第27話

パチリ、と目を覚ます。どうやら転寝していたらしい。

頭に感じる柔らかな感触。たぶん、愛菜之の膝枕だろう。

俺が寝ている間、ずっと膝枕をしてくれていたのだろうか。その健気さに、寝起きだっていうのに心ときめく。

起きなきゃと思う反面、愛菜之の膝枕が起き上がるのを邪魔する。というか、このすべすべの綺麗な白い脚に顔をうずめたいとか考えている自分がいる。

行動に移すか、それとも我慢すべきか悩んでいると、愛菜之が俺を呼んだ。

「晴我くん?」

ツンツンと俺の頬を指の先でつつく。たまに、指の先で俺の頬をなぞったりして、俺の顔で遊んでいる。

「寝ちゃったかな?」

寝てないっていうか、今さっき起きたのだが、寝たフリをしておけばこの極楽浄土から離れなくて済むのでは、と悪知恵が働いた。

「すぅー……すぅー……」

「ほんとに寝ちゃってたんだね」

わざとらしい寝息はどうやら成功したらしい。可愛い、と言いながら俺の頭を優しく撫でる。時折、とん、とん、と優しいリズムで俺の頭を叩く。

「いっぱい寝て、いっぱいえっちなことしようね」

えっちなこと、という単語を聞いた瞬間、思わずビクリと体が跳ねたが、狸寝入りはバレていないらしい。

本音を言えばもうしたくない。だが愛菜之を前にするとどうにも元気になってしまう。元気になる部分は言うまでもない。

「私はお姉ちゃんなんだよ。だから、晴我くんも私に、弟みたいに甘えていいんだよ」

優しく俺の頭を撫でながら話を続ける。この有り余るほどの母性のせいで、お姉ちゃんよりお母さんというイメージのほうが近い。

「晴我くんは、今までお父さんとお母さんに、迷惑かけないようにって頑張ってたんだよね……」

気遣うような声音は、じんわりと俺の耳から心へと温かいものを広げさせていく。

「私には、いっぱい迷惑かけていいんだよ」

撫でる手を止めて、俺の頬を人差し指でツンツンつつく。好きですね、つつくの。

「ぷにぷにしてる……可愛い……」

ぷにぷに、と俺の頬を人差し指でつつき続ける。さすがにここまでされたら誰だって起きると思うが、愛菜之はそんなことなど気にしていないようだった。

「私は、晴我くんの彼女なんだよ。助けて、助けられて……お互いがお互いを支えて、そんな幸せな関係になりたいよ」

切実に、そう思っているんだろう。声の雰囲気からそう感じ取れた。

その思いがまた、より一層彼女を好きにさせる。

「こんなこと、晴我くんが起きてる時には言えないけど……」

恥ずかしそうに、脚を捩らせる。どれぐらいの時間かは分からないが、ずっと膝枕をしてくれているんだから、そろそろ膝枕をやめてもいいだろうに。

「私は、晴我くんが好き。男の子だけど、細長くて、綺麗な指をしてて、寝起きの時は、ちょっとだけ甘えん坊さんで、私にご飯を食べさせられてる時、恥ずかしそうだけど、すごく嬉しそうな顔をしてくれて、私が抱きしめてほしいって言ったら、すぐに抱きしめてくれて、私を不安にさせない、一人にしないでくれる」

えへへ、と笑いながら、照れ隠しのように俺の頭を撫でる。

「こういうこと、面と向かって言うのは恥ずかしいし、こんなこと言ったら、たぶん気持ち悪がられるからね……」

「なわけないだろ」

「え!? 起きて、起きてる!?」

突然の俺の返事に、愛菜之が驚く。横に向けていた顔を仰向けにして、愛菜之を見てみると顔を真っ赤にしていた。

「な、なんで!? 寝てるんじゃ……!?」

「寝たフリをすれば、愛菜之の膝枕が永遠に続くんじゃないかと思って寝たフリをしてた」

「そ、そんなことしなくてもいつでもしてあげるのに……!」

ああもう恥ずかしいよ……! と、顔を手で隠す。

「さっきも言ったけど、俺は愛菜之のことを気持ち悪がったりしないし、というかさっきの言葉を聞いて俺は嬉しかった」

「……え? う、嬉しい? 嬉しかったの?」

「そりゃこんな大好きな人が、俺のこと必要としてくれてるんだ。嬉しいに決まってる」

「だ、大好きな人……」

実際、言われた時は嬉しいという感情が噴水のように溢れた。

今すぐにでも抱きしめたいけど、膝枕が極上すぎる。動きたくない。

「嬉しいと思いこそすれ、気持ち悪いなんて思うことは絶対にない。断言できる」

今まで、愛菜之にそんな感情を抱いたことはない。まぁ、そりゃやりすぎだろ……って思ったことは数回あるけど。

「俺の方こそ、愛菜之がいないと生きていけない体になっちゃってるし」

現に今、愛菜之から離れられない。離れる気は毛頭ない。

「そういうわけだから、愛菜之はもっと言いたいこと言ったりしていいとおもう。あと膝枕、もうちょっとだけ堪能させて」

「そ、それはいいけど……は、恥ずかしい……」

「恥ずかしがってる顔も可愛いから大丈夫だぞ」

「そういうことじゃないよぉ……」

そう恥ずかしそうに言いつつ、俺の頭を撫でる。

恥ずかしいという感情よりも、俺に尽くそうとすることを優先するなんて、最高の彼女だ。優しすぎる。いい子すぎる。愛してる。

「うう……もう晴我くんが寝てる時はなにも言わないようにするよ……」

「それは寂しいから、今度からはちゃんと起きてるって言うよ」




「晴我くん、ほかにしてほしいことない?」

愛菜之の頬の赤みも休まってきて、二人なにをするわけでもなく、ベッドの上でただただ抱き合いながら見つめ合っていた。

……してほしいこと、か。

「隣にいてくれればそれでいいよ」

俺がしてほしいことは大方お願いした。あとは俺の隣にいてくれさえすれば、ありがたい限りだ。

「隣にいるのは当たり前だから、他には?」

当たり前。

なんの躊躇いもなくそう言って、ずいっと俺に詰め寄る。ただでさえ近い距離に顔があるのに、キス寸前まで近づけるのはやめてほしい。鼻息かかったりしないかとか気にしちゃうから。

うーん、他にしてほしいこと……さっきも言った通り、してほしいことはやってもらって今は満足しているし……。

そうだ、今度は返してあげたい。

「愛菜之に甘えられたい」

「わ、私に?」

愛菜之が自分を指差し、困ったような驚いたような顔をする。

「ああ。愛菜之が甘えてくれたら嬉しいんだけどなぁ……」

そう言ってチラリと愛菜之を見ると、赤面しながら嬉しそうに顔をにやけさせている。

「じゃ、じゃあ、その……」

「うん」

「ワンちゃんみたいに、甘えてみてもいいかな?」

「……ワンちゃん?」

遠慮がちに開かれた口から出てきたお願いは、突飛なことだった。だけどそんなことなんて気にならない。

犬みたいに、ってことだよな……。そんな……そういうのは……。

絶対可愛いじゃねぇか!!

サッと起きてサッと正面に向き直り、サッと腕を広げる。ここまでほんの数秒。こういう時だけ行動が早い。

「よし、どんとこい」

「い、いきます!」

愛菜之が俺の胸に飛び込んでくる。

背中に手を回して俺の胸にすりすりと頬を擦り付けて、すんすんと俺の匂いを嗅ぎ、体全体が密着するようにぎゅうっ、と抱きしめてくる。

色々と柔らかいものが当たって、女の子特有の甘い香りが俺の鼻をくすぐる。

「……撫でて」

「頭をか?」

「うん」

言われた通り頭を撫でる。愛菜之は頭を撫でられると嬉しいらしいが、正直、撫でているこっちが幸せだ。透き通るような綺麗な黒髪。よく手入れがされていることがわかる。撫でるたび、手から幸せを感じる。

ぽす、ぽす、と何度か撫でていると、愛菜之は幸せそうに身をよじらせて、俺に体を擦り付けてきた。

思わず体が反応するが、それに構わず愛菜之はもう一つお願いをしてきた。

「あ、あと、キスも……」

「……ん、わかった」

俺がいいと言うと、愛菜之は俺を押し倒してキスをした。ちうちうと舌を吸い、愛おしそうに俺を見つめる。そのキスは、いつもよりかは優しかった。

「ぷあっ」

可愛い声を出しながら、俺から口を離す。

ほんのりと頬が上気している。少し息が上がっているが、彼女はそれを気にもかけない様子で、俺の手に自分の手を重ねた。

そして彼女は、俺の手を愛おしそうに見つめた後、指の先にキスをした。

チュ、チュッ、と音が部屋の中に響く。されるがままの俺の手は、彼女の柔らかい唇に何度も触れていた。

キスを終えた彼女は、俺の手に頬擦りをする。甘えるように、くぅん、と鳴きながら。

そんなあざと可愛い仕草の彼女を、強く抱きしめたい。力の限り、思いっきり強く抱きしめたい。

葛藤していると、愛菜之は頬擦りをやめていた。

そしてゆっくりと、俺の指を口に運ぶ。

「れろ……んっ……」

指の先から感じる口内の暖かさ、舌のヌメッとした感触。ゾクゾクと、背筋が震える。

「……ぷぁっ。……」

口を開いて、舌の上で俺の指を転がす。

俺を熱い視線で見つめてくる。信頼していている者に向ける安心した目で、好きな人へ向けるような恥じらいの混ざった目で。

目の前の妖艶で、可愛らしい彼女にただただ黙って俺も熱い視線を向ける。

言葉を交わすのも惜しい。今は彼女に嬲られる指の先の感覚に集中することのほうが大事だった。

やがて彼女は俺の服を、へその上あたりまで脱がした。それに対して、俺はなにも抵抗しない。

愛菜之が俺の腹にキスをする。そして俺の顔を見る。

くすぐったそうな顔の俺を見て、嬉しそうに、楽しそうに笑って、また腹にキスをする。

それが何度か続いて、愛菜之は舌を出した。俺の腹を舌でなぞっていく。

少しざらりとした舌に、腹を撫でられるたびに快感が全身に駆け巡る。

気持ち良さに声が漏れそうだ。必死に我慢していると、愛菜之はそれさえも分かっているのか、また楽しそうに笑った。




「晴我くん、痛くない?」

「大丈夫……気持ちいいよ」

ここだけ抜き取るといかがわしいことをしているように聞こえるが、今していることは至って健全。

男の夢、好きな女の子にされる耳かきだ。

耳に心地いい感触を感じる。膝枕の柔らかさも相乗して、このまま眠ってしまいたいぐらい気持ちいい。

「可愛い耳、食べちゃいたい……」

怖いことを言われた気がしたが耳かきの気持ち良さに思考が飛ばされる。

「気持ちいい?」

「あぁ……」

それならよかった、と、俺の気の抜けた返事に満足そうに笑ってそう言い、耳かきを続けた。


「はい、おしまい。反対の耳もしちゃおっか」

左耳が終わり、今度は右耳にしてもらう。

俺が反対側に顔を向けるとそこにはTシャツに隠れた愛菜之のお腹があった。

顔をTシャツの中に突っ込んで思いっきり深呼吸したい。我ながら気持ち悪いが、めちゃくちゃやりたい。突っ込めば絶対幸せになれるだろう。

「ふふっ、くすぐったいよ」

愛菜之が急にそう言って笑い、俺の頭を撫でる。

気づけば、俺はすでに愛菜之のお腹に顔を埋めていた。おやまぁ理性というものがカケラもない。ていうか愛菜之に全部もっていかれたんだった。

愛菜之の匂い、体温が伝わる。とてもふわふわしていた。

「ほら、耳かきの続きしよ?」

少し恥ずかしそうな愛菜之に言われ、腹から顔を離す。

実に名残惜しい。感触に夢中で深呼吸できなかったし。

「また後でしてもいいから、ね?」

「わかった……」

また後でさせてもらえるなら万々歳だ。耳かきも気持ちいいし、幸せだらけでなんか困ってしまう。

「ああ、だめになるぅ……」

「そうなっちゃったら、もっともっとだめにしてあげるね」

ダメにならないように矯正するでもなく、もっと甘やかしてくれると愛菜之は言ってくれた。

その魅惑の言葉にいよいよ本気でダメになってきていた。




「おしまい」

愛菜之がそう言って耳かきを隣に置く。そういえば耳かきなんてどっから持ってきたんだ……。

気持ちいいからなんでもいいや。

「まだやってほしい」

「もう全部取り終わったよ?」

子供を諭すように優しく言い、ぽんぽんと俺の頭を叩く。

「それでもやってほしい。やってください」

それでも食い下がる俺に愛菜之は、ふふっ、と嬉しそうに笑って顔を見つめた。

「晴我くん。甘え方、わかってきた?」

そう言われ、自分がめちゃくちゃ愛菜之に甘えていることに今更気づく。

「……愛菜之のおかげだよ」

「ほんと? 嬉しい……。もっともっと、どんどん甘えてね」

「じゃあ耳かきお願いします」

「それはダメです」

「うぇぇ……?」

甘えてねって言ってきたのそっちじゃん! もっと耳かきしてほしい! お願いします!

「お耳痛くなっちゃうからまた今度、ね?」

「……はーい」

不満そうな俺の気のない返事に微笑み、「じゃあ、これでほんとにおしまい」 と言いながら、口をすぼめた。

「ふー」

俺の耳に息をかける。

急な刺激にビクリとする。うまく言えないゾクゾク感が耳に走る。

そして耳の縁を指でなぞり、また頭をぽんぽんと叩いた。

「気持ちよかったね。いい子いい子」

「……え? あ、ありがと……」

「えへへ、どういたしまして」

惚けていた俺の礼を嬉しそうに首を傾げながら受け取り、チュッ、と俺の頬にキスをした。

そういえばあんまり頬にはキスをしないな、と、ぼんやり考えながら、キスをされた側の頬が熱くなっていくのを感じた。

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