第2話「巴」
「
思わず、
そう。
夫を殺し、
夫・
「
これは家族の壮絶な殺し合いだった。
「なぜ、なぜこんなことをするのです!」
「女、子どもに言ったところで分かりはしない。ともかく
言葉を少なくしゃべるが、随所に感情が乗る。
今回の戦いに、
でも源氏は大きくなりすぎてしまった。
罪があるとすればそこだ。
自然淘汰、弱肉強食は世の常。
人間もまた、その
そもそも武士とは、土地の奪い合いの果てに生まれた存在だ。
生き残るためには、時には家族の命も捧げる覚悟が必要だ。
それができる者たちの集まりが武士なのだ。
そして、今、捧げるべき命は駒王丸だ。
だが、
「
怖くはないのか。
まっすぐに見据えている。
「約束しよう」
この年で家族を守るか。
家族を殺している我々とは対照的だなと
「やめなさい!」
「この子は命に代えても守ってみせます」
そこには、
美しく立派に育ったものだと
「
見逃すという選択肢はない。
「その
このままでは、
「この子には、仇討ちなどさせません」
「そんなこと、どうして確約できる」
そんな時だった。
後ろの武士が悲鳴を上げた。
「どうした!」
まだ護衛の兵が残っていたか?
「足の腱を……、斬られました」
片足をついている。
「なんだと? 相手は誰だ!」
そう叫ぶと、今まで雲に隠れていた月が顔を出して、月光がさした。
武士達はぞっとした。
もうすでに居合いの間合いから離れたところにいる。
次の好機を狙っているようだった。
「あばらを折っているはずだ! なぜ動ける!」
肺がつぶれていてもおかしくない。
それくらいの感触が、あった。
(鬼の娘め)
月の青白い光が、
「動ける者は、そいつを殺せ」
何かに怯えるように。
が、つかまらない。
天井も幅も狭い通路を、
まるで水の中にいるように、
身動きが取れない中を、
なぜあんな動きができる?
ケガを負った者の動きではない。
俺が相手しているのは、本当にこの世に存在している者なのか?
「どけ! 俺がやる! 他のやつは
そう言って、
木製の匕首の
「
皇族にしかつけることが許されない紋章が、なぜか童女が持つ
「
他の武士にも動揺が走る。
それはそうだ。
皇族に刃をむけるということは、朝敵になるということなのだから。
こいつは本当に何者だ……?
この時代にとって、天皇は、
じゃあ、こいつが護る
動きを止めた武士たちに、
鎧で守られていない、大動脈が走る太ももを。
「不覚……!」
斬られた男は、片足をついた。
みるみる血だまりが溜まっていく。
もう助からないと
「もはや、これまで!」
武士の一人が叫んだ。
「
「何を!」
もう一人の武士が叫ぶ。
「主君、義朝殿を裏切る気か!」
「ご免!」
同士が裏切り者を切り捨てたのではなく、裏切り者が同士を切り捨てたのだ。
「齋藤! 正気か!」
なんということだ。
たった一人の少女に惑わされ、仲間討ちが発生した。
そう思った。
「ともえ! やめよ!」
童の声がした。
「敵はいない」
二歳児とは思えない、しっかりした声。
「ごくろうだった」
さっきまでの獣のように振る舞っていた
張り詰めた獣のような殺気が、まるでなくなっていた。
「おいで」
いくら小柄とはいえ、七歳児の巴のほうが五歳児の駒王丸より大きい。
犬が幼児に
(この状況でもう終わったと思っているのか!)
現に
今なら、簡単に
しかし、そういう思いとは別に、
「
齋藤と呼ばれた男は、
「何をだ」
「もうここには、本心を偽る必要のある人間はおりません。一人は失血死でまもなく死亡し、もう一人は、
心を許すところを間違えると、すぐ死につながる。
武士としての警戒心が、すぐに齋藤の言葉を飲ませない。
「齋藤が、仲間討ちをしてまで、どうしてこの者達を助ける。貴様には縁もゆかりもないはずだが」
「ありまする。私は
知的で穏やかで、剣の腕も立ち、目鼻立ちも整った素晴らしい御仁だった。
人が良すぎるところがあるが、その分、多くの者に慕われていた。
齋藤もその一人なのだろう。
だが、それだけで、とも思った。
昨日まで仲の良かったものを、今日討たねばならないことなど、よくあることだ。
それが戦乱の世の
それなのに齋藤は、主君の命に背き、そして同士を討った。
そんな大罪を。
これが義朝の耳に入れば、一族の存亡も危うい。
齋藤は続ける。
「
「世迷い言を」
この時代では、神や仏が生活に根付いているので、齋藤のような話は珍しくない。
しかし同時に、
「どちらにせよ、俺に選択肢はない。同士を殺され、裏切られた。齋藤の指示に従うしかない」
「そういうことにしておきましょう。もし何かあれば、すべては某の責任です」
自分はずるい人間だと、
齋藤にすべてをなすりつけ、
しかし、齋藤のようにはなりたくないと思った。
自分の思いで刀を走らせる者は、やがて身を滅ぼす。
「しかし、どうする気だ。この二人をどこにかくまう」
そう尋ねる。
見つかれば、もう二人は助からない。
「心当たりがあります」
そう齋藤は答えた。
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