第11話

「晴我くん、お姉ちゃんいたんだね」

「ああ、まぁ、そうなんだけど……」

正直、知られたくなかった。なんでかって言うと、うちの姉はかなり変わっている。

それでその姉だが、今大号泣している。

弟が男になってしまった〜とすごい泣いている。

「えっと、お姉ちゃん、なんであんなに泣いてるの?」

遠慮がちに聞いてくる愛菜之に俺は答えるべきか答えぬべきか悩んでいた。

「あ、言いにくいなら、いいんだよ?」

……言うか。愛菜之なら大丈夫……だろう。

「うちのお姉ちゃんは……」

うん、と身構える愛菜之。

「ブラコンです」

「うん……なんとなくそうかと思ってた」

全てを納得した様子の愛菜之。まぁ、わかっちゃいますよねー……。

「それで、あんなに泣いてるんだね。それと晴我くん、なんでここにって言ってたよね?あれは?」

「ああ、あれはお姉ちゃ……姉さんは海外に行ってるはずだからさ」

「そうだぞ!お姉ちゃんは海外から飛んで帰ってきたんだ!ほら!お土産だぞ晴我!!ほらほら!!」

痛い痛い痛い。どっかの国の塔の置物を頰にグリグリしないで。

「わかったわかったって。母さんには連絡してるんだよな?」

さすがに母さんには連絡してるだろう、そう思って聞いたのだが。

「してないぞ。サプライズだからな」

いらぬサプライズだわ。

こっちは(勝手に)肝が冷える思いをしたんだ。

「なんでって!ちゃんと連絡してって毎回言ってるだろ!」

「いや〜弟に久しぶりに怒られるのは気持ちがいいもんだな!」

なんで喜んでんだろうこの人。思わず自分の眉間をつまみシワをほぐす。

「ちゃんとしてくれないともうお姉ちゃんのことなんぞ知らんって言うぞ」

「反抗期だ〜!お姉ちゃんは悲しいぞ〜!」

涙を流しながら抱きついてくる。愛菜之の前だから離れて欲しい。

「昔は!昔はもっと甘えてくるかわいい子だったろう!昔に戻ろう!」

「反抗期じゃない!なんだよ昔に戻ろうって!」

そこで俺はハッとなる。愛菜之からしたら身内といえど女性に抱きつかれていたら怒るのではないかと。

「愛菜之……!」

振り返るとひどく真剣な様子で考え込んでいるような様子だった。

……怒ってる、のか?

愛菜之が、真剣な様子で口を開いた。

「……私も、晴我くんに甘えてもらいたい」

平常運転で安心した。

……まぁ怒ってなくてよかったよ……。

「くおおおお!こんな彼女まで作りおって!お姉ちゃんはお前をこんな風に育てた覚えはないのに!」

「大部分を育てたのは母さんと父さんだと思うが!」

思わず頭を抱える。ああもう埒があかない!

「とりあえず落ち着いてくれって!そんで離れて!」


「……落ち着いた?」

俺がお茶を淹れ、それをズズッと飲み干す姉さん。

ひと段落おいたからか、もうお姉ちゃんは大丈夫だぞ!と元気そうに言う。元気すぎるのも考えものだけど。

そして腕組みをし、目の色を変え、愛菜之に顔を向けた。

「じゃ、彼女さん。君の名前を教えてもらおうか」

……さすが、というか。無駄に海外をほっつきあるいてるわけじゃないんだな、と思わせるほどの迫力がある。

「私は、重士愛菜之です。晴我くんと、お付き合いさせてもらっています」

愛菜之はしっかりと目を合わせ、しっかりと答えた。

「晴我くんとは将来を誓い合った仲です。一生を添い遂げるつもりです」

その情報いらないよね?なんでまたいらぬ情報言ったの?

「ほ、ほぉん……ま、まぁいい。私の名前も教えておこう。宇和神更季うわかみさらきだ。よろしく頼む。……そこで突然だが、テストを受けてもらう」

「え?テスト?」

俺が聞くとうむ、と頷き、話を続けた。

「私の部屋に来てもらう。あ、晴我はここでまっててくれ。お土産は自由に食べてていいからな」

そう言ってさっさと自分の部屋に愛菜之を連れて行った。

愛菜之もされるがままにならなくていいのに……。


お土産にあったマカダミアチョコをつまんでいると

「きゃぁあぁあぁ──────!!」

悲鳴、いや……奇声が聞こえた。

……あの声、愛菜之、か?姉さんの声はもっとハスキーだし。

……覗いてみるか。

足音を殺して姉さんの部屋の前まで行き、ドアをほんの少しだけ開けて片目で覗く。

「……すごい」

愛菜之の声だ。一体なにがすごいんだろうか。二人でなにか見ているようだが、それがなにかはギリギリ見えそうで見えない。

「お姉さん!すごいです!これは……これは、宝ですよ!」

「そうだろうそうだろう!」

「これは……ほんとにすごい」

……本当になにがすごいんだ。あともうちょっとだけドアを開けてみるか。

「……え?」

二人がみているのは俺の幼少期の写真が大量に入っているアルバムだった。

「………え?」

なんであんなものを見ているのだろうか。というか、あれのことを宝と呼んだのか?

……あの二人には価値あるもの、なのだろうか……。

もしそうなら、恥ずかしいことこの上ないんだが……。

「お姉さん!これスマホで写真撮っていいですか!?」

「いいとも!目一杯撮れ!そして目にも焼きつけるんだ!」

「はい!」

カシャシャシャシャとスマホの連写音が聞こえる。

ひえーっ……。普通にこわい。

愛菜之は目輝かせながら涎垂らしてるし。

「満足したか?」

「まだです!まだまだ!」

「よし!そのいきだ!」

意気投合しちゃってるじゃん……テストとかはなんだったんだよ。

そして愛菜之が目一杯写真を撮りおえると

「ふむ……頃合いだろう。覗いてないで入ってこい、晴我」

と姉さんが言った。

なんでバレてんだ。姉さんがよく言っていた姉補正ってやつか?

「えっ、晴我くん!?」

「なんで……」

なんで気づいた。というか気づいていた、のか。

「ふふん。姉というものはな!弟の存在にすぐに気づけるのだよ!」

ええ……。

姉こわ。

「私は、まだまだ未熟だった……」

未熟じゃないから。

その異常な姉基準で物考えないでいいから。

「なんで俺の小さい頃の写真見てんの?テストとやらは?」

「テストは終わったぞ」

はやくないかな?

俺がチョコ食ってる数分の間に終わってたのかよ。

「う、うん……それで、テスト内容は?」

そう、これが一番気になっていた。聞くのが少し怖いけど……。

「テスト内容はな、晴我の好きなところを言えるだけ言ってもらうってものだ」

ええ……恥ずかし……。

今なら顔から火がでるっていうのを体現できそうだ。

「……それで?」

一応結果は聞いておこう。

「うむ、合格だ。晴我を任せてもいいと思えるほどの女性だ、愛菜之くんは」

「恐縮です!」

師弟関係みたいになっちゃってるし。

手遅れだこりゃ。諦めよう。

「そんで、なんで俺の写真をみることになったの?」

「これは本来私の大事なコレクションだがな、愛菜之くんには見せてあげたいと思ったのだ」

共有したかったのだよ、とうんうん頷きながら言う。

なにを共有したいんだよ。

「晴我くん、天使だった……。あれは神からの賜り物だよぉ……」

さっきよりも涎出てますよ愛菜之さん。

ていうか、共有したいってまさか俺をか?

やめてくれよほんとに。そろそろ泣いちゃうよ俺。

「いい子を捕まえたな!晴我!このまましっかり繋ぎ止めておくんだぞ!」

「そういう言い方しない」

ピシャリとそう言い、ため息を吐く。

……今、俺たちは別れるかもしれないという状況だってことを思い出してしまった。

「私が離さないから安心してください!お義姉さん!」

漢字がおかしくないかな?漢字というかニュアンスというか。

離さないって言ってくれるのは嬉しいけどうちの姉ともうそこまで関係進展してんの?

はやすぎてこわいよ?

「ほんとにいい女だな愛菜之くんは!」

ポンポンと愛菜之の背中を叩いて二人は仲よさそうに肩くんでる。

………なんだこりゃ。


「で、私が帰ってきた理由を話そうか」

やっとかよ。もういっそ忘れてたよ。

「晴我がトラックに跳ねられたって聞いてな、飛んで帰ってきた」

それでも時間はかかってしまったがな、と申し訳なさそうに続ける。

「それに海外にいると連絡が来るのがどうにも遅くてな……お見舞いに行けなくてすまなかった」

そう言って俺に頭を下げる姉さん。

「別にいいって、大丈夫だよ。こうやって来てくれただけでも嬉しい」

俺がそう言うと顔をガバッと勢いよくあげた。

目に涙を溜めながら。

「くっ……お前は……いい子だなぁかわいいなぁおい!」

また抱きしめてくる。

苦しいし、愛菜之の目の前だから控えてほしいのだが。

「ふーふー……ひとしきり弟成分を補充した。うし、私は海外に戻るよ」

「え?母さんとかには会わないの?」

帰って来たのだからあと少しぐらいゆっくりすればいいのに。

「なんだぁ?寂しいのかぁ?」

「そういうのはいいから」

俺がそっけなくそう言うと可愛げないなぁとさっきとは逆のことを言い、

「私は、まだやりたいことがいろいろ残っててな。気が済んだらまた帰ってくるよ」

目と共に語っていた。固い決意を。

「……わかった」

「まぁそう寂しそうな顔をしなさんな。お前には彼女さんが、愛菜之くんがいるじゃないか」

「……寂しそうな顔なんてしてないが」

「素直じゃないな」

ハハハと笑って俺の頭を撫でる。なぜだか懐かしい気分になった。

「お姉ちゃんはまた帰ってくるから、安心して待っててね」

最後の最後で、女の子のような口調で、子供をあやすような声で、俺にそう言った。


「晴我くんのお姉さん、いいお姉さんだったね」

姉さんが帰ったあと、愛菜之がそう言った。

「………うん」

それだけしか言えなかった。

照れるなんてがらじゃないんだけどな……。

「あと、これ。お姉さんが私が帰る時晴我くんに渡してって」

そう言って愛菜之から手渡されたのは紙、というか手紙か?これは。いつのまにこんなもの用意していたんだ。

「ありがとう」

愛菜之から受け取り、綺麗で、模範的な字で書かれた文章を読み始める。

『晴我へ

顔を見る限りなにかについて悩んでるな?顔に出るところは相変わらずだな。かわいいやつめ。

悩みの内容はさすがにわからないが、なにかについて悩んでることはわかる。

私は晴我のお姉ちゃんだが、それでもわからないことはある。すまないな。

とりあえず私から言えることはこれだけだ。

愛菜之くんを離すな。そうすれば大体どうにかなるさ。

まぁ本当のことを言うと、また愛菜之くんと話したいだけだがな。次の飛行機まで時間がないもんでね。急だが、切らせてもらう。それではまた会おう。

晴我の大好きなお姉ちゃんより』

最後いるか?いやそれよりも。

愛菜之を離すな、か。

………本当は、悩みの内容を理解しているんじゃないか?

「どうしたの?晴我くん」

……言われなくても、離さないってのに。

「なんでもないよ」

手紙を折りたたんで机に置く。

「手紙の内容は、まぁたいしたもんじゃないから大丈夫さ。それより、そろそろ家を出ようぜ。送るよ」

うん、と言って支度を始めた愛菜之の後ろ姿を見ながら、俺は決意を固めた。

愛菜兎とは、ケリをつけよう。絶対に認めさせてやる、と。

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