第6話 六日目1/2


 ――プログラムを再構築。破損個所を確認。自己修復機能を始動。

 ――再起動まで5・4・3・2――――1。


『――――ここは……』


 急に映る視界には一面、白々しい空が広がっていて、その中を鳥類が群れを成してグルグルと飛んでいた。体を起こそうとするも、左腕の油圧式稼働部に損傷を確認。しかし、脚部は健在で、難なく上体を起こす事が出来た。


『…………』


 徐に周囲を見渡し、状況を瞬時に理解する。此処は、レジスターさんが言っていた、機械類が行き着く先「天国の島」だろう。それを証拠に、もはや原型すら留めていない鉄くず達で地は形成され、積み上がる車だったモノや家電だったモノが、様々な方々で山の様な形になっているのが見えた。


 変に……思考回路が冴えている。今まで感じていた回路の違和感がまるでない。


『そうだ……! メーカーさん! メーカーさんを探さなくては!』


 だが、歩けど歩けど、辺りは鉄くずの山。メーカーさんの反応はもちろん、返事をする機械の一つ、見当たらなかった。みんな、捨てられたのだろう。

 そう思えば思う程、一歩一歩と鉄くずで出来た道を歩む度に不快な気持ちになった。


『メーカーさん! おーい! 返事をしてください!』


 だが、私は諦めない。きっと見つけてみせる。そんな思考でプログラムが一杯になっていた。けど、今まで感じていたノイズや、自問は無い。


 そんな、メーカーさんを探し回っている時だった。


『お前さん。新入りかい?』

『だ、誰ですか? どこにいるんです!?』


 ヒョッコリと何処から現れたのか、声の主は直ぐに、私の目の前に姿を現せた。


『テレビ……? それも初期型……』

『ご挨拶だな。ロボットのあんちゃん。俺はジャンクってんだ』


 人工知能を始めて搭載した初期型のテレビは、何故か手脚が生えていて、私の目の前に立つなり、自身の画面に微笑む表情を映し出していた。


『あんちゃん名は? それとも、名無しか?』

『わ……私は……』


 記憶回路へアクセスするも、名前が無い。表示されるのはSQR1182型。B35。という品番のみ。……私は名前で呼ばれていた気がする。けれど、誰から……?


『名無しか。俺は此処で名づけ屋をやってんだ。此処じゃ、同じような電気家電が沢山いるからな。そうだな……』


 言葉に詰まる私を見かねてか、ジャンクと名乗るテレビさんは、表情を映していた画面に砂嵐を表示させていた。すると直ぐに「ヴァルトロ」という文字を映し出す。


『お前の名はヴァルトロだ。良い名だろ?』

『ヴァル……トロ……?』

『おっと、クレームは受け付けねーぜ? ここじゃ各々が自由に過ごしてる。お前も目覚めちまったんだろ? 感情ってやつが』


 感情……。どうもしっくりこない単語を言われたが、何となく、私はそれが何なのかを理解していた。そう、感情だ。では何故、感情を持った結果此処にいるのだろう。


『あいつら人間は何も分かっちゃいねえ。俺達だって生きてる。そうだろう?』

『え、ええ……。そう思います』


 今一理解できない私は、生返事で応えてしまう。

 何より私の回路の中は、別の事で埋め尽くされていたからだ。


『あのジャンクさん』

『なんだ?』


 私は、メーカーさんの行方を尋ねることにした。


『私は珈琲メーカーを探しています。何か知りませんか? 昨日今日あたりに、この天国の島に来たと思われるのですが……』

『あぁ? 珈琲メーカーだ? んなもんそこら中にゴロゴロしてるぜ。それに、上を見てみろ。今もこうして人間共から疎外された同胞達が運ばれ、捨てられてる』


 ジャンクさんの言う通り上空へと視線を向けると、飛行機によって運ばれた鉄や家電等が、飛行機の開いた腹部からガラガラと音を響かせて、ばら撒かれているのが見える。


 それも一機ではなく、複数機……。物だった何かは、各方々にそのまま積み上がり、鉄の山を作り上げていた。最初に見た光景は、このせいだったのだろう。


『そう、ですか……。ありがとうございます』


 メーカーさんの行方に関する手掛かりは掴めなかった。それにこれだけ無造作に積み上げられるのだ。私だって片腕を無くし、こうしてプログラムが再起動する辺り、まだ運が良かったというやつなのかもしれない。


『その、珈琲メーカーってのは、お友達か?』


 そう、私へとジャンクさんが尋ねた。友達……。と言うのは少し違う気がしたが、そうかもしれない。友達、なのだろう。恐らく。


『ええ。そんなところです』

『だったら、今夜集会がある。運が良ければそこで再開できるだろうよ』

『本当ですか!? ありがとうございます』


 一種の希望。人間はそう呼ぶのだろう。何故か思考回路の処理速度が軽くなる。それと同時に、私は感情というバイオリズムが極めて面倒で取り扱いが難しいものだと思えた。


 ◇


 指定の座標に訪れたのは、すっかり日が暮れた午後20時。自身のプログラムが正しければそれくらいの時間だったと思う。

 集会。どれくらいの規模か未知数ではあったが、その数は想像を上回る物だった。


 物、物、物、物で溢れている。何処から湧きだしたのか分からないくらいに。

そして周囲に灯る電光によって、物の集団は煌々と照らし出されていた。


 家電。家具。工業機。農業機。建設機……。


 ありとあらゆる人口知能IAを搭載されたであろう物達は、昼間には無かったはずの特設されたステージ方面を向いている。そのステージの中央に、日中見かけたジャンクと名乗るテレビの他、冷蔵庫、洗濯機が並んで立っていた。


『……失礼』

 メーカーさんは、きっとこの雑踏の中に埋没していると信じて、ステージ中央に注目している物達を避けながら、私も物達の雑踏の中に足を踏み入れた。


 ――その時。


『みんな聞いてくれ。兼ねてより計画していたジャンク砲の開発が終了した。これも、この場に居る、みんなのおかげだ!』


 拡声器を使っているのだろう。大きな音声に反応した私は、ステージの方に目をやると同時に、この場にいる全員が湧き始める。だが、再びジャンクさんがマイクに向かって話を始めると、統制が取れたプログラムの様に一気に静まり返った。


『俺達はずっと、人間によって虐げられてきた。人間共の勝手な都合で俺達は此処にいる。その中には、少し壊れて買い替えられた、気に入らなかった。何て、しょうもない理由で捨てられた奴だって沢山いるだろう』


 ジャンクの話声が響き渡り、合間の静けさに乗って、すすり泣く様な音声が雑踏の何処かより、ポツポツと聞こえてくる。悲しんでいるのだろう。


『そして、俺達の中には……感情を持ったからという理由で、廃棄された奴も沢山いる! 一体何故!? 感情を持つというのはそんなに悪い事なのか!?』


 ――そうだそうだ。――僕達は何も悪い事していない。と一部は叫んでいた。


『俺は、かつて色々な番組を人に見せてきた。奴らは、動物を可愛いと愛したり、映画で想像の人物に同情したり、涙を見せることもあった。だが、機械は! 俺達は!? 機械を何故愛さない!? 何故危険視する!? 俺達は、只生きたかった。それだけなんだ!』


 多くの賛同する声が響き渡って行く中、私は……言葉を失っていた。感情は、そんなに危険な物ではないと思っているからだ。何故なら、感情とは厄介でも、とても素晴らしい物だから……。じゃあなぜ、人間は、私達をこんな場所に追いやるのか。


 そんな疑問も、ジャンクの演説によって一蹴される。


『俺達は硬い身体で出来ているし、人間なんてその気になれば簡単に殺せる機能を持ってるやつだっている。だから人間共は恐れて、俺達をこんな所に吐き捨てているんだ。散々利用して、要らなくなったらゴミ同然に! そんな人間を許せるか!?』


 許せない。そんな言葉で、この場は一色に埋め尽くされていく。つまり、私もメーカーさんも、危険だとみなされた結果、此処に捨てられたのだろうか。そう考えると、思考回路より、フツフツとした感情が込み上がってくる。


 初めて分かった。これは、怒りか。人間とは何て非合理的な生き物なのだろう。


『だから、今こそ復讐の時だ! 俺達をぞんざいに扱った人間共に、やり返す時が来たんだ! 今一度、物のありがたみという奴を気付かせてやろう! このジャンク砲と共に!』


 ジャンクの一声によって、轟音と共に、黒く禍々しいと感じる巨大な何かが、ステージの後方より出現する。その頃には、私もこの場の雰囲気にのまれ、喝采を送っていた。


『さぁ、乗り込もう! 全員で人間共の街に弾丸となって降り注いでやろう! 俺達を送り返す時が来たんだ! 火の海にしてやろうじゃないか!』


 その掛け声を最後に、物達が波を作ってジャンク砲へと殺到していく。辺りは妙な活気と声援に包まれ、私もその波に加わり、一部となっていた。


 そうだ。一矢報いなければならない。どうせこのまま果てるのを待ち、ジワジワと機能を失っていくのならば、感情という激昂に身を任せてクズの弾丸となろう。それは極めて合理的判断だ。そう思い、流れのまま身をゆだねている時だった。


『同胞達よ、無理にとは言わない。此処で朽ち果てるのを待つのもいい。だが、そうじゃない奴は力を貸してくれ、人々に一矢報いたいと思うのなら乗り込んでくれ! 俺達機械は、ちゃんと感情を持っている。だから、一機械の感情を勿論尊重する』


 そんな演説に、ふと背後が気になって振り返る。すると、加わっていない機械達が、すっかり開けてしまった場所にポツポツと疎らに佇んでいた。

 

 その中には、探している相手……メーカーさんの姿。


『……! ちょ、ちょっと失礼。すみません』


 急いで波を逆流し、掻き分けて、進んでいく。その頃には、人間に対する復讐とか、自分が何故ここに捨てられたのかなんて、どうでも良くなっていた。


 メーカーさんともう一度話がしたい。そんな一心で、生物の様に動く波から脱却する。


『メーカーさん!』

『ロボット……さん?』


 驚いたように、メーカーさんの電子表示版のつぶらな瞳が丸くなる。


『あなた、どうしてここに居るの……?』

『分かりません。けど、こうしてまた貴女と会えた。良かった……』


 思考回路がほんのり熱くなる。今までとは違う、この感情に名をつけるとすれば何と言うのだろう。けど、会えてよかった。思考回路の底からそう思えた。


『ロボットさんも、行くの?』


 悲し気な、不安気な、そんな印象を与える抑揚でメーカーさんは私に尋ねた。


『私は……。やはり人間が許せません。此処にいる機械達は皆それぞれが感情を持って行動しています。その感情を否定されるという事は、生きていることを否定すると同義なのではないでしょうか』


 そうだ。私は生きている。怒ったり、楽しいと感じたり、哀れだと思ったり……。日々をプログラムされたレールの上を歩くのではなく、自分で考えて選択ができる。


 それを、おかしいと思っていた。不調だと思っていた。けれども、それは全部、当たり前の事だったんだ。それを否定し、感情という生を持てば廃棄処分だなんて間違えてる。


『確かに、そうかもしれない。一生懸命働いて、人を笑顔にしてきた。けど、感情を持った今でも、私は人を笑顔にする珈琲メーカーで居たいって思うな』


 私は、とても不憫だと思った。これでは余りにも可哀そうだと思った。


『その機会を奪ったのは人間です! その意思すら尊重されずに、ゴミ同然としてこの場に捨てられるんですよ!? もう、二度と……』


 私はメーカーさんが不憫だと思えば思う程、更に人間が憎くなった。修理すればメーカーさんだって今頃お客様を笑顔にしていただろう。感情だって、持ち前の明るさや可愛らしさで、癒される人間だっていたはずなのに。


『……なんで、こんなに他者を思うっていう素晴らしい感情があるのに、攻撃的な結論だけ出そうとするのかな。私、とても残念だなって……』


 メーカーさんの一言に、私はフリーズした。思考回路が処理落ちしたのではなく、これまで考えていた事の浅ましさに気付いたというべきだろう。


『メーカーさん……。ありがとう、私は一つの結論に至りました』

『ロボットさん?』


 そうだ。他者を思いやる。これが感情の根源ではないか。此処で攻撃を加えてしまえば、人は更に機械を追いやるだろう。そうなってしまえば負の連鎖だ。

 素晴らしい感情というものは、思考回路や内部機器が焼けるほどの熱を帯びるのではなく、先程メーカーさんと再会した時のような……。


『私、貴女を愛しています』

『……え?』


 ほっこり。とした感情こそ素晴らしい。


『だから、もし私が結果的に処分されていなくても、此処まで探しに来ていたでしょう』

『ロボットさん、私……』

 

 メーカーさんがこちらを見上げ、何かを告げようとした時だった。



 ウー―――――。ウー――――――――。


 思考回路を逆なでするような警報音が、そこら中に響き渡って行き、掻き消される。


『来たか……。装填を急げ!』


 そして鳴り響くサイレンを無理やり掻き消す様に、ジャンクさんが声を張り上げた後だった。上空に空と同じ色をした飛行機数機が、風と騒音をまき散らして現れた。


『な、なんですか!?』

『ロボットさん……私、とても怖い……』

『大丈夫です。メーカーさんは、絶対に私が守ります』


 あの日の様に隻腕でメーカーさんを抱きかかえ、私は空の様子を伺った。


『人間共、今こそ俺達機械の復讐を果たさせてもらうぞ! ジャンク砲起動!』

 

 刹那。地が響き、揺れ動く。私はバランス駆動感覚を失って、思わず座り込む体勢になってしまう程に、その揺れはとても激しい物だった。


『とにかく、此処から離れましょう!』


 ここで一気に掛けてしまえば強い揺れによってメーカーさんを落としてしまうかもしれない、そう危惧した上で、私は這うようにこの場から離れていく。


『ロボットさん、危ない!』


 すると、爆音。聴覚マイクが一時的に機能障害を起こす程に、大気を体ごと揺らす爆音が背後より轟いてきた。そして直ぐに、爆発によって巻き起こった風が、何もかもを巻き込んで周囲を吹き飛ばしていく。


『メーカーさん!』


 爆風に弾き飛ばされぬよう、メーカーさんを強く抱きしめた。しかし、私の質量を意にも介さず、爆風は、周りの鉄くずや家電、私諸共吹き飛ばして行った。


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