第5話「火を育てる」

 斉藤はいのししを引きながら、駒王丸と小枝さえの前に現れた。

 後ろには巴がいる。


「やあやあ、遅くなりましたな」

 陽気な様子で、斎藤は小枝さえに話しかける。

「斎藤殿……」

 答える小枝さえは、何か声が震えている。

 泣いているように見える。


 斉藤は小枝の身に何かあったのかと焦り、

「何かござったか!?」

強い調子でそう言った。


「母君は火が起こせず、自分を責めている。我もできなかった。すまぬ、斎藤」

 五歳児の駒王丸がそのような返答をする。

「申し訳ございません……」

 すんすんと嗚咽する小枝さえ

 斉藤はほっと胸をなでおろした。


「さようでござったか……。いやいや、良かった。いや失敬。そのようなことは気にすることではございませぬ。おお、もう枯れ葉をお集めなさっているではございませんか。あとはもう切っ掛けを与えるだけに過ぎませんゆえ」


 斉藤は匕首あいくちを取り出すと、辺りを見渡す。

「これが良さそうだ」

そう言うと、近くの木から少しばかり皮を切り落とした。

それを慣れた手つきで、細く切れ目をいくつもいれていく。

 それが終わったあと、ぐじゃぐじゃにほぐす。

やがて繊維質があらわになり、毛の玉のようなものができあがった。


「斎藤どの、それは?」

 駒王丸が興味を津々に聞いてくる。

「火を育てるための火口ほくちにございます」

「火を育てる?」

「まあ、ご覧ください」


 斉藤は火打石ひうちいしはがねを取り出す。

 それをお互いにこするように打ち合わせた。

 カンカンと高い音が鳴り響く。

 ぶつかったときに、火花が飛び散る。

 その火花が、先ほどの火口にふりかかり、米粒ほどの大きさのものがほんのりと灯った。

 それを優しく包み込むように覆い、ふーっと息を吹き込んだあと、振り回して空気を入れ込む。

 斉藤の手の中で、明るく炎があがる。


 それを小枝さえが集めてきた枯れ葉の上に置き、そこに周りの枯れ葉をもんで粉々にしたものをかける。

 パチパチと音が鳴り始め、火が周りの枯れ葉や枯れ枝をなめるように大きく広がっていく。


「魔法のようだ」

 駒王丸は、見とれるようにして言う。

 最初は目をこらさなかいと見えなかった火かどうかもわからないものから、小さな明かりになり、みなれたチロチロと上に伸びる炎になる。


「ならば、それがしは魔法使いにござるな」

 斉藤は陽気に笑いながら言う。

 優しい赤橙せきとう色が、斎藤の顔を薄く照らす。


「斎藤どのは」

 駒王丸が口を開く。

「我らにとって、魔法使いで、命の恩人だ」


 斉藤は、幼い駒王丸からこのような言葉をもらえるとは思っておらず、少々狼狽ろうばいしながら、

「さようか。身に余る言葉にござる」

頬をかきながら、答えた。

 巴は、二度深くうなづいた。


「まことに」

小枝さえが言う。

「感謝してもしたりません」


「小枝御前まで、そのような。まだ山の道も序の口。その言葉は早すぎまする」

「いえ、十分すぎます。あの時尽きていたはずの命、こうして今も駒王丸と巴と生き永らえられている。それだけでも感謝してもしきれません」

「そんな、大したことではござらん」


「大したことにございます!」

 小枝さえは強い口調で言い返す。


「仲間を斬り殺してまでも、あの従兄弟にい様を説得してくれた。さらには、逃げ場所の確保や手引きまでしてくれる。正直、敗者である私たちになぜここまでしてくれるのか、不安に思ってしまうほどです」

 小枝さえはきゅっと掛けえりをつかみながら縮こまり、身を小さくした。

 目の前に火はあるのに。


重能しげよし様に申した通り、義賢よしかた様への報恩ほうおんにござる」


 ならばなぜ、悪源太義平のぜいに加わったのか。

 なぜ、夫(義賢)のことを守ってくれなかったのか。

 小枝さえは、そう言葉にしてしまいそうになった。


 でも、と小枝さえは思い直した。

 今は乱世。

 この襲撃も、もとは、源家の内部争いから始まった。

 斉藤殿は、その騒動に巻き込まれた、言わば被害者のようなもの。

 斉藤殿の性格からいって、どちらにつくか相当に悩まないはずがない。


 さもありなん。

 源義朝が、保元の乱では、敵対した実の父親と幼い弟の首を斬り落としている。

 この時代において、生き残るというのはきれいごとではない。

 斉藤もまた、生き残りをかけて、潮流にいる源義朝軍に加わった。

 それでも、義賢よしかたへの恩を忘れたことはなかった。


「この甲冑」

 小枝が斎藤の鎧の袖をひく。

「この重い甲冑を身にまとい、駒王丸を抱えてくださった」

 この甲冑は、大鎧に比べて軽量な、銅丸と言われるものだが、これも20斤(13kg)ほどである。

 駒王丸の体重も20斤ほど。


「某は武士であるので。これくらいは当然というもの」

 斎藤は微笑んで見せた。

 小枝には暗すぎて見えないだろうが、声の調子から安心した。


「心強いです。あなたのような御仁が共にいてくれて、感謝してもしたりません」

「滅相もござりません」

 斎藤は笑って言う。

「某が勝手にやっていることですゆえに」

 斎藤の優しさに、小枝から涙が2粒こぼれる。


「さて、火が大きくなってきました。小さくなる前に、枝を追加して、肉を焼きましょう。積もる話はそのあとにて」

「はい! もっと枝を持ってきます!」

「くれぐれも、足元にお気をつけよ!」


 小枝は小枝を集めに行った。


「巴も」

「巴殿はこちらに」

 小枝について行こうとする巴を制する。

「巴殿が、これから駒王丸様と生きていくならば、山のことを知らねばならぬ。勿論、駒王丸様も。猪のさばき方、よくご覧になられよ」

 斎藤の言葉に巴は斎藤のほうに向きなおった。


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