第20話

三日目。

つまり期限の最終日だ。

猿寺の問題は解決したはずなので、安心していいと思う、のだが。


「はい、あーん」

そして俺たちは例の人気のない教室ではなく、自分たちのクラスの教室で昼食をとっている。

なぜかというと、これは愛菜之のお願いによるものだ。

昨日は、猿寺と約束があったから教室で食べていたがなんで今日は教室で食べたいなんて言い出したんだろう。

おかげで周りの目が痛いほどにバシバシ突き刺さる。主に野郎どもの目が。

「どうかな? うまくできてると思うんだけど」

「ああ、おいしいよ」

実際、今までの愛菜之が作ってきたお弁当の中では一番おいしかった。

「えへへ、よかった」

「……なぁ、愛菜之」

思い切って聞いてみる。なにか理由があっても、やっぱりここで食べるのは色々辛い……。

「なんでいつものとこで食べないんだ?」

そう聞くと、愛菜之はチラリと周りを見てからにっこり笑う。

「晴我くんが、私の恋人だってことを知らしめてやるの」

「はぁ……そりゃまたなんで」

知らしめるたって、誰にだよ……。別に俺が誰かに取られたりするわけでもないのに。

「昨日、話しかけてきた女がいたでしょ? 他にも、学校には女がたくさんいて……晴我くんのことを狙ってる女もいるかもしれないでしょ?」

いやいませんよ……悲しいことにね、俺はモテないんだ。そういや、愛菜之はなんで俺のこと好きなんだ? 俺、なんの取り柄もないぞ。

「それに、晴我くんが私から離れないように、外堀は埋めとかなきゃ、ね?」

「はぁ……別に俺は愛菜之から離れるつもりは微塵もないけど」

「……えへへ…………嬉しい」

ふわりと笑う彼女はとても可愛い。周りの男共と一緒にその笑顔にときめいていると。

昨日と同じスクールカースト上位の一軍女が話しかけてきやがった。

「ねぇねぇ、やっぱ二人って付き合ってるんでしょ? どこまで進んでんの?」

完全に面白がって聞いている。人をどこか馬鹿にするようなその瞳で見られて、そいつのことがやっぱり好きになれない。……正直に言うと嫌いだ。

めんどうだが適当に言ってその場しのぎをするに限る。あんまりあれこれ言うのも愛菜之は嫌がるだろうし、そもそも俺も言いたがりではない。

愛菜之の顔をチラッと見てみると、昨日と同じ、目からハイライトが消えていた。

どうやら俺が他の女に話しかけられたりすると光が消えるらしい。なんだそりゃ……。

だが急にその大きな瞳に光が宿った。口角を少しだけ上げて、なにかを企むような顔。

……なんか嫌な予感。

「晴我くん」

「ん?」


ああ、予感はしていた。

だが避けることなどできるはずもない。俺は、愛菜之の行動を読めるほど愛菜之を奥深くまで知っているわけでもないのだから。

甘い匂いが鼻を、頭を満たす。柔らかな感触とほのかな温かさが、確かに俺の唇に伝わっている。

愛菜之は、俺にキスをした。

いつものような、深く、舌と舌を絡ませて嬲るようなものではなかったのが幸いと言える。

時が止まった。このクラスの、この教室にいた者たちの時間がもれなく止まった。

ふわりと、唇が離れる。ちろりと、愛菜之は味わうように自分の唇を舌で舐めた。

「これでわかってもらえたかな?」

まるでなにごともなかったかのように、愛菜之は話しかけてきた女子にそう言った。

「え? あ、ああうん。あ、ありがと……」

女子はまだなにが起こったかわかっていないのか、少し首を捻りながら自分の席へと戻った。それを皮切りに、周りは騒がしくなる。ざわざわと煩く。

「晴我くん、あーん」

その声で俺は我に帰り、それでも状況への理解が追いつかないまま、口の中に入れられたものが一体なんなのかさえもわからずに、口を動かしていた。

周りの音も聞こえないほどに呆けていた。




放課後。

生徒会室に集まることにしていたので、今は生徒会室まで歩いているのだが。

放課後までが長かった……。

というのも、愛菜之が昼休みにキスをしてから、男子どもの恨めしい目と女子の好奇の目にえんえん晒されていた。

愛菜之は視線には気づいているのか気づいていないのかはわからないが、俺とキスしたことが嬉しいのか、ニコニコしていた。

放課後になり、やっと周りの目から解放されたというわけだった。

「あー……愛菜之、なんでキスしたんだ?」

恐る恐る聞いてみる。すると、愛菜之はきょとんとしながら答えてくれた。

「え? そのほうがどれくらいの仲か説明するの、簡単かなって思って」

まぁ、一理ある……のか?

だめだ。色々麻痺してきてる気がする。こう言う時は帰ってさっさと寝るべきだ。

「それに周りにも見せつけたかったの」

「え?」

「晴我くんは私と付き合ってるってこと」

愛菜之の目から少しだけ光が消える。俺に向けられているわけでもない視線に、思わずゾッとした。

「他の女が誘惑なんてしたら大変だから」

「しないだろ」

さっきも言ったけど、俺モテないし。

……自分で言ってて悲しいなぁ。愛菜之に好かれてりゃいいんだ俺は、うん。

「するよ。晴我くんはかっこいいし、優しいし」

「そりゃ愛菜之にはそう見えるんだろうけど」

俺はかっこよくない、優しくない、性格も良いほうじゃない。ああほんと、自分で言ってて悲しいよぉ……。

「もう。そんなに悲観的にならなくてもいいじゃん」

「いや、だってさ……優しくするのは好きだからだし……」

その言葉を聞いて愛菜之は、スッと表情を変えた。

「……好きだから優しくするなら、猿寺さんのことは?」

「え?」

「猿寺さんのことは好き、なの?」

ああ、手助けするのは猿寺のことが好きだからって思ってるのか。

「ああ、友達としては好きだぞ」

友達としても、人としてもあいつのことは尊敬している。自分の夢のためにひたすら走れるのだから、すごいと素直に思う。

夢のない俺からしたら、それは眩しくて、応援したくもあった。

「友達としては……」

俺の答えを聞いた愛菜之が勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

「勝った……」

「なにに?」




生徒会室についた。

「失礼します」

一応、そう言ってから入る。礼儀は大事だからね。

「ん、来たね」

有人がいつものようにパイプ椅子に座って机で作業をしていた。

「猿寺は来てないのか?」

猿寺の姿がみえない。あいつなら先に来ていると思ったが……。

「もうすぐ来るんじゃないかな」

あの子真面目だし。そう言って作業を続ける。仕事人だなコイツ。少しは休めばいいのに。

「そういえば君たち、一躍有名人だね」

「え?」

「なんでだ?」

俺と愛菜之が聞くと有人が頷き、話す。なにニヤニヤしてんだこいつ。

「昼休み、クラスメイトの前でキスしたんだって?」

大胆なことをするんだね、と有人が面白そうに言った。

待って、俺からしたわけではないんだが。

「私たちの関係が広まったってことだよね。やったね晴我くん!」

「ぉぉ……」

もういいよそういうことで。ていうか有人に知られたことが結構きつい……。

「まぁよかったんじゃないかい? これで重士さんに悪い虫は寄ってこないだろうし」

有人がフォローをしてくれるが焼け石に水だ。それでもフォローをしてくれようとする友人の気持ちは少し、俺の気持ちを楽にしてくれた。

「さんきゅな……有人……」

「どういたしまして」

ふふ、と笑いながら言う有人に、悔しいことにやっぱり敵わないと思った。

その後、あーだこーだと話をしていると生徒会室の扉が開いた。

ショートカットの黒髪が、大きく揺れた。

「猿寺、遅かっ……」

「有人さん!」

俺の声を遮って有人に向かって声をだす猿寺。

「そんなに大きな声じゃなくても聞こえてるよ」

「文化祭の件、取り消してもいいですか!?」

「は!?」

俺は大きい声で思わずそう叫んだ。それに対して猿寺は頭を下げる。

「ごめんなさい! 晴我さん! 愛菜之さん! でも写真コーナー、部活でやりたいんです!」

「……つまり、解決したってことかな?」

猿寺の言葉に有人がそう聞く。

「……はい、晴我さんと愛菜之さんのおかげです」

猿寺の言葉を聞いた有人がちらりと俺を見る。

「俺はなにもしてないぞ」

「わ、私も」

「はいはい」

呆れたように俺と愛菜之を見ながらそう言う有人だが、少しだけ口元が笑っている。ようにみえた。

「それで、事の顛末は?」

「えっと……」


「……というわけです」

「へぇ」

猿寺から事態の終始を聞き、興味があるように相槌を有人は打った。

「解決したならそれでいい。それで、本当に部活のほうでやるんだね?」

「はい」

猿寺の表情は決意を固めた表情だった。

「わかった、頑張ってね」

「はい」

有人もなんだか嬉しそうに笑いながら言い、そして猿寺は俺たちに向き直った。

「晴我さん、愛菜之さん。本当にありがとうございました!」



「なんだか、あっけなく終わっちゃったね」

帰り道、愛菜之が俺と恋人繋ぎ、というものをしながら帰っていた。手汗大丈夫か心配だ……。ゲームしてる時もやけに手汗がひどいし。それのせいで負けたこともままあるっていう。汗は嫌いだね。

「あっけなくて良かったと思うぞ」

これ以上問題抱えてるようだったら色々大変だっただろうし。

愛菜之はそれもそっか、と手を握り直し、ニコッと笑った。

なんてことない、普通の風景に余計に心臓が早く音を立てる。それもそのはずだ。

俺はこれから、愛菜之に伝えなければならないことがあるのだから。


「愛菜之、ちょっと寄り道しないか?」

「え?」

愛菜之が驚いて聞き返す。それもそうだろう。今まで、寄り道することはあまりなかった。

俺もあまり寄り道したがる質ではなかったし、愛菜之から誘ってくることもなかった。

誘おうと思ったことも何度かあったが、どうにも踏み出せずにいた。

ようするにへたれ。

「あそこの店でちょっと話でもできないかなー、っと……」

やばいやばい。顔が熱い。今すぐ逃げ出したいよここから。なんて言われるんだろう、断られたら俺の人生終わるかもしれない。

「……それって、デート?」

「え?」

そう聞いてきた愛菜之の頬は、赤みがかっていた。俺が聞き返して顔を見てみると、パッと顔を伏せて前髪をちょいちょいといじりだした。

「……まぁ、デートみたいなもんかな」

「ほんと!?」

俺が肯定すると顔をパッと上げて、嬉しそうに聞き返してきた。テンションと顔が上げ下げ忙しいな。

「じゃ、じゃあ行こ! すぐに行こう!」

「お、おう……」

あれぇ……? 俺が誘って連れて行くって感じなのに俺が連れられて行く形になってるぞぉ……?




寄り道って言っても、高校生の寄り道なんてたかが知れている。

まぁそこらへんにあったチェーン店のカフェでお茶することにしたわけで。話をするなら持ってこいだろう。お手頃価格で飲み物美味しいし。ココアが濃厚で結構好きだ。

「んじゃ、席座って待っといてくれ。飲み物頼んでくるから」

「あ、私が行くよ」

「いいからいいから」

誘ったのは俺だし、彼女に行かせるのもなんか悪いし。

断ってカウンターへと進む。チラリと見てみるとちょこんと座って待っている愛菜之がワンコを彷彿とさせていてそりゃあもう可愛いんですねぇ……。

「ココアと……ミルクティー一つ。あ、あとこのケーキも」

愛菜之の分の飲み物と、ついでにケーキを頼んでおく。半分こでもすれば愛菜之は喜んでくれると思う。俺となにかを共有することに喜ぶのもアレだとは思うが、それを俺も嬉しいと感じてしまうあたりがなんかもうアレである。

ていうかどうせ半分こするならなにかもう一個頼んどけばよかった。でも愛菜之の好み知らないし……彼女についての知識が浅い! こりゃモテないのもわかるね! 悲しい!


飲み物とケーキが乗ったトレイを持って席に帰った。

「あ、お金……」

「いいって。俺が誘ったんだし」

「で、でも……」

まだ遠慮している愛菜之。あんまり借りを作りたくないのか? ていうよりは、俺になにかしら負担をかけたくないのか。

「お弁当とか作ってきてくれてるだろ? それのお返しだよ」

そう言って愛菜之のほうにミルクティーを寄せる。勝手にミルクティーに決めてしまったが大丈夫かな。出会って最初の時も飲んでたし大丈夫か。

「それとも……俺が奢ったものは嫌か?」

こう言えば愛菜之は断れないことを知って言っている。我ながら性格が悪い。だからモテないんですね! 納得!

「い、嫌じゃないよ! ありがたくいただきます!」

うんうん、慌ててるところも可愛いね。ケーキもいっぱい食べさせてあげよう。もう全部あげる勢いで食べさせてあげよう。

「ケーキも頼んどいたからさ、半分こしようぜ。ほんとはもう一個頼みたかったけど、愛菜之の好み知らなくて……」

言い訳じみてる、ていうか言い訳だな。

まぁ愛菜之の好みを知るいい機会だから、しっかり覚えていこう。

「よければ、好みを教えてくれないか?」

そう聞くと少し考えてから、こう答えた。

「私の好みは、晴我くんと同じだよ」

「…………」

いやいやいや。

いくら好きだからって好みまで同じなのはやばいだろ。

いや、恋人は好みが似通ってるっていうし、大丈夫なのか……?

「そ、そうか。なら、ココア二つ頼めばよかったな」

いやほんと、この彼女さんには驚かされてばかりだ。それさえも魅力、なのかもしれない。ていうか魅力。

「ふふっ、冗談だよ」

「……ほんとに冗談?」

そう聞くと、またにこりと笑って

「どうかなぁ?」

そう言ってくる。小悪魔菜之という新ジャンルか!? どんなジャンルでも愛菜之なら好きだが。


「じゃ、じゃあ俺のココア飲むか?」

「え!?」

パニックのあまりそう聞くとなぜか前のめりの勢いで驚いていた。

「の、飲みます! 飲ませていただきます!」

「あ、はい……」

そんなにココア好きなの……? いや、自分の好きなものを他の人が好きって言ってるのは嬉しいことですけどね?

あ、ていうか一回口つけちゃったよ俺。

今更ながらそのことに気づいたが止めることなど出来ず、愛菜之はチビリチビリとココアを飲んだ。

「えへへ……間接キス……」

どうやら俺が口をつけていたことに気づいていたようだった。……すごい飲みたがってたのは、俺と間接キスできるから、なのだろうか。

「あぁ、えと……そんなにココア好きなのか?」

「ココアも好きだけど晴我くんが口をつけたっていうプレミアムなところが一番大事」

あ、はい。

え、俺が口をつけるとプレミアム仕様になるの? ちょっと謎すぎる。小さな名探偵でも解けないなこれは。

「ケ、ケーキも食べようぜ」

フォークを持つ手が震える。さっきの小悪魔菜之の好みがうんたらでのびっくりがまだ残ってるからかもしれない。

なんか俺ばっか驚いたりしてるのも悔しいな……。俺って負けず嫌いだったか?

それは置いといて、そうだな。愛菜之は俺からなにかされるとなると焦るから……。

「愛菜之」

「なぁに?」

俺に呼ばれただけでそんな幸せそうな顔と声で反応するのやめてほしい。キュンときちゃう。

「あーん」

「……え?」

一口サイズのケーキが刺さったフォークを愛菜之に向けると、フリーズしてしまった。

選択肢間違えたか? これでいやちょっと……とか断られたら恥ずかしくて死んじゃう。

「い、いいの?」

「いいもなにも、愛菜之に食べさせたいんだよ俺は」

断られたりはしないようだ。良かった、死ななくて済む……。

「じゃ、じゃあ。あーん」

愛菜之の可愛い口にひょいとフォークを入れる。あむ、と可愛い擬音がつきそうな口の閉じ方、好きです……。

「どうだ?」

俺のお気に入りのケーキなので、気に入ってくれると嬉しいが……。ていうか愛菜之の好みは俺と同じ、らしいし。

「おいし、美味しいよ。えへへ……」

少し噛んだな今。嬉しさのあまり、ってか? 可愛いかよ……。

その後、あーんをまたさせられることとなり、逆に俺が恥ずかしくなってしまった。いや、最初の一回ぐらいはまだ良かったけど二回目三回目ってなかなかくるものがある。

「半分、いただきました。おいしかったです」

「そりゃよかった」

手を合わせて、ぺこりとお辞儀をする愛菜之に言葉にならない愛おしさを覚えながら俺もケーキを食べる。

……うめぇー……。

ほんと濃厚。濃厚は素晴らしきことと見つけたり。

俺が一人でグルメ漫画のようにケーキを楽しんでいると、なんだか視線を感じた。

なんだなんだと思って見てみると、ちょうどパシャリ、とシャッター音がした。……謀ったな!?

「……今、撮りました?」

「よく撮れてます」

いや、グッジョブ! じゃなくてさ。

なにその突き立てた親指は。

「勝手に撮らないでくれよ……」

「でも晴我くんも私のこと、勝手に撮ったことあるでしょ?」

「うっ……」

水族館カフェの時か。いやだって、自分の顔あんまり見たくないし。

でもその時のことを引き合いに出されるとなにも言えない。

「えへへ……幸せそうな顔の晴我くん、可愛い」

「可愛いって……」

それはにへらと笑っている愛菜之にこそかけるべき言葉だと思うが。俺みたいにケーキ食いながらニヤニヤしてる気持ち悪いやつにかける言葉ではないと思うが。

「……私といる時のほうが、もっと幸せな顔になってくれるよね」

「え? そりゃ当たり前だろ」

ケーキと愛菜之を比べる、いや比べるまでもない。愛菜之のほうが絶対に俺のことを幸せにしてくれる。

「……本当?」

「本当だよ。俺は愛菜之と一緒にいる時が一番幸せだね」

「……うん」

満たされたようにふわりと笑い、俺を実に愛おしそうに見つめる。

なんか直視できない。そんな目で見ないで! 浄化されちゃう!

……ていうか、本題に入れてない。

ここに誘った目的は話したいことがあったはずなんだが、それがどうでもいいくらいには楽しい。いや、どうでもよくなくはないんだが。

「あー、愛菜之。ちょっとその、言いたいことがあるんですが……」

「うん、なに?」

緊張すると敬語になるのはよろしくない。我ながら気持ち悪いと思う。

でも今から伝えることは、断られれば俺はえげつないほどにダメージを食らう。なので緊張するのも仕方ない。……よね?

温くなったココアを一度啜り、喉と唇を潤しておく。そこでやっと決心をして、伝える。

「俺と一緒に、文化祭を回ってほしい」




「……」

「……」

いや、お互いだんまりは一番キツいんだが。

断るなら断るでバッサリとやっちゃってほしい。この空白の時間が一番辛いんだが。

まるで夏休みの宿題が大量に終わってないまま迎える最終日のような気分だ。俺はちゃんとやるからそんなに苦しんだことないけど。

「愛菜之、一度俺を誘ってくれたろ? けど、こういうのって俺から、彼氏側から誘うのが筋かなって思ってさ。あ、その、気が変わったとか、断りたいなら別に断ってくれていいんだ」

そう言い切り、ココアを飲み干す。

冷えたココアが心と身体を冷やしていく。このなんだか冷たい空気に呼応していくように。

「……愛菜之?」

さすがにここまで返答がないと不安を通り越して心配になる。

未だぼーっ、としている愛菜之の肩をとん、と叩いてみた。

「……え? あ、晴我くん。好き」

「いや急ー」

なんか急に愛の告白されたんですが、夢ですかねこれは。嬉しいけどさ。

「私と、回りたいの? 文化祭」

「回りたい」

「……好き」

……んん? 俺は文化祭を回りたいと伝えただけなんだか? なんで愛を伝えられてるんだ?

「……私から誘ったのに、わざわざ誘わなくていいのに、こうやって真剣に誘ってくれて……嬉しい……」

……ということは、これはオーケーの流れでは? うおお……ガッツポーズしてぇ。

いや、一回誘ってくれてたけど気が変わったとか言われた時のことがあるじゃん? 安心したぁ……。

「今、こうしてお茶に誘われて、あーんしてもらって、文化祭一緒に回ろうって誘ってくれるなんて」

呆然としていた表情からぽろり、と涙が流れた。

「え? え、え!?」

「幸せすぎるよぉ……」

いやいやいやいや、文化祭回ろうって誘っただけだよな俺?

プロポーズしたわけでもないのにこの喜びようなのか? そりゃ彼氏冥利に尽きるというか、嬉しい限りだが。

「ますます好きになっちゃう……好き、好きだよ」

「あ、ああ、うん。……俺も」

真っ向から伝えられる好意と好意を表す言葉にどもりながら、目を逸らしてしまう。

「俺も?」

「……俺も、俺も好きだよ」

「誰のこと?」

「……いや、わかってるでしょ」

そんな詰め将棋みたいなやり方しないでほしい。俺が好きな人ぐらいわかってるでしょ俺以上に……。

「ちゃんと言ってくれなきゃ、やだ」

……こんなこと言われたら言うしかないでしょ。言わなかったら男が廃る。言わなきゃダメな気がする。

「…………俺は、愛菜之が、好き、です」

「えへへ……私も、晴我くんのことが、好き、です」

俺の照れ隠しの口調を真似て、好きだとまた伝えてきた。そんな可愛いことされると俺だって愛菜之ことがますます好きになってしまう。

「ねぇ、晴我くん」

「……なに」

照れ隠しのせいでぶっきらぼうにそう言ってしまったが、彼女はそんな俺さえ愛おしそうに思ってくれているのか、にこりと笑う。

「文化祭、いっぱい思い出作ろうね」

そう言って俺の手をぎゅっと握って、にぎにぎぎゅっぎゅっと包み込む。

……それも俺が言いたかったなぁ。

「文化祭だけじゃない。これからだって思い出をいっぱい作ろう」

「……うん」

俺の手を包む両の手の温度は、俺より少し高くて温かい。

さっきまでの空気も、冷めたココアを流し込んだ体さえポカポカと温かくて。

文化祭がどんな日になるか、それを今から考えるほどに俺は浮かれてしまった。

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