第23話

「愛菜兎……?」

愛菜之が驚いたように、怪しむように愛菜兎の名前を呼ぶ。

「こんなところでなにやってんのかなー? ていうかさー、前にもこういうことして写真撮られちゃったんだからさー気をつけなってー」

「撮るのはお前ぐらいだ」

そうぶっきらぼうに言い返す。いいとこだったんだが……じゃないや、二人きりの時間を邪魔するなっての。

でもまぁ、あのままだと暴走してたからよかった……か?

「危機感持てって話よー。あと私のおねぇちゃんになにしてくれてんのー? 殺すよー?」

殺害予告をさらりとされた。なにをしてたかって口移しですけど。お前に許可もらう必要はないんですけどっ!

「そんなことしたら私が愛菜兎を殺すよ?」

今度は愛菜之がさらりと殺害予告をしてるし。なんだここ、世紀末か?

「おねぇちゃんになら殺されてもいいよー」

なんなんだこの殺伐とした会話は。

「あと私から離れて。家でもずっとくっついてるでしょ?」

「いいじゃんいいじゃんーこんな男ほっといてさー私とまわろー?」

「次こんな男とか言ったら殺すよ?」

「ひどいよー」

淡々と受け応える愛菜之と、飄々とした態度でベタベタ愛菜之にくっつく愛菜兎。

この姉妹、怖いなぁー……。




結局、時間で交代してまわることとなった。

二人を説得させるのには本当に疲れた……。

愛菜之は俺と二人でまわりたいと言うし、愛菜兎は愛菜之と二人でまわりたいと言うしで埒があかない状態だった。

そんな二人が、提案を受け入れてくれたのは意外だった。

条件として最初は愛菜之と愛菜兎が二人でまわるということだったが。

「……暇だな」

そう、暇だ。俺は友達がいない。

いるこちゃいるよ? 表だけだけど。

その表も今どこにいるか知らないしな。はたして友達って言えるのかねこれ。

初日に愛菜之という彼女ができたことに全ての運を使い果たしてしまったのだろう。愛菜之に会えたから別に運とかどうでもいいけど。




あ、そうだ。

生徒会室へ行けばあいつがいるじゃないか。




「おや、重士さんは?」

愛菜之と俺はセットだという認識らしい。その認識、間違いですよと言えないあたり辛いね。

「今は、愛菜之は妹とまわってるよ」

「妹」

「妹」

ちなみに交代まであと一時間ある。その間は有人にちょっかい出して退屈しのぎしようというわけだ。

「一時間後には俺と愛菜之でまわる。それまで暇だから来たんだ」

「ここは暇つぶしの場所じゃないんだけどね」

「知ってるよ、けど話せるやつがお前ぐらいしかいなかったんだ」

「悲しい話だね」

全くその通りだが、言われるとそれはそれで傷つく。

早々に話を切り替えて傷を浅くしたほうがいいな。

「お前こんな時まで仕事してるのか?」

有人は机で書類をまとめていた。プリントファイルが十枚ほどあるが、なにに使うんだ。

「文化祭、参加しろよ。たぶんだけど楽しいから」

たぶんってなにさ、と笑いながら答える。

「んー……正直文化祭とかはあまり興味ないかなぁ」

なんてことを言ってるんだコイツ。ほんとに学生か?

「青春を棒に振ってるぞ」

「友達のいない君に言われたくないな」

「彼女はいる」

それは言い返せないや、と笑いながら言う有人。へ、言い負かしてやったぜ。彼女持ちイコール最強が高校生なのだ!




ダラダラ話しながら時間を潰していく。

そういえば聞きたいことがあったんだった。

「なんで猿寺に、三日のうちに部活のいざこざを解決しろなんて言ったんだ?」

「ん? ああ、それね」

有人は伸びをしながら答える。肩でも揉んでやろうかと思ったが気持ち悪がられそうだしやめとこ。

「ほんとは、解決しようがしまいが生徒会でさせてあげるつもりだったんだよ。写真コーナー」

「え? でも出し物ってのは……」

「別に出し物は一つだけしかダメなんて決まりはないからね」

俺の言いたいことを続けて言い、そして答える。

「そうか。それで、なんで解決させようとしたんだよ」

ゴキゴキと学生の首から鳴っちゃいけない音を立てながら、書類をプリント有人は答える。

「悩んでることを前から聞いていたんだ。部活をやめるべきかって」

有人は引き出しにプリントファイルを入れて続ける。

「やめるなんてもったいないと思ったんだ。才能がある。猿寺くんには」

たしかにそうだ。あいつの撮った写真にはどこか惹かれるものがある。

「だから猿寺くんが写真コーナーをやりたいっていうのに条件をだした、そうすれば」

「部活をやめないで済む、と」

有人の言葉を引き継いで話す。

「そういうこと」

パチンと指を鳴らして得意げに話す有人に、フフッ、と笑いが漏れる。ようやく子供っぽさを見せたな……。




「そういえば結局出し物はアレにしたんだな」

アレとは、俺が買おうとして愛菜之に怒られた例のおにぎりのことだ。……食べてみたいという気持ちはまだあるが、それを愛菜之に知られたら怖いので封印しておこう。

「まぁアレが売り上げ率が高そうだったしね。今年も売れば、リピーターがつくんじゃないかなって」

あまり嬉しくなさそうに言う有人。そりゃそうだろう。

「やっぱり理解できないな。なんであんなに売れるのか」

「前にも言ったが理解しなくていいと思うぞ」

俺の言葉にわかってるさ、と苦笑いしながら返す。まぁ理解したら結構危なくなっちゃうからな。世の中には知らない方がいいということもあるのさ……。




その後、ダラダラと話していると、扉が勢いよく開け放たれた。

長い黒髪が揺れる。見たことあるなこの光景……いや、あれはショートカットか。

じゃなくてさ。

「晴我くん!」

「愛菜之!? ぐへっ!」

俺が驚いて声を上げている途中で、勢いそのままに抱きついてきた。

「もう離れないよぉ晴我くん……好き、好きぃ……」

「ごふっ……げはっ、げほっ……」

みぞおちに思いっきりタックルを食らった俺は愛菜之にしばらくされるがままになっていた。

「晴我くんの匂いがするぅ……いい匂い……好き……」

「は、離れて……有人いるから離れて……」

「お構いなく」

有人は笑いながら面白そうに言うが、俺はたまったもんじゃない。なんで親友にこんなとこ見せなきゃいけないんだよ。

「そ、そうだ愛菜之……愛菜兎はどうした……」

「私がいるのに他の女の話なんていやだよ?」

「そうじゃなくて……」

まだ一時間経ってないはずだぞ……。

「あの子なら保健室に寝かせてきたから安心して、ね?」

「は……? 寝かせてきた……?」

……お薬、盛ってませんよね? 身内にそんなことしないよね? ね?

「食べ物に少しお薬混ぜただけだよ。だからほら、一緒にまわろ?」

案の定だったー……。ていうかそれって……。

「……俺、後で愛菜兎に逆恨みされそうなんだけど……」

私が守るから大丈夫だよ、と俺に優しく言ってきた。

そうじゃない。そうじゃないんです。

「ほら、まわろ? それともここで私といろんなことする?」

「……一応聞くがいろんなこととは?」

ふふっと笑いながら俺に馬乗りになっている愛菜之は答える。そのままの体勢は俺の俺が元気なってしまうから退いてもらいたい。

「ちゅーとか、口移しとか、匂いを嗅ぎあうとか、頬ずりするとか、えっちなこととかえっちなこととかえっちなこととか」

「えっちなことはしません! まわります! 文化祭まわります! ほら行くぞ!」

少し離れていただけでこんなになるのはまずい。というか、有人がいるんだからえっちなこととか言わないでほしい。

「文化祭まわるならこれ使いなよ」

有人がそう言って引き出しから二枚のチケットを取り出した。

いや平然としてんのもそれはそれで凄いな。大物だよお前。

「……無料券?」

俺がチケットにでかでかと書かれた文字を読む。手作り感満載のそれはいかにも文化祭って感じで結構好きだ。

「そ。ほんとは身内とかに渡すものなんだけど、渡しそびれてね」

よかったら使ってよ。と続け、

「僕の分まで楽しんできてね」

俺たちをみて有人は面白そうにそう言った。


「無料券ねぇ、つってもなぁ、回りたいところ回ったし、食べ物にでも使うか……」

「晴我くん、少し前にも言ったけど」

「他の女子が作ったのはダメ、なんだろ?」

でもそれならなんに使うんだよ……。男が作ったであろうものはカレーだとかうどんとかばっかで軽食系がないんだよなぁ……。


……あ、そうだ。

「猿寺のところに行ってみるか」

「あ、いいね。写真、撮ってもらえるかな?」

「だといいんだけどな」

というわけで、写真部の部室へ行くことになった。


「……あれ? 晴我さんと愛菜之さん!?」

「よっ」

「こんにちは」

俺と愛菜之をみて驚いたように声を上げ、カメラを持つ。

「撮らせてもらっていいですか!?」

「いやどうしたんだよ」

随分急だな……。流れるような動きでシャッター切ろうとするのやめろ。

「いえ、いろんな方を撮ってきたんですけどやはりお二人が一番よかったんですよ」

なので! と続ける。目はまるで少年のようにキラキラさせていた。

「撮りましょうほら! お代は結構ですから!!」

「お代は払う」

チケットだけどな。

ポケットからチケットを二枚取り出し、猿寺に渡そうとすると

「あ、チケットですか。それなら一枚でいいですよ」

そう言われ、猿寺がチケットを一枚とった。

「え? でも、二人で撮るんだし……」

「二人一組につきチケット一枚って設定にしてるんですよ」

「そうなのか」

「チケットが二枚あるから写真、二枚撮れるの?」

愛菜之が嬉々として聞くと、猿寺はまた首を横に振る。

「いえ、一回の撮影で二枚撮るのでその二枚とも渡すことになってます」

なるほどなぁ……。それじゃあ余った一枚、どうするかねぇ……。

「では準備するので、こちらへどうぞ!」

そう言ってさっさと連れていかれたのは隣の教室だった。そこにはさまざまな衣装が並んでいた。

「こちらの衣装は女性用で、こちらは男性用です! 衣装を選んだら試着室があるので、そこに入って着替えてくださいね!」

楽しそうにウキウキと話す猿寺。その説明は手慣れているような雰囲気だった。結構客が入ってきてるのかもしれない。

「ペアルックとか、ドレスとか、コスプレだとか色々ありますよ! ご自由に!」

「……ペアルック、ドレス、コスプレ……」

猿寺の言葉を繰り返しながらなにかを真剣に考えている愛菜之。……変な格好とかさせられないよな?

「……はやく着替えようぜ?」

写真苦手だし、さっさと撮って終わらせたい。

「晴我くん」

「ん?」

愛菜之がいつになく真剣な様子で、俺を呼んだ。

「これ、着て欲しいの」

「……? これって……」

愛菜之が渡してきたもの、それは白色のタキシードだった。

「俺には似合わないだろ……」

俺、背は普通ぐらいだけど顔は良い方じゃないんで……。

「晴我くんには絶対似合う! それに、その……」

もじもじしながらなにかを言おうとするが、カメラの準備を整えたであろう猿寺に遮られた。

「おや? タキシードですか」

「ああ、愛菜之が着てほしいって……」

「……ほほう」

猿寺が納得したようにニヤニヤと俺たちをみる。

「なんだよ」

「いえいえ! ……愛菜之さんちょっとこちらへ! ほら、この衣装を……」

「……こ、これって……」

愛菜之を連れて試着室へ行こうとしている。

「あ、おい」

「晴我さんはさっさとそれ着てください! 今は人いないんでここで着替えていいですよ! あ、鍵は閉めてください!」

「え? おい!」

バタン! と勢いよく扉を開け、飛び出ていった。

「なんなんだよ……」

着なかったら女子二人に色々と文句言われそうだし、これ着るしかないじゃないか……。




着替えてその場で待っていると、コンコンとノックの音が聞こえた。

鍵を開けてため息を吐きながら扉を開けた。

「やっときた……か……」

目の前の光景に、言葉がうまく出なくなった。

愛菜之が、白色のドレスを着ていた。彼女の白い肌を引き立てる、シンプルなドレス。

そして薄くだが、メイクもしていた。ナチュラルメイク、というやつだろうか。

元々顔の整っている彼女の顔が更に綺麗になっていて、さっき吐いたため息とは別にため息が出た。

「ど、どうかな……? 晴我くん……」

恥ずかしそうにそう言う愛菜之がとても綺麗で、見惚れてしまいそうだ。

いや、見惚れていた。

「どうですか? 晴我さん」

後ろからひょこっと猿寺が顔を出す。俺の顔を見て、得意げにしていた。

「どう、もなにも……」

言葉に詰まる俺に、猿寺は満足気に頷く。

「いやー、メイクを勉強していた甲斐がありました! それに愛菜之さん、素がいいですしね!」

それは確かだ。

そして、薄くメイクをしている愛菜之は品があるというか、儚げさというか、言葉に表せられない良さがあった。

「……は、晴我くん」

「……」

「晴我さーん。見惚れるのもわかるんですけど、他のお客さんも待ってるので、できればはやくお願いしますねー」

猿寺の言葉で我に返る。

ニヤニヤと笑みを浮かべ俺にそう言ってきた。

憎たらしいような笑みだが、そこには嬉しさが混じっているようにも思えた。

「……見惚れて、た」

「ほ、ほんと?」

嬉しいなぁ……、ともじもじしながら顔を赤くする。

「いいところ悪いんですけど写真、撮りましょ?」

「そ、そうだな」

「そ、そうだね」

猿寺に茶化され、二人して顔を赤くしながらカメラの前に立った。


「ではでは! 撮りますねー」

照明などの調整をした猿寺がカメラを構える。

「じゃ、いきますよー。はーい、笑ってー。はい、チーズ」

パシャリ、とシャッターの切れる音がした。上手く撮れてるといいんだが……。

だが、猿寺は撮れた写真を見た顔をしかめる。

「……なんで二人とも離れてるんですかね」

「え?」

「は、離れてる?」

二人で困惑しながら答える。言われてみれば……離れて、ますかねぇ?

「いつもならもっと密着してるでしょ! 晴我さん。ほら、顎をクイってやるぐらいはしてくださいよ!」

「あ、顎クイ!?」

「それはさすがに……」

人前でそういうことするのも恥ずかしいし、俺が否定しようとすると

「待って! 晴我くん! して!」

愛菜之がして欲しいと全力で頼んできた。

「そうですよ! ほら! そのままちゅーぐらいしてもいいんですよ!」

猿寺も悪ノリしながらそう茶化す。このやろう……。

「いやキスは……」

顎クイより恥ずかしいじゃん……。だから俺はキザな性格じゃないって……。

「ちゅーもしていいよ! むしろして!」

愛菜之さん……。

俺が羞恥心で死にます……。

「ほら! 時間ないんです! ほらほらほら!」

「だぁーもう! やりゃいいんでしょ! やりゃあ!」

俺が愛菜之の方を向き、左手を肩に添えた。愛菜之がビクッと、肩を跳ねさせる。

右手の親指と人差し指で愛菜之の顎をこちらに軽く引く。

目と目が合い、愛菜之の頬に赤みがさす。潤んだ瞳はまるで鏡のようだった。

「……晴我くん」

「いいんだな?」

「……はい」

そう答え、目を瞑った。俺からのキスを受け入れようとしている。

顔を近づける。愛菜之の体温が、漏れる吐息が感じられて、心臓が早鐘を打つ。

意を決して、薄く化粧のされたピンクの唇に、自分の唇を重ねた。

「んっ……」

いつものようなキスではなく、優しく、唇と唇だけが触れる恋人らしいキス。

部屋には、パシャ、パシャ、とシャッターが二回切られる音だけが静かに響いた。




「……お疲れ様です」

「あ、ああ」

「う、うん」

制服に着替え、写真が現像されるまで待つことになった。今は先輩と交代しているとのことだ。どうやら先輩もしっかり人を撮ることができるようになったらしい。なんだかホッとした。


今まで俺たちは、キスなんて当たり前のようにしてきた。キスよりもっと過激なことをしてきた。

だけど、今さっきのキスはどこか特別で、それを思い出すと愛菜之の顔を直視できなかった。

それは愛菜之も同じなようで、

「……!」

俺と目が合いそうになるたびに顔を背けていた。長い髪から覗く耳は、真っ赤になっていた。

「もうすぐできますから、それまでは余韻に浸っててください」

余計なことを言い放って、猿寺はニヤニヤと別の教室へと消えていった。

「……愛菜之」

「な、なに? 晴我くん」

「……その、綺麗だった」

「! ……〜っ」

顔をボンッ、と赤くてして嬉しそうに、恥ずかしそうに、目を逸らす愛菜之。

「いや、その、綺麗って言ってなかったから、言わないといけないかなと……思って……」

「……嬉しい、晴我くん」

それならよかったんだが……と、やはり目を合わせられずに言う。

「その、は、晴我くんも、かっこよくて……キ、キスも、嬉しかった……よ……?」

俺とどうにか目を合わせようと上目遣いで俺を見る。

が、余計に目を合わせられなくなる。そんなに可愛いことをされると困っちゃうんだよなぁ……。

「お待たせしましたー、写真でーす」

猿寺が封筒を渡してきた。しっかりと中を確認してから封筒を閉じる。

「ありがとな。この後も仕事だろ? 頑張ってな」

「あ、待ってください」

礼を言い、立ち去ろうとすると、猿寺に呼び止められた。

「晴我さん、愛菜之さん、本当にありがとうございました」

「……部活の件か?」

俺がそうきくとこくり、と猿寺が頷く。

「それならもう無事に終わったんだからいいさ」

「ですが、ちゃんとお礼を言ってなかったので」

真面目だなぁ、と考えながら

「今日、愛菜之の綺麗な姿が見れたからそれでチャラだ。な?」

「わ、私も、晴我くんのかっこいい姿が見れたから大丈夫」

俺たち二人の言葉に猿寺はふふっと笑いながら

「お二人はやはり最高の関係ですね」

そう言ってでは、と部室へ帰っていった。


「写真、どうしようか?」

「二枚だしな……」

最初に撮ったのと、後から撮ったのとでどっちが欲しいか話し合わなければいけない。

封筒の中の写真を、近くにあった休憩スペースに座って見てみる。

「おお……」

「わぁ……」

取り出した一枚目は俺たちが並んで立っている写真だった。

儚げな雰囲気を持って微笑を浮かべる愛菜之。その隣には……思っていたよりは、写りが良い俺が写っていた。

「さすがだな……」

「うん。すごい綺麗に撮れてる……晴我くんかっこいい……」

写りは多少良くなっているが、かっこいいかぁ……? すごい真顔だぞ、俺。

あれだな、愛菜之の目にはフィルターが付いてるんだな。

愛菜之は誰の目から見ても美人で可愛いけど。

「二枚目、見てみるか」

「うん」

二枚目を取り出すと、そこには目を瞑り、キスをしている俺達二人が写っていた。

「……」

「わぁ……」

俺は恥ずかしさで息が詰まったが、愛菜之はどうやら違う反応をしたらしい。

とてもうっとりした様子でその写真を見ている。

「……すごく、いい」

「……そうなのか?」

「うん、すごくいい。今まで撮ったどんな写真よりもすごく」

俺にはわからないが、愛菜之からしたらとても良いらしいです。

……今更になって気づいたが、これってもしや……。

「これ、結婚式じゃね……?」

「そうだよ」

あ、そうなんですね。

いや、白いタキシードと白いドレスの男女っていうので気づけって話だが、愛菜之があんまり綺麗で、その時はなにも考えられなかった。

なるほど、結婚式ねぇ……それで猿寺はニヤニヤしてたのか。あんにゃろう……。

俺が猿寺にどんなお礼参をしてやろうかと考えていると、愛菜之が食い入るようにその写真と睨めっこしていた。その写真をいたく気に入ってるらしいし、俺は一枚目のやつを選ぶか。そう思い、キスしている写真を愛菜之に手渡す。

「……え? い、いいの?」

「俺は……こっちがいいからさ」

キスしてるところの写真なんて正直恥ずかしさがやばくて持ってられない。それだったらまだ、こっちの並んでいる写真のほうがよかった。

「ありがとう……! 晴我くん……!」

「え? あ、ああ。はい」

心底嬉しそうにお礼を言い、とても大事そうに写真を両手で持っている。俺が気を遣って並んで立ってる写真を選んだわけじゃないが、愛菜之からはそう取られたようだ。

「一生大事にしなきゃ……額縁に入れて飾っておかなきゃ……!」

そんな嬉しそうにされるとなんかこう、罪悪感的なものを感じてしまう。

……額縁ねぇ。俺はそんなもの持ってないし、なにより飾ることもないな。親に見られたら恥ずか死ぬからな。

引き出しの中にでも入れておくか。時たま、引き出しの中から出して写真を見て、一人でニヤニヤするんだろうな……気持ち悪!

自分で自分にツッコむことほど悲しいことはないな。やめだやめだ。

「……ん?」

他に何かないかと封筒を見てみると、中には一枚の紙と写真が入っていた。

『晴我さん! 愛菜之さん! 良いものを見せていただきありがとうございました! これは心ばかりのお礼です! サイズがこれしか用意できなかったのですが、よければ! ではでは!』

手紙にはそう書かれていて、そして少し小さめのサイズの写真が二つ入っていた。

俺と愛菜之が、見つめあっている写真だった。

「これ、って……」

「俺たちが、着替え終わってお披露目し合った時だな……」

アイツいつの間に撮ってたんだよ……。隠し撮りの才能もあるのか? 怖えよ。

「晴我くんが、私を見つめて……えへへ……」

「……愛菜之って横顔も綺麗だな」

無意識に口から出た感想は本人の耳にばっちり届いている。

その証拠は、耳まで真っ赤にしている彼女の顔だった。

「……え? あ、え、あ。ごめん、その本音が……」

「ほ、本音って……!?」

「あ」

墓穴をせっせと掘る自分に嫌気が差すね。あーやだやだ。愛菜之見て癒されよう。

「……い、今、見ないで」

そう言って写真で自分の顔を隠す。けれどチラチラとこっちを見てくるその視線が尚更魅力を強めてきて、見ないなんてできるわけない。

「……み、見ないでぇ…………」

ふやけた声を出しながら、縮こまっていく彼女の手を下げさせようとした、その時。




「はーれーがー……」

……この恐ろしいほどの殺気のこもった声。間延びした口調。

俺たちの前に、腕を組んで仁王立ちしているボブのショートカットの女子。

心なしか髪の毛が逆立っているように見える、その子は。

「私のおねぇちゃんとなにしてたんだよ……!」

本気も本気で怒っている、愛菜兎だった。

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