第24話

「その写真はなにかなー? 私にも見せてよー?」

口調はいつもの口調だが声は本気で怒っている。ヒシヒシと伝わってくる怒りにチワワ並みに震えていると、愛菜之は怒りに気づいているのかいないのか、堂々と言い返した。

「これは私と晴我くんの大切なものなの。他の人間には見せないの」

「へー? へ───?」

声に含まれる怒りが更に増した。眉間もピクピクとひくついている。

「おねぇちゃんもさぁー、晴我もさぁー、いい加減にしてよねー」

見せつけてくれちゃってー、と続けながら俺を睨みつける。

「でさー晴我さー、おねぇちゃんとなにくっついてるわけー? 殺すよー?」

「くっついてるって……」

隣に並んでるだけなんだが……。

「晴我くんに危害を加えるなら殺すよ?」

「私が晴我を殺した後に私を殺してよねーおねぇちゃん」

この姉妹ほんとに怖い……。殺害予告したりされたりしてる姉妹怖い。殺されること許容してる妹も大概だし。

俺は平和的解決にもっていきたいんだが……。

この二人をうまく言いくるめる方法は……。ありますかねぇ……?

「……あ、そうだ」

俺の声に二人の視線が同時にあつまる。

「お詫びとしてさ、これ使って好きなとこに愛菜之と行けよ」

「無料券……?」

「なんでも一つ無料になるチケットだ」

「晴我くん、なにも愛菜兎に渡さなくても……」

まぁそう言うと思ってたけど、そもそも薬なんて盛らなければ良かったんですよ、愛菜之さん。

「それにこれは私がやったことだし、その責任は私が取らなきゃ……」

そう言って申し訳なさそうに俯く愛菜之に、できるだけ優しい声をかける。

「愛菜之、俺達は付き合ってるよな?」

「……もちろん」

「なら、彼女の責任は俺が少しは取ってもいいだろ?」

「…………」

……あれ? 今のダメでした?

沈黙はやめてくれよ、恥ずかしくなるだろ。

俺が一人で勝手に恥ずかしがっていると、愛菜之は俺の手の指先を両手でにぎにぎと触ってきた。

「……すき」

「……え?」

「……元から好きなのに、もっと好きになっちゃう」

そう言って、顔を上げた。だけど顔は、少し不服そうだった。

「……晴我くんと、離れたくない……」

そんな可愛いこと言う愛菜之に、なんて言えばいいか一瞬迷った。

ただ、今回ばかりは愛菜兎を優先しなければいけない。愛菜兎不憫すぎるし……。

愛菜之の耳に口を近づけ、耳打ちする。愛菜之が愛菜兎と一緒に文化祭に回れるように、俺も身を切ろう。

「終わったら好きなだけイチャイチャしようぜ? な?」

それを聴き終えた愛菜之は顔を赤くしながら目を丸くした。視線を泳がせて、恥ずかしそうに俺の手をぎゅっと握る。

まるでなにか補充するように俺の手を強く握った後、そっと俺の手を離した。

「……話、終わったー?」

トントンと自分の腕を指で叩きながら、しびれを切らしたようにそう聞いてきた。

「終わったよ。……じゃあいってらっしゃい。愛菜之」

「……行ってきます、晴我くん」

にこりと笑って、席を立つ。

愛菜兎の隣まで来ると、愛菜之は愛菜兎と手を繋いだ。

愛菜兎が一瞬フリーズして、動き出す。

「お、おねぇちゃんから手を繋いでくれるなんて……」

愛菜兎が今にも天に昇りそうな顔をしている。

姉妹ってやっぱ似るんだなぁ……。




……適当に時間を潰して、約一時間ほどが経ったのだが。

愛菜之と愛菜兎が無事帰ってきたはいいが、愛菜兎は愛菜之に引きずられていた。

「……なにがあったんだよ」

「私はなにもしてないよ?」

「あは……あは、あはは……」

……危ない薬でも盛ったりしてないだろうな。

愛菜兎は完全にトリップしていた。よだれを垂らしてやばそうな顔をしている。

……既視感。

「私がご飯食べさせてあげたり、写真一緒に撮っただけでこんなになっちゃったの」

「ああ、そういう……」

供給過多で、今にも死にそうになっているわけか。姉妹は似るもんだと思うが、ここまで似てくると感心するぞ。

「……愛菜兎?」

「おねぇちゃん、えへ……えへへ……」

俺が声をかけてもトリップから帰ってくる様子はない。こうやって普通……普通かは怪しいが、物騒なことを言ったりしなければ可愛いと思うがなぁ。

「……」

「……なんでしょうか」

愛菜兎を見ていた俺を、愛菜之が無言でジトッと見つめてくる。

「……私以外の女の子に、よりにもよって妹に、可愛いとか思ってないよね?」

いや、なんで俺の考えてることわかるかね? 別に鼻の下伸ばしてたり見惚れてたりしてるわけじゃないのに、どうやって感じ取ってんの?

「愛菜之が一番可愛い」

「私が一番っていうのは大事だけどそうじゃないの。私以外の誰かを可愛いと思ったことがダメなの」

俺の弁解を物ともせずにそう言い、俺の人差し指を強く握る。

どうやらナンバーワンとオンリーワンを両立しないと気が済まないらしい。なんて傲慢。だけどそんなところさえ好き。ていうかそういうところが好き、なのかも。

「いや、客観的に見て可愛いと思っただけですから、ね? 一番可愛いのは愛菜之だから、ね?」

「……証明して」

「うぇ?」

「私が一番ってこと、証明して」

エビデンスを提示しろと? 愛菜之、意識高い系か?

……エビデンスってどういう意味だっけ。確か、うんたら根拠……思い出せない。年はとりたくないのう。

思い出せないから後でアスクザグー◯ルしとくか。

「……愛菜之は可愛い、綺麗、美人」

「……」

まだまだご不満な彼女。愛の言葉にボキャ貧な彼氏になんてことを強いるんですかね。

キザったらしいセリフは言えないのによ、もお……腹括って言いますかね……。

「……抱きしめたいぐらい可愛い」

「……、…………」

あ、今ピクってしたな?

具体的に言えばいいわけね。まぁ確かに、ありふれた言葉で言われても愛菜之からしちゃ足りないだろうな。

わかった気でいる自分、ちょっと気持ち悪いですよ。

「いつも愛菜之のことを考えてる。もっと近くにいたい」

「……っ」

「キスだってしたいし、ハグだってもっとしたい。いつも抑えてるけど、たまに抑えられないぐらい辛くなる時がある」

一度言ってしまうと、なかなか止まらないものである。どこぞのえびせんみたいに止まらない。俺あれあんまり食べないけど。

「今日の夜も、一緒にいてほしい。一緒に、踊ってほしい」

「……! それっ、て……」

無言を貫いていた愛菜之が、言葉を漏らす。

今夜、文化祭の夜。それはとても大切な時間。

それを一緒に過ごしてほしいと俺は言った。

「……まだ足りないか?」

「……正直に言うと、まだ足りないかも」

ほんと底無しだな……可愛いからオーケーか。

ずっと握っていた俺の指から手を離し、ぽすん、と顔を俺の胸に預けてきた。

「でも、我慢する。我慢しないと、これ以上聞いちゃうと、襲っちゃうから」

「そ、そうか。……あー、えらいえらい?」

なんて反応をすればいいか分からないので、とりあえず褒めながら頭を撫でてみる。我慢できるいい子? な愛菜之ちゃんは、いっぱい褒めてあげないとな。

「ふふっ。……ん……」

俺の返しが面白かったのか、クスリと笑い、なでなでを気持ちよさそうに受け入れている。

今の、面白かったかぁ……?

愛菜之が喜んでるならそれでいいや。




完全に忘れ去られている妹さんは、未だにピクピクとトリップしていて、帰ってくる様子はなかった。

「……保健室で寝かせとくか」

「そうだね」

二人で愛菜兎を運んで、保健室のベッドに寝かせた。運ぶ途中、周りから変なものを見る目で見られたが、そりゃあやばい顔した女の子背負ってる男子なんてやばいよなぁ……。

保健室の先生がいなかったのが、まだ幸いだったと言える。たぶんいたら、なにかしたんだろ、と疑われてただろうし。

愛菜兎をおんぶしたことに少し拗ねていた愛菜之の機嫌を治すのにも体力を持っていかれて大変だった。休みをください……。




愛菜之と校庭に置かれている椅子に座って話す。

「晴我くん、夜の部もいるよね?」

「ああ」

この学校の文化祭には珍しいもので、夜の部、というものがある。

周りの学校は朝から文化祭を始め、夕方あたりで終わりを迎えるが俺たちの学校は昼頃から始め、夕方に出し物を閉める。午後五時から七時あたりまでが夜の部だ。

この夜の部、校庭でキャンプファイヤーなどをやるらしい。

それを有人から聞いた時、あらためてこの学校は変わっているなと感じた。まぁ面白そうだし、悪くないと思うけど。

そしてキャンプファイヤーの時、フォークダンスをするらしい。

フォークダンスなんて時代遅れな、とちょいと捻くれて見てみたが、思いの外人気があるらしい。

その原因は、とあるジンクス。

その時一緒に踊った二人の人間は、一生結ばれるという。

そして俺はそのダンスに愛菜之を誘った。元々付き合っているのに誘うのは、ある意味プロポーズだったりするのかもしれない。

「その、い、一緒に踊ってくれるんだよね?」

「当たり前だろ?」

なんのためになけなしの勇気を振り絞って誘ったと思ってんだ。

勢いのままに言ったが、実は勇気出したりしてるんだぞ。

それに、やっぱ無理とか言われたらこの場で地面に倒れ込んで泣いてる。

「すごく、すごく楽しみ」

ウキウキとした様子で俺の腕に抱きつく。お客様、困ります。

「それに……イチャイチャしてくれるんだよね?」

さっきの約束を覚えていたようだ。忘れてくれてたらよかったんですがねお客様……。

「人前で過激なことしたら、ダメだからな?」

はーい、と元気に返事をしてくれてはいるが、本当に遠慮する気ある? 

いざって時に俺が必ずブレーキかけられるわけじゃないんだから……。

「……そういやさ、愛菜兎は放っておいて大丈夫なのか?」

アイツ、保健室で寝っぱなしじゃないか? 一応置き手紙を置いておいたが、目が覚めたアイツならおねぇちゃんと踊るー! って来ると思うがねぇ。

「あとでいっぱい構ってあげるって手紙に書いといたから、大丈夫だよ」

どっかで聞いたような言い聞かせ方ですね。

どこで聞いたかなぁ……わかんないなぁ……年はとりたくないなぁ……。


……ていうか、意外だな。

愛菜之はわがまま言わないの、って感じでピシャリと言いつけると思ってたが。

そう思っているとまたも思考を読んだのか、愛菜之が少しムッとした。

「私だって学んでいくんだよー?」

「さすが愛菜之さすが」

「……適当に言ってる?」

「言ってない。言ってないです」

そんなに怒らないでよ……命とられるかと思った。

「もう……私はお姉ちゃんだから、それぐらいできるんですぅーだ」

そう言いながら頰を膨らませる愛菜之がとても愛おしい。なんだこの可愛い生き物。命を取るようには見えないな! さっきのは見間違えだろう。

「ごめんごめん、愛菜之はお姉ちゃんだもんな」

「そう、だよ……私は、お姉ちゃん……」

俺の言葉になにかを感じ取ったように考え込んでいる。そんな腕を組んで、なにを真剣そうに考えてるんだろう。

「愛菜之?」

名前を呼ぶとバッと勢いよく顔を上げた。思わずのけぞる。

目を輝かせた愛菜之が、俺の顔に自分の顔をグイッと近づけた。

「晴我くん、もう一回私のことお姉ちゃんって呼んで」

「え?」

「お願い、ね?」

え、ええ……?

よくわからないけど、今このキスでもしてんのかってぐらいの距離はやばい。周りの視線が怖いってば。

とりあえず、お姉ちゃんって呼べばいいんだしそれで離れてくれるならいいか。

「愛菜之お姉ちゃん」

「…………いい」

いや、なにがだよ。

なにになにを感じてるか分からずに困惑していると、急に視界が真っ暗になった。

愛菜之が、俺を急に抱きしめたからだ。

「ほらぁ、お姉ちゃんだよ〜。いっぱい甘えていいんだよぉ〜」

離れてくれるはずでは……いや、愛菜之は一度も離れてくれるとは言ってなかったな……。

さっき抱きしめてきた、と言ったが抱きしめるというより、俺の顔を胸にうずめさせている感じだ。

愛菜之の匂いに包まれて、豊満で柔らかな胸の谷間に顔をうずめ、とてつもなく幸せだけど酸素が足りない。ここは宇宙なのか……? 愛菜之空間という宇宙なのか……?

……待って、堪能してる場合じゃない。人前でこういうことをするのはやめて欲しいって何度も言ってるだろがい。

「晴我くんが弟っていうのも、いいかも……」

よかないわ。俺と愛菜之は姉弟じゃなくて恋人なんだが。……でもなんか安心する。ダメだ、ダメになってしまう。

……あぁ、もっとこの空間にいたかったが本当に酸素が足りない。そろそろギブアップだ。

「お姉ちゃん、苦しい……」

「え? あ、ご、ごめんなさい!」

急激に流れ込んでくる酸素にむせないように、ゆっくりと呼吸する。

「ぶはぁ……はぁ、ふぅ、はぁ…………」

「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

慌てて謝るお姉ちゃ……愛菜之だが、そんなに謝ることないのに。

一体誰がお姉ちゃんなんですかね。危ない危ない。

一応俺には本物の姉がいるが、単身赴任先の父さんのとこに居るのであんまり会ってないしな……。今は海外にいるし。

「いや、大丈夫……幸せだったし……」

「……ほんと?」

「ほんとだって、好きな女の子の胸に顔うずめるとか幸せ以外のなんだって……」

ここまで言ってやっと気づく。自分がどれだけ気持ちの悪いことを言っているんだと。

これは好感度下げ下げになっても仕方ない。

「……えっと、その、あー……」

俺が挙動不審になりながらなにを言うか困っていると、愛菜之が少し顔を赤くして自分の胸を隠すように体を抱く。

「……晴我くんのえっち」

これは破壊力がありすぎる。胸がぎゅううっと締め付けられる音が聞こえる。寿命が縮む! 幸せに縮んでしまう!

「……でもね、えっちなこと、いつでもしていいんだよ?」

その言葉は男子高校生には、いや、男にはかなりくる言葉だった。

だが、はいそうですかでは襲いますねとルパンダイブを決めていいわけがない。

そもそもこんなとこでエロいことしていいわけがないでしょうが!

「……だから、あんまりそういうことは言わないでくれって……」

なんだか愛菜之を直視できない。思わず、目を逸らしてしまう。

愛菜之から香る甘い匂いが、やけに俺の鼻をくすぐった。

「……わざと、言ってるのかもしれないよ?」

「……は? なんでそんな……」

俺が理由を聞こうとするが、言葉は最後まで出なかった。いや、出せなかった。

愛菜之が、俺の太ももに手を置いてきた。

まるで赤ん坊の頭を撫でるように、優しく撫でる。布越しに感じる愛菜之の手の感触に、首の後ろの毛が逆立っていく。

「晴我くんに襲って欲しくて、晴我くんが私に手を出すように、わざと言ってるのかもしれないよ」

ゴクリ、と生唾を飲んでしまうほどに、愛菜之がとても色っぽく見えた。見えてしまった。

なにか得体の知れないものに飲み込まれるような感覚。だけど、なぜだかそれが、とても幸せに思えた。

目の前の女の子を、蠱惑的な笑みを浮かべる彼女を今すぐにでも───。


その時、ピンポンパンポーン、と軽い音が聞こえてきた。

『これより、夜の部をはじめます。夜の部に参加する生徒は、速やかに校庭に集合し、不参加の生徒は、気をつけて帰宅しましょう」

もう一度聴こえてくるピンポンパンポーン、という軽い音。ようやく、自分がなにをしでかそうとしているのかを理解した。

危なかった……。今日、愛菜兎に忠告されたばかりじゃないか……。

自分の堪え性の無さに嫌気がする。……俺だけの問題ではないとは思うが。

「……始まるね」

少し悔しそうに、残念そうにそう言って、何事もなかったかのように俺の手をぎゅっと握ってきた。

あまりの切り替えの速さに、若干困ってしまう。さっきのは俺だけが見ていた夢だったんじゃないかとさえ思ってしまう。

「あ、ああ……よし、行こう」

困惑ばかりしていても仕方ない。

俺もさっさと切り替えて、俺も手を握り返す。彼女の手の暖かさは、何度触れても安心する。

この手が離れなくなることを祈って、俺たちは今夜、二人で踊る。

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