第22話
文化祭当日。
薄暗い教室を愛菜之と二人で歩く。
「晴我くん……は、離れないでね……」
「大丈夫だって。心配なら手でも繋ぐか?」
「ほ、ほんと……?」
嬉しそうに、けれど少し不安そうにそう言って愛菜之が俺の手を取る。
「えへへ……」
実に嬉しそうに頬を緩める。薄暗いこの場所でもその笑顔は光り輝いている。眩しい……。
「何回も繋いでるけどそんなに嬉しいもんなのか?」
「晴我くんに触れられるならなんでも嬉しいんだよ」
……まーたこういうこと言う。俺の心臓をキュン死させる気か?
だが、こういう時に返す言葉を俺は学習している。人間は学習する生き物なのだよ!
「……そういうことか。俺も、愛菜之に触れられるならなんでも嬉しいしな」
「……〜っ」
愛菜之が顔を赤くしているのがこの薄暗い場所でもよくわかる。
見事にカウンターが入ったようだ。でもまぁ、こんな歯の浮くようなセリフを吐くのもこういう時だけにしとこう。恥ずかしいんだよね。
「……そういうこと、他の女に言ってないよね」
「言わないさ、愛菜之以外には」
そうやってイチャイチャしていると
「リア充立ち去れぇぇぇぇ!」
通路の端からおばけの格好をしただれかが飛び出してきた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「やっぱりそこから出たか」
悲鳴をあげる愛菜之と予想が的中して満足気な俺。
そう、俺たち二人は今、文化祭のお化け屋敷にいた。
お化け屋敷は小中ではかなり人気を誇っていた。
それもそのはず。いろんな奴の前で、俺お化け全然怖くないぜすごいだろアピール、ができる場所なのだから。
そんでもって驚かす側はうまく相手を驚かせればそりゃあ気持ちがいいだろう。しかも愛しのあの子が驚いた姿が見れるかもしれないという。そんなわけで、とてもとても人気なのだった。
だが高校生となり予算や場所、経験によるアイディアなど、できることは広がっていく。
そして高校生となり、逆に恋愛などにかまけず、今を楽しむ青春している俺かっけーとか思いたがる客側。
お化け側はそれを持てる力全てで驚かし、客側は全力で驚き楽しむ。
そう、真のお化け屋敷というものになるのだ。ちなみに今来ているお化け屋敷は二年生の出し物だ。
で、俺たち一年生だが。
出し物は展示なんていうよくわからんものに縛られて、皆やる気がなかった。俺たちのクオリティ低い絵を見て楽しいわけあるかよって話だ……。
ちなみに俺は消しゴムのデッサンを提出した。これで許されるあたり先生達もやる気がない。愛菜之は俺をデッサンしようとしていたがこればかりは本気で止めた。写真レベルで俺の顔を再現しようとするしめちゃくちゃ焦ったぞ。
そして今だが、出口で愛菜之が落ち着くのを待っている。こんなに驚いてるのなら驚かす側からしたら幸せだろう。俺も彼女のビビってる姿を見てホクホクしています。サンキューお化け! いい人捕まえろよ!
「な、ななななんで晴我くんは平気なの? おばけとか怖くないの?」
俺に抱きつきながらそう聞く愛菜之。
生まれたての子鹿みたいに震えてるのがとても愛らしい。抱き返したいけどそんなことできるほどキザじゃないんで俺。
「いや、ホラー映画とかは苦手だけどさ。こういうのはあんまり怖いと思ったことはないかな」
ホラー映画やゲームの、もしかしたら本当にあるんじゃないか、みたいなたらればの怖さが苦手だ。こういうお化け屋敷みたいなのは実感があるからあまり苦手ではない。
「そ、そうなんだ……」
「ていうか、なんでお化け屋敷入りたいなんて言ったんだ?」
怖いなら入らなければいいのに。そう思いながら聞くと可愛いことを言われた。
「そ、その、おばけがこわいって、晴我くんに抱きついたら晴我くんは私のこと守ってくれるかなって……」
お化け屋敷以外でも守るつもりだしいつでも抱きついてきていいんだが。むしろウェルカム。
「別にいつでも抱きついてきていいんだぞ?」
「そ、そうじゃなくて。そういう風に抱きついてみたいなって、思って……」
どんどん尻すぼみになっていく。それに連れて、顔も赤くなっていく。やっぱり俺の彼女は可愛い。
そしてお化け屋敷で悲鳴を上げ続け、ハァハァ、と息が切れている愛菜之がなんだか色っぽい。
愛菜之の家に連れていかれた日から妙に愛菜之を色っぽく感じてしまう……。
単に俺がそういうお年頃なだけだからだろうか。でもそれにしちゃあお盛ん過ぎやしないかねぇ、と自分を訝しんでみる。
「は、晴我くん……? そんなに見つめられると、その……」
「え? あ、ああ、ごめん」
考え事をするとぼーっとしてしまうな。ダメな癖だ、治そう。人のこと急に見つめだすやばいやつに思われちゃう。
「わ、私にとってはご褒美だよ! 謝ることないよ!」
「それならいいんだけ、ど……?」
よくわからないフォローをしてくれる愛菜之は優しい子。うーん、好きです。
「あー……飲み物でも買ってくるよ」
飲み物でも飲めば落ち着くだろうし、見つめてるの指摘されてなんか気まずい。
そんな思いから、俺が飲み物を買いにいこうとすると、
「だ、だめ!」
そう言いながら、愛菜之が俺の袖を必死な様子で引っ張る。
「い、今離れられたら、思い出しちゃって……その……」
「怖い、のか?」
こくこくと頷く愛菜之。庇護欲をかきたてるその姿はとても愛らしい。やっぱり愛されるべき存在だな愛菜之は。
「わかった、一緒にいるよ」
そう言いながらできるかぎり、さりげなく、手を取る。
「! ……晴我くん…………」
驚きつつも、安心したように顔を緩ませる愛菜之。滑らかな肌の細い手が握り返してきた。
……これもこれで気まずいっていうか、気恥ずかしい。何回手を繋いんだんだっけか……。いや、手を繋ぐ回数より腕に抱きつかれてる回数のほうが多い気がする。どうりで慣れないわけだ。
「……どっか座るか」
「そ、そうだね」
二人とも、声がどこか浮ついていて、我ながら初々しいな、と思ってしまう。
考えてみれば俺たちは付き合って二ヶ月しか経っていない。今まで色々とあったり、結構濃密な触れ合いをしてきて、まるで長い付き合いをしてきたように思えるが、時にしてみればまだまだ浅い。
けれどこれから先、長く長く付き合っていく、つもりだ。
そういう思いで手を握る力を強めた。応えは期待していなかった、というよりもとより返ってくるとは思っていなかったが、その細い手はきゅっ、と俺の手を俺以上に強く握り返した。
その後、俺たちは椅子とテーブルがある飲食可能コーナーで休んでいた。
「落ち着いたか?」
「う、うん。もう平気」
まだ少し落ち着いてなさそうではあるが本人が大丈夫といえば大丈夫なのだろう。
でもプルプル震えてた愛菜之、可愛かったな……。動画撮ればよかった。でも動画撮ったら愛菜之がマジで怒りそうでちょっと不安。
「じゃ、なにか食べるか?」
ひと段落ついたことだし、回りたいものは大体回れた。サッカー部のゴールキーパーとPKでバトルとか、バスケ部員とのシュート三本勝負とか、色々楽しめたしな。
対戦相手の部員が愛菜之に応援されてる俺を殺意のこもった目で見ていたが。
勝敗は全敗。素人相手に本気出すとは大人気ないぞっ。
「うん。なに、食べる?」
「そうだな……」
周りには美味しそうなものを売っている屋台がずらりと並んでいる。結構迷いそうだ。
え!? アイスクリーム売ってるのか……。いやいや、それじゃあ腹は膨れない。……あとで買お。
うーむ、どうしたもんかな。
…………そういえば。
「愛菜之、生徒会の出してる食べ物のコーナー行ってみないか?」
「うん、いいよ」
「……晴我くん」
「はい」
「これはダメ」
「…………はい」
係の生徒会員が元気な声で呼び込みをしている。その声に釣られてか、結構な数の客がおにぎりを買っていた。
そして客のほとんどが男である。
「女子高生が握ったおにぎり、いかがですかー!」
大声量でそれを言うの、恥ずかしくないのかね……。
生徒会員の出し物は例の女子高生が握ったおにぎりだった。
で、俺はそれを買おうと愛菜之に提案してみたのだが……。
「ダメですかね……?」
恐る恐る聞いてみるがにっこり笑う愛菜之は
「絶対、ダメ」
そう言ってきっぱりはっきりと却下したのだった。声と目が笑っていませんでした。怖いです……。
「大体、おにぎりなら私が握ってあげるのに」
「いや、俺は女子高生が握ったおにぎりが食べたいんじゃなくて、単純におにぎりが食べたいだけなんだけど……」
「ダーメーでーすー」
ダメなものはダメなようです。諦めて他の食べ物にしますかぁ……。
「じゃあ他のにするか……」
「───あとね、晴我くん」
「はい!!」
声が、声にいつも以上の殺気がぁぁぁ……!
俺が震えながらギギギと油の切れた機械のように振り返り、愛菜之を見ると、黒いオーラを纏った愛菜之がさっきと同じようにニコニコと笑っていた。
「私以外の他の女が作ったものを食べるなんてことがあったら……」
「あ、あったら……?」
「ひ、み、つ」
そう言って楽しそうにふふっ、と笑った。射止めるような視線に、更に震えが強くなった。俺と愛菜之の上下関係もはっきりである。
「心得ておきますです」
日本語のおかしい返答をしながら怖いけどそんなところも可愛い、なんて考えていた。
俺も病気だなぁ……。
しみじみと、そう感じた。
「はい、どうぞ」
「ん、サンキュー」
愛菜之が私が買ってくるよ、と言ったので俺は椅子に座って待っていた。
そしてテーブルに置かれたのは細長い紙袋に入れられているチュロスだった。
「へぇ……」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ」
意外と普通だったので安心したというか、拍子抜けしたというか。別に、愛菜之がなにかやばいもの買ってくると思ってたわけじゃないからな!
……まぁ、文化祭に突飛な食べ物なんてそうそうないしな。
ていうか、チュロスなんて売ってるもんなのか。まぁ派手な方の連中が好みそうな食べ物だし、みんな買うんだろう。
あ、これ偏見な。
「じゃ、食べるか」
腹はさっきから食べ物を求めて鳴いている。もうすぐご飯だからね……ごめんね、ごめんね……。
「うん、食べさせてあげるね」
「わぁ、すごい当たり前みたいに言う。待って、ここでもあーんする気か?」
飲食スペースには当たり前だが生徒の保護者や他校からの生徒、在校生や先生方だっているわけでして。
「そんなのじゃないよ」
「……?」
俺が理解できずにいると愛菜之がチュロスをかじり、口に咥えた。
「ん」
「 ……食べろと?」
俺が聞くとこくり、と頷く。
「いやいやいや。周りに人たくさんいるでしょ? しかも先生とか親御さんもいるんだよ?」
俺がそう言い聞かせるが、愛菜之はなりふり構わず顔を近づけてくる。どうやら話を聞く気がないようだ。
「わかった、わかったから待って!」
慌てて愛菜之の口に咥えられているチュロスを指で取り、自分の口に放り込んだ。
「ほ、ほら。これでいいだろ?」
もしゃもしゃとチュロスを食べながらそう聞く。チュロスって初めて食べたけど、意外と硬いんだな……。
「……口移し、嫌なの……?」
愛菜之の手に握られている残りのチュロスがギジィ、と嫌な音を立てて曲がる。
なんでそういう方向に考えるんだよ、好きに決まってるだろ、嫌なわけないだろ、周りの目が気になるだけだよ周りの目さえなければ貪ってたよ!
そう伝えたいが、そんなこと伝えて気持ち悪がられたら俺は死んでしまう。というか、周りに人がいる状況でそんなこと言えるわけがない。
ので、行動で示そうとした。
「人気のないところに行こう!!」
というわけで、武道館裏へやってきた。
この学校には体育館と武道館がある。体育館は体育やなにかしら大規模な集会があるときに使われて、武道館は小規模な集会と、柔道部や剣道部が使っており、もちろん剣道や柔道などの授業にも使われる。
そして、武道館はあまり人気がない。武道館は学校の中心から結構離れていて、出し物にも使われていなかった。
「ここなら大丈夫だ」
「人気の無いところ……二人きり……男女……えへへ……」
愛菜之がなにかを考えてニヤつきながら恥ずかしがっているが今はリベンジに集中だ。
「さぁ来い!」
俺が愛菜之の肩に手を乗せ、愛菜之を見つめる。壁と俺で愛菜之を挟み込み形になっているので、万が一誰かに見られたとしてもなにをしていたかまでは分からないだろう。
「えへえへへ……えっ!? あぅ、ま、待って、晴我くん! ちょっと待ってね……!」
我に帰ると俺から目をそらし、チュロスをかじって口に咥えた。
「ん、ん」
愛菜之が恥ずかしそうに顔を近づける。甘い二つの香り。一つはチュロスの、もう一つは愛菜之の。
ドクン、と心臓が跳ねる。自分から連れ出しといてこう言うのもあれだが、人気の無いところだとより一層緊張感が増す。
「……いただきます」
そう言って口を近づける。
愛菜之に咥えられているチュロスを俺が咥え、受け取る。ギリギリ唇同士はついていないはずだ。
……でもこれじゃ、口移しっていうより橋渡しだな。
「……おいしいよ、ありがとう」
さっきと同様、ごくりと飲み込んでから礼を言う。これでリベンジは終わり。愛菜之も満足して文化祭へと戻る。
はずだった。
「……愛菜之?」
愛菜之は俯き、ワナワナと震えていた。まるで怒っているような、悔しがっているような、悲しんでいるような。
「……愛菜之?」
もう一度、名前を呼ぶ。だがいつものように幸せそうな顔で、幸せそうな声で応じてくれなかった。
「……なんで」
「え?」
拳をぎゅうっとにぎりながら愛菜之は顔を勢い上げた。
「なんでなんでなんで!?」
「え? え?」
俺が困惑していると愛菜之が怒ったように俺の両の頬に手を添える。
「なんで、キスしてくれないの?」
「え? キスしなきゃいけない場面だった今?」
大きな瞳に涙をいっぱい溜め、俺を見つめる。いやそんな目で見られましても……キスするシーンじゃなかったでしょ……?
「こうすれば、また晴我くんからキスしてくれると思ってたのに……なんで……」
…………え?
受け身でキスをしたいがためにわざわざ口移しをするなんて行動したのか!?
「もう怒った。キスだけにするつもりだったけどもう怒った」
「怒られる筋合いないと思うんです……いえなんでもないです」
喋るな、という意思を込めた瞳を俺に向けてきた。なんかすいません……。
そして愛菜之は、流れるように俺の唇に自分の唇をつける。
だけではなかった。
「んんっ!?」
舌を……ん? 入れてこない?
「……ん? んん!?」
愛菜之の口から流し込まれる甘いなにかの物体。
もしやこれ、チュロスか?
ということは今、俺は本当に口移しをされているのか!?
口移しチュロスは、なぜだか俺の喉をすんなり通り、挙句美味しいと感じさせてきた。
口に残っているチュロスも飲み込もうとすると、今度は愛菜之は、舌を入れてきた。
……やばい、息ができない。
別に鼻で息をすればいい話だが、愛菜之に鼻息がかかる。そんなことしたくない。ていうかパニックで鼻で息すればいいってことさえ分からなくなっていた。
愛菜之の熱い舌は、俺の口内に残っていたチュロスの欠けらを残らず取っていった。
「ぷはっ」
愛菜之が口を離した。
「はぁ、はぁ……」
「ハァ、ハァ……」
二人一緒に荒い息を吐きながら、頬を上気させ、見つめ合う。
「晴我くんの唾液と混ざって……甘くて美味しいよ……」
幸せそうな顔をして、恍惚とした表情をして喜んでいる。
「もっと……欲しい…………」
蕩けた声で、誘うような声でそう言ってきた。
「晴我くん…………ねぇ、ちょうだい……?」
上目遣いの彼女は、髪をかきあげて耳にかける。まるで準備は整っていると言わんばかりに。
吐息が頬に触れる。くすぐったくて、暖かくて、妙に心地いい。もう耐えられない。耐えられるわけがない。こっちはお盛んなお年頃だ。
俺の胸に手をつく彼女に、吸い込まれるような感覚を覚えた。
理性が飛ぶ音が─────
「おいこら、おねぇちゃんに何してんの? 殺すよ?」
…………この声は。
「歩き回って人に聞いて、色々大変だったんだからさー」
間延びした、気の抜けるようなこの声は。
「やっと見つけたよー! おねぇ、ちゃーん!」
そう言って愛菜之の妹、愛菜兎は。
俺からかっさらうように、勢いよく愛菜之に抱きついた。
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