第15話

「私は!カップル写真コーナーを!提案します!」

「却下ね」

「そんな!」

六月の中旬。俺たちの制服は冬服から中間服へと移行して、暑さを感じる季節。

放課後、呼び出しに応じて生徒会室に愛菜之と行くと、有人が女子の意見をきっぱり却下している場面に遭遇した。

「わ、私は健全な思いでこの写真コーナーを提案してるんです!」

「いやぁ、別に僕は一言も君がふしだらな思いでこれを提案しているとは言ってないんだけど……」

「はっ!?」

自分で墓穴を掘っている。イメージがドジっ子で固まった。

「それとね、人前に出て写真を撮るって結構抵抗のある人は多いんだ。ましてやカップルで写真を撮るんだ。なおさらでしょ?」

「う、ううむ……」

まっとうなことを有人に言われてもまだ粘る。なんでこの子はこんなに写真コーナーにこだわっているんだろうか……。

「売り上げを伸ばすのが目的だからさ、私利私欲混じっちゃうと、ね?だから、ごめんね?」

わかってほしいと、そう言って苦笑する有人だがその子はまだ納得いっていない様子で腕を組み、唸りながら悩んでいるようだった。

「君も写真部の活動があるんだろう?部室に戻らなくていいのかい?」

どうやらその子は写真部に所属しているらしい。写真部とはなかなか珍しい気がするな。

有人が部活について聞くと、写真部の女子はピクリと反応して顔をガバッと勢いよく上げた。

「あの部はどうでもいいです!つぶれてしまえばいいんです!」

お、おお。仮にも自分が所属する部をつぶれてしまえなんて言うとは。隣の愛菜之も目を丸くしてる。可愛い。

「へぇ、それはまたなんでだい?」

有人が聞くが、その子は席を乱暴に立ち、

「言いたくないです!」

そう言って生徒会室を出て行こうとした。

だが入り口にいた俺たちを見ると

「! あ、あなた方は……!」

なぜだか驚愕している様子だった。

そして俺の前ズンズンと歩み寄る。

「え?え、えと、え?」

俺なにもしてないんだけど……ていうか、あなた方?

俺の前でズンっと立ち止まったその子は、

「え?」

「はい?」

俺と愛菜之の驚く声が重なる。

それもそのはず。その子は俺の手を取り、握りしめた。そして、涙を目に溜めたその子は、

「ファンです!」

そう言って感動に涙を流していた。


「手を離して」

一瞬の沈黙の後、凍てつくような声でその子に向かってそう言ったのは愛菜之だった。

「あ、ごめんなさい」

言われた通りすぐに手を離す女の子。愛菜之が怒り心頭になっているのが見なくてもわかる。

有人に助け舟を求めるためにアイコンタクトを取るが、困ったように笑いかけられるだけだった。

「それとファンですって言ってたけど、まさか晴我くんのことが好き、とか言わないよね?」

目が怖いよ愛菜之さん。俺のファンなんているわけないだろうに……。

「あ、いえ。私がファンなのはあなた方お二人ですよ」

「え?」

その言葉に愛菜之が困惑している。いや、俺も困惑している。なんなら有人も困惑していた。

「私、そっちの気はないんだけど……」

「あー違います違います!そういうことじゃなくてですね!」

女の子は慌てて手をぶんぶん振りながら、両手を突き出し、両手の人差し指でそれぞれ俺と愛菜之を指した。なんだその不思議ポーズ。

「私はあなたがた、カップルのファンなんですよ!」


…………………。

いや、ますますわからないんだが。

さらに困惑している俺たちをよそに、その女の子はキラキラとした目で続ける。

「あなたがたお二人の関係性、これはとても素晴らしいです。是非とも被写体になっていただきたいと前々から思っていたんですよ!」

関係性ぃ……?

俺がまだなんだなんだと考えていると愛菜之がその子の手をガッチリと両手で掴んだ。

「ま、愛菜之さん?」

手を掴まれたその子が驚き、少し怯えている。その子がびくびくとしながら愛菜之の次の言葉を待っていると、愛菜之は目をキラキラとその女の子に負けないほどに輝かせ、嬉しそうにこう言った。

「是非被写体にさせて!」

え?待って即決?俺の意見は?

「私たちの関係を全面的に肯定してくれてその上私たちを被写体にしたいぐらい素敵で全ての恋人の理想模範的カップルって言ってくれるなんて……!本当に嬉しい……!」

「そこまでは言ってないですが……でも、ほんとにいいんですか!?」

俺の意見は聞いてもらえないらしいです。

トントン拍子で話が進んでいき、被写体になる、という約束がカップラーメンがまだできない時間の内に取り付けられてしまった。ちなみに俺はカレー味派だ。

「ではこの日はどうですか!?」

「いつでもオッケーだから!ね!晴我くん!」

「お、おう……」

マジかよぉ……。俺、写真写り悪いんだよなぁ……。

そもそも写真なんて撮られたことあまりないのに。

「写真写りが悪いとか気にしてませんか!?大丈夫です!私の手にかかれば写真写りだとか気にならなくなりますから!」

「……よくわかったな、俺が写真写り気にしてるの」

「よくいるんですよ、写真写りがーとかなんとか言って逃げようとする臆病な人が」

「さらっと悪口じゃない?今の」

「そんなことはいいから!晴我くん!写真撮ってもらえるんだよ!やったね!待ち受けにピッタリの撮ってもらおうよ!」

「待ち受け用でもなんでもどんとこいです!とびきり良いの撮って見せましょうとも!」

愛菜之が嬉しそうならいいけど……。ふぅん、待ち受け用の写真ねぇ……。

「でも俺、愛菜之の写真持ってるぞ」

そう言って俺はその子にスマホの画面を見せた。

「…………これ、どうやって撮ったんですか?」

「え?いや、普通に………」

すごい真剣な表情で聞かれたが、本当に普通に写真を撮っただけなんだが……。

「普通に………これを?加工もなしで?」

「あ、ああ」

言葉に嘘偽りはない。なにかダメだったのだろうか。

そしてその女の子は次の瞬間、目をかっ開いて

「素晴らしい!!」

そう叫んだ。

「普通に撮ってこんなに良い写真が撮れるとは!やはり私の目に狂いはなかったようです!」

「え?いやなに?どういうことだ?」

話の脈絡が全くわからないんだが。

「わからないんですか!?」

いやわかんないよ。わかるのは君ぐらいだろ。

「この写真の愛菜之さんの幸せそうな顔!このような写真は信頼している相手といるからこそ出せる笑顔です!見る人が同様に幸せになるような写真なんてなかなか撮れませんよ!」

興奮した様子でペラペラ喋っている。この写真がそんなにいい写真とは思わなかった。まぁ確かにこの愛菜之とびきり可愛いよな。俺がこの前の水族館デートでパフェをあーんしてあげた時の写真だ。実に可愛い。

「あなたがた二人はやはり素晴らしい信頼関係で結ばれています!あなたがたを写真に収めれば……それはもう……!一級品の写真が撮れますよ!」

ハァハァ息を荒くしながらそう言う女の子の手を愛菜之はもう一度掴み、

「そう!?そう思う!?」

そう興奮気味に聞いた。

「思いますとも!その証拠がこの写真ですよ!」

「ありがとう!ありがとう!」

お礼を言いながらブンブン手を上下に振っている。

「嬉しい……!こんなに周りの人に付き合ってる人との関係を肯定してもらえるなんて……!」

感極まった様子で愛菜之が涙を流す。そんなことで涙流すんですか……。

「あー……それで、猿寺くん……」

「はい?」

どうやらその子は猿寺さるでらという名前らしい。

話の折をみて有人が話しかけた。

「写真部と、なにかいざこざでもあるのかい?」

「……ですから、私は話したくないと……」

目を泳がせ、困ったように頬をポリポリと掻く猿寺。でも有人なら、理由ぐらい聞き出せるだろうな………。

「うん、ならいいよ」

「え?」

驚きの声をあげたのは猿寺ではなく、俺だ。

「そこは聞かせてくれよって頼み込むんじゃないのか?」

「いやぁ、話したくないのに無理に頼み込むのも、信頼関係にヒビが入るしねぇ」

「……まぁ、たしかに」

自分の考えは結構、いやかなり浅はかだったらしい。戒めておこう。

それでだけど、と有人は続ける。

「なんで、カップル写真コーナーをやろうと思ったんだい?」

「……」

有人が別の角度から質問をしてみるが、猿寺は答えない。

確かにそうだ。なんでカップル写真コーナーなんてやろうとしていたんだろうか。

「えっと、猿寺?だっけか。話してくれないか?」

俺がそう言うと、猿寺はふぅ、と諦めたように息を吐いた。

「……カップルとは、恋人。恋人とは、強い信頼関係で結ばれています」

猿寺が話し出し、シンと場が静まる。

「その人が隣にいてくれるだけで安心し、その人の顔を見るだけで心がときめき、その人と喜怒哀楽が共有される」

うんうんと頷く愛菜之。……まぁ俺も、同意っちゃ同意。

「強い信頼関係で結ばれている二人は、被写体としては最高なんですよ?その二人だからこそ撮れるものがあり、その二人の関係だからこそ見れる表情があって」

実に嬉しそうに、楽しそうにそう語っていた。

話を聞いていて、俺は自然と愛菜之の手を握っていた。愛菜之も、ぎゅっと握り返してくる。じんわりと手のひらが暖かくて、胸も温まった。

「ですが、それらを紛い物だと、偽りだと言って嫌う人がいました」

はぁ、とため息を吐いて、誰かの顔を思い出しているのか、視線は斜め上へ、遠くへと向いていた。

「その人とは、写真部部長本人です」



思わぬ人物に俺たちは息が一瞬詰まる。猿寺はまたはぁー……、と長めのため息を吐いて続けた。

「部長に、人を撮ることの素晴らしさ、人の写真の素晴らしさを伝えたかった。紛い物でも偽りでもない、心からの幸せを噛み締めている恋人たちの写真を見ればあの人も人物写真の素晴らしさに気づいてくれる、きっとそのはずだと。だから、そのコーナーをやりたかった」

猿寺の瞳には強い決意が宿っている、ように見えた。それほどの強い心持ちで提案したのだろう。

「……正直に言うと、私は売り上げなんてどうでもよくて。ただ最高の写真を撮って、アイツ……部長に思い知らせたかったんです。人を撮ることの楽しさを」

少し照れたように笑い、話し終えた猿寺は少し息を吸ってから有人に向き直って気まずそうな表情を浮かべた。

「これが、私の気持ちです。まぁ、有人さんのおっしゃってた通り私利私欲が混じってるわけですし、採用はされないでしょうけど……」

「いや、いいよ。採用」

「「「え?」」」

有人以外の俺たち三人とも驚きの声をあげた。

「で、でも、売り上げを伸ばさないといけないんじゃ……」

「まぁ、それは大事さ。だけどそこまで情熱を持ってるんだ。無下にするわけにはいかないよ」

……かっこいいこと言うじゃないかよ有人よ。こういうところがコイツのモテるポイントだろうな。

「ま、条件をつけるけどね」

「……条件、ですか」

うん、と有人が頷く。

「写真部とのいざこざ、三日以内に解決してね」

「三日!?」

猿寺が驚き、声をあげる。どちらかというと愕然としているような、そんな声。

「そ。それが与えられるギリギリの時間だよ」

淡々と告げる有人を渋い顔をしながら猿寺は、

「……わかり、ました」

覚悟を決めたように、声を絞り出した。

「三日以内に、解決してみせましょう」

「ん。じゃあ頑張ってね」

そう言って有人は資料をまとめる仕事に取り掛かる。

もう話すことはなにもない、というように。

「……失礼、しました」

固い声でそう言って、猿寺は生徒会室を出て行った。

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