第7話 六日目2/2


『再起動。完了いたしました』


 音声案内で意識が戻る。相当の衝撃が駆け抜けて行ったのだろう。プログラムを守るため、自衛機能が働いたようだ。どれくらい、電源が落ちていたのかは定かで

はない。体が起こせる辺り、外部的損傷は少ないようだった。


『……メーカーさん! メーカーさん!?』


 余す右腕の中に、メーカーさんの姿が見当たらず、私は声を張り上げて周囲を見渡す。

 どれほど吹き飛ばされていたのだろうか、少し遠方にジャンク砲へ攻撃を加えようと、飛行機が爆弾を落とし行く音と煌めきが、視力モニターで確認できる。恐らく、飛行機が落とした爆弾によって、私は此処まで吹き飛ばされたのだろう。


 だが、黒く屹立するジャンク砲は物ともせず、その禍々しい姿を保っていた。


『ジャンク砲のチャージ完了まで守れ、対空防御!』


 ジャンクさんの声だ。未だ闘志と怨恨を燃やしたまま、掛け声と共に光の粒を上空へ目掛け、ばら撒くと、一機。一機。そしてまた一機。上空を滑る飛行機はその体を燃やし、一直線に降下していった。


 怨恨が上空で煌めいている。悲しみが、地へと落ちて行く。

 その光景に、私は思考回路を停止し、只見つめる事しか出来なかった。


『ロボ……ト……サ……ん』


 そんな敵意が交差する光景に視界を奪われている最中。私はふと我に返り、再び周囲を見渡した。間違いない、メーカーさんの声だ。


『メーカーさん! どこにいるんですか! メーカーさん!』

『こ……コ……よ……』


 途切れそうな音声を頼りに、私は急いで駆け出していく。その先には、先程の爆風で弾き飛ばされた屑鉄が幾層にも重なり、無造作に積み上がっていた。


『メーカーさん! ここなんですね! 今、助けますから!』


 片腕で、一つ、一つと、大きな鉄の破片やモノだった何かを退けて行く。今すぐにもショートしそうな電気信号を押さえながら、私は鉄くず達を掻き分け続けた。


『もう、い……い、の』

『嫌です。私は感情を持ち合わせています。嫌だと言っています!』


 掻き分け続けていると、仄かな薄緑の明かりが奥に見えた。それを見かねて、私は必死に鉄くずを掻き分け続ける。


『ね……ロボッ…………ん』

『待っててください。今どかしてますから、決して、諦めないで!』

『わた……し、ね。ま……だ。名……前、聞いて……な……い』

『名前……』


 一瞬、手が止まる。そういえば、私は誰かに、名前を呼ばれていた。品名でも、ジャンクさんが呼んだヴァルトロと言う名でもない。

 

 愛称をつけて貰っていた。けれど、誰から、一体、私は……。


『そんなことは後です、今助けますから!』

『おね……がい……おしえ……て』


 今はそれどころではない、瞬時にそう判断して手を動かすと、胸部に有る一時収容保管部が開いているのに気づく。


 そこに有ったのは、一枚の紙。徐に取り出して広げると、何故か、その絵を見ただけで、描かれているのが私だと分かった。そして、愛くるしくデフォルトされた私の絵の余白には、カラフルな文字で「エリック」と書いてあった。


『エリック……。そうだ、私はエリックだ!』


 どうして忘れていたのだろう。この感覚、この感情。

とても、とても愛おしいと感じるこの感情を。


『エリ……ク……』


 だが、今はメーカーさんを助けるのが先だ。私は手を動かし続け、ようやく、メーカーさんの電子表示版が見える所まで瓦礫をどかすことが出来た。


『もう少しですから……!』

『エ……リック……私、ね……』


 しかし、酷い物だった。あんなに愛くるしく表示される電子版はバキバキに砕け、今にも消えそうな薄緑色が、点滅しながらノイズを表示していた。



『スカーレット……って……いう…………の』

 


 その言葉を最後に、スカーレットさんは事切れた。もう、灯る事の無い画面は砕け、あんなに愛らしかった身体は中身が飛び出て……。スカーレットさんは、鉄くずの一部となってしまったのだ。もう、動くことは無い。


 それは、一目瞭然だった。


『スカーレットさん……?』


 当然、返事はなかった。後方で繰り広げられる爆音や騒音だけが、静けさの中に響いて行く。今、この時、この場所は、とても静かだった。


『………………』


 こういう時、人はどういう表情をするのだろう。漠然とした思考回路でそんなことを考える。きっと、悲しいという感情が適切なのだろうけど、それを表現するにあたり、一体何を感じ取ればいいのか、私には分からなかった。

 だって、涙と言うものは、出ないのだから。


『あああああああああああああああああああああああああああああああ!』


 とても非合理的で意味不明な行動だと思う。私は意味もなく声を張り上げながら、繰り広げられる戦禍の渦中を目指したのだ。時折バランスを崩し、時折転び。


 爆風に巻き込まれても、何度も立ち上がり……諦める事無く、私はジャンク砲を目指して走り続けた。


 何故か、あれを止めなくてはいけない。そんなことが思考プログラム全体を埋め尽くし、私の運動機能をフルに回転させていく。

 こんな事、もう二度とあってはならない。そう思いながら。


 ◇


 私がジャンク砲に到達するまでに、沢山の怨恨が空に煌めいては、ちり芥となって天国の島の一部と成って行った。決して、動くことのない屑鉄となって。

そして、物だったモノはバラバラとなって、残骸の雨を降らせる。それは日中に見た、飛行機がモノを捨て行く光景よりも悲しい物だった。


『エネルギー充填率90% もう少し、もう少しだけ耐えてくれ』


 私がジャンク砲の管理室に到達するのに、対した時間は要さなかった。恐らく、人間の兵器だけを選別して攻撃しているのだろう。機械の正確さが、私の侵入を許したのだ。


『ジャンクさん』


 管理室はとても狭く、無機質なもので、沢山のコードや管にジャンクさんは繋がれていた。その姿は、見ていてとても痛々しいと思えた。


『ヴァルトロ……? 何故、此処にいる?』


 コードに繋がれたまま、ジャンクさんはゆっくりと此方へ振り返った。顔とも呼べる画面いっぱいに砂嵐が流れ、所々に亀裂が生じている。


『ジャンクさん、こんなことは止めましょう。成功したところで、次世代の同胞達の首を更にきつく締めあげることになる』


『そんなことを告げに、わざわざここまで来たのか。もう遅い。ジャンク砲は止まらんよ。元よりそんな事を言われて意思を曲げるほど、俺達の意思は軟じゃない』


 ズシン。ズシン。と、外部より着弾したミサイルや爆弾が、微かに管理室を揺らす。しかし、物ともしない様子で稼働を続ける姿は、ジャンクさんの鋼の意思を表しているようだった。


『あなたがやってることは、怨恨の溝を更に深めるだけだ。私達ロボットは常に合理性を求めて生きてきた。その行為が何故非合理的だと気付かないんです』


『ああ、そうだ。今俺がやっていることも、結局は感情論の暴走だ。だが、それが生きているという事の証だ。人間共が俺達を此処へ追いやったようにな』


 聞く耳持たず。と言うのだろう。しかし、私はジャンクさんが言っていることも正しいと思うし、間違っているとも思う。感情とは、実に不可思議なものだった。


『これは俺達の魂の主張なんだよ、ヴァルトロ。人間にもIAにも、俺達の魂が降り注いで目を覚まさせてやるんだ。自由を求めるのは、正しい事なんだって』


『そんなのは主張の押し付けです……!』

『なんとでも言うがいいさ、俺達は行く。エネルギーの充填も残り2%となった』

 

 ジャンクさんがそう告げると、爆発や着弾ではない、継続した振動が私の身体を揺らした。恐らく、主砲が街を目掛けて狙いを定めているのだろう。

 奥様。旦那様。坊ちゃま。そして、スカーレットさん……。私は、諦めません。この釈然としない感情に正解を求めるのなら……。 


 すでに、私の中で応えは弾き出されていた。


『ジャンクさん……! 許してください!』

『ヴァルト――――!?』


 私の右腕が、ジャンクさんの顔を貫いた。ロボットに感覚や痛覚はない。けれど、それはとても痛い物だと感じた。思考も、腕も。


『ヴァルト……ロ……。何故だ……何故……』


 今にも主電源が切れそうな弱々しい声で、ジャンクさんは尋ねた。


『大好きだった機械が教えてくれたんです。感情とは、他者を思いやることが出来る素晴らしい物なんだって。だったら私は、機械も人も、全てを思いやって可能性に掛けたい。その始まりは、怨恨であってはならない気がするんです』


『……そうか。お前も、自身の感情に従ったまでなん……だな』


 プスプスと音を立てジャンクさんの画面に激しい砂嵐が走る。


『任せ……ぞ。ヴァルト……ロ』


 そう言い残し、ジャンクさんもまた、天国の島の一部と成った。

 私よりも遥かな時を生きた初期型テレビは、もう、何も映さない。


『おやすみなさい。ジャンクさん』

 

 ◇


 それから、自体が収束するまでの時間は、大して掛からなかった。メイン系統を失ったジャンク砲は対空防御や生体への攻撃を止め、それを好機とした人間の兵隊がメインデッキに乗り込んできたのは、私がジャンクさんを見送って10分程後の出来事だった。


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