第14話
六月、祝日のない月。祝日がないというだけでうんざりするのだが今はさらにうんざりしている。
「なんでお前がここにいるんだよ」
第一声をぶっきらぼうに放つ。
メガネ野郎改め、有人が生徒会室のパイプ椅子に座っていた。
愛菜兎の件が落ち着いて愛菜之とのイチャイチャ学校生活再開だ!とテンションが上がっていたのだが、放課後になった瞬間、表に生徒会室へと連れていかれ、そこには有人がいた、と。
ちなみに表は買い出しがあるとかで全力で走っていった。……元気が有り余って走り回る犬のイメージが塗り固まっていった。
「僕は生徒会長だよ」
話を戻したいんだが、そんなこと言われても信じられない。
「は?お前が?」
反射でそう聞くと有人は頷き、肯定の意を示す。嘘をついている様子もない。
だがおかしくないか?
「普通、二年生がなるもんじゃないのか?」
「この学校はちょっと違うんだよ。三年に一回、生徒会長を決めるんだ」
特級クラスの中からね、と付け加える。
「……変わってんな」
「変わってるだろう?」
そう笑いながら言う。お前も一応そう思ってはいるのか……。
まぁ座って、と有人の正面のパイプ椅子を勧められた。腰を下ろし、ふとグラウンドを眺めると部活動生の大きなかけ声が聞こえてきた。
青春、という二文字が実に似合う風景だ。
「ああそれと、言っておかなきゃいけないことがある。この学校は早めに文化祭が始まるんだ」
「へぇ……早めってどれぐらいだ?」
「そうだね……六月の末ぐらいに始まるよ」
「六月?そりゃ早い……な。確かに早い」
文化祭は普通、秋ぐらいにあるもんだと思っていた。中学も秋頃にあったから勝手にそう思っていた。
「それでだけど、生徒会は生徒会で出し物を出さなきゃいけない」
うええ……。マジか、めんどくさいなぁ……。
うちのクラスは出し物がスケッチの展示なんていう気分の上がらないもので、高校の出し物もこんなもんか……と落胆していた。更に落胆させられるようなことにならなければいいけど。
「めんどくさいって顔をしちゃだめだよ。で、出し物だけど、売り上げを伸ばすことを考えて欲しい」
表情に出ていたらしい。俺がめんどくさいと考えてることはバレバレだった。
「売り上げを伸ばす……か。ふーむ」
それっぽく考えてる素振りを見せてみる。めんどくさいなんて思ってませんよー。
ていうか、良い思い出になればそれでオッケー、みたいな感じかと思っていたが……。
「そう。売り上げだけを考えてほしいんだ」
「そりゃまたなんでだ」
「生徒会の出し物の売り上げを、資金が足りてないところに充てたりするんだ。だから売り上げを重視しなきゃいけないんだよ」
なるほどなぁ……。しかし売り上げだけ、というのもまた難しいな。そもそも高校生になってからようやく文化祭の出し物をまともに決められるんだ。いきなり言われても困る。
けれどワクワクしてきた。少なくとも、うちのクラスみたいな残念な出し物になることはないだろうからな。
とりあえず漫画やら小説やらでよく見かける案を適当に出してみた。
「だったらメイド喫茶とかいいんじゃないか?女子に頼んで、出てもらえばさ」
俺がそう言うと有人はそうだね、と肯定する。
「まぁ、言い方は悪いけど女子を餌にするっていうのが一番効率的でいいかもしれない」
俺の言いたいことをしっかり汲み取っていたらしい。体なしに言われたらそれはそれで良心に響く。
そして有人はでもねぇ、と続けた。
「売り上げを伸ばすためにも、容姿の整った子を出さないといけない。そしたら愛菜之くんも必然的にメイドとして出なきゃいけない。晴我はそれを許せるかい?」
「無理」
即答。当たり前だ。愛菜之がメイド姿で知らん男にお茶を出したりするところを想像するだけで死ねる。
俺の間髪入れない答えに、有人はふふ、とどこか安心したように笑い、話を続けた。
「だろう?でもそんな特別扱いはできないし、なにより肝心の女子達はメイド喫茶に賛成するかい?」
「だよなぁ……」
メイド服を着たい、という好奇心より人前で変わった格好をする、という羞恥心のほうが勝る人の方が多いかもしれない。
「賛成する人もいるかもしれない。でもまぁ、反対派の人が多いんじゃないかな」
「うーん……あ、そうだ。去年の出し物は?去年の出し物を参考にしたらどうだ」
思いつきでそう聞いてみると、有人がガサガサとプリントファイルを漁り出した。
「去年の出し物はっと……あぁ?ん、こういう感じかぁ……」
有人が黄色のプリントファイルから出したプリントを見て顔をしかめる。
「なんだったんだ?」
俺が聞くとふぅーと息を吐いて、困ったように答えた。
「おにぎり」
「は?」
「おにぎり」
……いやいや。
「おにぎりって、まさかおにぎりだけで店開いたってわけか?」
冗談だろ?冗談であってくれ。
「そのまさかなんだなぁこれが」
諦めた表情でプリントを見せてきた。正直みたくないが売り上げのためだ。
「女子高生が握ったおにぎり……一個二百円……」
そう書かれていた。値段たっけぇ。おにぎり一個に二百円とは。文化祭で割高だとはいえ、高すぎやしないか。
「まぁ去年の生徒会の先輩方も女子を餌にしたってことだね。売り上げを伸ばすならこういうのが一番効率的なの……かな?」
実際、プリントにはかなりの売り上げの額が書かれている。
「……で、なんで顔しかめてたんだ?」
「いやね、なんでこんなものにニーズがあるのか不思議でね」
「なんでニーズがあるかは知らなくていいと思う」
「知りたくもないよそんなニーズ」
はぁ、とため息を吐いて眼鏡を外し、眉間を親指と人差し指で摘んだ。話が逸れたね、と眼鏡をかけながら有人が苦笑する。
「それで……どんなお店を出すかは、まぁまた後日でいいかな。日程が決まったら招集かけるから、その時決めようか」
「ん?明日とかじゃなくていいのか?」
「いいんだ。アイデアも計画もじっくりと考えていったほうがいいだろう?」
「それもそうだな。オッケー、じゃあまた明日な」
俺が席を立ち、鞄を手にし帰ろうとする。が、その前に聞いておきたいことがあった。
「有人。なんでお前、愛菜之と俺が付き合ってるの知ってたんだ?」
交通事故の次の日、俺が目を覚ました時、有人はもうすぐ愛菜之が来るから、とさっさと帰っていった。
「ん?ああ、そりゃあ簡単なことだよ」
「簡単なこと?」
「君が交通事故にあった日、僕と重士さんは君の病室でちょうどあってね。ああ、彼女さんか、って思って」
「でもそれだけでわかるか?」
俺ならわからない自信があるな。こいつほど頭が良いわけじゃないし。
「君の手を握ってずっと声をかけながら、泣いてたんだ。彼女以外のなんだっていうんだい?」
それを聞いて、思わず心臓が跳ねた。マジか……ずっと泣いてたのか……。
「好かれてるようだねぇ晴我は。よかったじゃないか。まぁでも、心配かけるのもほどほどにね」
……からかってるつもりはないんだろうけど、照れちゃうからやめてほしいんだよなぁ……。
「よかったよ、忠告さんきゆ。じゃあな」
照れ隠しで足早に帰ってしまった。
照れてること、バレてるだろうな……くそぉ……。
「てわけなんだけど、なにかいい案はないか?」
帰り道を歩きながら隣にいる愛菜之に聞いてみた。
愛菜之だが、先生に呼ばれ、仕事かなにかを手伝わされていた。生徒会室にいなかったのはこのせいだ。
「うーん……」
首を傾げて考えている愛菜之。小動物っぽくてかわいい。
「売り上げだけ伸ばしたいなら、やっぱりその、女子高生っていうのを売りにしたほうがいいのかも」
愛菜之もそうなるか。確かに女子高生というブランドは強力だろう。
「でもやっぱり俺は愛菜之をメイド喫茶とかには出したくないぞ?」
有人との話の内容を愛菜之に話すとき、メイド喫茶のことも話した。
俺は愛菜之がメイド喫茶の店員をやるのは嫌だということも。
「ふふっ」
愛菜之が笑っている。なんだか笑われているようで、思わずムッとしてしまった。
「なんか可笑しいこといったか?俺」
「あ、ご、ごめんなさい。嬉しくって」
ニコニコと俺の腕をギュッと抱きしめる。……柔らかいものが当たってるんですが。
「晴我くんが嫌なら、私は出ないよ」
「ああ、うん」
当たってるもののせいで少し声が上ずった。動揺してるのバレてなければいいけど……。
「えへへ……」
腕に頬ずりしてくる愛菜之がとてもかわいい。でもな、しつこいようで悪いけど、さっきから柔らかいものが当たってて………。
「じゃ、また明日な」
愛菜之の家に着いたことでやっと柔らかいものから解放された。色々と、耐えるのが辛かった……ちょっと名残惜しい。
「うん。じゃあ晴我くん」
「ん?」
俺が色々と疲れているところに、愛菜之が不意打ちでキスをしてきた。
「ん」
突然のキスに驚くこともない。毎日毎日せがまれて最低で一日一回はしている。もうほぼ日課みたいなものなので今更驚きもしない。
唇が離れる。愛菜之が自分の唇をちろりと舌で舐めた。背中の毛が逆立つような感覚に、思わず、愛菜之から目を逸らす。
「じゃあ、また明日ね」
「あ、ああ」
愛菜之が玄関の扉を開け、家に入る。扉を閉めるとき、チラリと片目だけで俺をみているところが可愛いポイントだ。
「……ふぅー」
身体のうちから湧く満足感に息を吐く。さっきのキスでめちゃくちゃ元気が出た。
キスに慣れた、といっても、このキスをしたときの多幸感に慣れることはないだろう。これでしばらくは頑張れる。
文化祭の売り上げを伸ばすためにも、しっかりと頭を働かせていくか!
「〜っ」
ベッドの上でバタバタバタバタ。
埃が立っちゃうけどそんなこと知らない。晴我くんとキスして帰ってきた日はいつもこうなってる。
「えへ、えへへへへ…………」
キスするだけで嬉しくなってもうダメになっちゃう。
晴我くんの顔が近くて、匂いを感じて、唇の温度も感じて。
まだまだ晴我くんを感じていたいけど、今からは日課をしなきゃ。
私は黒色のイヤホンを耳に挿して、黒い箱型の機械の電源をオンにした。
イヤホンからはガサガサと雑音しかしない。けれど時折、カチャ、ゴトン、と雑音以外の音が聞こえてくる。
晴我くんの生活している音が聞こえて来る。あ、今ドアが開く音がした、自分の部屋に入ったのかな?
こうやって晴我くんの生活を妄想するのが日課だった。
将来、一緒に暮らす時に晴我くんの生活に合わせられるように。
「ふぅー……」
あ、晴我くんがベッドに寝てる。なんでわかるのかっていうと、晴我くんはいつもベッドに入ると決まって息を吐くからだ。
ずっと聴いているとわかってくるものがあってそれもまた楽しい。どんどんどんどん晴我くんのことが知れて、頭の中に晴我くんが入ってきてるみたいで幸せ。
「はぁ〜……」
気の抜けた声を漏らす晴我くん。絶対に私の前だとこんな声を出さない。まだ私といるのに緊張してるのかな。
いつかは……ううん、今からでも私と一緒にいる時が一番リラックスできるようにしてみせる。そしたら、心の底から愛し合ってるっていえるかもしれないから。
私が考え込んでいるとカチャカチャと音が聞こえてきた。
ベッドに入ってからなにをしているか、それもわかってる。何回も盗聴して、ようやく分かった。これも晴我くんへの愛があってこそ。
スマホでなにかを聞いているらしい。イヤホンを挿して聞いているからなにを聞いているかはわからないけれど。
ほんの数分経つと晴我くんはスマホを充電してベッドに沈むようにリラックスした声を漏らした。
そのあと必ずっていうぐらい、独り言を話す。
今日はどんなことを言うんだろう。楽しみだなぁ。
「愛菜之かわいすぎかよ……」
……盗聴機、壊れたかな?
それとも私が壊れてるのかな?妄想しすぎてついには幻聴まで聞こえてきちゃったのかも。妄想もほどほどにし………
「かんわいい……あー好き」
壊れてなかった!わた、私のこと、好きって!好きって言ってる!こ、これは絶対に永久保存───
「病院でずっと泣いてたとかさぁ………あぁかわいすぎてつれぇ………結婚してぇ…………」
けけけけけ結婚!?ウェディング!?
そ、そこまで考えてくれてるなんて……!出会って二ヶ月で結婚………!!
で、でも法律なんていうもののせいで結婚がまだできない……法律を作り変えようかなぁ……?
「ふあぁ……カップ麺まだあったかな………」
……またカップラーメン食べようとしてる。
体に悪いから私がご飯作りに行くって言ってるのに、晴我くんは帰りが遅くなるからダメって言うし、泊まるつもりならそれもダメって言ってきた。
『ていうかなんで俺がカップ麺食ってるの知ってんの?』
そう聞かれた時は焦ったけどなんとか誤魔化した。盗聴してるのがバレたら私の楽しみ……もとい日課がなくなっちゃうもん。
よし、決めた。今度ご飯を作ってあげよう。晴我くんにダメって言われても絶対作るんだから。
晴我くんがラーメンを食べてお風呂に入った。そこで私の盗聴はおしまい。この後は晴我くんといっぱい電話でお話しするのだ。
スマホのアプリを起動して晴我くんに電話をかける。
五コール目あたりで晴我くんは電話に出てくれた。
「もしもーし」
「こんばんは、晴我くん」
「いつも思うんだけど俺が後は寝るだけって時にタイミングよく電話かけてくるよな」
「そうかなぁ?気のせいだと思うよ」
晴我くんに迷惑がかからないようにちゃんと電話をかけるタイミングをはかってるけど、そんなこと知られたら日課のこともバレそうだもん。
「それより晴我くん。今日もカップラーメン食べてたでしょ?ダメだよ。今度からは私がちゃんとしたの作ってあげるからね」
「ねぇ、なんで俺がカップ麺食ったの知ってるの?」
「明日、お家に行くね。なにが食べたい?」
「話逸らされた……?ああ、えと、そうだな………ハンバーグとか」
「わかった。愛情たっぷりハンバーグだね」
「ん?………うん、ハンバーグでお願い」
「うん。いっぱい作るからいっぱい食べてね。愛情たっぷりハンバーグ」
「うん……? うん、楽しみにしとく」
「もうこんな時間だな」
晴我くんがそう言ったので壁にかかってる時計を見ると、短針は十二を超えていた。
「もう寝るか?」
「私はお話ししたいけど……寝坊したら大変だから、もう寝ちゃおっか。また明日学校でね、晴我くん」
「ああ、おやすみ」
「愛してるよ」
「……」
私が愛してるって言ったら、晴我くんがふぅーって息を吐いた。もしかして、迷惑だったかな……?
「俺も愛してるよ。おやすみ」
ポロリン、と通話の切れる音がした。
……晴我くんに、愛してるって言われちゃった。
よし。明日に向けて、私も寝なきゃ。でも、その前に。
もう一回スイッチを入れて、イヤホンを耳に挿した。
これで寝息を聞きながら寝れば、実質添い寝。一つ屋根の下で、一緒に住む時は抱きしめあって寝たりしたいなぁ……。
そう思ってると、ぼふんぼふんとイヤホンから雑音が聞こえてきた。
たぶんベッドで晴我くんがなにかしてるのかな。
「愛してるとか……ああ、がわいい………」
そう聞こえてきた瞬間、思わずイヤホンを耳から外して投げていた。
可愛いって、可愛いって!えへ、えふふふふ……。
明日はとびきり美味しいハンバーグを作ってあげよう。
おやすみ、晴我くん。
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