第13話

「やばい逃げろ!」

ガタイのいい男が叫ぶ。

「お、おい!待ってくれよ!来ないんじゃなかったのか!?」

もう一人の男が叫びかえす。

「知らねぇよ!いいからさっさと逃げろ!」

また、ガタイのいい男が必死の形相で叫び返す。三人は慌ただしく、どこかへ走っていった。

「おい!大丈夫か!?」

アイツが、晴我が、私に駆け寄ってきた。

「………大丈夫じゃないか」

私の服装を見て、少し顔を赤くした。顔を逸らして、私に上着を投げ渡してきた。なにを照れてるんだろうか。

ありがたく上着を羽織って、とっちめるはずだった男に質問する。

「なんで、こっちに来たんだよ。メールは……」

あのガタイのいい男が私のスマホでメールを送っていたはずだ。

「あ?メールだ?」

晴我がスマホを取り出す。

「……来てた、今気づいた」

これは運がよかった、と言っていいのだろうか。コイツが、メールが届いていたことに気づかない間抜けでよかった。

「警察は?」

さっき警察の人、と叫んでいた。私を見つけて、そのあと警察を呼んだのかもしれないなと勝手に予想する。

「呼ぶわけないだろ警察なんて。俺は面倒ごとは嫌いなんだ。お前だって面倒ごとは嫌いだろ?」

確かに、面倒ごとは嫌いだ。

「ほら、帰るぞ」

晴我が手を出そうとして、途中でやめた。男に襲われたから気遣っているのだろうか。こいつなら、さっさと手を貸してくるだろう。

嫌いなやつに気を遣われるほど屈辱的なことなんてない。

「………手、貸して」

舌打ちをしてからそうぶっきらぼうに言い放つ。

「お、おう……」

遠慮がちに差し出してくる手をしっかりと握る。

自分でも驚いていた。私はあんまり男という生き物に良い印象を持っていない。なのに。

……私はいつの間に、こんなにこの男を信頼していたのだろうか。

………いや、さっきの男たちより少しマシというだけだろう。

そうにちがいない。


嫌いなやつと夜道を歩く。補導されないか心配だったけど、運が良かったのか、なにもなく家に着いた。

そして驚いた。家の前におねぇちゃんがいたから。

わたしのだいすきな、おねぇちゃんが。

「愛菜兎……!」

私に気づいたお姉ちゃんが、私に駆け寄ってくる。

コイツ……晴我より、私の名前を先に呼んでくれたことに妙な優越感や満足感を得ていた。

「おねぇちゃん……」

私の前にきたおねぇちゃんが、手を振る。

パチン、と乾いた音が響いた。おねぇちゃんが、私の頰を平手で殴った。

「……!」

後ろにいる晴我が驚いている。

だけど晴我より、私のほうが驚いていた。

おねぇちゃんは、どんなに私がひどいことをしても、殴ったりはしてこなかった。

「心配、かけさせて………!」

ポロポロと、おねぇちゃんが涙を流していた。

心配……?おねぇちゃんが、私を……?

「ひどいこと、してきたのに……?心配してくれるの?」

そう聞く私に、おねぇちゃんは、

「家族なんだから……!どんなにひどいことしてても、あなたは……!愛菜兎は、家族なんだから……!」

そう言って、私を抱きしめた。


愛菜兎をぶった時はどうなることかと思ったが、家族だから、か。

いい姉を持ったもんだな、愛菜兎は。うちの姉は……いや、うちの姉も、いいお姉ちゃんか。

ただ、家族なんだから、と愛菜之が言った時、愛菜兎は嬉しそうな、悲しそうな表情をしていた。

そこだけが、少し、心残りだった。


月曜日。

いつも通り登校しているわけだが、愛菜兎とは色々と話をつけられたので、晴れて、愛菜之とイチャイチャを再開できる。

「むへへ〜晴我くんの匂い〜あったかい〜」

朝から俺の腕にしがみつき、頰をすりすりと擦り付けてくる。

口が猫の口みたいになっている。かわいい、撫で回したい。

幸せな朝にニヤけそうな顔を抑えていると、

「おっはーおねぇちゃん」

………この声は……。

「あー?晴我もいたわけ?帰った帰った」

「なんで俺が帰らなきゃならないんだ。ていうか今登校してるんだが」

俺に噛みつきながら愛菜之の腕にしがみつく愛菜兎。

「愛菜兎は家でいつも一緒にいるじゃない」

愛菜之がそう言って嗜めるが、愛菜兎は全く聞かない。

「えっへへーおねぇちゃんのにっおいー」

これ周りからみたらどういう風に見えているんだろう……。

「愛菜兎、せめてお昼休みは二人にさせてよ?」

愛菜之がそう言うが愛菜兎は聞いていない。

「私のおねぇちゃんーあったかいー」

……双子ってやっぱり似るもんなんだな。

「お前の姉ちゃんは俺の彼女なんだよ、諦めろ」

俺がそう言うと愛菜兎は頰を膨らまし、そしてニヤリと笑ってこう言ってきた。

「そんなこと言ってるとー色々とおねぇちゃんにチクっちゃうぞー?」

チクるだぁ……?

挑戦的なその笑みは俺の感情を逆撫でするのにぴったりだった。

「ほぉー?チクられて困ることなんてないんだがぁ?」

実際、愛菜之に言われて困ることなどない。

そのはずだった。

「晴我さー、私を晴我に惚れさせる、とか言ってたんだよー?」

……あ。

「しかも私にずっとお昼一緒に食うぞーとかー一緒に帰るぞーとか言ってたんだよー」

ああああああああああ!!!

「それ以上言うのやめ!禁止!口閉じろ!」

俺がそう慌てて叫び、口を塞ごうとするが、愛菜兎は器用に愛菜之にしがみつきながら俺を避け、ケラケラ笑いながら続ける。

「四六時中私につきまとってやるーとかさぁ、もしかして私のこと好きなのかなー?って感じだしー」

おおおおおおおおこんの妹さんはよぉ!

その時、俺の右腕が、愛菜之がしがみついている俺の右腕が、悲鳴をあげた。

「いって!?ちょ、強い強い強い!力強い!愛菜之さん!?」

「私以外の、よりにもよって妹の、愛菜兎にそんなこと言うなんて……」

怒ってる!この世の終わりだ!

「どうすんだよ愛菜兎!責任とれや!」

「責任、とれ……?そんなことまでしたの……?愛菜兎に………?」

「その聞き方は色々おかしいよね!?」

間違った理解をしている!慌てふためく俺を見て愛菜兎はプークスクスと笑っていた。

ああああああこの妹めが!!

「はぁー幸せーおねぇちゃんの腕ー」

話に興味なしかよ!

「私が生徒会で色々仕事してるときに、愛菜兎と色々やってるなんて……」

「違うんだってば!ああもう!」

これは正直言いたくなかったけど仕方ない!とっておきのカードを切ってやる!

「だったら!お詫びとして!一日中俺を好きなようにしてくれよ!」

煮るなり焼くなりな!と付け加える。

一体どんなことされるんだろう、と不安になるが言ってしまっては後の祭り。覚悟を決めようか自分。

「一日中……?ふーん……」

なんか黙り込んでるんだが。なにをするつもりなのか全くわからない。

「じゃあまたお家に行ってお風呂一緒に入ってもいいの?」

「は!?」

愛菜之の言葉に愛菜兎が大声で反応した。

「どーいうこと!?おねぇちゃんとお風呂入ったぁ!?」

「なんで今それを言うの愛菜之ぉ!」

愛菜兎にもギャーギャー文句を言われ、愛菜之はそのあと、その時のことを思い出しながら俺にしたいことを顔を赤らめながら語っていった。その都度その都度愛菜兎に睨まれ罵倒を喰らわされ、俺の心は涙を流すのだった。

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