第16話
「おいおい、どうすんだよ」
俺と愛菜之は生徒会室を出て行った猿寺をつかまえ、話を聞いた。
追いかける俺たちを仕方がないなぁという目で見ていた有人にはあとでどういう意図があってこんなことをやったか問い詰めてやろう。
「どうもなにも、解決するだけですよ」
「解決ったってお前、三日でできるのか?」
「……やるしかないんです」
放たれたその言葉からは確かな決意がこもっていた。ぎゅうっ、と拳を握り、誰かの顔を遠くで見つめながら言葉を続ける。
「私は、好きなんです。人の写真が。好きなものは、広めたい。好きなものを馬鹿にされてそのままなんて耐えられない」
くるりと振り返る。ショートカットの黒い髪が揺れ、窓から入る夕日に照らされた。
「お二人なら、わかってもらえると思うんです。重士さん、もし宇和神さんが馬鹿にされたらどうですか?宇和神さん、もし重士さんが馬鹿にされたら黙ったままでいられますか?」
俺と愛菜之は二人、顔を見合わせ、ふるふると首を横に振った。
その返事に安心したように笑って、私は、と続けた。
「私は、好きなものを肯定します。肯定し続けます。否定されるなら、それを覆して見せます」
それは、まるで宣言のようだった。
決意表明のように、力強く放った彼女はとてもかっこやく見えた。猿寺は、では、とまた前を向いて歩み始めた。
「……待てよ」
ピタリと足を止めて、猿寺は振り返らずに俺の言葉を待った。
そんな決意に俺は、心打たれた。心打たれたなんて言い方、少し恥ずかしいけれど。けれど俺は、
「手伝うよ」
手伝いたいと思ったんだ。猿寺を。猿寺が好きなものを周りに認めさせるのを。
俺がそう言うと愛菜之も慌てて
「わ、私も!」
と言ってくれた。
「いいのか?」
俺が勝手に手伝うと言い出してるだけなので、別に愛菜之が無理に手伝う必要はないんだが……。
「晴我くんを助けることになるでしょ?」
……? あんだって?
「いや俺じゃなくて猿寺をだな……」
「うん、猿寺さんを助ける晴我くんを助けるの」
あ、そういうこと……。ま、いいか。愛菜之が手伝ってくれるならけっこう、いやかなり心強い。
「まぁ、そういうわけだ。なにか手伝わさせてくれ」
俺がそう言いながら猿寺を見るといつの間にやら俺たちの方を振り返っており、しかも大泣きしていた。
「なんで!?」
「ど、どうしたの?猿寺さん」
俺は驚いて声をあげ、愛菜之は少し不思議そうにしながら猿寺の心配をしている。
「い、いえ、素敵すぎて……お二人の、関係が……人間性が……」
ひぐひぐとすすり泣きながら感動している。いや、人間性とか……。愛菜之はともかく、俺は人ができてるほうじゃないぞ。
「くぅ〜……カメラさえあればバリバリ写真撮るのにぃ……!」
感動に泣きながら、それでいて悔しがっている。器用なやつだ。
俺がほえーっとそう思っているとピタリと涙を止めて申し訳なさそうな表情になった。本当に器用なやつだな……。
「あ、あとですね。手伝ってもらえるなんてとてもとても嬉しいんですが、私の力だけで解決しますよ」
「ん? そうか」
本人がそう言うなら俺達が手助けする必要はないか。けれど、猿寺一人で大丈夫だろうか。
「お二人の関係はまだまだ進展するものだと感じます。その進展の邪魔になってしまいますし、なにより、私の問題は私の問題です。自分で解決させなきゃ、意味がないと思うんです」
……しっかりしてんなぁ。感心しながら、猿寺をどこか軽視していた自分に嫌気がさした。
誰かの助けがなきゃなにもできないと思っていたのだろうか。昔の俺が今の俺を見れば鼻で笑っていただろうな、と自嘲気味に考える。
そんなことより今だ今。
うん。猿寺なら、一人でも大丈夫だろう。
「わかった。でも、必要になったらいつでも手伝わせてもらうからな」
「ええ、ありがとうございます」
ふふっ、と笑いながら俺に礼を言って頭を下げた。
「では、私はこれで。さっさと動いて、さっさと解決してきますよ」
「おう、ほどほどに頑張れよ」
「ええ、ほどほど、に」
そう言って猿寺はパタパタと走っていった。廊下は走るんじゃないよとあの黒縁野郎がいたら言いそうだなぁ、となんとなく考えてしまった。そもそもあのメガネがやらせてあげればいいだけの話なのに。やっぱり有人はなんだかよくわからないとこがある。
有人のことを今考えても仕方ない。今日はとりあえず帰ることにした。
それで帰り道なのだが……。
「腕に抱きつくのはさすがに……」
愛菜之は最近手を繋ぐのではなく俺の腕に抱きついて歩くようになっている。
「え?ご、ごめんなさい。嫌、だった……?」
俺の言葉を聞くとさっと腕から離れ、頭を下げて謝った。
「いや、嫌なわけないだろ」
「で、でも……」
「ちょっと恥ずかしいというか、照れるっていうか……」
恥ずかしい照れるっていう感情もあるけれど、その胸が、ね?
当たってしまうわけでして……。まぁ僕も男子高校生でして、ええ。
俺が頬をポリポリかきながらそう言うと、愛菜之はショックを受けたように顔をうつむけた。
「そ、そうだよね……私みたいな女がいると恥ずかしいよね……」
なに言ってんだこの子は!?
「愛菜之はどこに出しても恥ずかしくない女の子なんだぞ!?」
思わず語尾が荒々しくなった。いやでもさ、愛菜之が恥ずかしい女の子なわけないでしょ?
そしてどこにも出さないぞ!俺の隣にいてくれ。
「ほんと……?」
俺の全否定を聞くと、少し顔を上げて聞いてきた。大きな瞳は、自然と上目遣いになる。
うわぁその上目遣いは俺に効く。抱きしめたくなるからやめてほしい。
「ほんとだって」
「なら、私と文化祭、一緒にまわってくれる?」
「え?」
いや、え? マジで?
思わず思考がフリーズする。チャンス到来ていうか一発ホームランレベルだぞこれ。
「そんな、願ったり叶ったりだぞ。嬉しすぎて今にも走り出しそうだぞ俺は」
やばいやっべーやばみざわ。語彙力がなくなるぐらいには嬉しい。ちなみにこれJKの間で流行ってるらしい。え?ソース? 知らん。
「本当に、私とまわってくれるの?」
顔を上げた愛菜之が聞いてくるがわざわざ確認を取るまでもない。
「俺から誘おうと思ってたぐらいだぞ。うぅわうれしすぎる。ちょっと抱きしめていいか?」
「え? ええ!? は、晴我くんのほうから誘おうって、そ、それに抱きしめるって、え、ええ!?」
愛菜之が顔を赤くしながらパニックになってるけど今はそれに気をつかう余裕がない。
「どうなんだ?抱きしめていいか?なぁ?」
たぶん今の俺の顔はひどいことになってると思う。小さい子にお家においでと誘う不審者みたいな面をしてるだろう。
「ももももちろんだよ!ば、ばっちこい!」
愛菜之が目を >< こんな感じにしながら腕を広げた。
間髪入れずに愛菜之を抱きしめる。その瞬間、彼女の確かな温もりと感触に思わずホッとした。
ああ、愛菜之は確かに生きているんだ、俺のそばにいるんだ、と。
「は、晴我くん」
「どうした愛菜之」
二人で抱きしめあっている状態で話す。こんなところ誰かに見られたら死んでしまうが、周りに人がいないのが幸いだった。
「も、もうちょっと強く抱きしめてほしいなって……」
「…………」
抱きしめた。強く強く、彼女が傷つかないぐらいに強く。表情は伺えないが、愛菜之は幸せな表情をしてくれているだろうか。
そうだと、嬉しい。
ッッ!?!?
頭に電流が流れてるみたいに、体が痺れた。
晴我くんの匂いで体の内側から満たされる。
「苦しくないか?」
耳元で響く晴我くんの声。それだけでまた頭に電流が流れる。
パチパチ音をたてて、私の頭の中が弾けていく。
晴我くんの声も匂いも、私にとっては麻薬みたいなもので、あぁ、気持ちい……。
「う、ううん、幸せだよ……晴我くん」
骨抜きにされる、とはこういうことなのかも。
実際腰が抜けて、晴我くんに抱きしめられながら支えてもらっているようなものだった。
「……結婚してぇ」
「え!?」
晴我くんがボソリ、と言った言葉に耳を疑った。
「……え? あ、いや、今のは……!」
晴我くんが、珍しく慌てている。なんだか、得した気分になっちゃった。
えへへ、晴我くん。大丈夫だよ。
「……私は、いつでも待ってるから……ね?」
「……私は、いつでも待ってるから……ね?」
「今すぐ結婚しよう」
「え、ええ!?」
愛菜之がまた驚く。いや、だってそんなこと言われたら待てるわけないじゃないですか。
「わわわ、私も結婚したいけど法律っていう邪魔なものがあってそれのせいで結婚できないんだけど……あ!じゃあ法律作った人殺せばいいんだね!いっそ国壊そ」
「ストーップ!」
殺すのはあかんて。壊すのもあかんて。
思わず関西弁なったわ。
ていうか殺してどうにかなるもんなのかそれ。
「止めないで!晴我くん!邪魔するものは排除するのみ!」
「法律恨んでどうすんの!ていうかなにそのセリフは!そうじゃなくて!」
なんでこうなるかな!?
破壊神愛菜之さんが目覚めてしまうと結構危なっかしいから俺なりに気をつけてるつもりなんだけどなぁ。
「はぁ、はぁ……で、でも、晴我くんの気が変わらないうちに結婚したかったのに……」
「俺の気が変わることはないから安心しろって。それでも安心できないなら、そうだな……」
あ、思いついた。
けれど、思いついたことっていうのはすぐ口に出てしまうからいけない。
「左の薬指にキスするってのはどうだ?」
我ながらまぁまぁ頭のおかしいこと言ってるなぁ。まぁ冗談だけど。さすがに愛菜之もこれは冗談だって思うはず……。
「ほ、ほんと!?」
あれれぇ〜?おかしいぞぉ〜?
こりゃやらされる流れじゃないのか?いや、冗談に付き合ってるんだよねこれ?
「じゃ、じゃあ……お願いします」
顔を赤らめて左手をおずおずと出してきた。
こりゃ冗談だなんて言える空気じゃなくなってきた。
「は、晴我くん……?」
俺がするかしないかで迷っていると愛菜之が不安そうな目で俺を見てきた。
やるっきゃねぇ。据え膳食わぬは男の恥だ。
……使い方、合ってます?
「いくぞ……」
「う、うん」
愛菜之の左手をとり、自分の唇を近づけ、キスをした。
「んっ……」
少しくすぐったそうに声をあげる愛菜之に、俺が唇を離そうとすると
「やめないで……」
縋るような声で、言ってきた。
「もっと、もっとほしいの、お願い……晴我くん……」
恍惚とした表情とその声音に、心臓がいつもより早く跳ねるのを感じながら離していた唇をもう一度つける。
時が止まったように感じた。周りの温度も感じなくなった。周りの音も聞こえなくなった。感じれるのは唇から伝わる愛菜之の温度と、自分の鼓動と、愛菜之の鼓動だった。
「……これで、いいか?」
じっくりとキスをしてから、唇を離して俺がそう言うと愛菜之は顔を火照らせ、涙を目に浮かべていた。
「今、すっごく幸せ」
胸に手を当て、幸せそうに首を傾げて笑っている。
「今度は、私の番だね」
「……よ、よろしくお願いします」
「敬語になってるよ」
ふふっと笑いながら俺の左手を手に取った。
俺の左手を見つめ、愛おしそうに、ガラス細工を触るように優しく触れる。俺の手と比べると彼女の手はとても白く、まるで雪のように綺麗だった。
「……じゃあ、いくよ」
「……おう」
俺がそう言って左手に意識を集中させているとちゅ、と音が鳴った。
愛菜之は確かにキスをした。俺の唇に。
唇が離れ、ぷはっと息を吐く愛菜之と俺。
「……なん、左手に、って」
俺が視線を泳がせまくりながら片言でそう聞くと申し訳なさそうに、
「ごめんなさい、我慢できなくなっちゃって」
そう言って俺から視線を外し、目を伏せる。その姿は俺の同情を引くには十分すぎた。
「……今度からは、ちゃんとするって言ってくれよ……」
前もって言ってくれなきゃ、心の準備ってもんがある。おかげで心臓が今も破裂しそうだ。
「わかった。……ねぇ、晴我くん」
「ん?」
俺の名前を呼んだ彼女は、俺の左手を取り、薬指をなぞった。宝石を見つめる無邪気な子供のように。
「今のは誓いのキス。だから、ちゃんと結婚しようね?」
そう言って、俺の左手を両手で包み込んだ。
俺は、彼女と結婚する。
きっとなんて曖昧な表現はしない。絶対にするんだ。
彼女と一緒にいるために。
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