
あの子の心の根本には、まだ巣食ってる。
私の狂った両親が植え付けた、狂った価値観が。
私は、母親なんだ。娘を、娘達を幸せにしないといけない義務があるの。
そのために、あなた達を全力で守る。私たちみたいにはならないようにね。
今日は急に呼び出して本当にごめん。二人の時間が減るのは辛いよね。その気持ち、すごく分かるからさ。愛菜之も怒ってるみたいだしね……。
お詫びに、愛菜之の小さい頃の写真いっぱい見せてあげるからさ。
アルバム三十冊はあったかな……。
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